ポーカーゲーム

 ロランは男に誘われるままポーカーのテーブルへ移動した。心配する私をよそに、ロランは自信ありげに悠々と席に着く。

「よぉし、全員でやるとちょいと時間がかかるし、何よりアンタに不利だ。この……。」酔っぱらいは杯を持った手で、カードの束を持つ男を指して言う。「モロゾフに相手をさせよう。不服か?」

「とんでもない」


 貴族でもポーカーの遊び方は知っているし、夜会で彼らがゲームに興じることもある。こんなに簡単に受けて立つのは意外とロランはカードが得手なのか。

 ロランの正面のモロゾフという、病気の馬のような青ざめた顔をした男が素早い手つきでカードをシャッフルしていく。最初は右の人差し指と親指でカードを引っ張り左手の親指で一番上を押さえて混ぜるオーバーハンドシャッフル、次に束を二つに分けテーブルの上でカードを反らしてから交互に混ぜるリフルシャッフル、なるほどこのやり方ならカードは十分にバラけそうだ。

 ロランとモロゾフにカードが配られる。ロランの手札は4のワンペア。悪くない。ロランはそのペアと、何かを予期してかスペードの7を残しカードを二枚交換した。引いた二枚の中にダイヤの7がありツーペアの成立、良い引きだ。


「どうする? 参加費アンティは1ギル、上限リミットは30。アンタから上乗せレイズを決めな」

「じゃあこれで……。」と、ロランは化粧直しに使えそうなほどにピカピカの10ギル硬貨をテーブルに載せた。

「ほう。いいぜ、同額で受けてコールしてやる」

 お互いにカードを出し合う。ロランは4と7のツーペア、モロゾフの方は……。

「残念だったな。10とクイーンのツーペアだ」

 ロランはがっくりと肩を落とし、モロゾフの周囲は盛り上がる。悠々と10ギル硬貨を自分の方へ寄せるモロゾフ。病気の馬のようなツラだが、その目は狐のように狡猾さを携えている。


 また同じ手順でカードを切り始めるモロゾフ。私は自分達の後ろを確認する。

「疑い深いネエチャンだな。グルになってイカサマなんてやんねぇよ」

 確かに、私たちの真後ろ、カードを確認できる位置には誰もいない。


 再び配られる手札。いきなり3のワンペアと5のスリーカード、つまりはフルハウスの成立だ。何気に強運のようだ、こんなカードゲームでさえも神の祝福のある種族ということか。確かに強気にはなれる。

「アンチャン、いい顔してるね。そりゃあいい手が来たってことかな」と、言いながらモロゾフがカードを交換しする。

 ロランはどうでしょうねぇ、と意味深な含み笑いを返す。ハッタリにも見えなくはない良い演技だ。


「次は俺からレイズするぜ、10ギルだ」

「コール。で、さらにレイズで10ギル」自信満々にレイズするロラン。

 だがそんなロランに物怖じせずに、モロゾフも自信ありげに「……コール」と応える。

 ロランが息を飲んだのが分かった。

「さらに、さっきアンタからもらった10ギルをレイズしよう。で、これでリミットだ」

 ロランの背中が、私から意見を伺おうと戸惑っている。もちろんコールだ、と言いたいところだが、何かまずい予感がする。

「……コール」

 再度お互いに手札を出し合う。ロランはもちろんフルハウス。一方のモロゾフは……。

「残念だったな、ジャックのフォーカードだ」

 確かに、モロゾフの手元にはワイルドカード一枚を含むフォーカードが成立している。

「そんな……。」

「アンチャン、中々いいツキしてんじゃないか。だが、今晩は俺がもっとバカヅキしてたってことだよ」

 憎たらしいほどに緩慢な動きで硬貨を手元に引き寄せるモロゾフ。歯をむき出しにして笑うせいでより一層、馬づらに拍車がかかっている。


「どうする? もっと遊ぶかい?」

「そうだね、一勝くらいはしないと帰れないさ」

「男だねぇ。女の手前、強がんなくたっていいんだぜ?」

「そんなことないさ」ロランはクイッと杯を口に運んだ。

 そんなことなくはない。ロラン、お前さん酒場で悪ぶった奴らと野郎ごっこをするのに気持ちよくなってはないか? とはいえ、あと一回くらい勝負してくれるとこちらとしても助かるのだが。


 再びモロゾフはオーバーハンドシャッフルでカードを切り始める。

 私はそれを注意深く、目が猫目になるほどに観察しあることに気付く。私はゆっくりと左足の親指と人差し指で、テーブルに立てかけていた刀の鞘の先端を掴んだ。


 手馴れた素早い動きで、カードをこすらせる音をわざとらしく立てるモロゾフ。


 私は左足の指で押さえた刀を左の逆手で抜刀する。


 刀が虚空を滑り、モロゾフの喉元で停止する。


「動くな」

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