第八話 辞めた理由

 太陽と月は同じ速度で動いていく。昇り始めたり、沈み始めたりするのが前後しているだけだ。ああいうのは、俺たちみたいなちっぽけな存在とは違って、延々と変わらない周期を繰り返している。


 変わってほしいもの。変わって欲しくないもの。


 ――二度目の死。二度目の眠り。

 ――二度目の復活。二度目の起床。


 リーリスは、初めて会った時よりも格段に落ち着いていた。そっけない態度は眠る前と全く変わっていなかったけど、突然に殺気を送られるよりは幾分かマシだ。


「……分かっただろう。三日で強制的に眠りにつき、三日の間は溢れ出した黒い茨に護られて眠り続ける。ここが人目に付かない廃城だから良いが、外だったら外敵の格好の獲物だ」


 外から見ただけでも、割と茨に覆われた城は目立ってたけどな……。


 まぁ、森を抜けない限りは全く見えないし、森を抜けようなんて物好きも殆どいないだろうし。リーリスがこうして城を拠点としたのも、間違った判断じゃなかったってことだ。……唯一の計算違いは、俺がその物好きだったってだけ。


「その……どうにかなんないのか? 黒い茨や白い蕾さえ出てこなければ、ちょっと長めに寝てるだけに見えるだろう? 三日ごとに適当な宿に泊まって、その間は俺が守っていればいい。……どうかな? いい案だと思うんだが……」


「お前は……話を何も聞いていないな。私の意志で出て来ているんじゃないと言うに。死ぬ前から花弁が出ていたから、完全な死がきっかけではない。……前も言ったと思うが、自己防衛で無意識に出しているんだ」


 もしも、って話だったのに、これでもかと否定してくれる。リーリスだって、どこかしこで黒い茨を出すことに怯えて、城から一歩も出ない生活なんて嫌だろうと思って言ったのにさ。俺だってこの城に、一か月も一年もいれるなんて思っていないし。俺が世界中を旅するのに、リーリスも付いて来てくれれば……と思っただけだし。


「逆に言えばさ、それって『眠っている間に襲われるかもしれない!』って警戒しながら眠るからそうなるんだろ? 眠っている間は俺が守るからさ、安心してくれよ」


「……馬鹿かお前は」


 呆れたように溜め息を吐かれた。

 わりと真剣な提案だったんだけど、傷つくじゃないかよぅ。


「そもそも、お前の実力を認めたわけじゃない。機石生物マキナ二体を迎撃したぐらいでいい気になるんじゃない」


 茨の騎士サマが剣を抜いて、俺に向けて突き出してきた。


 切りつける、というよりは――ただ指しているだけ、だけど。


「――フェン・メルベニー。兵士をしていたと言っていたが、辞めてしまったんだろう? 大方の予想はつくが、使い物にならなかっただとかそんなところだろう」

「……まぁ、半分ぐらいは、かな」


「…………?」


「俺には戦争なんて――ましてや、その後処理なんて合わなかった。嫌だったから辞めた。……今はそれぐらいしか話せないな」


 血なまぐさい……って程の話でもない、それもよくある話だった。リーリスの方が酷い戦争を体験しているし、きっと何人もの人を殺してきたのも本当だと思う。巻き込まれたということも、突然に呼び出された場所で生き残るために必死だったということも信じたい。


 ……ただ単純に、俺が話したくない思い出なだけだ。

 忘れるつもりは決してないけど、誰かに話すつもりもないことだった。


 とてもじゃないが、寝起きに話すようなことじゃないしな。


「人にはあれやこれやと話させておいて、自分はだんまりか?」

「……今は、まだ。勝手なことを言ってごめん。決心がついたら全部話すよ。……眠って来てもいいかな。丸一日、起きっぱなしだったからさ……」


 それは話を誤魔化すためだったのか、本当に限界がきていたのか。緊張状態から解放されて一度にやってきた強烈な眠気に、今は逆らいたくなかった。






「…………」


 久しぶりに階段の踊り場以外の場所で眠る。身体を横にできるのも一日ぶりだった。布を何枚か重ねたのを下に敷いているから、それほど身体も痛くならないし。やっぱり睡眠ってのは大事なんだよ。


 とはいえ、強い眠気にも関わらずうまく寝付けないでいた。


 リーリスと話したアレのせいだ。昔の嫌な思い出――いいや、思い出っていう程いいもんでもなかった。戦いの記憶なんて、どれもそんなもんだ。


 憧れの騎士団へと入団することになったのは、十九歳の時。今から五年前のことだ。最初は見習いってことで、街の警備だったり、怪しい奴の監視だったり。雑用ばっかりで、早く俺の輝かしい槍の腕前を見せつけようってことしか考えてなかった気がする。


『森に火を放て。亜人デミグランデどもを炙り出せ』


 今でもその言葉が頭にこびり付いて離れない。その行為が国として、騎士団として、正しいものなのかは分からない。上からの命令なのか、現場の長が勝手に下した判断なのかも分からない。ただ、下っ端の自分の意志ではどうにもならないもので。それに従うことができなかった。ただそれだけのこと。


 その中でもいろいろな出会いがあった。人だったり、亜人デミグランデだったり。偉い奴だったり、貧しい奴だったり。いろいろな奴と出会って、いろいろな経験をして。町の外からやってきた二人組と協力して、盗賊団を懲らしめ、王族の宝を取り返してからは少しは出世したけど――最終的に行き着いたのは戦争の後始末だった。騎士団を入って四年目、今から一年前のことだった。


 俺の生まれ育ったガーメントの街から西側に広がっていた大森林は、多くの亜人デミグランデが村を作って暮らしていた。奥地に潜むやつほどヤバいのがいるってことだったけど、そういう奴らは人と争うことすら避けて暮らしているらしい。俺たちの部隊の仕事は、もっと表側の――未だに人に対しての敵意を持っている奴らを抑え込むことだった。


 木々に遮られ、視界の悪い中での行軍。下っ端の俺でさえ、まともな作戦じゃないと分かっていた。それでも功績欲しさに、俺の上司が強行した。巻き込まれた方からしたら、たまったもんじゃない。


 魔物もいた。目的の亜人デミグランデの集落もあった。

 数々の罠と、強烈な反撃にあったりして、一筋縄ではいかなかった。


「……下手に刺激することもなかったんだ」


 壁で隔てて、干渉しないようにしとけば良かったんだ。それに――時代も悪かった。亜人デミグランデに恨みなんてなかったし、戦うつもりも無かった。そこに機石人形グランディールが割り込んでくる形になったから、面倒なことになったんだ。


 ……遠征に出ていた時に、機石人形グランディールに襲われて、大怪我を追って――


「――――」


 これ以上は辛ぇや。一年経った今でも涙が出ちまう。


 早く。早く。早く眠ろう。

 過去の俺ではできなかったことをしよう。

 今の俺だからこそ、できることをしよう。


 リーリスという呪われた少女を――俺は助けることができるだろうか。

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