第十二話 腕の中で眠れ

 おいおい、いったい何をされたんだ……?


 いや、目の前の奴は身動き一つしちゃあいない。衝撃は――後ろからだった。傷口を見るとジワリと血が滲んでいた。焼けるような痛みが後からやって来る。


 攻撃を受けた……? でもどうやって。傷の様子からして、刺されたわけじゃない。何かを――。相手の方をよく見れば、手首のあたりが少しだけ開き、銃口が顔を覗かせていた。


「痛ってぇな……!」


 旦那はヤツがまだ生きていることを分かっちゃいない。そりゃあ仕方ねえよな、鎧だもんな……! あくまで、その中の魂は“動力”に過ぎない。ヒトと同じに、“目が見えている”と考えては駄目なんだ。


 痛みを堪えて、こちらに向けられている腕を別の方向に弾く。


 ちょっと格好はつかねぇが、『こいつはただの人形なんだ』と自分を言い聞かせて大きく息を吸った。何をするかって? ……滅多刺しだ。


 “完全に破壊した”手ごたえがあるまで、全身を槍で貫く。

 突き刺して、抜いて。突き刺して、抜いて。


 頭が無いから声は出ないが、もし声を出せていたら断末魔が響いていただろう。もしくは、命乞いだろうか。こいつらも命乞いをするのか? 少なくとも、破壊を免れるためにジタバタともがいているのは事実だ。


 感触は違えど、ヒトの姿をしたものにこんなことをするなんて気が引けるが、弱点がどこか分からない以上は仕方がないんだ。そうして、十数回は刺したところだろうか。『ガキンッ』と音がして数秒、今度こそ身じろぎ一つしなくなった。


「はぁ……はぁ……!」


 こっちがこんだけ必死にやってるのに、さっきからアイツは静観したままだ。


 こうしてみると間抜け以外の何物でもないが、二体いっぺんに来られていたら、リーリスのいた白い蕾は守り切れなかっただろうってのに。


「……さて、こうして任務は失敗に終わったみたいだが、次はアンタが来るのかい? なんだったら、今すぐ尻尾を巻いて逃げ出していいんだぜ」


「俺が受けたのは偵察の命だけだ。魔族がいると分かっただけで、十分に目的は果たしている。あとは“あの御方”に任せるだけだ」


「“あの御方”……? ――って、おい!」


 説明する義理はないから、そりゃあさっさと姿を消すよな……。


 仲間の遺体を回収することもなく、さっさと姿を消してしまった。


「いててて……。傷用の薬草も残り少ないなぁ……足しておかねぇとだ」






「おい! その傷……どうしたんだ!」


 白い蕾が開く夜。リーリスが出てくるなり目を丸くするのは当然の流れ。

 服もボロボロ、鎧も傷だらけ、壊れた機石人形が地面に一つ。

 おまけに俺は血だらけときたもんだ。


 かといって神妙な顔をしていても寝ざめにゃ良くない。

 なるべく安心させたくて、なんてことは無かったように言ってみる。


「ちょっと、可愛くもないお人形さんと踊ってただけさ」

機石人形グランディールがここに……。クソッ、まさかここを嗅ぎつけてくるとは……」


 流石に誤魔化しようがねぇもんなぁ。旦那の中に詰め込もうとしたら怒られるだろうし、たぶん。そうなりゃあ、もう正直に話すしかない。ここで嘘をついたって、リーリスは分かるに決まってるからな。


「なんとか追い返したが、このザマだよ。……大丈夫、つぎはちゃんと返り討ちにしてやるからさ」

「返り討ち……? 馬鹿かお前は。逃げるに決まってるだろう!」


「どこかに姿をくらませられりゃあ、向こうも俺たちを見失うか……。でもよ、茨はどうするんだ? 城を埋めつくすほどの茨だぞ、そこらの村や町じゃあ、バレるどころの話じゃあない」


「だからといって、迎え撃つのは無謀に決まってるだろう。いいか、お前は運がよかっただけだ。恐らく次はない」

「運がいいのはリーリスだって同じさ。眠ってる間に、傷一つ付けられなかった」


「ふざけてる場合じゃないんだがな」


 なんだかムッとして、いつものジトっとした目つきでこちらを見上げる。


「適当な村の宿で茨が飛び出しでもしてみろ。こんどは村の奴らがこぞって茨を焼きに集まってくるぞ」


「嫌だぜ、そんな光景を見るのは。絶対に俺がさせねぇ――って言っても、限界はあるよな……。だから、な? 迎え撃つしかないんだよ」


「どうにもならないか、こればっかりは……」


 むむむと考え込むリーリスを眺め続けるのも悪くはなかったんだが、流石に腹の肉と共に削られた体力は睡眠じゃないと補えなさそうだ。


 意識が朦朧としてくる。強烈な眠気だ。


「……フェン? どうした、おい!! しっかりしろ!」

「なぁに、少し眠るだけさ。朝が来たら起こしてくれ」


 冷たい広間。日中も茨に遮られ殆ど陽光入ってこない、固くて冷たい床。


 やっぱり、ここにもベッドが必要だなぁ。

 ――あ、リーリスに『おやすみ』って言うの忘れちまってた。






 ――朝陽にさらされ、目が覚めた。周りを見渡すと、俺が眠りに落ちた広間とは離れた一室。どうやら、リーリスが(旦那に指示して)運んでくれたらしい。


「朝になったら起こしてくれって言った筈なんだが……しっかし何時間寝てたんだ」


 身体の内側からポカポカとしていて、やっぱりお天道様ってのはいいもんだ。リーリスはあまり好きそうじゃあないけどな。ま、吸血鬼ヴァンパイアってのはそういうもんなんだろう。


「……で、肝心のお嬢様はどこに行ったんだ?」


 まぁ、リーリスのことだ。つきっきりで看病してくれるようなタマじゃないことは重々承知している。せめて、目が覚めるときぐらいは顔を見に来てくれてもいいもんだとは思うが。


 広場にもいない。中庭にもいない。

 まさか……外に出たわけじゃないよな?


 眠りに落ちる前に話していたこと。


『返り討ち……? 馬鹿かお前は。逃げるに決まってるだろう!』


 まさか本気で城を出るつもりだったのか?

 それにしても、俺を置いていくなんて。


 不安になって城の出口まで歩いていくと――いた。少なくとも城の外には出ていたらしい。その証拠に、その小さな腕の中には様々な植物がどっさりと抱えられていた。


「……私にはどれが薬草でどれが薬草でないかなんて分からん。フェンが適当に繕ってくれ。これぐらいあれば十分だろう?」


「ん、まぁ……そうだな。あとでゆっくり使わせてもらうよ」


 正直、どれも使えそうなものは無かった。けれど、彼女の優しさを無碍むげにはしたくなくて。彼女の見えないところで、使ったようなふうにして置いておこうと思う。


「ちょうどいいし、新しい薬も試してみよう。一度部屋で仕分けてくるから先に広場で待っててくれよ」






 ――――。


 恐らく時刻は昼過ぎあたりだろう。

 買い溜めておいた食糧も、残り数日で底をつく。


 ……また、買いに街に降りてかないといけないな。


 薬草を煎じるための湯を沸かしている間に、もぐもぐと固くなったパンを咀嚼する。数日後のことを考えてみれば、落ち着ける状況でもないんだが、こういうときにこそ平常心だ。


 全く食事をとらないリーリスに、『食い物はいらないのか?』と尋ねてみたことがあったが、『根本的に身体の構造が違うからな。食事は必要ない』と突っぱねられてしまった。


 吸血鬼というだけあって、血を吸うこともできるようだが、それはまた食事とは別のものらしい。他者の血液に含まれている魔力を、高純度で集めて利用できる。だからこそ、リーリスの同族でもヒトを襲ってこの世界に侵攻してきたのだと。それができるだけの力を発揮できたのだという。


 睡眠もとらない、食事もしない。なんというか、そんな人生で心は安らぐことがあるのだろうか。こうやって何事もないように振舞っちゃいるが、実際は辛いんじゃないのか……?


「なぁ、リーリス少しぐらいなら――」

「吸わない」


 まるでこちらが何を言うのか知っていたのかというぐらいに即答されたので目を丸くしていると、リーリスが大きく溜め息を吐く。


「はぁ……お前は考えていることが表情に出るんだ。私は腹は減っていないし、そもそも血を吸うのが嫌いなんだ。だから間違っても、血を飲ませようだなんて考えるんじゃない。勘違いの施しほど腹が立つことはないからな」


 ……これ以上言うと、きっと怒り出すだろうな。


 俺としては、もっとそういう――リーリスのことについて話をしたいんだ。だけれど、どうにも長くは続かない。俺のおせっかいが過ぎるからなのか、はたまた不機嫌になるきっかけが山ほどあるのか。


 互いのことを知っていて、損はないと思うんだがなぁ……。


 そうして、一つ目の煎じ薬を作り終えたところだった。

 リーリスの方から、ポツリと問いかけてきたんだ。


「何体いたんだ?」

「……なんだって?」


 二つ目の薬に使う花を鍋に放り込んでいた。白い小さな花だ。そっちに集中していたので、リーリスの問いが何を意味していたのかを理解するのに、少し時間がかかってしまった。襲撃してきた機石人形グランディールのことか。


「二体――といっても、戦ったのは一体だけだけど、残った奴の話だと、奴らに指示した奴がまだいるらしい」

「それでよく返り討ちにすると言えたものだな……。お前と私のゴゥレムでは足りない……。私も迎え撃とう、少なくともマシにはなるだろう」


「無理をするなよ。もう戦える状態じゃあないんだろう?」


 何度も旦那と手合わせしてきたんだぜ。リーリスが俺の力量を理解しているのと同じで、俺だってリーリスのできる限界というものを理解している。旦那を操りながらリーリス本人が戦うなんて絶対に無理だ。


「無理だよ……。リーリス、せめて戦いが終わるまで、どこかに隠れているわけにはいかないのか? 俺と旦那が時間稼ぎをしているように見せかけてさ。それだったら最悪でも――」


「馬鹿にするな! 他人を犠牲にしておめおめと逃げ隠れて暮らせと!? お前の言っていることは何の解決にもなりはしない! お前が逃げずに返り討ちにすると言ったんだぞ!」


「だからそいつは、リーリスを追手から逃がすため……って、少し落ち着いてくれよ。これじゃあ、話もできないじゃないか」


「リーリスも戦うといっても、勝てるかどうか怪しいんだろ? 万全とはいかなくても、せめてもう少し戦えるまでに回復させないといけない。……せめて少しは楽になりゃあいいんだが。試してみる価値はあると思う、飲んでみてくれ」


 一つ目に作った煎じ薬を差し出す。

 リーリスは受け取り、ゆっくりと口に含んだのちに嚥下した。


「多少は苦みが抑えられているな。お前みたいな素人に毛が生えたもので、何度かやれば上達するものなのか」

「失礼なこと言ってんなぁ。――で、どうだい? 身体の調子は何か変わったか?」


「……いいや、特にこれといっては何も変わらない」


 数分してから効果が出るのか?

 ちょっと待ってみたが、何も効果があるようには見えなかった。


「ちょっとマシになったかと思えばこれだ。まだまだだったな、フェン」

「やっぱり、苦みがある方が効果があるんじゃないかなぁ。そうだって、きっと」


 良薬口に苦し。昔の人は正しいことを言ってるに違いない。

 リーリスからしたら嫌なみたいだけどな。


「それじゃあ、こっちを飲んでみてくれるか? こっちは少ししかないから、一口で飲んじまうといい。たぶん苦いかもしれないから、味わったりせずに一気にな」


 渡した器の半分もない量だ。リーリスのような小さな口でも、一口で飲めるだろう。ゴクリとつばを飲み込み、躊躇いながらも、リーリスは器を受け取った。


 そういや、これでもう三度目かな。最初の頃は無理やりだった。二度目は嫌がりながらも諦めて口にしていた。この三度目では、もう疑うことなく自分の手で容器を口に運んでくれる。


 こんな俺でも信用してくれてんのかな。

 口ではボロクソに言われていても、そこまで嫌われてはいない。

 きっと、このまま、二人で旅を続けていけば楽しいと思うんだ。


 だからこそ――だからこそ、罪悪感が胸を震わせる。


「――――……!?」


 リーリスが胸を押さえてうずくまる。

 持っていた器が床へと落ち、音を立てた。


「く、苦しい……。フェン、お前……! 何を飲ませた……!!」

「……ごめんな」

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