霊廟
馬を手酷く扱ったせいで途中でへばってしまったので、道中で見つけた農家で馬を金貨と合わせて交換してもらいさらに走らせ、今日の夕方以降に着くはずだった山岳地帯まで、まだ日があるうちに到着することができた。
「東方民族の馬があればもうちょっと楽だったかもな」
「君と出会ったバーにいた人たち?」
「ああ、彼らは早馬を常備しているからね。昔は戦に使っていたが、今ではもっぱら商いで役に立っているようだが。おかげでいろんなところで彼らを目にするようになった」
「父はあまり彼らと商売はしたがっていないみたいだけどね、宗教が違うとかいうことで……。」
「彼らは先の戦争では勇者側にも魔族の側にもつかなかったからね。今でも味方かどうか分からないんだ」
しかし、せっかくまだ太陽が登っている時間だというのに、その山岳地帯は霧がかったように視界が悪く、10尺も離れるとそこにいるのが人間なのか朽木なのか分からなくなってしまうほどだった。何の知識のない旅人でさえ、ここにうっかり立ち寄ってしまったら、霊魂がそこらに漂っているのではと疑りそうなほどに、浮世離れした雰囲気で満たされている。
「ここが霊廟でいいのかな? 因みに来たことは?」
まだギリギリ視界の範囲で捉えられるロランに言う。
「ないよ……。」
「そうか……。」
この霧の中で迷って、挙句に場所違いでしたなどということがなければいいのだが。
「大丈夫だと思う……よ」
「ほう、それはどうしてだね?」
「ラクタリスと同じ気配を感じるんだ。彼の気もそうだけど、何百年、何千年にも渡って蓄積された先人たちの気配を感じる……。」
「それはそれは」
エルフがそ言うのならそういうことなのだろう、何せこちらは数日前に彼の使った法術を目の当たりにしたばかりなのだ。とはいえ、場所は間違っていないとはいえこの広い山岳地帯だ。霊廟を見つけることが叶わず遭難してしまうことだってありそうだ。この雰囲気ならば、下手をしたら道に迷うどころかあの世にだって迷いこみそうだ。
「……もしかして囲まれているのか?」視界の悪い中
あちらからお出迎えがあるとは何と気の利いていることだろう。しかし陽気な挨拶を交わす前に、私は刀の柄に手をかけた。
「ちょっと、クロウ。老賢者の従者かも知れないんだよ?」
「音も匂いもなく、気配すらを殺して近づいて来る奴がこちらを歓迎していると思うかい?」
そう、私の耳も鼻も奴らに感づけなかった。魔女の毒ですら見破ったというのに。私が構えたのは、そこにほんの少しの恐れがあったからだともいえる。こいつらは、生き物なのだろうか? 刀を強く握れば握るほど、その質感が、それを感じさせない目の前の相手に対して心細く感じられてしまう。
ロランが敵意を見せる私を気にしながら影に話しかける。「突然失礼しました。ぼくはヘルメス家のイヴです。老賢者様にお伝えしたいことがありまして、はるばる領地からこちらまで――」そこまで言うとロランは驚いたように口をつぐんだ。そしてすぐに笑いだした。
「……どうしたんだ?」
「クロウ、見なよこれ。君、この木の影を勘違いしたんだよ」
近寄ると、確かにロランの横にはやせ細った木が生えているだけだった。あれだけ仰々しく言った手前恥ずかしく思ったが、それでもやはり気になるところがあった。なぜ、この木々は私たちを取り囲むように生えているのだろうか。いやそれよりも、私たちの後方に木などあったか?
「確かにこいつなんか特に人間みたいな形しているけどさ――」
ロランがそう言いながら叩いている木が、風もないのに少し傾いた。それも枝ではなく、幹から不自然に。
「ロラン危ない!」
私はそう叫んでロランに体当たりをして木から突き放した。朽木は大きくゆっくり動いた後、枝を四肢のように動かし私たちをなぎ払おうとした。
こういう相手ならば刀を鞘に納めておく必要はない。抜刀すると私は大きく構えた。
「切るなとは言わないだろうな」
「ああ、もちろんだとも」
ロランも珍しく抜刀していた。とはいえ、彼のレイピアではどう考えてもこの薪割りには向いていなさそうなのだが。
やれやれ、良いニュースと悪いニュースだな。大正解おめでとう、ここは間違いなく霊廟でした。しかし残念なことにクロウ、君は招かれざる客なのだよ、と。
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