イン・ザ・ヒート・オブ・ザ・ナイト②

※※※


 村の方から流れてきた不吉な匂いをたどると、そこでは血なまぐさい騒ぎが起こっていた。アインのジジイがゴブリンの前でひざまずいている。子供たちの無事を確認したかったが、どうもそこまでは簡単に行けそうにない。


「誰だぁ、お前?」

 じいさんの前にいる、おそらくコイツがリーダーで、ついでにナイフを突き刺したのだろうゴブリンが私を探るように見た。


「道に迷ってしまってね」

 私がそう言うと、そのゴブリンはじいさんから離れた。私に近づくと思いきや、手下の数匹が私を取り囲む。一匹が舐め回すように私の体を見てから言う。

「頭ぁ、女ですぜぇ」

「んなこたぁわぁかってる。よぉ、こんなところに女ひとりで何やってんだぁ? これが見えねぇのよぉ」

「だから言ってるだろう? 旅をしてたら迷ってしまったんだよ。明かりを頼りに森を抜けたらここに着いたんだ。大きな道への行き方を教えてくれると助かるんだが……。」


 私を取り囲むゴブリンを確認する。

 全部で五匹。

 得物はこいつらの体に合わせた短剣と棍棒。

 私の方が先に届く。

 しかしまだ距離がある。

 

「そぉだ、お前にも聞いておこう。ここら辺でエルフを見なかったか? 二人組らしいんだがな」

「エルフ? 見てないな。それは男か女か? 見つけどうする?」

「質問が多いぜぇ?お嬢さん」

 おっと、馬鹿ではないらしい。あまり多くしゃべると怪しまれそうだ。

「なぁに、頼まれて探してんだよ。用心棒を雇って旅してる、エルフのボンボンをな」

「そうか。ああ、そういえば森でそんな奴らとすれ違ったな。二人組だったが頭巾のようなものを片方がかぶっていたからエルフかどうか分からんが、もしかしたらお前さんがたが探してる奴らかもな」

 ゴブリンが真剣な目つきで私の背後の森を見た。


「そいつらを探してどうするんだ?」

「なぜそんなことを気にする?」

「いやなに、目覚めが悪いだろう? 行方を教えた奴らが、私が原因で不幸な事故に遭うというのは」

 ロランは大丈夫だろうか。物陰に隠れているように言ってあったが、うっかり頭隠して尻隠さずみたいな墓穴を掘らないといいのだが。

「じゃあ知らない方が身のためだ。下手したらアンタの枕元に出てくるかもしれないからな」ゴブリンが伺うように私を眺める。片頬がえぐれた醜いツラはいつだってニヤけているようで中々の不快さだ。「もしかして……お前がその用心棒ってことぁないよなぁ?」

 私は困ったように眉間に皺を寄せた。


「頭ぁ、でもコイツ女ですぜぇ?」

 どうやら、こいつらは私のことを詳しくは知らないらしい。

「わぁかってるっつってんだろぉ」ゴブリンの頭は私を取り囲んでいる手下のさらにその周りを回る。「でもよぉ、男とは限らねぇだろぉ? こっちは名前しか知らねぇんだ“クロウ”って名前しかなぁ」


 なるほど、名前のみか。私は嗅覚と聴覚をフルに活動させ始めた。こいつらの鼓動、息遣い、関節のきしみを読み取るため。


「頭ぁ、そういえば通り名もあるらしいですぜ。確か“ファントム”って呼ばれてるとか」

 そう言いながら、そのゴブリンは私を舐めまわすように見た。

「ファントム? 何だそりゃあ?」

 また別のゴブリンが言う。

「知らねぇ、オメェ何か知ってるか?」

 私の耳は彼らの筋肉から次第に緊張が解けていくのを聞く。

「そりゃあオメェ、幽霊みたいにフワフワしてるってことじゃねぇのか?」

 彼らの視線が私から外れた。

「オイラが聞いたのは、動きが速すぎて見えないってぇ話だったぜ」

 こいつらは気づかなかったろう、私の呼吸は数テンポ前から吐くのをやめ、ひたすら吸い続けていたことを。

「けっ、大げさだなぁ。ファントムったって、どうせ実際見てみりゃ大したことないんだろぉ?」

 ゴブリン達の立ち位置がベストな状態になった。 


 機だ。


 一、私は左手の逆手で抜刀し、柄を正面にいるゴブリンのみぞおちに突き立てた。めり込み具合でコイツの横隔膜がせり上がって行動不能になったことが分かる。

 二、その状態から半歩後ろに下がり、回転して真後ろにいたゴブリンの腹を薙ぎ払う。

 三、刀の持ち手を順手に移し替え、薙ぎ払いの残心を構えに変え、右にいたゴブリンを右下から切り上げる。

 四、切り上げた体勢から一回転して移動しさらに右にいた一匹に詰め寄り袈裟で斬りつける。

 五、真後ろにいる、突然の出来事に呆けている残りの一匹に足を滑らせるように回転しながら近づいて、そのまま肋骨を通り抜けさせるよう平突きを放つ。


 五手、首尾よく運んだ。


 胸に突きを入れられたゴブリンは私が刀を抜いて初めて「あれ?」と声を上げる。


 私は最初にみぞおちに入れられ、もんどりを打って膝をついていた一匹に歩み寄った。

?」

 そしてその首を切り落とした。


 呼吸の音が小さい。ゴブリン達もアインのじいさんも息を飲んでいるようだ。

 私は刀を振って血を払い、掌の中で柄を廻して逆手で納刀した。血を払った時に飛んだのだろう、ゴブリンの頭が片目を閉じた。


「さて……」機先を制したようなので悠々と頭に語りかける。「お前さんたちは誰に雇われたんだい?」

「アァンタがファントムかぁ」薄目で軽く頷き、感心したようにリーダー格が言う。

「他にも色々言われてるな。雑種バスタード黄金の眼ゴールデン・アイ殺しの子猫キル・キティなんてのもある……まぁ一番それが自分としてもしっくりきてるがね」

「たぁしかにファントムだ、一体何をしたのか見えなかったぜぇ」

 当然だ。私の剣術はこの国の奴らには馴染みがない。ゴブリンならばなおさらだ。

 しかし口調とは裏腹に、このゴブリンは随分と余裕を見せてくれる。自分が死ぬところを想像していないどころか、簡単に拾える勝利が目の前に転がっているという余裕だ。


「それじゃけじゃないさ。出くわしたら終わりなんだよ、幽霊ファントムは。そうならないようにお祈りでもしとくべきなのさ。最後のチャンスだ、依頼人を教えてくれれば命までは取らない。その後はベッドの中でお守りでも握って震えているといい、生きながらえたことを感謝しながらな」そう言って私はこれみよがしに刀に手をかけた。

 しかしゴブリンはそれに対して薄ら笑いで返答する。切り裂かれている右の頬が、さらにえぐれた様に歪んだ。その余裕に不安を感じざる得ない私は念を押す。

「お望みとあればもう一度お見せしようか?もっとも、次に見切れなきゃあお前さんがたの命がないがね」


「いいや、一度で十分だ」

 すると、そのゴブリンはゆっくりと懐に手を忍ばせた。ナイフか? ならば間合いがまるで違うし、投げナイフでも別に叩き落とせばいいことだ。コイツが何をしようが、私の優位は変わらない。だが、そのゴブリンが取り出したのは──

「……何だそれは?錠前か?」

 私がそう言うと、ゴブリンは部下を見ながら声を出して笑い始めた。部下たちもそれに合わせて笑い始める。まるで、恋人に騙され売春宿に売り払われた世間知らずの小娘を笑うような、憐憫れんびんすらをともなう笑いだ。

 一ひとしきり笑うと、ゴブリンは「あ~」と目尻の涙をぬぐいながら私にその錠前の突き出た部分を向けた。危険を感じるのだが、しかしその正体がわからない。だがこれだけは分かる、

「お前“も”これが錠前に見えるのか?」


「避けるんだクロウ! 殺されるぞ!」

 私は何が何だか分からなかったが、取りあえずその場で跳ね飛んで横に逃げた。何かが、空から星が降ってくるのか地面が割れるのか知れなかったが、とにかくその場で何もせずに突っ立っているのはマズイとその声で直感したのだ。

 次の瞬間、ありえないほどの轟音が辺りに響き渡った。敏感なせいで耳に激痛が走ったように錯覚し、口からうめき声が漏れた。雷が落ちたのか、それも確認できなかったが、とにかく私はこれ以上このゴブリンと対峙しているのは危険だと、村に隣接する森の中に飛び込むように逃げ込んだ。ちょうど木に隠れていたロランと合流し、さらに森の深いところへと走り続ける。


「馬鹿な、ゴブリンが魔法だと? ありえない!」

 数々の修羅場をくぐってきたが、初めての出来事でロランにも私は狼狽を隠せなかった。


「……違う」

「なに?」


「あれは、魔法じゃない。もっと禍々しいものだ……」

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