ラクタリスへ
旅の支度をする為、私は家の中をひっくり返し始めた。必要経費はロランが払うという話だったが、美人のエルフが商店街で買い歩きなんかをしていたら嫌でも目立ってしまう。最低限家にあるもので済まさなければならない。
「そのプレートメイルは?代々伝わる由緒正しきものかい?」私はロランの胸部と肩を守っている純白と純銀の鎧を顎でしゃくった。
「いや、今回の旅の為に買ったんだ。見た目より軽いんで気に入ってるよ」
「脱ぐんだ」
「え?」
「変な意味じゃない、なるべく目立ちたくないんだよ。エルフってだけで目を引くのに、その上さらに気品まで漂わせたんじゃあ、襲ってくれって頼んでるようなもんだ。申し訳ない、とても似合ってるんだがね」
ロランはしぶしぶ鎧を脱ぎ始めた。
「道中の道具屋で中古の革の鎧を買おう。恰好はあくまで擦れすぎず垢抜けすぎず、透明人間を目指すように、だ」
地図にある川沿いに山を越えるつもりなので、水に関しては革袋をお互いに持つ程度で大丈夫だろう。
私は小ぶりのリュックにランプとフライパン、釣り糸にタオルケットを詰め込み、ロランの分のリュックにはパンやチーズといった食料を入れておいた。
「そういやお前さん、武術の心得はあるのかね?」身支度をしながら私はダメもとで訊いてみた。
「頼りないと思ってるんだね? 大丈夫、剣術の稽古は子供の頃から欠かしたことはなかったよ。そこらへんのお……」
ロランの声が詰まり、私の猫耳は彼の鼓動が乱れたのを聞く。
「……お?」
「……そこらへんの
「なるほど」
私は部屋を見渡し、過不足がないかを確認する。
「では行こう。気候も天気も丁度いい、急ぐ必要はないから無理せずお前さんのペースを守ってくれ」
「分かった、そうするよ」
ロランを先に出して私は生家を改めて見渡した。ふらっと出て行った我が家、ふらっと立ち寄ったが次はいつ帰ってくるかわからない。まあいいさ、私が選んだ生き方だ。
外に出るとロランが緊張した様子で立ち尽くしていた。
「どうしたん……おやまぁ」
目の前にはずらりと昨日のメンツが並んでいた。雰囲気に関してはかなり殺気立ってるようだ。
「珍しい事もあったもんだ。ディエゴ、旅の見送りに来てくれたのか?」
それに対してディアゴスティーノは噛み煙草吐き出して返答した。残念ながら不正解のようだ。
「ヴォルクの野郎が今朝がた死体で見つかったよ」
「ヴォルク?」
「とぼけんじゃねぇよ、オメェがやったんだろ」
私は微笑みで返答した。おめでとう、正解だ。
「あの……誤解、というと少し違いますが、仕掛けてきたのは彼なんですディアゴスティーノさん」勇敢なのか状況が分かってないのかロランが割って入ってきた。「彼がこの仕事を彼女から奪おうとしたんです。止むを得ない状況だったといいますか……。」
「坊やは黙ってな、こいつぁもうビジネスじゃねぇんだ」
ロランが息をのむ。そりゃあ昨日まで商談交わしていた男がヤクザに変貌してるんだ、面を食らうさ。けどね覚えておくといいお坊ちゃま、それは何も珍しい事じゃないんだよ。そういう仕組みの場所の方が、この世界には遥かに多いんだ。
私は言った。「余分に取っていっただろう? それでチャラにしてくれないか?」
「オメェなめてんのか?」
「まぁ、後、なんだ、これで私の腕が十分見込まれたという事で」
「ああそうだ、だから今日は大勢連れて来たよ。オメェを殺るための戦力が分かったんでな」
「まいったねぇ……。」
ヴォルクと違って今度は不意打ちが効きそうにない。私は頭を掻いて首を振るそぶりをしながら相手の人数と装備、周囲の状況を目を滑らせ観察する。ロランには申し訳ないが逃げながら戦うという方法になりそうだ。
「ビジネスではないなら何だっていうんですか?」
調子が狂うなロラン、お前さんは今自分の身の安全だけを考えてくれた方が助かるんだが。
「メンツだよ。エルフのボンボンにゃあ分かんねえだろうがな、身内を侮辱されときたら俺らフェルプールは黙っておく訳にはいかねぇんだよ」
ディアゴスティーノの口調は完全にロランをも標的にするほどに熱い敵意を含んでいる。冷えたバターだってあの口に突っ込めば蕩けそうだ。
「だとしたら、やはり責められるべきは彼です」
「なにぃ?」
「彼、ヴォルクさんが彼女を侮辱したんですから。その、彼女の母君を……娼婦だと」
「……本当か?」
ディアゴスティーノの目が別の意味で
「言葉は正確に」私は子どもに言い聞かせるように優しく言う。
「売女です」ロランはきっぱりと言った。
ディアゴスティーノは「あの野郎」と呟いた後、ひと呼吸すると「帰るぞ」と顎をしゃくって手下どもに指図をした。
「いいんですかいボス?」
ディアゴスティーノほどに切り替えの早くない手下は戸惑いながら聞く。
「アクシデントだよ。あの馬鹿は嵐の晩に釣りに出かけたんだ、タフぶってな」
ディアゴスティーノは手下どもの先頭を歩き丘を下り始め、少しすると思い出したように立ち止まりこちらを振り返った。
「旅の無事を祈ってるぜ、心からな」
多分、本気で言っているんだろう。
「殺すと言って舌の根も乾かぬうちに祈りを口にするとはな。ディエゴ、やっぱりお前さんユーモアのセンスあるよ」
「うるせぇ」
ディアゴスティーノ達を見送りながらロランに言う。「ありがとう。思ったより機転が効くし肝が据わってるんだな」
「何故母親の事をすぐに?」
「……私からは言えんさ」
「……そうか」
「お前さんが気にすることじゃない。……では行こうか。今から出発すれば、日が暮れる頃には中腹の村には着くだろう」
「ああ」
私たちはラクタリスを目指して出発した。それは行楽日和でさえある穏やかな朝だった。しかし今にして思えば出先からトラブル続きの旅だったのだ。もしその予感を感じ取りすぐに引き返すことが出来ていたなら、少なくとも三人の命は失われることはなかったのかもしれない。
そしてこの土地に姿なき墓標が溢れかえるということも、またなかっただろう。
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