遺恨

              ※※※


 川に飛び込んだクロウ達を見失った後、まだ暖かい狼の亡骸を前にバクスターが立ち尽くしていた。

「お頭ぁ、あっちの茂みにペグの死体が」

「そぉか……」


 バクスターの周りに手下たちが集まって来た。バクスターは狼の傍らに座り込み頭を撫でる。

「お頭ぁ……」

 狼をより感じ取るように、顔の細部を手でなぞりながらバクスターが言う。「こいつとはぁ……オヤジの代からの付き合いだ。ゴブリン狩りの戦火を、ウチの氏族と一緒にくぐり抜けてきたんだよぉ」

「へぇ……」

「もう年寄りなんだが……他の狼なんかにゃ負けねぇくらい勇猛でな……。見ろ」バクスターは毛をかき分け傷口を露わにする。「刀をこんなにぶっ刺されてもしばらく戦ったんだよ、コイツは。この執念、他の狼にゃ真似できねぇ」

 バクスターは狼を撫でて微笑み、優しい声を上げる。「コイツこそが男さぁ……男の中の男だぁ。正真正銘純血のな」

 しかし、手下の一人が「お頭ぁ」と声をかけた次の瞬間、「!」殺意と憎悪の塊のような吐息が口から湧き出てきた。その吐息に触れるのは、長い付き合いの手下たちであっても不慣れだった。一瞬で周囲が青ざめる。


「ニブロ、俺の名前はなんだ?」

 ニブロと呼ばれたゴブリンは戸惑いながら「え? バクスター……さん?」と言った。

「氏族の名もだ」

「……バクスター・ダイアウルフ」

「そうバクスター・ダイアウルフ、大狼ダイア・ウルフのバクスターだ。代々狼を乗り回して生活してきた俺の氏族の、コイツは最後の旗印だった。それを殺りやがったあのメス猫は許しちゃおけねぇ」


 バクスターは立ち上がり手下に語りかける。「なぁお前らぁ、逆に考えろぉ。を受けたのは偶然じゃあねぇ。天は俺らを見捨てちゃいねぇって事なんだ。100匹殺されたら1000匹産んで、仇を討つためだったら子や孫に償わせ、そうやって種族を守ってきた俺らに対する贈り物さぁ。あの勇者の落し子バスタードを血祭りにあげるっていうなぁ。やってやろうぜぇ? あのメス猫生きたまま引っ捕えて、死なないように丹念に内蔵を取り出して奴の目の前で酒の肴にして喰ってやるのさぁ。絞り出される悲鳴も哀願も呪詛も悔恨もその一滴までしっかり味わい尽くして、あの転生勇者の糞野郎の一族郎党全てにしかるべき報いを受けさせるんだぁ。やってやろうぜぇ? ゴミみてぇに打ち捨てられ、名前も忘れられちまった全ての氏族の無念の復讐をよぉ」

 

 ゴブリン達はバクスターの言葉に火をつけられ、各々喚き声や歓声を上げ始める。

甘美かぁんびなれ復讐よ、奴の血を捧げ全てが終わった暁には……」バクスターは月を感じ入るように仰いでから手下たちを見た。「俺たちは英霊の列に加わる」

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