木偶
襲いかかって来る枯れ木の群れを私たちはなぎ倒し続ける。最初こそ見た目に圧倒されたが、こいつらの動きはどうにも鈍く、攻撃のパターンもただなぎ払うだけのようで、すぐに目が慣れてきた。攻撃を避け大きく隙ができたら、それこそ試し切りの要領で大きく振りかぶって枯れ木の枝を切り落とす。だが、どうやらこいつらは痛みを感じないらしく、枝の一本や二本を切ったところで怯むことがなかった。そもそも、生きているのかどうかも分からない。もう生命の通っていない朽木が操り人形みたく、何者かの命令で動いているようにも思える動きだ。
私の剣術はアンデッドといった痛みを感じない奴らとの戦闘には不向きなので、途中からは完全にきこりのように振りかぶっては幹を両断するというやり方に変わっていった。ロランに至っては、レイピアは完全に役に立たないようで、剣先で奴らの攻撃をそらすのが精一杯のようだった。
木偶を切り続けている途中から、私があまり考えたくはなかった懸念が的中し始めた。最初に見えていた半分以上の幹を真っ二つにしたというのに、敵は全然減っていはいないのだ。まいったね、こりゃ増えてやがる。
「クロウ、時間を稼いでくれ!」レイピアで木偶たちを追っ払いながらロランが言う。
「どうするんだ?」
「これも老賢者の法術だと思うんだ! だからラクタリスの時のように、こちらからも法術でコイツらを押さえつけるんだよ!」
「隠居のためにアクティブになる老人もいるとはな! しかし時間がかかるんじゃ?」
「これは精霊の加護の類じゃないから大丈夫」
「そうかい。そこら辺の仕組みはよく分からんが」
どうやらこいつらは番犬というか、殺傷ではなくコケおどしが目的のようで、慣れてしまった今では刀で攻撃するどころか、足で蹴り押して倒してしまうくらいでも良くなっていた。とはいえ、際限なく増殖するのは厄介であることには変わりない。ダメージは少ないものの、油断していたら後ろから数発小突かれて吹き飛ばされてしまった。
ロランは私が木偶を相手にしている間に詠唱を始めた。ラクタリスと違い、確かに方陣も組まず剣を地面に立てたまま何かを呟いている。
「ミット・マイナー・マハット、ス・ビファイン・デン・フルゥウ・アンツォゲン・ウォオフ・デェ・エウヒ──」
異変に気づいたのか、木偶の一匹がロランに襲いかかった。私はそいつに飛びかかり、飛び蹴りを入れてから横一文字に幹を両断した。
「汝らを法外の呪縛より、解き放つ!」
ロランが凛として叫び地面に剣を突き立てると、木偶たちの陰影が変わったように見えた後に、彼らは木々らしく微動だにしなくなった。
「……封じたのか?」
「封じたというより、元々木って動かないからね。元に戻したんだよ」
「なるほど……。」私はさっきまで動き回っていた正面の気を拳で数回小突いた。柔く動いていたのが嘘のように硬い。
「他に何か仕掛けがしてありそうな気配はあるか?」
「あるとも無いとも言えない。さっき言ったように、気配があまりにも多くて……。」
「そうか……ところで私にも分かる気配が向こうから来ているんだが」
「え?」
霧の向こうから人影がこちらに近づいて来る。間違いなく人影で、しっかりと地面を踏みしめる音もする。先ほどの木偶に比べてしまえばそれだけで愛おしい気持ちになる。
人影が影ではなくしっかりとした輪郭になり、性別も服装もわかるくらいに近づいてきた。現れたのは、こんな霊廟に似つかわしいのか似つかわしくないのか、妙な威圧感を与える尼さんだった。
その尼さんは、端正な顔立ちなのだが化粧もしていないのに目つきがくっきりと釣り上がっているようにきつく、ベールを乗せている編み上げられた淡い栗毛色の髪は、しっかりとしすぎて彼女が神経質だということを宣伝しているようだった。限界まで編み上げられているので、いつしかその髪は彼女についていけずに根を上げて、張り過ぎたギターの弦のように弾けてしまうかもしれない。
尼さんだと言ったが、よくよく見ると修道服は改造されていて、上半身は動き易そうに彼女の体のラインに合わせられ、袖は二の腕のところまでで露出していた。肩や腰のベルトが体を固定しているが、それはどうも掃除のし易さを追求したなりではない。何より、彼女の二の腕から手の甲にかけては金属製の篭手と鉄甲がはめられているのだから雑巾を絞るのには不向きなことこの上ないはずだ。スカートもスリットが入り、シスターにあるまじく足が露出されているが、その足にも手のように具足がはめられているので、男どもを欲情させる何てことはまあまずないだろう。
ふとロランを見ると気まずそうに尼さんを見ていた。二人が顔を見合わせている。それは、知人同士で作られる、言いたいことが多すぎて逆に話し出せない類の沈黙だった。
尼さんから口を開いた。「お久しぶりです、イヴ様」
「ああ、久しぶり……。」
「なぜ貴方がこんなところまで?」首を傾けて尼さんが言う。口調から質問しているわけではなさそうだ。
「やっぱりぼくは引くわけには行かない。サマンサ、分かってくれないかな」
「……貴方はまだそのようなことを」尼さんの声には、
「知り合いか?」勝手に再会の挨拶を始めていた両人に
「うん……前に話した幼馴染の、タバサの姉君だよ」
「……それはそれは」
妹さんのお噂はかねがね、と握手をする雰囲気にはなりそうもない。
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