第二話 追跡者
「…………」
――あれ、せっかく名前を褒めたのに反応が無い。
何か間違えたかと不安になるじゃないか。
「あー……、リーリス?」
「気安く呼ぶな。それと――」
くるりと背を向けて、開いたままの花弁へと彼女は戻っていく。
まったくそっけない態度。こっちはもっと話をしたいってのに。
「な、なぁ――」
「それ以上私に近づくな」
振り返って、厳しい目つきで一言。
なんで警戒心丸出しなんだ。こんなに人畜無害な顔をしてるってのに!
俺だって、殺されるかと思ったときでも『近づくな』なんて言わなかったぞ。言う暇が無かっただけだけれど。それでも、面と向かってそんなこと言われちゃ、少し傷ついちゃうじゃないか。
「ひ、ひでぇ……」
今となっては、そんなこと露程も思っちゃいないし。できればもっとお近づきになりたい。友好的な関係を築ければそれでいいんだ。
魔族とはいえども、見た目はただの女の子だぜ? ……きっと普通に考えりゃ、逆なんだろうけど。見た目はただの女の子でも、中身は凶悪な魔族なんだ、と。
それでも、きちんと礼儀正しく接すれば、相手も分かってくれる。そんな気がする。……あれか? ここまでズカズカと踏み込んだのが悪かったのか?
「突然押しかけて悪かったよ。こんな所にまだ誰か住んでるだなんて、思っていなかったんだ」
そう口走ってからハッと気づく。流石に人(?)が住んでいる所を『こんな』呼ばわりするのは失礼だったか?
また怒られるんじゃないかと表情を
「……別にここに住んでいたわけじゃない。たまたまこの場所を選んだだけだ」
「“たまたま選んだだけ”? ……っ」
突然リーリスが右腕を振り上げて、一瞬身構えた。
胸ぐらを掴むとまではいかなくとも、引っ掻かれるか殴られるか……。
しかし、リーリスがこちらへ何かする前に、背後でなにやら動く気配がした。
ずるりと
「……しつこい奴らだ」
後ろ脚から胴体へ、胴体から前足へ。黒い茨がズルズルと伸びていく。
どこからともなく、ギチギチという嫌な音が聞こえてきて。
そのまま勢いよく四肢が引き裂かれた。
「――――」
生物が持っているようなものじゃあない。
“機石”という魔法石を核にして動く、生物を模造したものの部品。
「
「一体で終わりじゃないらしいな。……ちっ」
茨の隙間から、高速で近づいてくる二つの影。硬質的な外殻をまとい、それでいて滑らかに動く。野生の獣を模した姿には不釣り合いな、無機質な気配。
「――メルベニーと言ったな。……少し時間を稼げ」
はぁーあぁ。どうしてこうもまぁ、邪魔が入ってしまうもんかね。
――まったく、こいつらときたら。目もないのに、どうしてこちらの位置が分かるのか。姿を隠してやり過げるならそうしたいが、この状況ではそんな泣き言も言ってはいられない。
……こいつらを倒せば、リーリスとゆっくり話せるだろうか。
「女の子の頼みとあっちゃあ、仕方ないねぇ!」
傍に立ててあった燭台を担ぎ、大見得を切ってやる。
「――任せとけ! この漢、フェン・メルベニー!
できれば槍があれば良かったんだが、わざわざ探しにいく余裕なんてない。重さも長さも申し分ないし、無いよりは断然マシだ。これでなんとかしてみせる!
「ほらよぉっ!!」
正面から飛びかかってきた一体に、燭台を思いっきりに突き出す。目は無いが、どうにかして二人の位置を認識しているそれが、大口を開けて飛び掛かってくる。
本当なら槍の方がよかったんだけど、こんな状況じゃあ贅沢も言ってられない。思いっきりに突けば、たとえ
一体を倒しても、二体三体と次々と四足のマキナが湧いてくる。流石に一度に向かってこられたら、防戦一方になってしまう。喉元に噛みつかれたらその瞬間におしまいだ。
「――っ! しまっ――」
飛び付いて来た一体が、燭台に噛みついて離れない。どうにかして振りほどこうとするが、すぐに他の一体が走り込んでくる。
なんだよ俺、大人気じゃねぇか!
いままで人にも動物にも、こんな好かれたことないってのによ……!
「くっ……」
やばいな、流石に一人で捌ききれなくなってきた。
時間を稼げって言ってたリーリスは何をやってんだ?
――痺れを切らして『早くしてくれ』と言おうとしたその時だった。
「黒い……鎧?」
見たままの、まるで黒い茨の色がそのまま映ったかのような鎧が、目の前にいたマキナの一体を薙ぎ払う。広間の入り口にいた、隙間から黒い茨を覗かせていた大き鎧。
誰かが入っているのか?
けれど、依然として中から茨がはみ出しているし。
……リーリスが操っているのか?
さっきも黒い茨を操って
とはいえ、まるで人と間違うぐらいには自然な動きをしていた。剣筋も良い。あれだけ苦労していたマキナが、真っ二つにされるぐらいだから余程だ。
自分とその黒い鎧の二人(?)で、次々に
結局出てきたのは六体ほどだったか。もともと群れで行動していて、たまたま見つかっただけなのか。それとも、誰かの命令でここに来たのか。
「やれやれ……。下に残骸が山ほどあったのは、こういう理由もあったわけだ」
黒い鎧を操っているとはいっても、リーリスが一挙一動を操作しているわけじゃないらしい。勝手に敵を見つけては、切り倒して。寝ている間は、こいつ一人が戦っていたんだろう。
俺がリーリスと対面する前に全く反応が無かったのは、リーリスが目覚める直前だったからか、鎧に宿っていた魔力が切れて動かなくなっていただけ。……それってつまり、魔力が残っていれば俺も襲われてたかもしれないってことか。
「おっかねぇなぁ……。ほら、散らばってた
「……そうか。――おい、なにをしている?」
はー、やれやれと腰をトントンと叩きながら、作業の成果を報告。礼の一つでも言ってくれるかと思ったら『なにをしている?』ときたか。汚したら片付ける。それができない奴は、どこだってゴミだらけにしちまうもんだぜ。
なにをするにも気持ちよくいきたいじゃないか、なぁ。
「何をって……。話の途中だっただろ?」
「わ、私はこれ以上、なにも話すつもりは無い!」
リーリスが語気を強めたと同時に、黒い鎧が剣を抜き始めた。
おいおいおい、ちょっと待てって。
シャレになってないぞ、それは!
「なんだよぉ、名前だって教え合っただろ?」
「名前を教えたからといって、別に慣れ合うつもりはない。用が済んだらさっさと出ていけ。……迷惑だ」
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