襲撃

 私は商店街を抜け、サン・モルガン教会へ向かった。だが、私と一緒に店を出た二人組が気になったので、まっすぐは向かわず、一度抜けた商店街に入り直し港町へ足を運び、そこから行商人の馬車に乗せてもらって教会へと遠回りをした。


 大戦の戦火を逃れたサン・モルガン教会は、清貧をモットーにした戦前の教会よろしく、薄暗い色合いの、切り出し方も荒々しい石で積み上げられた建物だった。大理石や花崗岩かこうがんを使った、華やかさばかりを重視した昨今では見られなくなった造りだ。長年の雨風にさらされて薄暗く汚れ、まるで周囲が年がら年中曇っているように見える。

 昼だったので教会は正門が開いていた。そのまま正面から教会へと入り中の様子を伺う。平日なので礼拝堂は人気ひとけがない。小さな窓から射し込む光が辛うじて室内を明るくするものの、その差し込む光さえもアーチ状に積み上げられた、黒い石材の闇に飲み込まれていた。静寂に包まれたその空間は、神に近づくということが華やかさな栄光ではなく、一種の死であるという厳かな教訓を体現しているようだった。


「何か御用でしょうか?」

 建物内を見渡していると、修道士が後ろから声をかけてきた。あの晩に私たちの対応をした若者だった。初めて会ったときは暗くて気づかなかったが、一際白い肌のせいでソバカスが目立って見える赤毛の青年だ。

「……おや、お久しぶり」

「ああ、イヴ様のお連れの方ですね」

「あの件では世話になったね……。ところで、ヘルメスで迎えていた老賢者の葬儀をここでやったようだが……。」

「そうです。老賢者様は大きな葬儀を好まれないだろうという配慮で、領民に告知はなされず、屋敷の方、特にヘルメス侯の縁者のみで執り行われました」

「そうか……。時に私たちと違って、エルフは寿命では死なないということだが……。」

「そうですね。と言っても、彼らも不死なわけではありません。ひどい怪我や疫病、それに自らの役目を終えたと悟った時、彼らは天に召されるといいます」

「では、老賢者殿は?」

「私たち一介の修道士は、そこまでのことは……。」

 気まずいのではなく、どうやら知らないという様子だ。質問を変えよう。

「葬儀に参列していた者たちは? 要するに、どんな雰囲気だったのだろう?」

「それはそれはしめやかなものでした」

「そうかね。何というか、泣き叫んでいるものや妙な雰囲気の者はいなかっただろうか?」

「いえ……あの失礼ですがどういったご用件で?」

「ああすまない。実は私も生前老賢者様に大変お世話になったんだ。だが旅に出ていたために葬儀に参列することができなかった。祈りを捧げに来たのはもちろんだが、せめて彼が最後どうだったのか知りたいんだ。安らかならそれに越したことはないんだが、ほら、私はこういった身なりだ。ヘルメスの者に聞いたところで門前払いされてしまうんだよ」

「ああ、なるほど。いえ、特に変わったことはございませんでした」

「ヘルメスの縁者といったが、病床から回復したというロルフ殿もいたのだろうか」

「ええ、回復したばかりというのにとても気丈に振舞っておりました」

「そうか……。」

「そういえば……。」

「何だい?」

「いえ、以前にヘルメス家のご長男、ヴィクター様のご葬儀もこの教会で執り行われたのですが、その時に比べて非常に落ち着いたと申しますか……。やはり後継者としての自覚がその時に比べて出てきたということでしょうかねぇ」

「なるほど……。因みにヴィクター殿の葬儀の時、ヘルメスのご令嬢はどんな様子だったのだろう」

「どうと言われましても……。そうそう、他の侍女や使用人の女性が泣き崩れている一方で、とても毅然とした態度で葬儀の進行に関わられておりました。何と申しますか、やはり噂に聞きし男勝りな方であるなと」

「そうか……。分かったよ、ありがとう」


 私は修道士に礼を述べてから、祭壇に飾られている聖杯の前で老賢者に祈りを捧げた。もし心残りがあるならば、私に何か機知を与えてくれるように頼んで。


 教会から出ると、すぐに二人の男につけられた。カフェから私を待ち構えていた二人だろう。どうやら行動を読まれているようだ。



 私は15分ほど歩き回ったが、間違いなく私に用事がある彼らは尾行していることを隠そうともしなかった。私は彼らを誘い出すために建物と建物の間、光が当たらずいつ降ったかもわからない雨の名残で地面が湿っている狭い路地に入り込んだ。

 光が射さない路地、急にこの空間に入ったならば夜目の利く私に理がある。だが、彼らは一向に路地に入ってくる気配がない。風通しの悪い路地裏で、私は籠った空気と一体になるくらいに息を潜める。

 後ろで気配がした。顔をフードで隠した二人の男が現れた。回り込まれたか。その二人を振り返ると、私をつけていた二人の男も路地に入ってきた。追っ手は二人じゃないわけだ。


「女ひとりナンパするのに随分と用心深いな。一人じゃあ心細くてお仲間を引き連れたか?」

 しかし彼らは無言で近づいて来る。無言で女に迫る男ってのは大概がろくなもんじゃあない。

「言っとくが、お前さん方が抜く前だろうが遠慮なく斬らせてもらうぞ」

 私は刀に手をかけた。やはり近づいてくる男たち。……恨むなよっ。

 

 私は踏み込んで抜刀する。だが、元々逃げる気だった男たちは大げさに身を翻す。通り側の男たちが近づいてきたのでそちらに向かって構えたが、やはり男たちは振り返って逃げるように私の攻撃から避けようとする。追っては引いて追っては引いて、まるで目隠し鬼のような意味を持たない立ち回りだ。妙だな、この距離の取り方は……。

 そう思った途端、私の頭上に網が降ってきた。しまった、と思う前に体に網が絡まる。刀を振ったが、何重にも重ねられた網はあえなく私の体の動きを封じた。なんてことだ、誘い出したと思ったらまんまとハメられてしまった。建物の上で待機していた仲間がいたのか。こいつら、この街の造りにかなり長けている。ただのチンピラじゃない。

 男たちは一斉に私に襲い掛かった。一人に刀を突き刺そうとするものの、足元の網を引っ張られ私は無様に転んでしまった。男の一人が私の刀を握る手首を足で踏んづけると、別の男が私の足を棍棒で打ち付けてきた。私が呻き声を上げると、男たちが覆いかぶさるように私の体に体当たりをして動きを封じた。万事休すか……。そう思っていると、鈍い音を立てて男が目の前に飛び込んで倒れてきた。その男は意識もなくぐったりとしていた。


 私と男たちが通りの方を振り返ると、逆光でシルエットになってはいるが、装いから修道女と分かる女の影が仁王立ちしていた。


「まぁ、昼間から何とふしだらな。神の住まいの近くでそのようなことが許されるとお思いですか?」


 その声は澄んでいて清らかで、そして刺々しくも冷たかった。まるで鋭く尖った透明の氷柱つららのように。

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