魔狼再び

 早すぎる、狼の鼻もないのにどうやって嗅ぎつけたのか。私が部屋に入ると、既に二匹のゴブリンが中で待ち構え荷物を漁ろうとしていた。私は部屋の中を駆け回るように左右に大きくステップを踏んでから跳び上がり、まず左にいた一匹に飛び蹴りを入れ、そのままそいつの顔面を踏み台にして更に天井にぶつかる程にジャンプすると右にいた一匹に踵落としを入れる。二匹とも絶命には至らなかったが、悶えて戦闘不能にはなった。


「急げ! 必要なものだけ持つんだ!」

 中の様子を察したのか、窓ガラスを打ち破ってゴブリンが一匹飛び込んできた。私は即座に刀を手に取り、抜刀と同時にそいつの胴をすれ違いざまに切り裂いた。腹を裂かれたゴブリンが、着地できずに床をゴロゴロとでんぐり返りをしながら転がっていく。


 すぐに行動ができるように、荷物は常にリュックに詰め込んでいた。服を着さえすればすぐに出発できる。私はシュミーズを強引に脱ぎ去り、急いでジーンズとタンクトップを着込んだ。一瞬全裸になったが死体と体を許した男だ、気にすることは無い。


 窓をさっと通り過ぎ外の様子を確認する。まだ完全には囲まれてはいない。どうやらこの村で私たちを探している最中のようだ。私は目でロランに合図すると窓から飛び出し、真っ直ぐに荷馬車を目指した。馬車に乗り込むとロランがすぐに手綱を取り馬を走らせる。その音に感づかれたらしく、また数匹のゴブリンが林の向こうから群がってきた。風を切る音がした。矢が飛んでくる音だ。私は荷車の上で中腰になり、飛んできた3本の内2本の矢を刀で叩き落とし、残る一本を鞘で弾いた。こいつらの弓矢は弦が小さく威力はないものの、厄介な毒を塗っている可能性があるので気をつけなければならない。


 馬車を全力で走らせゴブリンたちを振り切るが、私たちを見つけたことを合図する角笛が鳴らされ、この村に散らばっていたのだろうゴブリン達が徐々に集まってきてしまった。木の上で待ち構えていた一匹が荷車に飛びかかってきたので、私はそれを切り上げ始末する。

 私の後ろでは荷車と馬との間にまた一匹のゴブリンが飛び乗り、ロランに襲いかかろうと短剣を抜いている真っ最中だったので、ナイフをそいつの首に投げつけた。王子様をかどわかそうという不届きなゴブリンは馬車から落ち、軽快な音を立て転がっていった。


 雷が鳴ったと思うのと同時に、私の頭上にあった木の枝が弾けるような音を立て砕けて落ちた。遠くにあのゴブリンたちのかしらが馬で追ってきているのが見えた。例の武器だ。ロランが可細く悲鳴を上げていた。


 荷車と私たち二人分で、やはり奴らに比べてスピードが劣る。次第にゴブリンたちの乗る馬が近づき、ついには並ばれそうになってしまった。私たちの馬に攻撃されたらお終いだ、馬には恨みはないものの奴らの馬の横っ腹を蹴り飛ばし、バランスを崩させゴブリンを振り落とす。私の不条理な突然の暴力に、馬が哀しい鳴き声を上げていた。


 反対側に迫っていた二匹乗りのゴブリンの一匹が荷車に移ろうとしていたので、不安定な状態なそいつを蹴って馬から落としたが、手綱を握っていたゴブリンが馬を捨て飛びかかり、私に抱きつくように掴みかかってたので、刀を抜くのが難しくなってしまった。中々振り切れなかったが、ゴブリンが剣を抜こうと片手になった隙に抱え上げ、そいつの頭を頭上の行き交う木の枝にぶつけて気を失わせ馬車から突き落とした。ゴブリンは本当によく転がる。他人の命はおろか、自分達の命にすら価値を置かない奴等なので、それはそれはよほど軽いのだろう。


 並んで行動しては飛び移れないと判断したのか、脇道から体当たりをかますように馬ごと荷車にゴブリンが突っ込んできた。

 馬は寸前で止まったものの、馬の勢いのついた二匹は決死の覚悟を決めたかの如く私に文字通り飛びかかってきた。

 片方は空中で斬り伏せたが、片方のぶちかましを喰らってしまい体が荷車から投げ出されてしまった。何とか脚を引っ掛けて地面に落ちることは免れたが、私は荷車の端に脚のみで宙ぶらりんになった状態で、その上体にはゴブリンが相討ち覚悟で抱きついており、高速で通り過ぎる地面にぶつかるのは時間の問題になってしまっていた。さらにゴブリンは器用にも私に抱きついたまま体を上下反転させ、私にケツを向けてから顔面に何度もストンピングを入れてきやがった。体重は軽いゴブリンとはいえ、何度も顔面に蹴りを入れ続けられたらそのうち力尽きてしまうだろう。私のズボンにしがみつき、ゴブリンがジャンプをしながらゴキッと両足で蹴りを入れてくる。こんなことをしていたら自分も落ちてしまうだろうに、やはりこいつらの命知らずは噂に聞きし以上だ。両足で跳んだところを狙って私はゴブリンのズボンの腰を引っつかんで引きずり下ろした。地面が擦れる音がしたので落ちたと思いきや、奴も私のジャケットを引っつかんでなんとか落ちまいと必死に抵抗していた。正確には奴の体の半分はもう落ちており、地面に肉をすり下ろさせながらしがみついているのだが。


 私は執念の結晶のようなコイツの顔面に、先程のお返しとばかりに肘打ちをしこたま打ち付けた。ゴキッゴキッという骨と骨がぶつかる音に混じって、ズザッズザッズザッ! と私の肘と地面のサンドイッチになって奴の顔面が削れる音が聞こえる。ふと進行方向を見ると、道が狭まりもう少しで私たちは木にぶつかるところだった。私は肝を冷やすが、相討ち上等のゴブリンは半分無くなった顔でニヤっと勝ち誇った。きっとコイツは絶命してもこの手を私のジャケットから離す気はないのだろう。仕方ない、私はジャケットを脱いだ。お気に入りの一張羅だったのだが。ゴブリンはそりゃないぜ……と言いたげに転がっていった。そしてすぐに上半身を腹筋で素早く持ち上げ、間一髪で木との衝突を避けた。


 悪寒がしたので荷車の後ろを見ると、ゴブリンのかしらが錠前の先端を私に向けていた。最後のナイフを奴に投げるが、ナイフは上体を反らされかわされてしまった。しかし不安定だったらしく、そいつも馬から落ちていた。立ち上がったあと、苦し紛れにそいつは私にその武器を放ったが、それは馬車の隣の木に当たっただけだった。どうも、扱いの難しい武器ではあるようだ。ロランが子供でもオークを倒せる武器だとは言っていたが、法術や魔法のように、そこまで使い手の都合よく使用することはできないらしい。


「クロウ、どうしよう!」ロランが叫ぶ。

 道の向こうに、ゴブリンが朽木を切り倒し道を塞いでいるのが見えた。かなり簡単な障害物だが、この荷馬車を止めるには十分だろう。私は荷馬車を離れてロランの後ろに乗り、荷馬車と馬をつなぐ馬具を解き馬と荷馬車を離した。支えを失った荷馬車が不安定に揺れた後、大きく転倒する。


私はロランの耳元で叫んだ。「飛び越えられるか!?」

「馬術は得意だ!」

 ロランは手綱を大きく振り、馬にさらに速く走るよう命じた。馬はより速く走り始め、私は振り落とされないよう、ロランにしっかりとしがみつく。

 馬が飛び上がり、朽木を飛び越した。加速した馬は、そのままその周りにいたゴブリンたちも蹴散らし駆け抜けていった。


 私たちは、そのまま霊廟れいびょうのある山岳地帯まで馬車を走らせ続けた。

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