刀剣的演戯

 部屋の中央で睨み合う私たち。


 二手の攻防だったが、お互いの手の特徴が分かってくる。私は立ち位置をこまめに変化させて躱しつつ速さと手数の斬撃を、ウォレスの方は剣撃はあくまできっかけで、受けられた後に鍔迫り合いから本命の攻撃を仕掛けるといった具合に。


 ウォレスは顔の横で柄を握り、地面と水平に剣を構えた。攻撃と防御を兼ね備えた構えだ。小さく動く戦術に変えるつもりか。


 相対する私はウォレスと同じように、柄を弓を引くように顔の横まで持って行き刀を地面と水平に構える。違いは柄を握るのが右手だけで、左手は切っ先に添えられていることだ。ウォレスよりも、さらに最小の斬撃で臨む。


 私はフェイントを交え、速さのみ重視した振りを連続で繰り出す。だが狙いは刀を叩き込むのではなく、刀を適切な位置に行くものだ。刀がその場所に来たら右手での振りと刀に添えた左手の圧力でウォレスに斬り込む。最速の振りからの最小の斬撃、加えて短いすり足を連続し最短の動きで間合いを詰めていく。その不必要に重いで、この動きについて来れるか?


 ウォレスが呻きながら後退する。申し訳ないが、霊廟の尼さんのように切り刻ませてもらうぞ。


 上段の攻撃は相手の構えの性質上、容易に受けら止められる。だが、そのまま狙いを下へ下へと移動させ、私は片膝を付く寸前まで体勢を低くしてから太ももを狙うような左右の薙ぎを打つ。そして注意を足元に向けてから鳩尾みぞおちを狙う刺突。ウォレスが仰け反りの勢い余って、後ろに倒れ込んだ。


 追い討ちをかけようとすると、爺さんは大げさに転んでから床の上を独楽こまのように回転しながら脛を狙ってきた。刃がないものの剣の重さと勢いで足を払われ、私もすっ転んでしまった。すぐに跳ね起きたが、脛の痛みは誤魔化しようがなく、私は足を庇うように構えざるを得なかった。私の剣術は足さばきがかなめなのだが、この立ち合い中に回復を望むのが難しいダメージだ。


 攻防一転、ウォレスから繰り出されるのは、戻しの速い連続の突き。伸びた腕を攻撃したいが距離がある。仮に攻撃を仕掛けたとしても、武器の重さの差に加え刃を落としたことで耐久力の上がっているあの剣に打ち込めば、刀が痛むどころか下手をしたら折られる可能性もあるし、それに気づかないウォレスではないだろう。ここは本命の一撃を待つ。ウォレスの剣撃は次の攻撃へのきっかけだが、本命の一太刀だってあるはずだ。そんなワンパターンで戦場を生き延びられるはずがない。そこを利用して後の先を取る。

 

 上段――刀を急角度で構え。突き――立ち位置を素早く変えかわす。右薙ぎ――後ろに下がる。不意の蹴り――下腹部にもらった。さらに柄でのかち上げ――顎が跳ね上げられた。そして袈裟切り――体を密着させて回ってウォレスの背後を取ろうとする。しかし、見計らった中段の横蹴りが私の上腹部に突き刺さる。そして蹴りでふっとばされてから、私はウォレスが計算づくで攻めていたことに気づいた。いつの間にか壁際にまで追いつめられている。


 足をやられ攻防一体が難しくなっていることを悟っているのか、曲芸師のようにウォレスが剣を振り回す。一気呵成に攻めるつもりだ。この足だと向こうは一気に間合いを詰められる心配はないし、どこか体に当たれば儲けもの、受けられても得物の性質の差で刀をへし折れる。つまりこちらは、避け続けるしかない。


 避け    いなし……当たった

    防ぎ       仰け反り……掠った   転がり 

  逃げ     躱し   屈み   痛っ

      跳び……こけ   近づき……押しやられ


 紙一重、というか布一重で躱し続け、私の着ているドレスはみるみるうちにボロボロになっていく。数度のフェイントの剣撃の後、ようやく待っていた本命の一撃が来たものの、上手くさばけず何とか受け止め鍔迫り合いに持っていくのがやっとだった。


 刀を通して、ウォレスの背中の筋肉が私を押しつぶそうと張り詰めているのが分かる。敏感な耳には、歪んだ背骨の軋む音さえも入ってくる。私は下腹部、丹田たんでんに意識を集中させ、押し返すのではなく、地面に根を下ろす樹木のようにその場に踏ん張り、ウォレスの力を下へと逃がしていく。


 ロランたちからは止まっているように見えているだろうが、私たちは剣を交えながら、絶えず力の方向とその加減を変え、相手に付け込む隙を伺い続けていた。呼吸は長くも短くもなり、止まる瞬間さえもあった。


 そんな極度の緊張の中、私の体を見てウォレスが言う。「お召し物を……変えられてはいかがか? それでは十分に力が出せんでしょう」

 私のドレスはもうドレスだった頃を忘れ、今はただ体に絡む布切れになっていた。

「戦場において……。」私も呼吸を乱さないよう用心しながら応える。「都合良き服が、都合良き時に、都合良き場所にあり、あまつさえ衣装替えの時間を……都合良く与えられるとでも?」

 ウォレスは目を見開き、そして穏やかに笑った。「失礼をした」

 初めて見る彼の笑顔だった。


 その会話が終わると同時に、私たちはお互いに得物を押し出し距離を取った。


 離れるや否やウォレスの剣撃、というかフルスウィングのぶん回し。私は屈んで避けたが、後ろにつっ立っていた装飾用の重鎧が、その一撃でひしゃげて吹っ飛んだ。刃のついている剣ならオークの胴だって真っ二つにできそうなじいさんだ。


 広い空間を生かしウォレスの攻撃を距離をとって逃げ続け、足がほんの少し回復したのが分かると、私は斬撃を放ち攻勢に出た。いくつものフェイントに隠された本命を打つように……見せかけ。


 後ろに跳躍しながらの面打ち、下がると次は上段で飛び込む。ウォレスが反応する。


 右薙ぎが来る。これを見せられては、剣士ならば自然に反応してしまうはずだ。


 私は刀を空中で手放し、体を絞るように細めその場で素早くしゃがみこんだ。


 私の動きについてこれなかったかつてのドレスだった布切れが、残像のごとく空中に浮かぶ。


 その残像に右薙ぎを放つウォレス。


 残像が剣風で霧散する。


 私の本体は、ワインレッドの絨毯の上、下着姿で襲いかかる獣のように四つん這いで突っ伏していた。まぁ、とくと拝むがいいさ。


 ウォレスが仰天し振り切った剣を戻そうとするが、ただでさえ上等な柔らかい布は、装飾用の剣では切断されずにそのまま絡み付き、さらに空気を巻き込んで剣速を鈍らせた。


 私は文字通り獣のようにおどりかかった。


 しゃがんだ状態から顎への頭突き。そして剣を握っている両腕を左脇で押さえ込み、布の巻きついている剣の中腹を握り締め、切っ先をウォレスの喉元に突きつけた。


「ぬぅ!」

「せいやぁあっ!!」

 ウォレスは体を仰け反らし剣を喉からどけようとするが、私はさらに彼に突っかかり、内掛けで足を引っ掛けて浴びせ倒した。絨毯の上に背中から倒れるウォレス。剣を突きつけながらウォレスの上に倒れる私。


 倒れた拍子により、一層剣は彼の喉に深々と入っていた。刃があったら血が吹き出ていただろう。


 ウォレスが天井を仰ぎながら言う。「……参った」


 そう言われた途端、体から力が抜け私はウォレスの上に倒れこんだ。赤い絨毯の真ん中で、上半身裸の老人とパンツ一丁の女が体を寄せ合い寝そべっていた。

「やれやれ、とんだの終わりだな」私は後のようにウォレスの胸の上に頭を落とした。

「……完敗ですな」と老人が苦笑する。

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