第三話 一時休戦

「そんなに邪険に扱わなくたっていいじゃないかよぅ……」


 ……まぁ、言われてすごすごと引き下がった俺も俺だけどさ。


 流石に言われたままに出ていくつもりはない。けど、あのまま残っても対話することは難しいだろう。顔を出すにしても、少し時間を置いてからだな。


 ――魔族。その名称を聞くのは、大概悪い場合だ。


 誰かが襲われた。どこかが襲われた。ざっくりと言ってしまえば、“脅威”と呼べる存在だったのだから仕方ない。少なくとも俺は、彼女と出会うまではそう思っていた。けれど――リーリスは今まで見た“魔族”とは違う。


(多少の恐怖は感じたが)突然に襲い掛かってはこなかったし。なにより、マトモに話をすることができた。こちらが人族で、向こうが魔族で。だからといって、可能性を捨てていがみ合ってたって、良いことなんて一つもないんじゃないか?


 ……甘い考えだってのは十分理解してる。ここから平和な世界に変えることができるだなんて、これっぽっちも思っちゃいない。だけれど、せめて自分ぐらいはそうありたい。戦争で“とある経験”をしてからは、そう考えるようになった。


「ううむ……困ったもんだ」


 広くて、そして長い階段を下りながら、どうしたもんかと頭を捻る。せっかく出会えたんだ。仲良くしたいとは思っちゃいるが、とっかかりというものが無い。難しいことを考えようにも、学がないのが俺の欠点だよなぁ。


 とりあえず、だ。

 しばらくはこの廃城に留まることにはなりそうだが……。


燭台コレじゃあカッコも付かない、か」


 廃れたとはいえ、城であることには変わりない。宝は無いが、探せば丁度いい長物も見つかるだろう。槍があればいいんだけどな、槍が。遠くから相手を刺せるし、なによりブンと振り回しゃあ周りの敵を一掃できるのがシビれるんだ。


 騎士団で一通り叩き込まれたから、だいたいの武器は扱える。

 けど――やっぱり派手で、見栄えのいい武器が一番だよな!


 クルクルと手癖で燭台を回してみせる。手首にかかる重さが心地良い。手首だけを回した小さな回転から、腕全体を使った大きな回転まで。地面を擦ることなく、綺麗に回して見せるけれども、ここじゃあ拍手をくれる観客はいない。


「……なんとも寂しいもんだぜ」


 用が済んだら出ていけだって?

 んなこと言われたって、はいそうですかと出ていくわけにはいかない。

 俺の用はぜんぜん済んじゃいないし、始まってすらいないんだからな。


 幸い、空いている部屋ならいくらでもある。どれだけ廃れていようが城は城なんだし、ちょいと探せば寝るのに十分な場所だってあるさ。……しっかし、リーリスは何処で寝泊まりするんだろうな。もしかしたら、あの広間で?


 毎晩あの大きな花に包まれて寝るのだろうか。


「リーリス、リーリス……。うん、やっぱりいい名前だ」


 明日の朝にはいなくなったりなんてしないよな?

 やっぱり少し様子を見に行ってみようか。






 心配になったら居ても立ってもいられなくなるのは、俺の昔からの悪い癖だ。


 結局、朝になるのを待てず。たかだか数時間、城の中をうろついた挙句に階段前まで戻ってきちまった。二階の大広間から三階の広間へと真っ直ぐに上がるための大階段。その途中途中が月明りで照らされている。


 点々と続く道しるべ。

 月のかけらを拾い集めるように、光を追って上った先に彼女はいた。


「――――」


 白い蕾も、黒い茨もそこにはない。不思議なことに、一切の痕跡を残さずにすっかりと消え去っていた。いつの間に。どうやって。きっと、リーリスだけが知っている。


 彼女は玉座に静かに座っていた。不機嫌そうな目でこちらをちらりと見ると、あからさまに大きな溜め息を吐かれる。そんなに嫌がられることをした覚えもないんだが……。少し傷つくじゃないか。


 リーリスは、こんな時間なのに眠っていなかった。


 冷静に考えてみりゃ、つい数時間前まで眠っていたんだもんな。もしかしたら、吸血鬼は日中に眠るのかもしれない。俺の心配も、杞憂きゆうに終わったわけだ。


「いい感じの槍が見つからなかったから、しばらくはこのままだ。……一人で眠るなんて退屈だろうと思ってさ。どうだい、暇つぶしに雑談でも」


 こんなだだっ広い場所でたった二人。ただ静かに見合ってるだけじゃ、なんとも居心地が悪くなるばっかりだ。少しはこの重苦しい空気を換えてやろうと、くるりくるりと槍を回しておどけてみせた。


 騎士団の仲間たちには好評だったんだが――リーリスはクスリともしない。


「必要ない。帰れといったのが聞こえなかったか」


「でも、アンタ弱ってるだろう?」

「お前に関係ないだろう! さっさと出て行かないと――!」


 ……リーリスが手を振りかざした。けれど、手の平から何かが出てくるわけでも、地面を割ってとんでもない化け物が出てくるでもない。不発か?


「ははぁん。あの黒い茨は今は出せないと見たぜ」


 内心おっかなびっくりではあったけど、茨に締め上げられる心配はなくなったってわけだ。でも……それって逆にマズいんじゃないか? 逆を返せば身を守る手段が無いってことだ。


「……なぁ、リーリス。疲れてるにしても、ゆっくり休める場所が必要だろ?」

「お前がいなければ解決する話だろうが……!」


 酷い言われようじゃないか。しかも『自分がいれば大丈夫だ』と言わんばかりに、例の黒い鎧がこちらへにじり寄ってくる。……本気で俺を広場から叩き出そうとしてないか?


「おいおい、待てよ! 俺はリーリスの為に言ってんだぜ!? またヤツらが襲いにくるかもしれないじゃないか。そうなったらどうするんだって――」


「馬鹿にするな! 腐っても【茨皇女】と呼ばれた、魔界の支配者の一人だぞ……! お前なんて、魔力が十分ならひとひねりで――」


 っかー! 魔界の支配者! そんな脅し文句を使ったってビビるもんかい。

 天使だってんならまだ信じただろうが、言うに事を欠いて支配者だなんて。


「……だから、それができないんだろ? 今はさ」

「だからなんだ? その気になれば、片腕を失ったとしてもお前の喉笛を掻き切ってやるぐらいはしてやる……!」


 興奮して無茶苦茶なことを言い始めたリーリスを、なんとかなだめようとするも上手くいかない。


「分かってくれよ。俺にはリーリスを傷つける理由もつもりもないんだって」

「リーリス、リーリスと……気安く名前を呼ぶなっ!!」


 ――そこまで叫んだところで、リーリスの体力も限界が来たんだろう。ドッと背後の玉座に深く沈んで。空を仰ぎ見ながら、大きく息を吐く。息を整えながら何を考えているのだろう。また逆鱗に触れてもいけないので、近づけないでいた。


 刺激した俺も悪かったが、手を差し伸べることもできないだなんて歯がゆいな。


「はぁ……。何なんだ、お前は。何しにこの城まで来たんだ……」

「落ち着いたか……?」


「……落ち着けるわけがない。どうすれば、この場所から消えてくれるんだ?」


「アンタは『用が済んだら出ていけ』と言ったが、俺の用はまだ済んじゃいないんだ。一度は自己紹介したが、もう一度させてもらうぜ」

「いやいい」


 ……即答されてしまった。


「そんじゃ、今度は“何しに来た”ってところからだ。今は兵士を辞めて、悠々自適に世界中を旅している最中さ。適当に物書きでもやっていこうと思うんだが、冒険譚を綴るにもネタが無くてな。この城には、面白いものが無いか探しに来た――ま、待て待て!」


 冷たい視線が突き刺さる。

 べ、別にふざけてるわけじゃないんだ。

 頼むから座っててくれよ。


「……俺はただ、街で噂になってた黒い茨を見に来ただけだったんだ。他になにかネタになるようなものが無いと、空振りに終わっちまう。別に特定できるようには書かねぇさ。だから……題材として、アンタの話を聞きたいんだ」

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