第０話②
手下が女を舐めまわすように見ながら言った。「……ほう、中々の上玉じゃねぇか。いいぜ、お前は特別招待してやる。だが、客じゃあなくて客を取るほうだがな」
女はそれにクスリと笑って応えた。それは生娘のような
「……もっと気が利いたこと言えないのか？ 前口上だぞ？」
「あん？」
女が体ごと後ろに振り向いた。
女は既に構えていた。
女は間合いに入った時点で既に構えており、抜刀しており、そして……突き刺していた。
「……え？」
何の遠慮もなく、刀が深々と心臓を一突きで貫いた。しかし男は自分の危機的な状況よりも、髪に
「エイサー、どうした？」
様子がおかしかったので別の手下が声をかける。彼らからは抜刀も突き刺したことも仲間の背中越しで見えていなかった。
女は刀を抜くと、必要最低限の動作で納刀した。
手下が倒れるものの、周囲の人間の目にはなんの前触れもなく仲間が倒れた様に映っていた。
男たちは何が起こっているのか分からず各々顔を見合わせていた。だが──
「どうした、来ないのか？」
女がそう言った
この女が雇われた用心棒で、自分たちの敵であるということに。
「この
武器を手にした三人が、絶叫しながら襲いかかった。
一番先頭の男が女に剣を振り下ろす。女は斬撃を左足を引いて避け、その避けた動きの勢いを利用して抜刀し男の胴を横に切り裂いた。
続く男もやはり片手剣で女に斬りかかる。下段に構えていた女は振り下ろされた相手の手首の半分を切り上げで切断した。男はブラブラと垂れ下がる自分の手首の先を見ながら悲鳴を上げた。
バスタードソード※を振り回してきた男に対しては、女は素早く間合いを詰め腕を交差させ相手の手首を受け止め、その状態のまま切っ先を下に向け前後に足を開いてしゃがみ込みながら刀を男の足の甲に突き立てた。男は足と地面を縫い付けられた苦痛で悶絶し
(※バスタードソード：片手・両手の両方で使える剣)
四人が斬られてようやく男達に危機感が現れた。この女は手練だと。
男たちは女を取り囲みじわじわと追い詰めようと試みる。
だが円陣が狭まる前に、女は突然一人の男に駆け寄った。
駆け寄られた男は、前の三人の斬られ方を踏まえ両手剣で突きを放った。
しかし女は駆け寄る途中、体を回転させながら近づいて突きの狙いを外させ、そのまま回転の勢いで男の胴を右薙ぎで斬り、そして斬った男を走り抜け背後にあったドアを蹴破り民家の中に飛び込んでいった。
男たちは女の後を追い建物の中になだれ込んだ。
しかし、空家となり雨戸の閉じられていたその民家の室内は暗く、男たちはすぐに目が慣れなかった。
その暗がりの中、男たちが唯一目に出来たのは金色に光る女の
暗闇が不利だと悟った男の一人が雨戸を叩き割り室内に光を呼び込む。辛うじて室内の様子がわかるようになった。
女の姿を確認した男達は、女に一斉に襲いかかろうとした。だが、前の住人が夜逃げするように出て行ったその室内は家具が多く、さらに柱が入り組んでいたために剣を振ろうにも、刃が引っかかり思うように切り込むことができなかった。
その一方で、女は刀を逆手に持ち変え間合いを縮め、懐に潜り込み近い間合いから男達の体を次々に切り裂いていった。
懐に入られた男の一人が何とか女の斬撃を剣で受け止める。そして
飛ばされた女は室内の長テーブルの上でゴロゴロとでんぐり返りをうって、長テーブルの向かい側に落ちていった。
女を追うため男が長テーブルに乗ると、女は自分の眼前のテーブルの足を切断した。
そのせいで長テーブルは滑り台のように不安定になり、男は女と同じように長テーブルの上を転がっていき、そのすれ違いざまに女は男の胴を左薙ぎで斬り裂いた。
別の男たちが雨戸を全て打ち破ったので、女は室内の有利がなくなってきたことを確認すると、雨戸を破って外に飛び出した。
外で壁沿いに立っている女を、室内の男の一人が壁越しにロングソードで突き刺そうと壁に剣を突き立てる。
女の獣耳がピクリと動き気配を察知する。女は体の軸を廻した。壁越しに突き出た刃は女の体から外れた。
再度男が壁に剣を突き立てるが女はスウェーバックでまたそれを避け、男が最後に壁越しにぶった切ろうと右に薙ぐと、女は前後開脚で体を地面に這わせそれをかわしながら逆に刀を突き立て壁越しに男の股間を刺し通した。
刀を壁に突き刺している女に外で待機していた男たちが一斉に襲い掛かる。
女は急いで刀を壁から抜き、壁沿いに男たちから逃げながら
後を追ってきた男たちの頭上に庇の屋根や
ここまでくると手下の中には逃げ腰になり、ろくに構えも取れない者が出てきていた。
しかし、女はそれでも容赦なくそんな男にも襲いかかり、及び腰で構える男のロングソードを器用に小手で叩き落とし、刀を男に突き刺した。
突き刺している隙に別の男が斬りかかったが、女は突き刺した男を盾にしてその攻撃を防御し、息絶え絶えの男に再度刀を突き刺しその挑んできた男もろとも刀を突き立て、さらに二人同時に抜き胴で切り抜けた。
いきり立って剣を振りかざす者に対しては避けと攻撃が一体になった体さばきで後の先を取り、用心深く剣を振るう者に対しては精密な動きで指を切り落として先を取る。次々に倒される仲間を見て完全に男たちは戦意を無くしていた。ポールは部下に目配せをするものの、誰ひとりとして女に挑みかかろうとしない。
痺れを切らしたポールが「おい、お前！ 大金を払ってんだぞ？ 少しは働け！」と後ろに控えていた大男に詰め寄った。
「スミスよ。俺は女とは戦わん……。」と、その大男は表情の乏しい顔でポールに告げた。
黒々と茂った黒髪にびっしりと密度の濃いい眉毛を蓄えたその男は、黒い外套に黒い軽鎧、黒いズボンを着用していた。声すらも黒々しかった。その
「言っとる場合か？ 見てみろ！ ほとんどやられたぞ！」
大男は気乗りしないように首を振って前に歩み出た。長物の先端から布を取り去ると、その穂先には銀色の
「名を聞こう……。」大男が柄の先端を地面に突き刺して言った。
女は広場の隅にあった焚き火の残り火の所へと歩いて行き、冷えた手を温めながら「そういう場合は自分から名乗るのが礼儀だろう？」と、顔を向けるが視線は焚きに遣ったたままで言った。
「……ウヌが今目にしているもの、それが我が名だ」
女は周囲を見渡す。打ち倒された
「……給料泥棒？」
「……私の名前はハルバード……。」と、無表情で大男が言う。
「ハルバード？それはお前さんが持ってる得物（武器）の名前だろう？」
「そう、ワシがこの槍斧で戦うさまを見た者たちが、自然と畏敬の念を込めて言うようになったのだ……ハルバードと」
「なるほど、得物をバスタードソードにしなかったのは正解だね。行く先々で言われるわけだからな“
「……貴様の名は？」
「お前さんと似たようなもんさ。お前さんが最期に見るもの、それが私の名だ」
「……面白い女よ」淡々と大男が言う。
「よく言われる」女が形だけで微笑んだ。
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