ゴーン・オア・ダウン~折ってよし、祈ってよし
男たちは何事か分からずに修道女を見ていたが、ひとりの男が彼女に迫った。
「尼さんよぉ、余計なことに首を突っ込むんじゃねぇぜ」
「無関係ではございません。この近辺はサン・モルガンの教区。神に仕える者として見過ごすわけにはいきません」
「んだとぉ?」
男が修道女の襟首を掴む。
修道女は怯みもせずに、掴んだ手を指差して言う。「何ですの、これは?」
「“なんですの”じゃねぇよ。失せないんだったら身ぐるみ剥いじまうぞ?おお?」
「我ら会派は寺院を持ちません。ゆえに個々の胸中に信念を抱き聖衣でそれを包むことで信仰を表します。すなわち教皇より賜りしこの修道服はアグリコルの誇りそのもの、貴方がた下賎の輩が手にして良いものではありません」
「埃がどうしたこのクソアマ!」
男がさらに襟首をねじ上げようとしたその時、修道女は体を傾け襟首を掴んでいる手を逆関節に
修道女に光が当たる。それは霊廟の修道女サマンサ・カイルだった。
「まぁ何と口の悪い。口から出るものはいずれ自らの行いを……。」
「離しやがれこのアマァ!」
「話しております、お黙りなさいっ」と、修道女は肩をさらに捻った。肩の関節が壊れたようだ。男の肩の中から筋や腱が千切れる音がした。
「良いですか?口による災いはいずれ大きな禍となり自らのところに帰ってくるのです」
「ぎぃあああああああああ!」
「貴方が身をもって体験しているように。かつて偉大なる教父ゴールドマンはこうおっしゃいました――」
「あ、あ、折れたぁ、折りやがったぁ!」
「言葉はやがて心を満たし、行いを満たし、やがてはその者の人生を――」
「てってっテメェエエエエエエ!」
「お黙りなさいというに!」サマンサはもんどりうっている男の後頭部に下段の正拳突きを放って黙らせた。……殺していないよな。
「男子たるものが、女のような悲鳴を上げるなど。修身が足りない者はこれだから困ります……。」と、サマンサは明後日の方向の心配をする。
「頭おかしいのかこのアマっ!」
「まったく嘆かわしい。貴方がた不信心者が教会の膝下で徒党をなし、汚らわしい行いに手を染め神の祝福の代行者に毒を吐く。いまこの時を以て貴方がたは神に仇なす、打ち倒すべき怨敵と認定させていただきます。そしてこのアグリコルのサマンサ・カイル、神の怨敵にかける慈悲はございません」
サマンサが構えた。体を半身にして前面に出した左足をやや浮かせ、首筋を少し曲げて両腕は顔の前方に備え前腕(肘から手首にかけて)を立て拳を猫のように曲げている。私に見せたのとは違う構えだ。
「お覚悟、よろしいか?」
「やかましいんだよ!」
サマンサは前に飛び出た男の足に関節蹴りを入れた。ちょうど前に出て体重のかかっていた男の膝から鋭い音がする。そしてその蹴った足で踏み込み股間に遠慮なく蹴りを入れ、最後に股をすぼめて動けなくなった男の顔面に体中のバネを利用した肘打ちを叩き込み男を打ち倒した。
一瞬の出来事に
「太陽のように絶え間なく与えるばかりが神の愛ではありません、北風のごとく惜しげなく奪うのもまた神の愛。さあ、遠慮なく前へお進みなさい。神の祝福を貴方がたに授けましょう。神が求められれば貴方がたは天に召されます。そうでなければ地に這いなさい」
冷たくも嬉々としてリズムカルにまくし立てるシスター。相変わらず清々しいまでの自己完結っぷりだ。
「訳のわかんねぇことを!這いつくばんのはお前なんだよ!」
次に棍棒を振りかぶってきた男に対し上半身を大きく傾けて攻撃を避けると共に大股開きの上段蹴り、蹴りを入れられ棍棒を落とした男は次にナイフを取り出し切りかかった。だがサマンサはそれを紙一重で避け続け、繰り出された男の右の蹴りに合わせて太腿に右肘を、そして体を回転させ背面から左の肘を男の顔面に入れた。さらにダメ押しで飛び上がってから、相手の頭を挟む様に右膝蹴りと両の肘打ちを叩き込んだ。
男は気絶しかけていたが、本人の言葉通り無慈悲にもその体を踏み台にして飛び上がると、男の後ろに控えていた最後の一人に打ち下ろすような飛び蹴りを放つ。足刀が男の顎をかすめ頭が小さく早く揺れた。男はふらつきながらもサマンサに掴みかかるが、サマンサは素早く男の背後を取りスリーパーホールドを極め、そのまま絞め落とすと思いきや腕を首にからませた状態から払い腰の要領で頭を後方に地面にたたきつけた。
四人の男たちを倒すと、サマンサは対面の建物の壁を交互に蹴りながら建物を駆け上がり、窓から顔を出していた私に網を放った男の襟を掴んで窓から引きずりだし、そのまま背負投げのように一緒に落ちて地面に叩きつけた。
ハエの羽音のような呻き声が、路地裏に響いていた。
サマンサは大きく深呼吸をし呼吸を整えると、荒々しい佇まいから一転、手を優しく組んで祈りを唱え始めた。彼女の周りが青白く光り始めるとその光は徐々に大きくなり、私も含め倒れた人間を包み込んだ。私の足の痛みが消えていくのがわかった。気絶していた男たちは目を覚まし、関節を壊された痛みにのたうちまわっていた男が呻き声を上げるのをやめた。だがまだ完全に回復しきっていないのと、修道女に心を折られたせいで男たちは直ぐに立ち上がることができないようだった。
私は自分に絡んだ網を解いて言う。「助かったよ、礼を言おう。だがお前さん、霊廟にいたんじゃなかったのか?なぜ街にいるんだい?」
「ディオール様が亡くなられた今、あの場所にワタクシが留まる必要がございません。あのサン・モルガン教会の神父様とは旧知の間柄ですので、しばらく身を寄せようと」
「そうか……。しかし驚いた、思った以上にお前さんやるんだね」私は倒された男たちを見渡して言う。「しかも徹底して」
「そうですか?手心を加えましてよ?聞き分けのない童に対する折檻のようなものですわ」
「手心ね……。」
「ああそうそう、ちなみに貴女とお手合わせした時も手心を加えた戯れでしたのよ?ワタクシにとってはあくまで」と、サマンサは人差し指を立て念を押すように言った。
「いいねぇ、何だか私はお前さんのことが好きになってしまいそうだよ」
私たちは街のチンピラみたく、お互いの胸を突き合わせるように向かい合った。
「右の頬をぶたれたら左の頬というが、私相手にそんなことをやっていたら初太刀で斬られると思わないかね?」
「ワタクシに言わせれば、右の頬をぶたせてる時点でその者が間抜けなのです。右の頬をぶたれる前に終わらせれば左の頬を差し出す必要はありません」
「……聖典の教えだ」
「聖典はあくまで目安ですわ」
こんな所でこんな張り合いをしても仕方ないので、私はふらついている男に声をかける。「そうだ、お前さん達どうして私をつけまわしたんだ?誰に頼まれた?ケチな物取りとは言わせないぞ。随分と用意周到じゃないか」
起き上がろうとする男からフードが取れた。浅黒い肌に長い口髭、この国の人間の顔ではなかった。
「東方民族か?なぜお前さん達が?いや……。」私は東方民族に恨みを買う覚えはない。しかも彼らがこの国の人間と組むということも奇妙だ。
「こぉら!貴様ら何をやってる!?」
通りからこちら向かって何者かが叫んだ。
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