第十一話 機石人形《グランディール》
「俺も蕾を守ってるんだから、安心して眠ってていいんだぜ。おやすみ、リーリス」
「何度繰り返すことになるんだろうな。……おやすみ」
『おやすみ』と返してくれた。それだけで、心が通じ合った気がしてくる。
こちらからの言葉に、真っ直ぐに返ってくる言葉が嬉しい。普通の会話をするにも切っ掛けがいる。少なくとも、俺とリーリスの間では、まだ。普通だったら何気なく交わされるものでも、これだけは特別なものだ。
「本当に、何度繰り返すんだろうなぁ。なぁ、旦那」
広間の高い位置にある窓から見える星空を眺めながら、また答えの返ってくることのない質問を投げかける。病気じゃあるまいし、このままじゃあリーリスの“呪い”は永遠に解けないだろう。治しに行くにしても、手がかりがない。呪いのせいで移動もままならないし、どうすりゃあいいんだろうか。
「ずっとこのままじゃあ良くないんだが……。本当にどうしようもないときは、適当に家具でも見繕って増やしていくかねぇ」
「…………」
もちろん、旦那には興味のない話だろうさ。
「たまには、柔らかいベッドの上で寝たいときもあるのさ……―――なんだっ!?」
けたたましい音を立てて、高窓が割れた。粉々になって降り注ぐ硝子の粒。キラキラと光を反射させるそれらは、招かざる客たちの来訪を示していた。
「――黒い茨ダ。ここで間違いなイ」
「居ルな。微かだガ、すルぞ。魔族ノ気配が」
月明りの影を広場に降ろす二人組。人か……? いや、なんだか感じが違う。声からして――いや、冷たくて、無機質なただの“音”だ。ヒトとは明らかに違う、模倣されただけの音だった。
怪しいんだよ。声に感情が無さすぎるぜ。
こちらに気が付いたみたいだが、その視線からも考えが窺い知れない。
ただ視界に映しているだけだ。俺を見ているわけじゃあなかった。
「なんだぁ、アンタら。人の寝床に入ってくるにゃあ、少し無粋が過ぎるんじゃあないかい? ここは黙って回れ右して欲しいんだが、聞き入れてくれる気は無いかね」
……こいつら、
ぐるりと辺りを見回して、そして茨の壁の外側に落ちた
唾も出てこねぇ。喉がひりつく。本気で命の危険を感じたことは、過去に一度だけあったが……それと同じ感覚だ。
「……アの男からも、微量の反応ガ」
「構わない、そいツも“処理”しテおけ」
「あのワンちゃんの飼い主か? ぶっ壊しちまって悪かったよ。だけどな、ちゃんと首輪付けて繋いでないアンタらにも非があるんだ――」
――――っ。
同時だった。向こうの一体が飛び降りてきたのと、旦那が動き出したのは。俺が動こうとした数舜早くに駆け出し剣を抜いていた。
「早っ――」
流れるように
動きは向こうの方が上だ。一度二度火花を散らして、旦那が次の動きに入る前に鎧の間に刃を差し込んだ。一瞬ゾクリとしたが、鎧の中には何か入っているわけじゃねぇ。
そのまま押し倒される形で鎧が地面に叩きつけられる。ガシャンとけたたましい音を鳴らして。違和感を覚えた
「おとなしく帰ってくれるなら種明かししてやってもいいぜ――」
「――その必要はない」
こっちの話にはとことん付き合うつもりはないらしいな。
旦那から距離を取ったのはいいが、今度は俺の方に真っ直ぐ突っ込んできやがった。邪魔になると判断したのか、先に潰すことにしたみたいだ。さて、迎え撃つにも考えてやらねぇとな。突っ込んでくる奴に突きは、威力は出るが避けられたらそれで終わりだ。
下からカチ上げるか、横から薙ぐか。
「迷ってる暇はねぇ!」
横薙ぎに槍を振るう。この一撃で倒そうと思ってたら、こちらがやられちまう。向こうの出方も分からないまま接近されるのは危険だしな。まずは間合いを取って、こっちのやり方に巻き込んでやる……!
槍は機石人形の手元から伸びた刃を弾いただけで終わった。確かに剣を提げた様子は無かったが、こいつらのこういう所は信用ならねぇ。なんせ全身平気のような存在だ。どこに武器を隠してるか分かんねぇからな。
槍の長所はその間合いだ。間合いを詰められたら槍は死ぬ。だから俺が槍を使っている以上は、絶対に懐には入れねぇ。
マズイのは、ヒトと違って急所ってのが無いってことだ。頭だったり、喉だったり、心臓だったり――話によれば、そいつらが動くための核が身体の中にあるってことだが、それも固い装甲でガッチリ守られているようで、破壊も難しいらしい。
動くための重要な部品でもぶっ壊せれば話は早いんだが……。こいつに限っては、運頼みしかねぇよな。
時代の流れによって、魔族が減り、機石人形が増えてきたと、昔誰かが言っていたか。
ヒトと亜人が力を合わせて魔族の脅威に抗った時代。それも終わり、新たに表れた奴ら新生生物群。生物といっていいのかは甚だ疑問だけれどよ。リーリス――魔族を追ってきたってことは、最初から魔族を駆逐するために生み出されたのだろうか。
自然に生まれてきたとは考えにくい。けど……誰が?
誰かが作ったなんて話は聞いたことがない。
そんな奴がいるとしたら――そいつは魔族だけじゃなく、人類の敵だ。
「チッ……寄るなっての……!」
懐に入られないようにするには、必要なのは槍捌きだけじゃあない。持ち手と刃の距離が離れている分だけ、左右に動かれるとき足捌きも重要になってくる。相手の動きすらも制限しながら追い詰めていくのが槍のやり方なんだが……。やっぱり
こちらが槍を出してきたタイミングを見計らって、その柄を掴もうとしてきやがった。普通だったら、槍を引かれたときに手を切られるのでマトモな奴なら絶対にやらない。
きっと刃を掴まれたを掴まれたら最後、握り折られちまうだろう。
「させやしねぇっ!!」
とっさに手首の握りを捻った。刃を渦巻きのようにグルリと一回転する。握ろうとした手を弾いて――隙が生まれた。槍を引き戻しもせずに、そのまま狙いを澄ませて柄を押し込んだ。
「こんナもの――」
皮膚――いや、皮膚に似せた何かは硬くて、刃が突き刺さるに至らない。そりゃあ、タメなしでただ押し込んだだけじゃあ、俺だって致命傷を与えられると思ってねぇが――
「――旦那ァ!」
もう一人、いる。気取られないままに起き上がり、奴の背後から剣を構えて近づいていた鎧の騎士が。その刃は真っ直ぐに
「かっ……、……っ!」
冷たい目が、驚愕で大きく見開かれる。その表情はどこかヒトに似たものを感じるが、それと同時に空虚さも感じられ。ずるりと刃が抜かれたときにも、血の一滴もこぼれることなく、地面に崩れ落ちた。
「――よっし、一丁上がりだ!」
人間なら即死間違いなし。
殺した――というよりは、動作を停止させたって言った方が正しいのかね。
さっきから気味が悪いのは……最初からずっと戦いの様子を眺めていた一人だ。
「アンタ……仲間がやられているのを見ても助けないんだな」
「命令を達成できないのは、そいつ自身の責任だ。何故それを私が手助けする必要がある。目標の魔族を見つけるのが目的だからな。それに――」
次の瞬間――ドンッという音と共に、脇腹に衝撃が走った。
「まだ戦いは終わっていない」
「え――……?」
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