種族ジョーク

※※※


「じゃあな、お嬢さん方。幸運を祈るよ」

「ありがとう、親切なおじさん達。あなた達こそお仕事がうまくいきますように」

 二日目は、運のいいことにラクタリス近辺まで行く運送業の荷馬車に乗せてもらうことができた。

 私は無難に、されどそこまで不快感を与えないよう丁寧に一団と会話し、ロランに関してはエルフだということがばれない様にほっかむりをしてもらい、衣装は道具屋で買った古着でみすぼらしさを演出した。顔に乾燥した馬の糞を塗りたくって物乞いの巡礼者風になろうとふざけて言ったのだが、それは冗談だと分かってもらえず本気で嫌がられてしまった。


「どうしてもっとラクタリスの近くまで行かなかったんだい?」

 ロランが去っていく馬車の後姿を名残惜しそうに見ながら言う。目印らしい目印のない、山道のど真ん中で下ろされてしまったので不安がっているのだろう。

「今は地図上にある、ラクタリスのひとつ手前の山にいるんだが……その為の準備がここでいるんだ」

「準備……?」

 私は「ついて来るんだ」と道から外れ土手を降り始めた。だがロランは山遊びをしたことのなかったのだろう、へっぴり腰で何度も草に滑り尻餅をつき、野草を掴んで起き上がろうとして、当たり前にそれがちぎれて再度転ぶということを繰り返しながらついて来た。プレートメイルを捨てておいたのは正解だった。下手をするとせっかくのお肌が鎧で傷だらけになっていたところだ。

 川原まで降りると、私は辺りを見渡し適当なポイントを探った。


「リュックに入れてある黒パンを出してくれないか?」リュックから釣り糸と針を取り出しながら私は言った。

「ランチかい?」

「そのとおり。しかし私達のじゃない」

「え?」


 私は手渡された黒パンを千切って丸め、木の枝で即席に作り上げた釣り竿の針にそれをくくりつけた。

「今から……釣りをするのかい?」

 釣りを始めた私にロランが話しかける。

「そう」

 私は背中越しに答える。

「……何故釣りを? 食料にそんなに困っていたっけ?」

「これから行くラクタリスへの手土産にするんだ。何故? いきなりぶらりと手ぶらの流れ者が来ても山間の村なんかじゃ迎えてはくれない。金があるだろう? 大金を持ち歩く旅人はわけありに決まってると警戒される。少しなら? こんな所にある村の住人に僅かな金なんか渡しても場合によっちゃあ喜ばれない、物々交換が一番だ。他に質問は?」

 私は胸の中の空気が全て無くなるまで一気にまくしたて振り向き、口を硬く閉じた笑顔をロランに向けた。

「魚は何が釣れるんだい?」

 笑顔の意味を理解してもらえなかったようだ。

「イワナっ。奴らはなんでも食うからな。他にはっ?」

「イワナ? 食べるのは初めてだよ。美味しいのかい?」

「なぁ、お前さんはそのうち私に世界の創世の秘密まで聞くんじゃないのかね? そりゃ聖典に記されているとおりだよ。ある日アッツアツの巨大なベイクドポテトからソースに混じって「世界」がひょっこり顔を覗かせたんだ」

「そんなこと書いて無かったよ?」

「わお! ヤマ勘が外れたぜ!」

 再びロランに背中を向けて私は釣りに集中し始める。


「……ねぇクロウ。もしかしてぼくの事で何か腹を立てているのかな?」

 川の流れる音を聞きながら私は気持ちを落ち着ける。一つ一つ、なぜこの坊やが私の神経に障るのかを紐解きながら。

「君と友達になるのは難しいかもしれない。でもこれからの旅をする中でぼくの至らない所があれば直していきたいんだよ。そうすれば、君だって仕事がやりやすくなるだろう?」

 分かってる。彼は「いい子」なんだ。落ち度はない。ただ彼の澄んだ湖のような瞳で無邪気なことを言われてしまうと、調子が狂ってしまうのだ。


「……ある日、海の真ん中で船から女が転落した」

「え?船?」ロランが川の向こうを見渡す。しかしもちろんそこには何もない。

「その船にはエルフ、ホビット、フェルプール、ゴブリンの四つの種族が乗り込んでいた。さて、それぞれの種族は何と言いながら女のために海に飛び込んだだろう?」

 私はロランの方を向いた。ロランの方は訳も分からないという顔で私の話を聞いている。

「エルフはこう言って飛び込む。『私には神の加護がある!』と。

 ホビットはこう言って飛び込む。『ここで女性を助けたら一躍ヒーローだ!』と。

 フェルプールはこう言って飛び込む。『美人の女だやっほぃ!』と。

 そしてゴブリンはこう言って飛び込む。『とどめをさしに行くぜ!』とね」

 相変わらずの呆けた顔で、ロランが「それが、どうかしたのかい?」と言う。

「ジョークだよ、ジョーク。種族ジョーク。そこいらの村の安酒場じゃこれだけで通じる。でもお前さんには何故こんなジョークがあるのかから説明しなければならないだろう? そこなんだよ。同じ言葉を使ってはいるものの、私たちには一から説明しなければならないことが多すぎる。方や貴族様、方やその日暮らしの浪人だ。もし私がお前さんのお屋敷に行ったなら、同じ面倒くささをお前さんは感じるだろう、テーブルマナーとかでね。だからねダーリン、私が必要とする時まで黙っててくれはしないかね? 私は常に依頼人のためにはベストを尽くす。ファントムの名がそこそこ知られてるのは、依頼人の期待に応えてるからなんだ。信頼してくれ」

 私はまた笑顔をロランに向けた。今度は挑発的ではないよう意識したつもりだ。

「……分かったよ」


 それから一時間くらいで、私はイワナを五匹釣り上げた。

 削って細くした二本の木の枝をイワナの口につっこみ内蔵をえぐって引っ張り出し、清流で中身を洗うと大きめのシダの葉にそれを包んだ。

「さあ行こう」



 ラクタリスに着くと、そこは思った以上にさびれた村だった。老人と子供しかいない。稼ぎ手となる者は、女ですら出稼ぎに行ってしまっているからだろう。老人たちに精気がないのはもちろんのことだが、子供たちも表で生き生きと遊ぶのでなく、ただ指を加え、少年時代が過ぎるのをじっとこらえて待っているようだった。弱々しさが、風となって村の間を吹き抜けていた。


「ここが……ラクタリス?」

 ロランが唖然として言う。

「ラクタリス、別の名は“記憶を消された土地”」私は目を細め言う。

「え?」

「元々は、ここはゴブリンたちの集落だったんだよ」

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