第七話 独りの夜

「――来やがったなぁ」


 リーリスが眠ってから、三日目の夜。


 翌日の夜に、月明りに導かれるようにして彼女は復活するはず。固い床で寝ていたおかげで痛む肩やら腰やらを『あと一日頑張れば』と、ぐるぐると回してほぐしている時だった。


 階段の下から物音がした。隙間風で何かが動いたとか、そんな感じじゃない。新しく拾った槍を構えて、敵の動きをうかがう。


 やっぱり、槍だよな。この長さが手に馴染むぜ。


 城の中を探せば、出るわ出るわ……。剣だけじゃなく、槍もちゃんと落ちていた。やっぱり真面目に探してみるもんだ。手元には三本。あとは城の所々に隠してある。いざという時、手もとに武器が無いのが一番危ない。


 というわけで準備万端、階段下を覗いてみるが……。


「…………」


 人か? 魔物か? それとも――あの機石生物マキナたちだろうか。

 焚き火はどうしようか。消しておくべき……じゃないな。


 人だったら気づかれちまうけど、追い返しちまえばいい。魔物だったら、夜目が利くやつだった時が面倒だ。機石生物マキナだったらもっとヤバい。それならまだ、こっちの視界が確保されていた方が幾分か戦いやすいってもんだろう。


 階段途中には横窓があるから丸見えなんだが、その下の部分は人の目じゃあ見通せない。火の明かりは闇をより深く切り出す。ぽっかりと別の世界に繋がっているような錯覚さえあった。


 さぁ、何が出てくる……?


 …………。


 カツン、カツンと石を叩く音と、微かに聞こえる金属の擦れるような音――そして、薄らと暗闇に浮かぶ魔法の淡い光。ゆっくりと影から出て来て、月光に照らされた影は二つ。光沢により、キラキラと輝きを反射していた。


 ――やっぱりお前らか……!


「しつこいっての……!」


 自分が踏み込んだと同時に、こちらへと走りだしてきた。


 二匹同時。もちろん、こっちは一人。槍は一本。どう考えたって腕が足りない。こんな状況で、どう戦うかって――工夫するしかないのが辛いところだ。


 飛びかかってきた一体に対して、下から掬い上げるように槍を振るう。天井高くへと打ち上げた隙に、残りの一体の牙を柄で止めた。致命傷にならないのは分かっているが、正面の一体を横に蹴り飛ばして。


「――かぁ……、堅ってぇなぁ、ちくしょう!」


 痛む脚を気遣いながら、落ちて来た機石生物マキナを串刺しにする。ガリガリと部品を押しのけながら、核を砕く感触。機石生物マキナの目に取り付けられているのが水晶だかなんだかは知らないが、とりあえずそこからは光が消え、動きが止まった。


「おし、残り一体だぜ……!」


 激しい動きは体力を削る。段々と息が上がってくるのを意識しながら構える。

 いいよなぁ! 機石生物マキナは疲れないんだから!


 二匹目は一匹目がやられたせいか、迂闊に飛び込んでくるようなことはしてこなかった。左右に細かく動きながら、こちらへ食らいつくタイミングを窺っている。


「手前さんの牙も、爪も、俺には届かねえぞ……」


 槍の間合いは存外に広い。無理して詰めようにも、まずはその刃を躱さないといけないし、躱して隙ができたところでこちらが狙うこともできる。……接近戦用のナイフは通らないだろうから、殴る蹴るの一辺倒だろうけど。


 ――とにかく、こっちは、下手に動かず向こうの力を少しずつ削いでいけばいい。突く、切る、叩く。槍ってのは、一方的に戦いの主導権を握れるスマートな武器だ。まぁ、それだけ扱いが難しいんだが、そこは俺だからな。


 小刻みに切りつけるこちらの刃と、あちらの鋭い牙が何度も何度も何度も堅い音を響かせ火花を散らせる。野生の動物だったらもう血まみれ疵まみれだろうが、こいつばかりはそうはいかない。くそっ、これだから機石装置リガートだの機石動物マキナだのは嫌いなんだ。


「どうにか気合入れてぇっ! 刃を通してやりゃあ――って、うぇっ!?」


 ガチンッと音がした。


 こいつ……肝心の刃に噛みついてきやがった……!?

 怪我をすることもないからって、自由だなホントによ! 


「あ、あぁ……!? ミシミシって――!」


 ――バキリ。


 流石に殆ど骨董品に近いものだったのか、刃の根本から噛み折られちまった。拾いもんだとこんなものだよな……! 兵士やってた頃の支給品の方がちゃんとしてたぜ、ったくよぉ――!


「刃が無くったってやってやるっての――!」


 槍術だけじゃない。棒術ができてこその槍使い。刃を咥えたままの頭を蹴り飛ばす。怯んだ隙に、ぐるりと回した槍――ってかもう棒だけれど、そいつの柄で弾き飛ばしてやった。


 くるか? くるかよ――


 一度や二度で終わらせやしねぇぞ……!


 この回転を止めやしない。跳び上がろうとしたところを、すかさず地面に叩き落とし、立ち上がろうとしたところで脚を払う。打撃の手応えは堅く、一撃一撃の度に腕にかかる負担は積み重なっていく。


 普通だったら、ここまでやりゃあ痛みで動けなくなるんだ。それが無いから、機石生物コイツラは怖い。感情があるのかどうかも分からず、敵意を失うのかも分からず。やるならとことんやらないと終わらないから怖い。


「こいつで眠らせてやる――」


 倒れている横っ腹に柄を突き立てる。そのまま力任せに持ち上げて、地面へと思い切りに叩きつけた。ただでさえひび割れている地面が、更にバキバキになっちまった。


 動力部にまともに衝撃を受けちまえば、その機能も維持できない。今度は核の機石が砕ける音は聞こえなかったが、確かに目の光は失われていた。


「はぁ……はぁ――……。もういないな……?」


 こんなの野犬を散らすのと似たようなもの、と考えてたが甘かったな。油断してたらズタズタにされちまう。……とはいえ、無傷で撃退できたのは運がよかった。


 ……滅茶苦茶に騒がしくしてたけど、目を覚ましちゃいないよな……?


 少し早めに目を覚ましてくれるのも悪くないんだけど、きっと超不機嫌になるだろうなぁ……。小さく溜め息を吐きながら、階段を上がる。


 広間の入り口をガチガチに固めていた黒い茨は、日を追うごとに少しずつゆるんでいて。今では中の様子を窺えるぐらいには隙間だらけ。恐る恐ると覗いてみると――


「まだ……寝てるかぁ……」


 白い蕾は相変わらず、広間の真中で月明りに照らされて輝いていた。

 この城に訪れて、たまたま目にした美しい光景。

 それが今も、そこに広がっている。


 ……まぁ、いいよな。十分に眠れないよりずっといい。

 たとえそれが死から始まった眠りだとしても、俺はそれを護りたいと思う。


「――あと一夜だ。気は抜けねぇよな」






 ……身動きもしないまま、踊り場で丸一日。こんどこそ、腰も背中もバキバキに痛くなっちまって。それでも、黒い茨を除けて、ぐっすり眠っているお姫様のもとへと馳せ参じたわけだ。


 茨の騎士サマは、ぐるぐると白い蕾の周りを歩いていた。


 一端の警備兵。三日三晩、休むことなくずっと歩き続けていたのを俺は知っている。ずっとガシャガシャと鎧が鳴っていたからなぁ。おかげで、リーリスの安眠が妨害されてんじゃないかと、気が気じゃないんだが。


 そんなことを考えながら、広間に一歩踏み入れた。


 ――――。


 ずっと鳴り続けていた鎧の音が止まる。騎士サマが、その歩みを止めて、こちらを見ていた。――いや、目もなにも付いていないし、“見ていた”は間違いだ。


 ……とりあえず、警戒してるのか?


「べ、別に取って食やぁしねぇって……」


 一歩、一歩、慎重に近づく。

 ……いきなり襲い掛かってきたりしないよな?


 蕾までは二十歩近く、鎧が動き出したら一目散に広間から出るつもりだった。……けど、どれだけ近づいていっても動かない。手を振ったって反応が無かった。そうしてそのうちに蕾の真横まで来ていた。


 これは……認められたと思っていいんだよな?

 茨の騎士サマからなのか、リーリスからなのかは分からないけど。


 …………。


「――ほら、そろそろお目覚めの時間じゃないのか?」


 近づいたからといって、迂闊に蕾に触れたりするのは憚られるし。とりあえず声をかけてみる。確か前回もこれぐらいの時間だった気がするけど――七日かそれぐらい前のことなんて、そこまで詳しく憶えてないっての。


 反応はないな。自然に起きてくるのを待つか。

 ……とりあえず、何分ぐらい待てばいいんだ?


 ――十分経過。――二十分経過。

 ――三十分経過したところで――


 ……お?


 ゆっくりと――蕾の先が揺れた気がした。……いや、気のせいじゃない。確かに徐々に開いていた。音もなく蕾が開く様は、やっぱり幻想的で。何度見ても『ほぅ……』と感嘆の声が出てしまう。


 そうして見とれているうちに、完全に蕾は開ききっていた。


 中にいたリーリスは呼吸をしているのか、薄い胸板のあたりがゆっくりと上下していた。……静かに目を開ける。息遣い。三日前に死んだとは到底思えないよな。嘘みたいだろ。死んでたんだぜ、これ。


「お寝坊さんだな。おはよう、リーリス」

「…………」


 ――って、ぜんぜん挨拶を返してくれない。つれないねぇ。おやすみって言うのに、無視して死んじまうしさ。目を覚ましたら『おはよう』って返してくれなきゃ、寂しいじゃないか。


 茨の騎士サマに手を当てたかと思うと、首を右へ左へと動かして肩回りの筋肉をほぐしているみたいだった。……たしか茨の騎士に預けていた魔力を見れば、自分が眠っている間の様子が分かるんだったか。


 ――ということは、少しぐらいは俺が外で頑張っていたことも……?


「――ふん。どうやら、一人でも生き残れたらしいな」

「もっと褒めてくれよ。おりぐらい朝飯前だぜ――あいたっ」


 別におかしいことは言ったつもりなんてないのに、リーリスの蹴りが太ももに鋭く入っていた。

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