マンション管理員入門

林 輝雄

第1話


はじめに

   仕事あります/自分にもできるのだろうか/本気の仕事本/充実した人生後半を


第1章地雷を踏むって?


  ①私たちはホテルマンではない

   お名前を憶える必要はありません/演出も不要です/先ずは共用部分ありき


  ②「思いこみ」のワナ

   お子様への接し方/お受験/ルール違反者へのご注意/永遠の管理員


  ③汝、張り合うなかれ

   貴方に資産があろうとも/DJポリス

   /すべては錯覚から/なぜ、誰と「張り合って」しまうのか


  ④管理組合役員経験者と言えども

   景色の違い/経験に偏った対応/根拠のない自信/防災センター要員


第2章李下に冠を正さず


① 商店街を制服でぶらついている

通報と誤解/コンビニ前の喫煙/買い出しは月に一回/もったいないと思っても


② お土産ってどうします?

みんなで分けさせて頂きます/受け取りの現場/“超”潤滑油/ブレないこと


③ パフォーマンスの是非

   逆効果のパフォーマンス/ダブルで勘違い/正しいパフォーマンス/コンスタントに


④ 会話は3分以内で収めましょう

女性の管理員の方に限りません/役員である居住者との会話/ご高齢者との会話/コンシェルジュとの違い/逆に3分なんて無理、の方へ


第3章わがままは宝の山


 ① 色々な方がお住まいです

   担当物件の特性を知る/5パーセントの法則/メーターボックスは誰のもの/英語は困ると申しますが


② わがままと潜在需要

   一流と二流の分かれ道/わがままと評

される居住者とは/成長の軌跡/正面から向き合う


③ ニーズとウォンツ

   どう違うのでしょう/マンション管理の“ニーズ”とは/それぞれの顧客満足/「ウォンツを探れ」の実例


 ④ 問われているのは問題解決能力

   聞くだけで終わっては/洞察力を磨く

   /クレームへの対応


第4章専有部分への関わり方


①  本当は怖い「専有部分」

   顧客満足と専有部分の親和性/リスクの実例/電球交換危険集/「マンション管理員」の限界


②  コンシェルジュと管理員

   コンシェルジュの実態/クレームの原因/補い合うメリット/理想的な受付、そのイメージ


③  ご高齢の居住者

  フツーに高齢者/どこまでやれるの?

/3.11の教訓/日常対応「べからず集」


第5章売上ノルマのない仕事を楽しむ


① 「マンション管理員」とお金

  楽園/プレッシャーと給与の相関関係

/「マンション管理員」の家計/それぞれの目標を


② 管理業務主任者試験

  必要かつ十分な国家資格/私の受験体

験記/試験合格の具体的なメリット/顧客にもたらす安心感


③ 缶コーヒー「某」CM

  TVコマーシャル/イメージと現実の

ギャップ/現場の醍醐味/そして現場の葛藤


第6章プロフェッショナル


① お客様の資産を守る

   究極の顧客満足/時には“外敵”との闘いも辞さず/完成度、熟成度


 ② 黒子に徹する   

  ゴールデングラブ賞/ゲストの評価/慢心を戒める/理想のトライアングル

  

第7章マンション管理会社への提言


1 “管理の現場”満足度アンケートの実施


2 フロントマンの「人間力」向上


3 そして「マンション管理員」

   定年延長、七十歳へ/経験者厚遇で人材確保


おわりに

   幸せの青い鳥/潮流

















はじめに


★仕事あります

「年金だけでは暮らしていけない・・」

思わず「そうだよね」とうなずく方も多いのではないでしょうか。

聞き飽きたセリフで恐縮ですが、我が国日本は既に「高齢社会」突入であります。

路線バスに乗れば「老若」ならぬ「老々」男女ばかりが目に付き、ついに平成二十八年六月二十九日総務省の発表した「国勢調査1%抽出速報」では大正九年の国勢調査開始以来初めて高齢者が4人に1人を超えたことが明らかになりました。

私自身も今年平成二十八年に六十二歳となり「高齢者“目前”予備軍」です。

このような状況の中で正に我々中高年男女の活躍の場として近年クローズアップされている仕事が「マンション管理員」。

現実に某地域のハローワークでは「前職を問わず」中高年の男女には「マンション管理員」を窓口でお薦めして再就職決定率を上げようという動きもあります。

尤も、その反動で「マンション管理員」が一躍「人気職種」(?)となってしまい、競争率が高まってしまったというナンセンスなオチまでついたようですが・・・。

私自身は十二年前の平成十六年から「マンション管理員」を職業としています。

「夜勤管理員」からスタートし「日勤管理員」「コンシェルジュのスーパーバイザー」「タワーマンション防災センターの現地フロントマン」などを経験し、その間平成二十一年一月に勤務の傍ら管理業務主任者試験に合格しました。


★自分にもできるのだろうか

私は「プロフェッショナルなマンション管理員」を目指しています。

「プロフェッショナルな」って?管理会社と「プロ契約」でも結んでいるの?

残念ながら現在の日本(海外の諸事情は不明ですが)にそういう仕組みはございません。また、この場合マンション管理組合と直接雇用契約を締結している「マンション管理員」を「プロ」と呼称するものでもありません。

「マンション管理員」には「国家試験」や「プロテスト」などもなく、厳しい言い方をすれば、誰でもが今日からなれる職業なのです。

そして、ほぼ一律の給与体系の中で「それなりに我流でやっている」という方々と「間違った思い込みの中で辛うじてやっている」という方々とが混在しているのではないでしょうか。

つまり、現在の「マンション管理員」の平均的な姿を要約しますと次のようになります。

様々な経歴の中高年男女がそれぞれのご縁でマンション管理会社に入社し、一通りの新人研修を受けて(全くやらない会社もありますが)現場に“放り込まれ”ます。

そしてそのあとは月に一回平均で会社の方針伝達的な会合があるでしょう。加えて清掃、個人情報保護法に関する事柄を含む法務など特別研修が不定期に用意されていきます。(こちらも先程と同様にやらない会社もあります)

日々の業務に於ける不明な点は営業担当者(業界ではフロントマン若しくはフロントマネージャーと呼びます)の「手短かな指示」をその都度受け、実務と現場対応に追われて、いつの間にやら「我流で固まる」というパターンが一般的と思われます。

但し、その間「運良く地雷を踏まなければ」ですが。


★本気の仕事本

この本は、現在のご職業を退職予定の方、或いは求職中で「マンション管理員」という仕事にご興味のある多くの方々、そして既にマンションの現場に“放り込まれ”種々の問題に直面されている皆様すべてに、無事に「地雷を踏まず」生き抜く知恵とノウハウをお届けいたします。

更に、私が申し上げるところの「居住者に信頼される」という意味での「『プロフェッショナルなマンション管理員』を目指そうという方々」にはその道筋を示すものです。

就業人数の多い職業ではその仕事を行うためのいわゆる「仕事本」「ノウハウ本」が出版されています。

しかし不思議なことに「マンション管理員」の「仕事本」は潜在需要の割には非常に少なく、やっと見つけても実際のところ私自身の体験している日々の実情とは大分違う「分かっていないなあ」若しくは「一般的ではないなあ」という残念なものでした。

何故でしょう?

それは「実際に『マンション管理員』を何年も経験し痛い目悔しい思いをした人間が書いたものではないから」若しくは「『マンション管理員』が書いた本であっても、体験談的なそのマンション特有のお話に終わってしまっているから」ではないでしょうか。

端的に申し上げて私たち「マンション管理員」はマンション管理業界に於ける弱者です。最弱者と言っても良いかも知れません。

ポイントは先ずここにあります。

具体例を述べれば、マンションのルール(規約・使用細則など)をいつも守って頂けない居住者と「マンション管理員」である貴方とが何らかの業務遂行上のトラブルで「衝突」した場合、もちろん「非」は居住者にあるという前提のケースであっても、余程の覚悟を持って対抗しない限り最終的には貴方の負けで終わるでしょう。

負け、とは「納得はできないが今後の気まずい思いを想像し、または契約社員、パート社員として来年度の契約の更新に悪影響を与えるのは避けたいと判断し、などの理由で不本意ながら違反常習者の居住者に謝罪する」という意味です。場合によっては「貴方の退職で幕引き」という事態も有り得ます。

何故日常的にマンション管理の現場でそのような事が起きているのでしょうか?

これは奥が深い問題であり、一口に「こうだから」と明確な回答が出し難いのですが、いくつかの要因の中心に(手前味噌で恐縮ですが)本書のような本当に現場の「マンション管理員」に役立つ「ノウハウ」が確立されていないからでは?と私は考えました。


★充実した人生後半を

しかし、私がこの本で申し上げたいことは「全国の弱き『マンション管理員』よ、立ち上がれ!」ということではありません。

お客様(居住者)に信頼され、良い管理を実践することで感謝される「プロフェッショナルなマンション管理員」が一人でも多くなること。

そうすることによって全国のマンション管理の現場に好循環を生み出せるのでは?という思いから執筆に至った次第です。

若干古い数字で恐縮ですが、平成二十三年末現在で中高層住宅の累計分譲戸数は約五百八十万戸。

一戸に平均三名の居住者がお住まいだとしても「日本全国民の十人に一人以上がマンション住民」というこの概算の中で、果たして居住の皆様方は現在の「マンション管理員」の行動、そしてクオリティに満足していらっしゃるのでしょうか?

もちろんマンション管理全体の「顧客満足度」の大きな部分としては管理費の高い安いであり、中長期の修繕計画とその実施状況であり、日々のメンテナンスの誠実性であり、これらが上位を占めます。

私の経験でも、管理組合が理事会で議決し「今の管理会社を変えよう」(業界ではリプレイスと言います)と総会に諮る場合、その理由としては「管理費の信憑性」、「営業担当者(フロントマン)及び会社全体の誠実性」、「協力工事業者の質」等、がやはり重大な要素になりました。

良かれ悪しかれここまで(理事会のリプレイス決議)問題が大きくなってしまいますと「マンション管理員」の存在などは無力です。しかし悲観する必要は全くありません。

万が一貴方がこのような修羅場、つまり管理会社のリプレイスに当事者として出くわしたとしても逆にその「貴重な経験」を更なるパワーに変えて新たな現場を求めることができます。

毎週日曜日の一般紙求人広告欄をご覧になれば「マンション管理員」の需要がどれほどのものか、ご理解頂けます。

売上ノルマがない、人生経験が活かせる、日勤管理員であれば健康にも良い、六十五才定年プラス嘱託への道も開ける、正に働く意欲に燃える中高年男女にとって極めて魅力的な職場!だと私は思います。

冒頭の「年金だけでは暮らしていけない」という“つぶやき”もそもそも論で申せば、年金はそれぞれのケースで「預貯金などの資産や給与所得」とプラスして生活が成り立つという仕組みです。

この本を手に取った貴方は、ぜひこの機会に「マンション監理員」にトライし、充実した人生後半を楽しんでください!


第1章 地雷を踏むって?


 ①私たちはホテルマンではない


 ★お名前を憶える必要はありません

先ず皆さんがマンション管理会社に入社されて「新人研修」を受ける際に講師の方々から何を最初に教育されるでしょう?

順番の違いはあるとして「挨拶」と「身だしなみ」ではないでしょうか。

確かに社会人の基本でもあり、何もマンションの管理員に限らず「挨拶」と「身だしなみ」に気を配ることについて私も異を唱えるものではありません。

しかしその次に「出来るだけ早く居住者の方々のお顔とお名前が一致するように努めましょう」と来たら「ちょっとまったー!」です。

結論として、「マンション管理員」は居住者のお顔は出来るだけ早く記憶するとしても(最寄り駅からの通勤の道すがらお会いすることもありますので)、お名前まで「一致して憶える必要」はありません。

その理由

① トラブル対応、クレーム処理、種々のご連絡など、毎日の業務の中でいやでも応でも「お顔とお名前を憶えるべき居住者」は出てきます。つまり「自然体」それで十分です。

② 「A様、先日のご依頼の件ですが」とあなたがお声を掛けたところ「私はBでございます」といかにも不愉快という面持ちで返された経験、何年かお勤めの管理員さんであればお持ちでは。

世の中にはよく似た感じの方って意外と多くいらっしゃるものですよね。

③ もし多大なエネルギーを費やし全戸の居住者のお顔とお名前を一致させることが出来たとして「それが何か?」。

私たちはホテルマンでもウーマンでもありません。「○○様お帰りなさい(ませ)」は意識過剰であり「お帰りなさい(ませ)」(笑顔)で十分です。

私がどうしても居住者をお呼び止めしてこちらを向いて頂く必要がある時はどうするか?「お客様、ちょっとよろしいですか。」(笑顔)これで十分です。

一流ホテルや老舗旅館のスタッフの方に名前を憶えて頂いて「感動した」というのは、それがたまに泊りに行くホテル、旅館であるからです。

実は居住者の中には、住んでいるマンションの管理員から「名前で呼ばれて気味が悪い」と嫌がる方もいらっしゃいます。

これが至る所に埋設されている「地雷」というものの一端なのです。


 ★演出も不要です

過日テレビ番組で、ある超一流和風旅館の「おもてなしの裏側に迫る!」特番を拝見しました。

徹頭徹尾、さすが!と思われるサービスの連続ですが、私が特に感心したのは初めてお泊りのお客様(母娘)がお部屋に案内され、さて温泉に入ろうかとした時に用意されている浴衣のサイズが“何故か”それぞれご自身にぴったり!の場面でした。

豪華な施設や山海の珍味も素晴らしいのですが、このような地道な努力の積み重ねが高リピート率を支えているのでしょう。

マンションはホテル、旅館と違い「お客様の日常生活の場」であり住空間そのものです。

さらに申し上げれば「大切な資産」です。

従ってお客様が旅の宿のスタッフに期待する「おもてなし」と私たち「マンション管理員」に対する期待感とが本質的に異なるものであることはご理解いただけるものと思います。

本書でも後述いたしますが、ホテルライクな生活をお手伝いする「コンシェルジュ」と「マンション管理員」は重なる部分も確かにありますが、やはり主たる目的が違います。

それではマンションを購入された区分所有者の皆様は「マンション管理会社」に何を望んでいるのでしょう?

具体的には「いつまでも安全で快適な美しいマンションであること、を維持して欲しい」となるのでしょうが、これは実のところ「マンション管理員」というよりも日頃の迅速なメンテナンスと中長期修繕計画などを計画、実践する「管理会社本体」に対して求めているものなのです。

そして管理会社の現地責任者である私たち「マンション管理員」に対しての期待感としては①誠実な清掃『七割』②管理会社本体及び各種のメンテナンス会社への迅速な連絡と連携『二割』③気持ちの良い対応『一割』。ざっとこんなところでしょうか。

従ってお客様の目の前で敢えてパフォーマンスを演じる必要はありません。

勘違いしている管理員の中には、平日の朝の出勤時間帯にやたらとアチコチ清掃する姿や配達業者などを厳しく指導する心憎い演出を見せつける方がいらっしゃいます。

また、「エアほうき!」という器用な技を駆使されて、ごみの落ちていない玄関前のアプローチ、舗道をわざわざ柄の長いほうきで「掃く」という方もいらっしゃいます。

正に「こんなもの要らない」ですね。

というより「とっくに見抜かれていますよ、そこの管理員さん!」というところです。


★先ずは共用部分ありき

もうひとつ、ホテル、旅館のスタッフの方々と私たち「マンション管理員」の大きな違いに「守備範囲」があります。

言うまでもなく前者の方々の「守備範囲」はその敷地、建物の全てに止まらず先程の「超一流和風旅館」の例によればお帰りの際駅の列車のお見送りまでが担当の仲居さんの業務です。

そこまではとても、という一般のホテル、旅館でも「私のサービス範囲はお客様のお部屋の玄関ドア外側まで。お部屋内は緊急時以外立ち入りません」などというスタッフがいたら商売になりませんね。

がしかし、この言葉は大部分の管理員単独現場のマンションでは正解となります。

例えご高齢の居住者(ご単身に限らず)のリクエストであっても、お部屋内の「電球の交換」や「カーテンの取り外し」などを当然の如くに行うことは「マンション管理員」として本来の業務とは言えません。

第4章でも述べる通り、現在「コンシェルジュサービス」を設定し「専有部分内のサービス」や「クリーニングの受け渡し」「宅配物の受付」などを実施しているマンションも増えています。

但し、そのようなマンションは全体の中では少数派であり「マンション管理員」の大多数は現実の矛盾の中でリスクのある対応をしているのが実情です。

それでなくとも私たち「マンション管理員」は「管理委託契約」上の共用部分の管理業務を日々、月間・年間のスケジュールに沿って行います。地震、火災などの異常警報の発報にも備えなくてはなりません。

もし貴方が“どうしても”一戸の専有部分に入り何かの依頼事に対応せざるを得ない場合は、少なくとも「玄関ドアにストッパーを入れる」そして「十分以内で終了する」と予めお客様にもお伝えして入室することをお勧めします。

逆に貴方が十分間作業をしても終わらない場合はメンテナンス会社の出番である、との自主ルールの設定が必要です。

このようにきめ細かく「教育」して頂ける本社教育スタッフや、「指導」して頂ける担当フロントマンに貴方が恵まれていれば幸いです。


 ②「思いこみ」のワナ

 

★お子様への接し方

前項の流れから「地雷」について具体例を添えて考えていきましょう。

マンションの朝の風景の中で通学する特に小学校低学年の児童や幼稚園児にやたらと“フレンドリーな”管理員さん、思い当たる方も多いでしょう。むしろ「それの何が悪いの?」「会社の方針とも合致していますよ」「何より父兄の方々からの受けも抜群だ」と私が指摘する端から反発必至でしょう。

この場合の「地雷」

・「○○さんのお子さんには猫なで声。どうしてウチの子には素っ気ないのかしら」

・「私立の小学生には敬語を使っているらしい」

つまり、公平の原則に反するという不興を買

い易いというリスク。しかしこれらはまだ良

い方です。

・「放課後に小学生が管理員室に入り浸って遊んでいる」

などと噂が出たら「いやー。あの時は、鍵が

なくて部屋に入れない○○ちゃんを一時的に

管理員室でお預かりし、親御さんの携帯に連

絡をとる間のことで云々」などと理事長様に

ご説明しなくては、という事態に発展する可

能性もあります。

そこまで至らなくても「いいことはひとつも

ありません」。

特にお孫さんをお持ちの管理員さんはご自身

のお孫さんと居住者のお子様とを重ね合わせ

て見ていませんか?

敢えて申せば、マンション中のお子さん全員

のお名前とお顔を「間違いなく」憶えられる

ものでもない限り、○○様の息子さん、△△

様の娘さん、に留め置いた方が無難です。

呼び方がそのような「一歩下がった」ものに

なりますと不思議と「間合い」が適度に保て

るというものです。


★お受験

お子様関連で言えば、私立小学校受験つまり

「お受験」も要注意です。

「△△様の奥様は一人息子の□□君をご主人

の出身校でもあるA大学の附属小学校に是非

入れたい、と幼稚園児対象の予備校へ通わせ

ており、頭の中は受験のことで満杯です。

予備校からマンションに帰り着くやそのスト

レスとプレッシャーの解消にとばかり、管理

員の貴方に(女性の管理員さんであれば尚

更)問わず語りに色々話し掛けてきます。貴

方も常識の範囲で対応していました。

しかし、残念ながら□□君は試験当日風邪で

コンディションを崩してしまい、A大学附属

小学校は不合格。第二志望のB大学附属小学

校に合格して現在は元気に通学しています」

本来はこれで一件落着!の話です。

が、どうでしょう。

△△様の奥様の管理員の貴方に対する態度が

その頃から妙に「よそよそしい」のです。

笑顔でご挨拶をしてもどこかぎこちない態度。

というよりもむしろ「何かが気に入らないオ

ーラ」が発生。

それどころかショックなことに管理組合役員

を務めて頂いている居住者の方へ「管理員を

交代させる」働き掛けを始めていたのです。

何故でしょう?

△△様の奥様にとってご長男の第一志望校受

験の失敗は人生最大級の誤算。しかしこの悪

夢のような現実を致し方なく受け入れたとこ

ろ、フト気が付くと「マンション管理員」の

貴方がいた。

「A大附属“命”」だったことを知っている管

理員は恥部を知る邪魔な存在になった、とい

う“理屈”なのです。

「お子様関連」につきましては、全てに於いて適度な間合いと距離感が必須である、と認

識して下さい。そして「お子様関連」に限ら

ず居住者の個人的なご事情には「必要以上に

近寄らない努力」を意識的に行うことです。


★ルール違反者へのご注意

「お客様は神様です!」とは申しませんが、

マンション管理業はサービス業であり、居住

の皆様は区分所有者のみならず同居されてい

る方も借りて住んでいらっしゃる方も全てお

客様です。

一方、マンションはどんな高級な物件であっても「共同住宅」であり、必ず「規約・使用細則」があります。

マンションの「憲法・ルール」とも言うべき「規約・使用細則」は居住の皆様にとっては義務として遵守しなければならない規範となります。

そして私達「マンション管理員」はこれらを居住の皆様に守って頂くために「工夫し、先を読んで」効果的な「ご注意」を申し上げなければなりません。

但し、「はじめに」の通り、この場合地雷を踏むリスクは極めて高く、例え管理員に「正義」があったとしても安易に「ご注意」をして揉めた際に、負けるのは管理員です。

何故なら相手はお客様ですから。

先ずは「ルール違反」の主な事例を次に列挙してみましょう。(順不動です)

「ゴミの分別をしない」「粗大ゴミを普通ゴミとして出す」「共用廊下に傘や宅配物を置く」「玄関のドアを開けている(調理の臭いを出す、などのため)」「騒音を出す」「自動車、自転車を敷地内の自身の都合の良いところに駐車、駐輪する」「ペットを共用部分で歩かせる」「リフォーム申請(届)を出さずにリフォーム工事を始める」等々。

枚挙に暇がないためこの辺りで切り上げますが「地雷を踏まない」ポイントは次のふたつです。

「ものの言い方に細心の注意をする」こと。そして「拙速を避ける」こと。

言い換えますと「規約・使用細則を過信して勢いで行かない」こと、ですね。

「正義感と使命感に燃えたマンション管理員の貴方はルール違反を繰り返す居住者に貼り紙で何度も注意を促し、その後口頭で揉めるに至りました。

そして『ルールを破った俺は確かに悪い。その点は申し訳ない。だが管理員のあの言い方はないだろう。俺は客なんだよ!』という居住者の発言で貴方は窮地に追い込まれてしまいます。

さて、不本意ながら『謝罪』して丸く収めるか、会社のバックアップを(受けられる場合)受けて遣り合うか。

貴方はどうされますか?」

もしこのような事態に貴方が陥った場合の私のアドバイスは次の通りです。

先ずはフロントマン若しくは上席の管理職と至急に対策を協議し、「管理会社としての対応」を優先することです。

そしてこの場合のルール違反が、その居住者の単なる我が儘なのか、マンションの使用細則の不合理性に起因するものなのか、はたまたそのミックス形か、つまり問題の本質を整理し理事長へ正確にご報告する流れを作ることが重要です。

対応の如何によっては「管理委託契約の更新」に悪影響を及ぼす可能性もあります。

結果、事の原因がお客様の「単なる我が儘」であろうとも貴方の「言動について謝罪する」行為と同時に「改善策も提示して教訓を生かす」という線が理想的でしょう。

イメージとしては「紛争している二国間の事態の収拾」という外交センスが必要ですが、そうそう上手くいかない点も残念ながら国際紛争の調停と似ていますね。


 ★永遠の管理員

もしも貴方が趣味として草花を愛でる、そして見事に花を咲かすことが特技だとしても、その特技を担当物件のマンションに持ち込むことは控えましょう。

第1章の「★お子様への接し方」を思い出す方もいらっしゃるでしょう。

「どうしていけないの?」「会社もフロントマンも認めてくれている」「何より居住者が異口同音に褒めてくれている」。

誰しも仕事の現場とは言え、人に認められたいという欲求や自分なりのカラーを出したいという気持ちはあります。そしてそれが良い結果に繋がる場合も多いのですが、マンション管理の現場では難しいのです。

先ず、限られた時間と体力の中で貴方が優先すべき課題は何でしょうか?

植栽管理は立派な管理員業務のひとつですが、

例えば自宅等から種や苗を持ち込んでパンジーやダリアを咲かせることはズバリ蛇足というものです。

そして、ここが大事なのですが「貴方は永遠にこのマンションの管理員でいられるのですか?」ということです。

結論を急ぐようですが、例えば貴方が「定年」「健康上の理由」「家庭の事情」などで退職された場合、後任の管理員氏がパンジーやダリアを同じように咲かすことが出来ますか?と自問すれば容易に答えが出ますね。

逆に、マンションにお住まいの居住者の皆様にしてみたら「前の管理員の方が良かった」「管理員の質が落ちた」という声が出てしまいます。

立場を変えて貴方が引き継いだマンションが前任者の強い個性で彩られていたら?と考え、趣味や特技は自宅で存分に発揮しましょう。


③ 汝、張り合うなかれ


★貴方に資産があろうとも

皆様の中には前職の退職金や親御さんからの相続などで大きな資産をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。

または、息子さんが東大卒で財務官僚という方もいらっしゃるでしょう。

しかし、だからといってお客様である居住者と「張り合って」はいけません。

「実は私は生まれてこの方マンションって住んだことがないんですよ」なんてどんなに心安くなった居住者にも言っては拙いのです。

残念ながら一般的なマンション住民の方々の中には私たち管理員や清掃員を「使用人」と思っていらっしゃる方が一部いらっしゃいます。

或いは、心易くなった居住者でも貴方が不用意に「私も世田谷に使わない土地がありましてね」とか「こう見えても××銀行で支店課長でした」などと発したとたん、心の中で「それって自慢?」となるでしょう。

プロフェッショナルな「マンション管理員」

はあくまでもマンション管理の仕事の範囲内で居住者の信頼を得ることに注力し、ご自分の資産や過去の栄光などは多くをというよりとにかく語らないで済ますことが賢明です。

そういう意味では、逆に「マンション管理員」として「東日本大震災の際は当時の担当現場で多くを学びました」というキャリアは機会があれば(自己紹介の場など)効果的に語ることです。

黙して語らず、で寡黙に働くばかりが一番良いわけではありません。

お客様は「マンション管理員」という使用人“的”な貴方に期待感を持っていらっしゃるのです。

この場合のポイントは、貴方はご自分を役者と考え「マンション管理員物語(仮称)」という筋書きの無い(というか定まっていない)ドラマの主人公を演じている、と思うことです。

後半の第5章で缶コーヒーのCMをご紹介していますが、世間一般の居住者の管理員に対するイメージはあのCMに近いのかも?


 ★DJポリス

ハリウッド映画で言えば西部劇の保安官。邦画の時代劇で言えば十手持ち。

自らを規約・使用細則の「番人」と任じて違反者に対してご注意を促す毎日。

私たち「マンション管理員」も「秩序とルールを守って頂く」という点では似通った部分があるのですが、やはり本質が違います。

しかも相手は居住者だけではありません。

宅配便、運送会社、デリバリーピザ、不動産仲介会社、各種点検会社、そして内装(リフォーム)会社などとても貴方ひとり、若しくは防災センターの限られた人員で多くの方々に「規約・使用細則を遵守して頂く」それも「陰日向なく、自発的に」というのは至難の業です。

そこで考えつく次善の策は「DJポリス」の話術でしょう。

渋谷の駅前や大規模な花火大会会場で浮かれた(失礼)良く言えば元気を持て余す若者たちを「あくまでソフトに」しかし「自分の思ったように」誘導する話術は本当に巧みで素晴らしい技術です。

しかし私たちも前述の「マンション管理員物語(仮称)」の主人公になり切り、「ソフトな管理員」を演じればいいのです。

お客様とは同格として「張り合う」のではなく、包み込むように、親切に、タイミングを見計らって柔らかい物腰でお話しをしましょう。

ピザ屋さんや運送屋さんも居住者にご縁があってマンションに来棟された方々です。親切で的確な対応を心掛けましょう。

「北風と太陽」ではありませんが、例えば「最も警戒する」対象である大型家具の運送会社さんも貴方が親切にそして的確に「車両の駐車スペースの有無」「搬入の動線」「使用するエレベータ」「養生のポイント」をリーダーに伝えることでアトは最後に様子を見る程度で大丈夫です。

これが真逆に「十手持ち」風を吹かせて無駄に高圧的な態度で臨みますと、人間は感情の動物ですから貴方の仕事が増える可能性も有るということです。

昔プロ野球のパリーグに“名物審判員”がいらして、拮抗したゲームの大事なアウト・セーフの判定で監督さんと揉めた際に「俺がルールブックだ!」と言い切ったそうです。

「マンション管理員物語」ではその「役作り」は止めた方が無難ですね。


 ★すべては錯覚から

マンションという一種不思議な空間には「ドラマのロケ(制作)現場」のような、人の錯覚を誘う雰囲気があります。

そして何故かそこには「名物男」的な区分所有者がいらっしゃる場合が多いのです。

立志伝中の人物ともいうべき社長さん、芸術家、芸能界の方、政界関係者、作家、医師などなど。

そのような方々と「マンション管理員」の貴方はマンション共用部分の空間を共にして、ご挨拶をし、時にはタクシーの荷物の出し入れのお手伝いなどをすることによって「まるで友人のような錯覚」に陥る場合があります。

「錯覚」とは、マンションのヒエラルキーの上部にいらっしゃる居住者と親しげに話し込んだりすることで自分のポジションが「全ての居住者に公平に接する」という基本を徐々に見失っていくことを指します。

前述のような方々つまり「世間の大物」だけでは無く、むしろこちらの方が例が多いいと思われますが、お相手が理事長のケースは大きな「地雷」に触れる危険性もあります。

特に長期に渡りその役職を務めていらっしゃる理事長は管理会社にとっても非常に重要な方である為、現場で接する機会の多い貴方はフロントマン、課長からも「上手くやって欲しい」旨の指示を受けるでしょう。

ここで貴方が気を付けなくてはならないのは、そのような理事長と「マンション管理員」の“良好な関係”をあまり愉快に思わない方々もいらっしゃるということです。

先ずここでのポイントは、懇意になった著名人や気前の良い経営者、そして理事長。このような方々に「特別な便宜を図らない」ということです。

「いつもお世話になっているから」とか「ここでルール違反を見逃せばメリットがあるかも」などと貴方が思ってしまったら、それが正に「錯覚」なのです。

そしてこの「錯覚」の一番怖いところは、他の大多数の居住者が小さな存在に見えてしまうことです。

確かに複数のお部屋を一人でご所有されている方は発言力も強いのですが、理事会も総会も多数決の結果で何ごとも議決されます。

マンションの管理組合は戸建ての町内会と違い共用部分の修繕、設備の交換などに大きな金額のお金を要します。

ちょっとした遠慮や情実が「地雷」となって「マンション管理員」はおろか管理会社もろとも吹き飛ばす事態になることを忘れずに。


 ★なぜ、誰と「張り合って」しまうのか

私たち「マンション管理員」がお客様である居住者と「張り合う」姿を想像してみましょう。

ケース①

女性管理員である田中さん(仮名)は管理員歴4年とちょうど仕事にも慣れ、毎日笑顔で居住者と接しています。

特に「気の合う」同年代の奥様方とはついつい共用廊下やサブエントランスなどでお話しが長くなってしまうことも。ただ田中さんはあくまでも「仕事上のコミュニケーション作り」と思っています。

その一方でどうしても「気になる」方が1名。お名前はAさん。やはり同年代で専業主婦の方なのですが早く言えば「万事にルーズ」若しくは「自己中」。田中さんの嫌いなタイプです。

ゴミの分別、自転車の駐輪、自動車の駐停車など「戸建てに住めば?」とつい言いたくなるような使用細則違反の常習者。

当然他の女性居住者からもクレームが出始め「管理員さん何とかならないの?私たち応援するわよ」とまで言われてしまいました。

そうしたある日いつもの如くメインエントランス前に自転車を無造作に置いて自動ドアから中に入ろうとするAさんにやんわりご注意をしたところ「何なの貴方はたかが管理員のくせに!」と返され「Aさんお一人のマンションじゃないんですよ!」と激しい口論となってしまいました。

このケースの検証

正にこの場合の女性管理員田中さんは自分が日頃親しく言葉を交わす居住者の奥様方と心理的に「同化」してしまい、結果として管理員としての立場を逸脱して“間違った意味での居住者の目線”でAさんと「張り合って」しまいました。

“居住者の目線”でマンションを管理すること自体は非常に重要なことなのですが、私的な感情を混在させるのは禁物です。

ケース②

準大手機械メーカーの総務部を早期退職制度で辞め、会社の再就職プログラムで「マンション管理員」となった木村さん(仮名)。

得意な事務仕事はパソコンを駆使してテキパキと処理し、清掃担当者を上手く使って日常清掃にも落ち度はありません。

マンションへの行き帰りはスーツにネクタイと決めています。

「俺はそこいらの管理人とは違うんだ」という意地とプライドで夜学へ通い、管理業務主任者試験に合格した努力家でもあります。

そんな木村さんが「どうも気に入らない」と心中思っている居住者が司法書士のBさん。

本来住居専用(営業行為は禁止)のマンションであるにも関わらず自宅で「過払い金相談室」を開設しているBさんに、少しばかり民法や区分所有法をカジッた田中さんとしては「司法書士であれば住居用マンション内での看板を掲げた営業は禁止と知っているハズ」という気持ちが顔や態度に出てしまいます。

そんなある日Bさんより「部屋内の蛍光灯を数本取り換えて欲しい」とのご連絡がありました。

仕事は仕事と割り切り豪華なリビングルームに入った田中さんですが、本革らしき純白の大型ソファーに身を沈めてあれやこれやと指示するBさんに「私も自分の家では電球交換などしたことがないのですよ」などと余計なセリフをつい吐いてしまいました。

このケースの検証

基本的に「張り合う」というのは「ライバル視」しているということです。

同年代の人間には負けたくない、たかが司法書士が何だ!俺だって、という田中さんの「複合」という意味での「コンプレックス」が露出してしまいましたね。

このような感情の問題を抑えることはちょっと難しい。なるべく当たり障りのない対応を心掛けて、もし勤務しているマンションが大型で複数の管理員が働いているのであれば正直に「苦手を宣言」し、Bさんの特に専有部分の対応は他の管理員にお願いする、という身のかわし方も工夫しましょう。

因みに「私も自分の家では電球交換などしたことがないのですよ」と言った田中さんに対してBさんは「それではこれからはご自宅でも是非やって下さい」と切り返したそうです。

さすが司法書士?口では敵いません。


④ 管理組合役員経験者と言えども


 ★景色の違い

サラリーマン十年目にして莫大なローンを抱え込みながらも購入した自宅マンション。

抽選で指名され、残業と接待で疲れた頭で毎回参加した管理組合理事会。

百戸程度の総戸数であった為役員経験は二度となり、二度目の際は推薦を受け理事長も経験しました。

そのような貴方が、もし「マンションのことなら大凡分かるので管理員ぐらいはできるだろう」「むしろ居住者の考えを理解できる素晴らしい管理員になれるハズ」と思って「マンション管理員」大募集の公募に応募されるのはご自由ですが、現実は厳しいものです。

もし採用された場合、先ずは貴方がご自身の“マンションライフ三十年”の中で経験、体験された事柄について一度捨て去り、白紙で臨むことをアドバイスさせて頂きます。

立場が変われば世の中はコペルニクス的転換となり、担当するマンションの居住者の皆様にとっては貴方がどんな私生活を送っていらっしゃろうと“ただの新人管理員”に過ぎないのです。

マンションは百棟あれば百通りの事情、状況、更に申せば問題があります。貴方のお住まいのマンションとは全く異なる世界が待ち構えている、と考えていればむしろ間違いありません。

人間「頭でいかに理解していても」その場になりますと特に男性の場合は「男のこだわり」という厄介な意地が邪魔をすることが多いのです。


 ★経験に偏った対応

逆差別をするのではなく、一般的なご注意の例として管理組合役員ご経験の「マンション管理員」の方々に有り勝ちな「地雷」を考えてみましょう。

前項の理事長経験者の山田さん(仮名)は新人管理員とは言えご自身のマンションで小は隣人同士の騒音トラブルから大は大規模修繕の業者選定まで様々なことを解決してきたものです。

ある日地下駐車場の車路で居住者(区分所有者)のゲスト(ご親族)の方が運転していたお車を柱に接触させるという自損事故を発生させてしまいました。

幸い怪我は無かったもののご本人はすっかり動転して管理室に駆け込んで来られました。

山田さんは豊富な(三十年の)経験とサービス精神からつい「マンションで入っている保険があるはずなので“何とかなる”のではと思います。フロントマンに確認してご連絡いたします」と言ってしまいました。

フロントマンに電話とメールで連絡したところ「こちらのマンションは組合さんの管理費見直しにより一年前に特約の少ないコストの少しでも安い総合保険に切り替わりました。具体的に今回の事故に於けるゲストの方の保険救済は不可です。」と言われてしまいました。

慌てた山田さんは事故の当事者に急ぎ電話をしましたが「管理人のあんたが保険で大丈夫と言ったではないか!」と激高し話し合いに応じません。

親族が事故を起こした形の居住者も同調し「そもそも車路が狭く柱の位置も悪過ぎる。単に保険が下りる下りないの問題ではなく、居住者全体のリスクの観点から理事会で協議して頂きたい」という騒動に発展してしまいました。

この事例は正に山田さんが「自分自身が管理組合役員で更に理事長経験者」であったが故の「地雷」だったかも知れません。

しかし、それ以前に「不確かなことは明言しない」言い方を変えますと「不確かな事は常に確認してからのちにお伝えする」ということがとても重要です。

私を含めた全ての「マンション管理員」に当てはまる”鉄則”とお考え下さい。


 ★根拠のない自信

相手の側に立脚したサービス。

このフレーズも非常に耳触りの良い響きを持っていますが「マンション管理員」はその前提に「公平」と「守秘義務」を常に意識する必要があります。

管理組合役員経験者の「マンション管理員」はご自身が役員(特に理事長)であった際に管理員より様々な情報を得ていた体験からか「○○号室の××さん、ああ見えても△△才ですよ」などと“大胆なマル秘ネタ”を耳打ちして理事長さんの歓心を買おうとする方がおられます。

個人的な資質の問題もあると思うのですが「マンション管理員」の中には「目の前の人の喜びそうなことを言う」という、どうも困った傾向の方も少数いらっしゃるのです。

その相手は居住者に止まらず、宅配会社、郵便局員、不動産仲介会社、メンテナンス会社、家具・家電の配送会社等々に及び、結局守秘義務違反や使用細則遵守の矛盾が生じて「マンション管理員」自身がその責任を問われてしまいます。

この資質と管理組合役員経験者であったというだけの「根拠のない自信」がミックスされ、その上に「男のこだわり」というやっかいなものがトッピングされますと更なる悲喜劇が展開されてしまうということになります。

ここで再び山田管理員に登場して頂きましょう。

山田さんの担当マンションは都心に位置する築二十年の「億ション」なのですが敷地は広くありません。

従って業者用はおろか居住者の方用の「車寄せ」や「一時停車スペース」も無く、しばしばトラブルになっています。

居住者の方にも不自由をお願いしている中で、ある日ある点検業者の車両を山田さんの判断で敷地内に半日ほど駐車させてしまいました。

もちろん山田さんには「この場合は共用部分の点検で言わば公用であり、更に他の方には影響のない時間帯なので」などという自分なりの「根拠」があったのですが間の悪いことに日頃からご注意を申し上げている居住者の目に留まってしまい強烈なクレームとなりました。

山田さんの「この程度の裁量は与えられているハズ」という「根拠のない自信」と来棟する点検業者に「いい顔をしたいという気持ち」がこのような事態を招いてしまったと言えます。


 ★防災センター要員

「マンション管理員」の現場のタイプとして大きくは「通勤」と「常勤(住み込み)」そして「日勤」と「夜勤」とがあり職務内容として「清掃補助」と「清掃兼務」との分かれがあります。

これらに加え「単独」と「複数」の勤務形態区分があり、この「複数」という勤務形態が以外と「地雷」化する場合があるのです。

佐藤さん(仮名)は金融会社の管理職を勤め上げ、子供たちも家を出たため長年暮らして管理組合理事長も経験したファミリータイプの3LDKマンションから夫婦二人に見合ったサイズの新築マンションへ自己資金で住み替えしました。

やはり年金だけでは貯金の取り崩しとなる事実を受け「マンション管理員」に応募し採用となったものです。

たまたま配属された現場は築十年総戸数六百戸という大型タワーマンションの防災センター。

二十四時間三百六十五日体制の日勤管理員です。

これだけの規模になりますと、所長、副所長及び事務処理スタッフ各一名の現地フロントマンチーム三名、管理員三名、コンシェルジュ六名、清掃スタッフ十八名、夜間警備員四名の総計三十四名の大所帯となります。

初出勤から半年を経過して、佐藤さんは金融会社管理職時代の仕事のノウハウとファミリーマンションの理事長経験を生かし、「独自の判断」で毎日のように現場に押し寄せるクレームやメンテナンスその他を“自分なりに切り取って”いました。

しかし、佐藤さんの踏んだ「地雷」は防災センターの中にあったのです。

たった三名の管理員(防災センター要員)ですが実際のところ佐藤さんの軽率な居住者への言動、安請け合いや、正しい申し送りをせずにシフト休みに入ってしまう行動が他の二名の先輩管理員との関係を悪化させてしまいました。つまり居住者より先に同僚から「無責任な管理員」というレッテルが貼られてしまったのです。

複数の管理員が交代シフトで防災センターを構成する場合、単独勤務のいわゆる「独り現場」と違うコミュニケーション能力が求められるのは当然のことです。

一概にどちらが働き易いか?とは言えませんが居住者の方々との接点が多面的になり「責任の所在」があやふやになってしまうのが「複数現場」の陥り易い欠点です。

反面、体調が悪い、休務日を変更したいなどという場合に無理が効くのは大きな利点ですが。

佐藤さんのような「中途半端なマンション管理の知識を持った前職のプライドが高い管理員」は特に「複数現場」に於いて浮いてしまい易い存在になり兼ねません。

あくまでも私見ながら、「マンション管理員」にとって管理組合役員の経験はプラス面よりもリスク(地雷を踏む可能性)の方が多いもの、と留意して下さい。


第2章 李下に冠を正さず


① 商店街を制服でぶらついている


 ★通報と誤解

♪サラリーマンは~気楽な稼業ときたもんだ♪という故植木等さんの昭和の大ヒット曲の一節は、そのまま「サラリーマンは~」を「マンション管理員は~」(字余り)に置き換えても宜しいのではないでしょうか。

逆に申せば、私たち管理員は居住者の皆様から「高い管理費払っているんだ」「こっちは汗水流してローンを払っているのにダラダラしている」などと厳しい目で見られているのです。

ある日、東京都内の某アーケード型商店街に程近いマンションの居住者から管理会社本社へ電話による「通報」がありました。

「おたくの管理員は昼休みでもないのに○○商店街を毎日ぶらぶらと歩いているがいったいどういう教育をしているんだ!」とのことです。

調査の結果、真実とは程遠い「中傷」と結論が出ましたがその管理員の心構え及び行動様式には確かに問題がありました。

清掃補助という比較的時間に余裕のある契約であった為、本人はマンション管理の消耗品の購入、共用施設の課金の銀行送金や両替、“ついでに昼食”などちょっとそれは誤解も招くでしょう、という行動を取っていた事実があったというものです。

更に調査の過程では、近くのコンビニ前の灰皿のある場所で喫煙していたという自己申告もありました。

「コンビニ前喫煙」は本人としては私服を上から着て目立たぬようにしていた、とは言うものの顔は隠せませんよ!ということです。


 ★コンビニ前の喫煙

難問である「喫煙」問題ですが、これはもう今のご時勢で致し方ないですね。

ほとんどのマンションは「敷地内禁煙」となっています。

それでは「敷地外」なら良いのかとなりますが、昼休みの「コンビニ前喫煙」は居住者の厳しい目に触れますので「違反行為」ではないのですが「微妙」です。

私自身は二十年程前の営業マン時代にきっかけがありタバコは吸わなくなりましたが習慣性のある嗜好品ですから難しさも良く分ります。

基本的に昼休みが外食(外出)禁止という契約でない限りはもちろんタバコの吸えるお店で昼食を摂りゆっくりと禁断症状を癒したのち午後の仕事に戻って頂ければ問題はないと思います。

逆に、昼食屋さんではなくコンビニ前の喫煙場所でしかも昼休み以外の時間帯に貴方がタバコを吸っているところを居住者のどなたかに見られたら・・。

例え制服の上からコートなどを羽織っていてもすぐにバレますね。

勤務時間の拘束は通常昼休みも入れて八時間です。

この時間の範囲の中では「世の中にタバコというものは存在しない」「喫いたくなった時は水かお茶を飲む」で乗り切って下さい。

因みに私の勤務した数箇所のマンションの中では築二十五年のリプレイス物件のみが管理室内での喫煙可でしたが、正に私たちがリプレイスによる引継ぎに入った時点で理事長より「これ(リプレイス)を契機に管理室は禁煙として下さい」となりました。

私は特段問題なかったのですが夜勤担当の同僚がヘビースモーカーで大変残念がっていました。

昭和の時代の「管理人さん」のように仕事がひと段落した後は管理室でお茶を啜りながらタバコを一服、という牧歌的な風景はもう見られないかも知れません。

明治ならぬ「昭和は遠くなりにけり」です。


 ★買い出しは月に一回

貴方の勤務先の管理会社それぞれにシステムの違いはあるのでしょうが、管理組合負担の消耗品でも管理会社負担分の備品であっても「小口(預り)現金」からの支払いとなるか「管理員立替」になるかのどちらかで購入されていると思われます。

また、二十四時間有人警備の防災センター要員であれば遅番シフトの管理員が出勤時にドラッグストア等に立ち寄り、それらを随時購入することも合理的です。

それが不可能な毎朝八時から勤務開始の「独り現場」では、管理員は基本的に「業務により外出中」等のプレートを受付窓口若しくはカウンターに出し“堂々と”買い出しを実施して頂いて構いません。

但し、その頻度は出来れば「月一回程度」として「業務により外出中」は最低回数に留めたいと思います。

「いつも商店街をぶらぶらしている」というイメージは誤解の上に生じたものとは言え極めて不味いものです。

払拭しなければいけませんし、それ以前に避けなければなりません。

もう一方の共用施設の課金によってお預かりした現金の送金等つまり「銀行に行く用事」はマンションの規模やシステムによって月に一回では済まない現場もあります。

そのケースではスピーディに安全に済ませるという意味で「管理会社所有の自転車」の使用若しくは管理組合所有の「レンタサイクル」の使用(許可)をご検討下さい。

基本的に「買い出し」と「銀行の用事」は錯誤や(買い出し品の)盗難被害を防ぐ観点から違うスケジュールを組まれた方がベターです。


 ★もったいないと思っても

「消費は美徳」「バブル景気」という過去の時代のお話ではなく、マンション管理の現場では日々大量のまだまだ使える(十分使えそうな)ごみが出てきます。

特にグレードの高い物件の粗大ごみ、不燃ごみには「桐の和ダンス」や「電動マッサージチェア」「パソコン」「自転車」等々高価な物が買い替えなどの理由で排出されます。

普通の感覚でそれらを見れば複雑な思いになる管理員、清掃員の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、「もったいないから」という純粋な理由であっても「引き取って」しまうことはトラブルの原因になりますので絶対に禁止です。

粗大ごみの場合はごみ券が貼ってありますので居住者が特定できる為「直接お話しして許可を頂ければ良いのでは?」というご意見もあろうかと思いますが、やはり私たちの業務の原点に立ち粛々と処理を進めて頂くことが正解です。

例えば新品同然の「キャビネット」が出て、それが正に共用部分に必要なものとして管理組合理事会に申請中のものとほぼ同一であったとしても、「見逃し」として下さい。

次にお話しするのはトラブルの事例です。

ある超高級マンションで「ブランド物の女性用バッグ」が「可燃ごみ」として出ました。

これを発見した夜間勤務の管理員が「娘に」ということで勤務明けの翌朝自宅に持ち帰りました。

翌日の午前中に清掃員の女性から「私が昨日“取っておいた”ブランドバッグがない」との騒ぎになり「犯人捜し」が始まるという愉快ではない事態に発展してしまいました。

結局、夜勤明けの夜間管理員がバッグを持って「返しに」来棟するという話で終了したのですが非常に後味の悪い「事件」でした。

この件は管理会社と清掃会社が全く別の会社でそれぞれが管理組合と契約関係にあるということでルールの徹底が困難というマイナス要素もありましたが、やはり「地雷」はこのような思わぬところに敷設されているのです。

ご注意下さい。


② お土産などってどうします?


 ★みんなで分けさせて頂きます

「マンション管理員」を職業としていますと居住者の方々から色々なお土産などを頂戴する場合があります。

一番無難でスマートなお礼の言葉は「みんなで分けさせて頂きます」ですが、これもケースバイケースというもので「独り現場」ならどうする?「分割出来ないもの」ならどう分ける?と際限がありません。

特に新規にご入居のお客様の「ご挨拶」であれば「煎餅」や「クッキー」の詰め合わせが定番で問題もないのですが・・・。

私のちょっと困った経験では、お昼の休憩時間にラップを掛けた「焼き魚」を頂いた時。「無理に分けることはせず(出来ず)」美味しく独りで頂きました。

お土産などを頂く際のポイントは、基本的にお客様である居住者から安易に無節操に高額品を含めた物品を頂かないということと、儀礼的な特に「食べて無くなって」しまうものはきちんとお礼を述べてスマートに頂くこと、となります。

但し、お客様の中には「何かと便宜を図ってもらいたいから」という非常に分かり易いお考えの方もいらっしゃいますので、その場合も想定して「みんなで分けさせて頂きます」という言葉が非常に有効かと思います。

また、管理員やコンシェルジュは普段より居住者と接してお話をお聞きする場合が多く、お土産などを頂く際も現場を代表して正に「お預かり」するという姿勢が宜しいでしょう。

特に、十名以上で人員が構成されている防災センターでは清掃員、夜間警備員のスタッフに不公平感が出ないような気配りが必要です。

ざっくりで良いので清掃チーム、夜間勤務チーム、受付チームと配分を予め定めて「自動的に」分けてしまうのが気持ち良いものです。


 ★受け取りの現場

何やら怪しい薬物の話のようですが、他の居住者がお土産などの受け取り場面を見た場合「何をやっているのだろう?」「手提げ袋の中身は何だ?」と疑問や疑惑が入道雲のように大きくなります。

「誤解を招かぬようにスマートに」受け取ることを考えましょう。

・新入居の方の「ご挨拶」の場合

先ずは「お気持ちだけ頂戴いたします」として辞退します。しかしお客様もそれでは引っ込みがつきませんので「もう買ってしまったものですから」とおっしゃるでしょう。その遣り取りのアト「どうもありがとうございます。みんなで分けさせて頂きます」にてお預かりします。

・旅行の「お土産」の場合

正に「お土産」の例です。顔見知りで普段からコミュニケーションの取れている居住者ということになりますので、逆に目立たぬようにお預かりして下さい。間違っても「免税店」の手提げ袋を真ん中にして長話にならないように気を付けましょう。

・季節の「贈答品」の場合

丁寧にデパートから管理室、防災センター宛に「お中元」「お歳暮」をお送り頂くこともあります。本来はお礼状を支店から出してもらうことが望ましいのですが昨今の管理会社はほとんどが「そんな余裕はない」でしょう。現場としてはインターホンではなく館内でお会いした際に直接お礼を述べて下さい。

・何かの「謝礼」の場合

このパターンがちょっと困りますね。d

特段の便宜を図った事実はないのですが、例えば駐輪場の平置きエリアに空きが発生。つい先月ウエイティングリストに登録されたばかりの居住者があっさりと駐輪出来ることになった場合などに“日本酒”がコンシェルジュ経由で届いたりします。

対応が難しいのですがやはり直接お会いした際に「お気遣いなく」という言葉を入れてお礼を述べて下さい。


 ★“超”潤滑油

前項のような何かの「謝礼」はその前提で何かがあったから分かるのですが、これからの何かに備え管理員との間で「多少の無理が効く」関係を構築しておこう、という種類のお土産などもあります。

つまり、マンションというひとつの生活共同体の中で私たち「マンション管理員」と上手く付き合い、生活上の利益を得ようという方もいらっしゃるわけです。

その場合は潤滑油を超えた“超”潤滑油となってしまい「マンション管理員」の貴方を窮地に追い込む事態に発展することもあります。

更に、それが目に余るような場合は「マンション管理員」のみならず管理会社としての管理責任が理事会で問われ、稀にはリプレイスの切っ掛けとなることもあります。

それでは“超”潤滑油とは具体的にどういうものを指すのでしょうか。

① 高額なもの

例えそれが「食べて無くなってしまうもの」と言っても「松茸」や「松坂肉」など量によっては○万円相当の高額な食べ物はご遠慮しましょう。

② 経験

常日頃の「マンション管理員」としての貴方の観察力や洞察力が非常に重要です。

我々は若い方々から比べれば長い年月を実社会で過ごし、公私共に様々な経験をして参りました。

その中にはこのようなケースに類似した「誘惑」も直接、間接に見聞きしてこられたのではないでしょうか。

そんな貴方の人生経験を活かして「これは危険だな」と感じた際はお断りした方が良いでしょう。


 ★ブレないこと

私たち「マンション管理員」はこれらの事例から何を学習するべきでしょうか?

どこに地雷が埋設されているか不明なので「とにかく全ての場面でお土産などは一切お断り」とする?

いやいや、そんなことをしたら圧倒的大多数の良識ある居住者の方々に異なる不信感や誤解を懐かれてしまいます。

居住者と「マンション管理員」との間でお土産などについて「アツモノに懲りてナマスを吹く」は決して得策ではありません。

ポイントは私たち管理員ひとりひとりの「ブレない」姿勢にあります。

前述しましたように、幸い「マンション管理員」に応募する皆さんは人生経験の豊富な中高齢者が大半です。

既に経験している社会人生活で学んだ「人を見抜く力」を活かすことこそが大切であると私は思います。

この点に関してはどこの管理会社人事部のどんな教育システムでも完全なマニュアルを作成出来ず、もし近いものが出来てもそれを活用する個人の「人間力」に左右されることになります。

ちょっとした旅行のお土産などに始まりそれが抜き差しならない癒着関係の構築にエスカレートしてしまう事例は一般社会でも国家間でも「ワイロ」「汚職」「機密漏洩」など度々マスコミを賑わして尽きることがありません。

見方を変えればそれだけコントロールが難しいものがお土産などなのです。


③ パフォーマンスの是非


 ★逆効果のパフォーマンス

顧客へのアピールについて、過半のフロントマン、その上司の管理職、人事課管理員指導係員等は誤解と思い込みの上に「マンション管理員」を指導している可能性があります。

シンプルに考えて下さい。

マンションライフを営まれていらっしゃるマンション住民の方々のどのくらいの人々が「マンション管理員」に対して或いは管理会社に対して、その存在をアピールして頂きたい、と思っているでしょうか?

先ずは、共用部分は全て綺麗に清掃が行き届いていて当たり前。提供公園や公開空地更に隣接舗道も同様です。

敷地内に違反駐車、違反駐輪は存在していなくて当たり前。増してホームレスが座り込んでいる!などは論外です。

設備の維持管理もスケジュール通り専門会社に点検をさせ、経年劣化した部品の交換も実施して当たり前のこと。

居住者のクレーム、規約・使用細則違反に対するスマートな対応と解決も当たり前。

ということで、管理員のみならず管理会社そのものが顧客である区分所有者の大半から「やって当たり前」という見方をされています。

この現実の中で果たして「マンション管理員」の居住者へのアピールが必要であると思いますか?

私はむしろ逆効果になる場合の方が多いと考えています。

即ち「そんなことはやって当たり前では?」「掲示板やエレベータ内を管理会社の宣伝(アピールの掲示物)に使うな」更に「この程度のことしかやっていないのか?」等々。


 ★ダブルで勘違い

マンションという生活空間の中でサービス業として存在するマンション管理業は「マンションの資産価値を維持する」という目的の為に必要な機能を有しています。

一戸建て住宅と違いそれは明らかなのですが、マンションの持ち主つまり区分所有者の大多数の皆様には購入の際に組んだ住宅ローンと別に管理費の支払い(通常は引き落としとなっています)義務というプレッシャーが付いて回ることになります。

従ってダラダラとした動きの清掃員やパフォーマンス過剰の管理員はクレームのターゲットになる危険性が高いのです。

但し、冷静に考えた場合管理費の内訳を見れば管理員、清掃員の人件費は一部でしかありません。

一流、超一流ホテルのように「サービス料」として十パーセント或いは十五パーセントを上乗せして頂戴しているものでもありません。

この辺りに区分所有者の皆様の「勘違い」があるように思われます。

居住者の方々が特に「マンション管理員」に多くを求めても「第一章」の通り私たちはホテルマンでもウーマンでもなく自ずと存在する枠組みの「限界の中で最大限」プロとしてお客様の期待感に応える努力をしているに過ぎないのです。

確かに大型のタワーマンションではコンシェルジュによるサービスを「ホテルライクなサービス」としてひとつの売り物にしている例も多く見受けられます。

具体的にはクリーニングや宅急便の取り次ぎ機能が主体なのですが「ホテルライク」つまり「ホテルのようなサービス」を期待しても正に玉石混淆、質的なバラツキがあるようです。

更に「独り現場」の管理員にあまり多くを望まれても契約業務を遂行するだけでイッパイという現実があります。

一方、管理員の方も「目立ってなんぼ」とでも思っているのか「勘違い」されている方が少なくないのも事実です。

私たちはプロの自覚を持ち、先ずは担当マンションの管理規約・使用細則を熟読して居住者の皆様からの様々なご質問に対して的確に

お答えしなければなりません。

もちろん暗記は必要ありませんがポイントは押さえておきたいものです。

そして、契約上の「年間管理計画」を把握し、当月及び次月に「どんな点検及び工事が予定されているか」を予め知って「段取り」することがとても重要です。


 ★正しいパフォーマンス

居住者からの目線でシビアに見た「正しいパフォーマンス」とは存在するのでしょうか?

◇爽やかな笑顔

大きな声での「おはようございます!」は運動部ではないのでちょっと控えて、爽やかに笑顔を添えてご挨拶をしましょう。これは万国共通の「正しいパフォーマンス」ですが以外と難しいです。

前職が営業や販売、女性の方でも受付や窓口のご経験があれば当時かなりのトレーニングを積んだこともあると思われますが。

但し、一番大切なことは「前職の経験」ではもちろんありません。そうです、今です!

具体的には「目」と「口許」(口角)がポイントとなります。

技術的なことを言えば、「目」については目尻にしわを寄らせる感じを試してみて下さい。

「口角」はそれにツラれて必然的に上がります。

プラス「白い歯」を少し覗かせることができれば「満点」です。

◇背中で語る

パフォーマンスのイメージからすると「違うでしょう」となりますが、お客様つまり居住者の皆様は「陰日向なくいつもきちんと仕事する」貴方に安心と信頼を寄せるのです。

カメラ目線で居住者を追い、「私はこんなにやっているのです」というアピールは正直必要ありません。

ご自身の役割を理解し、尚且つお客様の目線に立って「やるべき仕事をやる」のが一番のパフォーマンスです。

この場合のキーワードとしては「タイミング」です。

清掃の場合で言えば、平日の朝居住者は慌ただしく通勤、通学または幼稚園の送り出しなどでマンションを出ていかれます。その順路で必ず目に付くところを先ずは押さえましょう。

全てのエレベータの床面、溝、ボタン周り。正面玄関、自動ドア、裏玄関、舗道、自転車置場、駐車場出入り口。

気持ち良く朝のスタートを切って頂きたい、そう思う貴方のプロ意識がグッドな「タイミング」となるのです。

その際貴方は無心に作業されて居住者は遠目に貴方の背中しか見えません。

これこそが「正しいパフォーマンス」と申せましょう。


 ★コンスタントに

特に清掃作業には終わりがありません。

落ち葉は掃いても拾ってもまた落ちてきます。

雨の日と晴れの日では効率を考えて作業手順を変える、日程を変更することも必要ですが、一週間の中ではコンスタントに「消化」することを強く意識して下さい。

具体的には「消防設備点検」「排水管洗浄」その他共用部分の工事立ち会い等でどうしても「押してしまう」週もありますがそこはプロの仕事として一週間の中で帳尻を合わせて下さい。

「いつもと違って今週は忙しかったからエレベータの中が汚れていても仕方ない」ということにはならない、しないということがプロのプライドです。

クレームとして面前でお言葉を頂けることは正直「稀」です。若しくは頂けるほど極めて良好な信頼関係が一部であろうとも居住者と構築されている例だと思います。

結果の不出来について、プロスポーツの選手やアマチュアでもオリンピック代表クラスの方たちは「言い訳」をしません。

スケジュール管理、体調管理、そして好成績を得るための創意と工夫が全て結果となります。

ホームでもアウェイでも練習が不十分でも陳腐なことばですが「結果が全て」です。

管理員業務でも当然ながら同様です。

日報は「備忘録」として必ず5W1Hを書き留めましょう。

いつ、だれが、なにを、どうした、程度で結構です。

各管理会社の考え方で「日報」重視の場合もあれば「週報」を重要視する会社もあります。

何れにしても、正確でコンスタントな管理事務はどこの管理組合、理事長でも求めている基本です。

決して小学生の夏休み日記のように「日報はアトでまとめてやるから」などと甘く見てはいけません。

いつも日常業務に関しては「読めている」状態に保つことにより、突発の天災、事故、設備の故障更に居住者からの様々なご相談、ご要望、ご意見に対応する「余裕」が生み出されます。


④ 会話は3分以内で収めましょう


 ★女性の管理員の方に限りません

「会話」と「おしゃべり」は違います。

特に「独り現場」の管理員の方は早朝からエントランス、エレベータ周りの拭き清掃、広い敷地の掃き掃除、ごみの整理と「出し」に追われ、その間ご出勤の居住者から書類の提出があり、更にクレームへの対応。設備の点検日や工事日であれば業者の案内や鍵の貸出、と午前中は「戦争」です。

水泳で言えば「息つき無し」で二十五メートルプールを自由形で泳ぐような業務の集中を強いられています。

それがひと段落すれば文字通り「一息つける」のですが(そうでなければ倒れてしまいますよ)問題はその際に顔なじみの居住者と「おしゃべり」に打ち興じないことです。

一般論では「おしゃべり」と言えば女性の特技?ですが「マンション管理員」の場合は圧倒的に中高年の男性が多いという現実の中で特に女性ということでは無く、ほっとした時間帯に心易い居住者との「会話」が長引き「おしゃべり」となってしまう(男性の)方もいらっしゃいます。

ご自身にそのような自覚が無いまたは薄いというのもこの「おしゃべり」の特徴的なところで、更に「コミュニケーションを取って何が悪い」という反論もあろうかと思います。

そのようなご意見が出るであろうことも予め想定し「会話は3分以内に収める」ことを提唱いたします。

今では街中で見掛けることが少なくなってしまった「公衆電話」も3分(十円)でした。

逆に、居住者もご出勤前の貴重なお時間にどうしても昨夜見掛けた不審者の件を管理員の貴方に伝えたい、などという場合重要な内容であっても結果的に3分を超える会話は稀です。

「おしゃべり」に注意すべき時間帯は管理員が「一息付く」昼食前の十一時から十二時の間と午後二時から三時と考えられますが、特に午前中の場合は他の居住者の方々の動きも活発な為「またあの管理員は特定の居住者とおしゃべりしている」と見咎められるリスクが増加します。


 ★役員である居住者との会話

区分所有者の皆様の代表機関である管理組合。そのパートナーが管理会社、という関係がそのまま管理組合役員の方々と私たち「マンション管理員」の立ち位置となります。

取り分け理事長、副理事長となりますと理事会を待たずにスピーディな対応が必要となった場合(警察沙汰など)に報告・連絡・相談を行い直接のご指示を頂く、という展開もあります。

もちろんご指示を頂いた管理員が単独で実行に移すということは有り得ず、むしろ理事長とフロントマンの「橋渡し役」を務めるのが一般的です。

従って私たち管理員は歴代の理事長及び副理事長とその期中に於いて良好なコミュニケーションが取れていることが必須です。

マンションそれぞれの規約と実情があり「万年理事長」という理事長とやはり五年以上同じ物件を担当している管理員は「あうん」の呼吸でトラブルもない、という例も多く見受けられます。

そのこと自体は喜ばしいのですが、メインエントランスのロビーや植栽の散水場面で「いつも一服しながら何かを話し合っている」と他の居住者から見られる「リスク」をご自身で理解して下さい。

・リスク①

「あの管理員は理事長に直接の便宜を図ってている(のではないか?)」という根も葉もない誹謗、中傷を受けるリスクがあります。

・リスク②

理事長の個人的な資質によってはご自身の「間接的知人の業者を見積りに参加させる」等ギリギリの線の方もいらっしゃいます。

それが後日問題化した場合に「管理会社の管理員も知っていたのでは?」と追及を受けるリスクがあります。

また、番外編としては、理事長と副理事長の感情的な対立が勃発しそれに管理員が巻き込まれるという構図もあります。

どうしても管理会社の出先としての管理員としては現役の理事長と友好的でなくては仕事にならず、そうかと言って次期理事長の最有力候補が現副理事長の場合は対応に苦慮します。

この事態に於ける貴方の対応としては、理事会運営に関することを決して管理員独りで抱え込まず、フロントマンに逐次報告、相談し判断を仰ぐということになります。

役員であるか否かに関わらず、居住者間の感情的対立のどちらかに管理会社社員である管理員が加担することは避けなければいけません。


 ★ご高齢者との会話

担当したマンションによってはご高齢の居住者が少ない物件もあるでしょうが一般的には日本全国で「高齢化」が進んでいます。

従って高齢居住者の為のバリアフリー工事など共用部分の改良も多く施工されています。

理事会の構成メンバー自体理事長以下過半数が高齢者、というマンションも珍しくはないでしょう。

時間がある、話が丁寧、何よりも人生経験が豊富。年長の友人としてアドバイスを受けるに当たって非常に適した方々と言えましょう。

但し、貴方にとって担当物件は「仕事の場」いくら親しくなった方だとしても相手はお客様です。

貴方が男性の管理員の場合、お客様も男性の高齢者であれば正直それほど会話の時間に神経質にならずとも「3分ルール」の中にほとんど収まるでしょう。例外的に理事長という立場の方で理事会運営上のデリケートな話をする場合を除きますが。そのような時は人目に付き難い場所か、若しくは携帯電話という便利な道具もあります。

問題は話のお相手が女性の高齢者の方の場合です。

特に配偶者が先に亡くなられた高齢の女性は専有部分内のご相談(電球交換など)もやはり多く発生し(これは仕方ない面があるのですが)、また病気の状態や連絡を寄越さない子供たちに対する愚痴など、たまたまエントランスやエレベータホールなどでお会いした時は貴方自らが頭の中に3分タイマーをセットするイメージで「落としどころ」を探りながら会話をして下さい。

「話すこととは聞くことなり」とも申しますが、女性の高齢者の方の「単なる話し相手」にはならないように緊張感を持って下さい。

そして、貴方が女性の管理員の場合。

基本的に居住者が男性であれば多弁の方は多数派ではないのですが相手が話し易そうな女性管理員であれば「自慢話めいたエピソード」も交え色々と話し掛けて来る場合もあります。

この場合もただただ相手のペースに巻き込まれ立ち話が長引きますと同性の女性居住者から会社に投書を出される可能性もあります。

どう切り上げるか?話が始まったタイミングで頭の中の「3分タイマー」のスイッチを入れ、「申し訳ございません。ちょっとラウンジの清掃がございますので」などと失礼にならない言葉を選んで「笑顔で切り上げていく」ことがポイントです。

更に、女性管理員と女性居住者との対話はどうなるのでしょう?そしてどう切り上げるのでしょう。

この組み合わせは「無敵!最強!」のような感じですね。女性は「おしゃべりに参加することで安心感を得る」と申します。

つまり一般的な男性諸氏のように「解決案の追及」が行われなくても女性たちは「べつにかまわない」ということで延々とおしゃべりに打ち興じているのです。

但し、その反面貴女が女性居住者との立ち話で盛り上がってしまった時に他のお部屋の女性居住者が通り掛かり早速「電話や投書」が本社へ向かう、というパターンもあります。

そして管理員の男女を問わず「地雷」を踏まないように気を配るべき点は「年齢によるご病気の場合もある」ということです。

貴方が良かれと思って「出来るかも知れませんよ」とか「理事会の決定次第で可能かも知れませんね」などと会話の中で発言した言葉がその方には「やってくれると言った」となってしまうのです。

やはりご高齢の居住者には色々なハンディが存在する、ということを私たち管理員は十分に留意しなくてはなりません。


 ★コンシェルジュとの違い

現役管理員の方でコンシェルジュの経験をも持つという方はそう多くはないでしょう。

ホテルのそれとは違い我が国のマンション・コンシェルジュは具体的には「クリーニングの取り次ぎ中心」からスタートし、各管理会社の方針で事業内容が充実、拡大してきた経緯があります。

はじめにで述べましたように、私は短期間ながら本格的なマンション・コンシェルジュの会社で教育を受けコンシェルジュのスーパーバイザーとして働いた経験があります。

また、5年間程防災センター現地フロントマンとして管理業務を行いながらコンシェルジュスタッフと協力してお客様対応をしてきました。

この章のテーマである「会話は3分以内で収めましょう」はどちらかと言いますとコンシェルジュ教育に必要かも知れません。

物件の設計にも関係しますがメインエントランスからエレベータまでの動線上にカウンターが設置されている場合、コンシェルジュたち(基本は2名体制)は居住者の通る度に「ご挨拶」の繰り返しとなります。

その中でクリーニング、宅急便などの取り次ぎ、共用施設の予約や調整、時間貸し駐車場の代金受け取り等々。

更に喫茶やコンビニ、靴の修理(の取り次ぎ)などのサービスまで備わっているマンションも珍しいものではありません。

この様な業務内容であるため、コンシェルジュと管理員は同じマンションの現場とは言え基本的には受け持ちが分かれているのです。

居住者との会話という部分でもある意味コンシェルジュは会話で成り立っている実態があり黙々と清掃や巡回を行う管理員とは違います。

お客様である居住者から見た場合、タワーマンションなど大規模な物件でコンシェルジュがカウンターに座っているのであれば管理員や防災センター要員と無理に会話をせずとも「話し相手に不自由はしない」ということです。

逆にこのように考えると分かり易いでしょうか。

コンシェルジュの配置のないマンションの管理員は「居住者との会話という業務」に於いてコンシェルジュの役もある程度は兼ねている、というイメージです。


 ★逆に3分なんて無理、という方へ

新たに採用され単独の現場に配属された管理員は、新規物件であろうと既存物件であろうとそのマンションの居住者の方々の雰囲気や文化、またマンションの設計、設備に慣れていきながら本来の管理員業務を遂行していきます。

お客様との「会話は3分以内に収めましょう」もなにもその余裕はありません。

初めての会話が「クレーム」という例も特段珍しいものではないでしょう。

増して、「自分はそもそも総務畑出身で営業や渉外のように社外の人と商談した経験はなく、早期退職制度の会社紹介で管理員になった」という方。

実際「マンション管理員」は事務処理もある程度要求されますので総務、経理畑出身の方も沢山働いていらっしゃいます。

ここで明確にしておくことは「お客様対応に関して特に“気の利いたセリフ”などは不要」ということです。

そうは言ってもたまたま清掃しているエントランスで毎朝良くお会いする居住者に「おはようございます」以外の何かをお声掛けしたいタイミングってありますね。

またエレベータに居住者と二人になってしまいじっと着床を待った時の気まずい空気。

「いい歳をして何か愛想のひとつも言えないだろうか」と思われているのではないか?などつい余分なエネルギーを浪費したり。

このような方に実に簡単でどなたでも出来る「話術」があります。

それは「天気」を語る、です。

「いいお天気ですね」「いやな雨ですね」「午後は上がるという予報でしたがどうでしょう」

どうですか?

どなたにでもいつでも、多少の勇気があれば外国人居住者にも英語で「ナイスデイ」ぐらいは言えますよ。

大切なのは前職、前歴に関わらず謙虚に「マンション管理員」というサービス業を楽しむことです。


第3章 わがままは宝の山


① 色々な方がお住まいです


 ★担当物件の特性を知る

貴方が現在担当している、或いはこれから配属されるマンションはどんなコンセプトで企画、設計されどこの建設会社によって施工されたのでしょう。

いきなり「マンション管理員」の実務にどっぷり浸かるよりも己を客観的に観ることは精神を安定させる意味合いからも非常に重要なことです。

何故なら担当マンションが分譲であっても賃貸であっても先ずは企画があり建設技術の限界の中で結晶としてそのマンションが出来上がり「お客様がその中の何かを気に入って選択された」という流れになるからです。

都会の利便性を楽しみたい、ファミリーで楽しく暮らしたい、老後を静かに過ごしたい、割安感があった、などなど。

お客様はそれぞれの「夢」を持ってマンションという共同住宅をお選びになりました。

そこに於ける「水先案内人」としての「マンション管理員」はお客様の「夢」を実現するためにここに存在しているのです。

従って管理員としての実務もそのマンションの「基本概念」を十分に理解してフィットするように努めていくことが重要です。

新規物件であればそのようなコンセプトワークはパンフレットに書いてあるため容易に読み取ることも出来るのですが、リプレイス(管理を途中から受託)物件では必ずしも資料が備わっているとも限りません。

但し、そのような場合でも今はインターネット検索という手段も有りますので諦めずに追い掛けましょう。

もちろん管理員がそこまでするの?そんなことはフロントマンの仕事では?というご意見も特にこれからマンション管理業界に入ろうとする方であればあろうかと思います。

事はリプレイス物件のパンフレットに止まらず、このような「大変重要であるが面倒な案件の類」はたまたま貴方の上司となったフロントマンの職務上の力量若しくは人間力次第で結果が大いに左右されてしまうのがマンション管理業界の現実です。

このような前提を踏まえて、もし貴方が「マンション管理員」としてお客様の役に立ち尚且つ自分自身が成長したいと思うのであればやはり自助努力を惜しまないことです。


 ★5パーセントの法則

お客様に対するデリケートなテーマのため、私の極めて個人的な経験則的感触であることを先ずはお断りしておきます。と言いますか、この本の全部が私の個人的感覚による記述なのですが。

もし貴方が仮に百戸のマンションの管理員となったならばその約5%つまり5戸程度の居住者は「管理員として注意を要する」方々と思って下さい、ということです。

私は二十六戸から七百戸までいくつかの物件を仕事場としましたが多少のズレはあったものの大凡この感触でした。

治安の宜しくない繁華街に隣接する都会型マンションでは特に賃借人の方でルール違反を繰り返すという例も多くあります。

或いは都下の私鉄沿線駅から徒歩1分という郊外型タワーマンションでは永年住まわれた一戸建を売却して買い換えた方が比較的多く住まわれ、「マンションそのものが初めて」という戸惑いがあったのでしょう。

具体的には「風切音が気になり眠れない」「エレベータが少ない」「地震が来たらどうなるんだ」「玄関の前にミネラルウオーターを配達させて欲しい」などなど。

その中でもやはり一番の苦情は上下左右のお部屋からの騒音、振動でしょうか。

また、都心の再開発による高付加価値型マンション(将来の値上がりも期待出来る)では芸能人からスポーツ選手、TVで見たことのある実業家の皆様がプライド高くお住まいです。

このような様々なマンションの管理の現実の中で、一般的には抽選や輪番で決まる管理組合役員に「立候補」される方も稀にいらっしゃいます。

きっとこのマンションをより良くしたい、という情熱からの「立候補」ですから規約でそれが予め認められているのであれば全く問題はありません。

しかし管理会社の社員としての管理員はその方のお考えを色々な機会に於いて注意深くある意味興味を持って観察することも必要です。

何故なら一部の方だけのマンションでは無いからです。

「マンション管理員」はお客様のプライバシーを尊重し快適なマンションライフをお約束しなければいけませんが、そのためには「人間観察力」を養わなくてはなりません。

この項では「どこのマンションでも約5%程度はユニークな居住者がいらっしゃる」という前提で業務を遂行されれば「戸惑い」も軽減されるのでは?ということを申し上げた次第です。


 ★メーターボックスは誰のもの

マンションは一戸建に比べて収納スペースに限りがあります。

また、バルコニーに物置などの建造物を設置することは通常の場合「規約・使用細則」によって禁止されています。

そこで居住者の方々から「目を付けられ易い

」のが共用廊下にあるメーターボックスです。

文字通り電気やガス、水道の各お部屋の使用量が分かるメーターが収まっている空間ですが、工夫すれば色々なものが収納できるので「小さいロッカー」のような感じで使われてしまう場合があります。

もちろん「メーターボックスは共用部分」ですから「私物は置けません」となります。

貴方の担当物件が新規マンションであれば巡回の際にチェックする、若しくは電気、ガス、水道の検針の方々にちょっとお願いして「メーターボックスに変なものが入っていたら教えて下さい」とお願いする手もあります。

そして一戸でも数戸でもそれが判明したらフロントマンに報告し理事会で話し合って頂く

ことが適切な対応です。

当然「共用部分に私物を置いてはいけない」のですから文書によるご注意にて解決すると共に全戸に対してもお知らせ文書を配布することが重要です。

さて、問題はリプレイス物件や既に自社で数年に渡り管理をしている物件です。

そして管理員として貴方が配属されるのはむしろ圧倒的に新規よりも既存物件の方が多いのです。

もし貴方が配属された既存物件を改めて巡回したところメーターボックスを違反使用されている住戸が十戸もあったとしたら、さてどのように解決していったら良いでしょう?

先ず考え方として、メーターボックス違反使用に限らずこのような場合つまり規約・使用細則違反を発見した時は「解決には長期戦を厭わない」を前提とすることです。

こんがらがった紐も手順を踏み丁寧に事を進めれば必ず解けます。

例えばこのケースであれば、管理員だからと言っていきなりインターホンで日中ご在宅の奥様に「規約違反なので撤去して下さい」などとしてはいけません。

こういう場合ほとんどのご家庭ではご主人がご自身の判断でお子様の玩具やスポーツ用品或いはご自分の捨てられないものを「置き場所に困って」置いている場合が多いのです。

従って奥様に口頭でご注意することは問題をより複雑化するだけです。

増して「既得権」を主張される方もいらっしゃれば、立派な「棚」まで設置されているなどとても一筋縄ではいきません。

何も慌てることはひとつもありません。

自社のフロントマンを必ず通して基本的に緊急を要さないが重要な問題として理事会へ上げることです。


 ★英語は困ると申しますが

地域によっては居住者の一割、二割が様々な国籍の方々という賃貸物件もあります。

そこまでではないにしても百戸の内七、八戸程度が外人家族、は都心部では珍しくないでしょう。

しかし、「外国人居住者の住んでいるマンションに配置になったら困るな」と思っていらっしゃる新人さんも、現在「既に困っているよ」というベテラン管理員さんも安心して下さい。

・ホントは日本語ができます

とは申しませんが、正にマンションはホテルではありません。

従って居住者は旅行者ではありません。

全く日本語が分からず興味もない外国人が日本に住むでしょうか?

但し、日本語が分かると色々「面倒な事態になる」ために一向に分からないフリをしている方もいらっしゃいます。

或いは「出来るのは日常の挨拶程度」であり「複雑な会話や文章は“ほんとに”分からない」という方、「日本に到着したばかりで書類は会社の人事課のスタッフ任せ」という方など様々です。

更に言えば「そもそも英語圏ではない」という方も実は多いのです。

つまり管理員の私たちも「知っている英単語と身振り手振りで十分」と考えることです。

駐車場契約など難しい案件はもともとフロントマンと会社の業務ですから正確に(フロントマンへ)伝えましょう。

私たちは日々の日常業務の中で日本人、外国人を問わず親切にそのマンションのルールをご説明する努力をすること、シンプルにそう考えれば気楽でしょう。

例えば「玄関前の廊下に濡れた傘を置かないで下さい」って英語でどう言えばいいんだ?などと考えると増々声が出ませんよね。

正確な英語は出来れば素晴らしいですが、要は失礼の無いように(悪い例:「ヘイ、ユー」はNG)伝われば良いのです。

こういう時は先ず「プリーズ」を一応付けて「アンブレラ(『カサ』でもいいです)」とジェスチャーで傘を開く感じなどを出して、「インユアハウス(ユアルーム)」でOKです。

きっと「オー、ワカリマーシタ」ってなりますよ。

貴方の片言英語とお客様の片言日本語でちゃんと通じます。

・閑話休題

私が他業種の営業マン時代に単独の海外出張も何度か経験しました。

付け焼刃で「六か国会話辞典」や「通じる英語」などを斜め読みしたものですが一つだけ記憶に残っている文章?があります。

海外で特に路線バスに乗った場合、次のバス停でどうしても降りたくなった貴方は何と叫んだら良いか?

「揚げ豆腐!」これで必ずバスの運転手さんは停車してくれます。

事実この状況に私は遭遇し、見事に?窮地を脱したのです。(だから憶えている)

英語の発音で表記しますと「アイ ゲット オフ」で「アゲドーフ」です。

我ながら見事な発音でびっくりしました。


 ② わがままと潜在需要


★一流と二流の分岐点

マンション管理の現場に於いて一流と二流の違いとはどこにあるのでしょうか?

とりわけ管理の現場の最前線とも言うべき私たち「マンション管理員」に求められる「一流の条件」とは何でしょう?

色々なご意見があろうかと思いますが、「(お客様に)言われる前にやる」私はこれに尽きると思います。

が、言うは易く行うは難し、です。

共用部分の清掃、美化。共用設備の安定的な稼働の為の点検と過不足のない専門業者への指示。理事会のみならず広く多くのお客様のご意見ご意向を察知する感覚。出しゃばらず失礼のない態度と災害、事故、事件の際の的確かつスピーディな行動。そしてクレームに対する真摯で素早い対応。

これらの総合力を基本に月単位、週単位でスケジュールを消化していく。

いいですね!しかしこれだけでは一流とは申せません。

一番大切なのは居住者の目線に立って「今自分は何をすべきか」を絶えず考えて「能動的に行動すること」です。

そんなことまでは出来ないよ。俺は二流で十分。という声が聞こえて来そうですがコツがあります。

簡単なことではないのですが先ず「もう一人の自分がこのマンションの居住者である」と想像して下さい。

そしてその「もう一人の自分」は非常にわがままで手厳しい居住者なのです。

平日の朝、「もう一人の自分」は出勤時間にエレベータの床にゴミが落ちているのは不愉快です。

更にメインエントランスに落ち葉が“吹き溜まっている”など許せません。

エレベータホール、共用廊下のエアコンの聴き過ぎもこのご時世になんたることか、と考えます。

外壁の小さなヒビが原因の白華現象も管理会社は「どうしたらいいか」をプロらしく理事会へ提言すべきでしょう、と思うのです。

そうです。

一流の管理業務というのは「もう一人の自分」が「区分所有者」としてローンと管理費及び修繕積立費を毎月引き落とされているこのマンションで快適に安全に暮らせるように、「自分で考え、先回りして行動する」というイメージです。

先ず現在をありのままに受け入れて、その上で「もう一人の自分」がどんなことを望むであろうか?を正に居住者目線で見ることです。

それが一流の管理員の第一歩となるのです。


 ★わがままと評される居住者とは

非常に分かり易いパターンで「自己中(心)タイプ」という方々がいらっしゃいます。

経験の比較的浅い管理員がそのような居住者のあまりの身勝手さについつい「管理規約・使用細則」を盾に喧嘩腰となってしまい、揉めた挙句に退職という流れが見受けられるのもこのパターンです。

私もこの職業に就いて最初のマンションでそのような居住者と接した時は、正直「同じ金額で一戸建てを購入すれば、多少都心や駅前から遠ざかるとしても思うが儘に暮らせるのでは?」と感じたものです。

要は「そんなに自分勝手に振る舞いたいのならば、共同住宅であるマンションは向いていないのでは?」という感想です。

しかし、果たしてそうでしょうか。

管理員である貴方が「マンションは完成品であって、進化も改善もほとんど余地がない」ものと決めつけていませんか?

或いは「進化も改善も面倒」とばかりに、形だけ困ったフリをして「問題(課題)を先送り」していませんか?

もちろん管理員である貴方にはそれなりの「当事者責任」はありこそすれ「権限」はありません。

従って「マンション管理員」になって日が浅い、若しくは生来の交渉下手でご自身に自信が持てないと言われる方は「地雷に触れる」可能性がありますので無理をする必要はありません。

基本問題を繰り返し学習している今の時間を大切にしましょう。

一方、多少なりとも「マンション管理員」として数年の経験を踏み、ご自身の意思で(個人的に)「管理業務主任者試験」の勉強にトライをしている方は、むしろ積極的にお客様の「わがままの解決」を目指しましょう。

そのような観点からわがままの程度を分析しますと「比較的容易に解決可能」なわがままと「解決に経験と総合力を要する」わがままに大別されることが分ります。

◇前者の例

「比較的容易に解決可能」なわがまま

・留守中に来る食材、水を受け取って欲しい

・小さい物置をバルコニーに設置したい

・自分への客はセキュリティを通して欲しい

・濡れた傘を玄関前に出して水切りしたい

・ペット(犬)を共用部分でも歩かせたい

まだまだあるとは思いますが要約いたします

と、「申し訳ございませんが規約・使用細則

で禁止事項とされておりますので」という会

話で先ずは大きな問題にはなりません。

これらの例の中では唯一、食材や水の受取(

預り)要請は単純に「ダメです」「規約で禁

止されています」では無く「お客様のご在宅

の曜日、時間帯に配達して頂ける会社もご検

討されたらどうでしょう」と言い添えるとお

客様も救われると思います。

◆後者の例

「解決に経験と総合力を要する」わがまま

・平置き駐車場の所有権を譲渡して欲しい

・深夜に仕事をしていると上階で物音がする

・年末年始のごみの山をなんとかして欲しい

・部屋でバーを営業しているが何か?

・専用駐輪場なのに不明自転車が多数ある

思わず逃げ出したくなるような題材ばかりで

すね!

この中で先ずは全国のマンションでほぼ共通の悩みと思える「年末年始のゴミの山をなんとかして欲しい」について「緩和作戦」をご紹介いたします。

年末年始という特殊な期間は区役所、市役所、町役場等の清掃車が標準的には四日間つまり大晦日の十二月三十一日から正月の三日まで「ごみ回収を休みます」となります。

戸建住宅にお住まいの方であればその間の特に生ごみを含む可燃ごみは袋に入れたごみ出しの状態として「物置」などに仕舞って一月四日以降の行政のごみ回収を待つ、となりますがマンションの専有部分にはそのような受け皿(各戸の物置)が基本的にありません。

逆にマンションには共用部分の中に「ごみ置

場」があり、日常的には清掃員や管理員が毎

日整理、整頓してごみ出しも行っているのですが年末年始は管理会社スタッフも休務となってしまいますのでダブルで「ごみが溢れ」てしまう、という事態に陥ります。

この状態を少しでも緩和するアイデアとして

全戸に対して「ご案内文書とLサイズのごみ袋3袋程度」をお配りして何とか専有部分つまりご住居の中に一月四日まで留め置いて頂くというものです。

読者の皆様も既にお気付きのように各住戸にごみ袋を配ったところで「抜本的な解決には程遠い」ものです。

先ずごみを専有部分内に置いておきたくない方は年末年始であっても共用部分のごみ置場にお持ち込みになります。

但し、ごみ収集車が回収しない限りそれぞれのごみ置場は早晩「満杯」となってしまいます。

結果「自分のごみだけは何とかごみ置場に入れてしまいたい」となり、ごみ置場は「天井にまで届くか?」という「ごみの山」状態に陥ってしまいます。

そのようなことにならぬように居住者の皆様には管理組合から「プレゼントされたごみ袋」をご活用頂き半分程度を専有部分内に留めておいて頂ければごみ置場に出されるごみの総量も五割減となる理屈です。

つまり「節電」ならぬ「節ごみ」ということ

なのです。

実績として管理組合主導の呼び掛けによって

一定の効果を上げている大規模マンションも

ありますのでご検討の価値はあると思います。


 ★成長の軌跡

お客様である居住者の「わがまま」は「マン

ション管理員」の貴方を今より成長させる「

他流試合」と言っても過言ではありません。

管理会社内のテキストや講習では到底味わえ

ない「真剣の恐ろしさ」と「醍醐味」があり

ます。

社内の研修を基本練習としてそれは正に「必

要条件」であり、そこで得た対応のみでは「

顧客満足」は得られません。具体的に前項の

「解決に経験と総合力を必要とする」で例示

したケースのいくつかを「教材」といたしま

しょう。

・深夜に仕事をしていると上階で物音がする

苦情を私たちに持ち込まれた男性は海外との

為替取引を個人でご商売とされている方で何

度かお部屋に足を運びました。

その方は物音の発生について、日時・音の種

類(ガンガン、ゴツン等)・場所をノートに

記入されていて私も拝見いたしました。

やはり順序としては直上階のお部屋の方にお

心当たりをお聞きすることになりました。

さて、そこからが時間が掛りました。

直上階の居住者は外国人のミュージシャンで

したのでご帰宅はほとんど深夜です。

こちらからの文書も読んで頂けたのか?すら

不明でした。

チャンスは早出の朝のタイミングのみとコン

シェルジュデスクのオープンする午前7時か

ら待機することになりました。

ある朝やっとお会い出来、初対面で会話が可

能となりました。

そのミュージシャンの方は「全く心当たりは

無く心外である。そんなに言うのならば今部

屋を見て頂いて結構ですが?」という流れに

なってしまいました。

朝7時ということで当番のコンシェルジュも

二名の最小限体制、若干迷ったのですが私単

独でお客様の専有部分に立ち入らせて頂くこ

とにいたしました。

その物件は大規模なタワーマンションで専有

部分の居間はオリジナルのフローリング仕様

でした。

直下階の騒音被害(?)の居住者の居間と同

じ場所を拝見した時にステンレス製の立体的

な「ごみ箱」を発見!

お客様に「失礼ですがちょっとごみを捨てて

頂けますか?」とお願いしました。

ちょうど病院やホテルの厨房などの「ダスト

シュート」タイプと言えばご想像が着きます

でしょうか。

ごみを入れてフタが閉じる度に「ガッチャン

!」という音と振動がフローリングの床に響

きます。床面と「ごみ箱」の間にダンボール

が敷いてはありましたが事実上無力です。

私が「もしかしたらこれが深夜の物音の原因

かも?」と言い掛けた同じタイミングでお客

様も「ハタ!」と気が付かれ、結果としてこ

の件は何とか落着しました。

引用が長くなりますがもう一件お伝えいたし

ます。

・部屋でバーを営業しているが何か?

都内有数のターミナル駅に徒歩十分足らずの

高級タワーマンション。

その夜景の美しい高層階の一室で夜毎に怪し

気な男女が集い、バーと称して営業中とは!

非常識も甚だしいものでした。

住居専用として建設したマンションを売り上

げ目標に追われ「事務所も可」として何戸か

販売してしまった当時のデベロッパーにそも

そもの原因があるのですが、「防災センター

要員」としてそれを言っても始まりません。

そのような最中、正にその疑惑の部屋から深

夜にスプリンクラーが作動する程の本火災が

起きてしまいました。

幸い強力なスプリンクラーの消火力で結果と

してはボヤ程度で収まったものの「客に出す

料理を作る時のミス」という事実に管理組合、

管理会社、隣接する居住者を含めた居住者が

ついに立ち上がったというストーリーです。

残念ながらこのお話だけに紙面を割くわけに

もいかず要点だけをお伝えすることにいたします。

結果的に約2年という時間と所轄警察署との

連携の中で、不備であった「規約・使用細則」の追加を理事会で決議し臨時総会で承認

を得る、という辛抱強い闘いがありました。

これによって「禁止事項が多くなったこのマ

ンションではこれ以降儲かる商売は出来ない

」と諦めて出て行って頂くという成果を得た

のです。

この件は警察力の背景によるところ大でした。

そして、一歩間違うと理事長以下役員の方々

や私たちにも危険が及ぶという状況も有り得

る中で個人的には貴重なノウハウを得ること

が出来ました。


これらの事例は類似した現実が全国のマンシ

ョンで今日も起きていて不思議は無く、その

最前線に従事している「マンション管理員」

の皆さんが奮闘努力されていらっしゃるもの

とご想像いたします。


 ★正面から向き合う

お客様である居住者の方々の「わがまま」と

も思える声はじつに示唆に富んでいます。

この声を貴方は「マンション管理員」として

どうキャッチしていますか?

発揮すべきは「皮膚感覚」です。

或いは新人の方であれば「自分はどう行動したい」と思っていらっしゃいますか?

一番大切なことはお客様である居住者の方々

の言葉や態度、更に申せば目線、つまり何を

見てどういうことを考えていらっしゃるか?

を読むことだと私は思っています。

言葉や投書(文書)でご意見が出るというこ

とでは「本当は遅い」のです。

一般的な仕事の現場の話として次のような例

があります。

・「いつでもいいのだけれど」

ある朝管理員の貴方がメインエントランスを

清掃していると居住者の方とお会いしご挨拶

となりました。そして「ところで管理員さん

裏庭の植栽の枝がどうも伸び過ぎているよう

に私は思うのだけど。いつでもいいので見て

おいてくれるかな」とのことでした。

貴方は頭の中で瞬間的に「来月早々に植栽管

理で造園屋さんが入るし、管理員と言えども

勝手にマンションの財産である樹木を切るわ

けにはいかないし」と考えましたが、朝のご

挨拶の最中では長話しもご迷惑であろうと判

断して「分かりました」とのみお答えした次

第です。

結果はどうなったでしょう?

一週間程経った頃に「何もしない(してくれ

ない)管理員」として貴方はその居住者の不

興を買ってしまうのです。

この例は「経験も知識も一般常識もある管理

員」の方が比較的陥りやすいパターンの失策

です。

やはり私たち「マンション管理員」は多少の

慣れが出始める経験3年程度を超えても、い

つもフレッシュな感覚を大切にして、現場の

状況を把握することに努めなくてはなりませ

ん。

このケースで申せば管理員は居住者に指摘さ

れる前に樹木の枝の状態を知っていて「私も

そのように感じておりましたので来月初旬の

植栽管理で整えてもらうように必ず指示致し

ます」と返せれば申し分ない回答となりまし

た。

また、例え事前に裏庭の植栽に気付かない場

合であれば「先ずはなるべく早く現場を確認

し目視すると共に撮影をする」ことです。

そしてその日の内にフロントマンにメールで

画像も添付した報告を送信します。

フロントマンにはその画像を添えて理事長に

「ご判断を仰ぎ」伸び過ぎた枝を管理員が「

落とす」か次月の植栽管理に任せるか?を尋

ねて頂くのが宜しいでしょう。

マンション管理の仕事に限らず、顧客の「い

つでもいいのだけれど」は「出来るだけ早く

動いて欲しい」という意味の「決まり文句」

と思って相違ありません。

お客様はいつも「奥ゆかしい」のです。

従ってその言葉が居住者から発せられた際は

「翻訳」して行動を起こしましょう。


③ ニーズとウォンツ


★どう違うのでしょう

「消費者のニーズを捉えろ」とか「ウォンツを探れ」とか勇ましい言葉がマーケティングの世界のみならずどんなビジネスであっても企画や販売の現場で出てきますね。

ここでは分かり易いビールを例に取ってニーズとウォンツの違いを明確化しましょう。

消費者がちょっと喉を潤したいという時に120円程度の予算だとします。

その価格帯でビールを望む方の“ニーズ”に応えて「小さいサイズの缶ビール」が出来ました。

一方、全くの白紙からアルコールに弱い方、運転を控えている方、休肝日でもチョット飲みたい方などの潜在需要を研究してつまり“ウォンツ”を商品化したものが「ノンアルコールビール」と言えます。

価格帯も120円程度に設定しています。

厳密に言えばこれら「小さいサイズの缶ビール」と「ノンアルコールビール」を愛飲されていらっしゃる消費者はイコールではありません。

というより「ノンアルコールビール」は従来ほとんど表面化していなかった需要を掘り起こし、立派な花(売上)を咲かせた成功例と言えるでしょう。

これを私たちマンション管理の現場に当て嵌めていくのが一流の管理員若しくは管理会社の仕事であり誇りだと私は思うのです。

日常ではお客様にご指摘を受けてからなるほどと得心してそのニーズにお応えする例が多いのが現実ですが、私たちはマンション管理のプロフェッショナルとして豊富な経験と深い知識そして多岐に渡る事例をノウハウとして持っています。

そのノウハウをお客様の資産である現在担当マンションをより良いものにするために活用することです。

その際ニーズとウォンツは様々な組み合わせによって変化し「こんな方法があったのか!」とか「さすが一流の管理会社と言われるだけのことはあるね」などお役に立つ実例がどんどん増えていくことでしょう。


 ★マンション管理の“ニーズ”とは

お客様である居住者がマンション管理の現場、つまり管理員、清掃員に対して「どの部分に満足されていて、どこに不満を持っていらっしゃるか?」

本来的には会社として物件毎に「管理の現場お客様満足度アンケート」を実施し正にニーズを吸い上げる企業努力があれば素晴らしいと思います。

しかしそれを行っている管理会社はどれほどあるのでしょうか?

実施しない(出来ない)理由はいくらでも列挙されます。

費用が莫大に掛る、集計と分析が大変、不備な点を突かれて表面化したら改善せざるを得なくなる。

確かに一般的に「マンション住民にお聞きする(管理会社への)満足度アンケート」というものは管理組合が考え実行に移す形式が筋というものです。

その場合アンケートの設問には「あなたは当マンションの現行の管理費が高いと思いますか?」という類の質問がほぼ間違いなく入っているでしょう。

つまり今の管理会社より「管理費が安くて良く動いてくれる」会社はないだろうか?と探し求める時の「ベース」として使われることが少なくありません。

それに対して「マンション管理の現場に関する満足度アンケート」は先ず「①管理会社が企画、実行」し「②管理費が高い・安いは設問に入らない」もの、と私は考えます。

手順としては当然管理組合理事会に正式に申し入れを行い、そのマンションへの取り組みを精査することにより結果として皆様の資産であるマンションの維持向上を目指すものという趣旨を十分にご理解頂きます。

同時に予め準備したアンケート内容の素案をご確認頂きます。

更に、一般的にアンケートというものの「歩留り」つまり回答率は3%程度と非常に低いため例えば「ご回答の方へ粗品進呈」(百均のボールペン程度)及び集合ポストではなく新聞受けへの投函などの提案に理事会としてのご意見、ご許可を頂きます。

実際に私もこのようなアンケートを会社主体で実施した経験がありますが、その集計結果には意外な評価や自分では気が付かなかった部分のご指摘などが含まれ大いに参考させて頂きました。


 ★それぞれの顧客満足

致し方ないことではありますが「マンション管理員」という職業は「現場で覚えろ」的な職業であり極めて孤独な仕事であると思います。

この辺りは「はじめに」でも述べましたので繰り返しませんが、そのマイナス面の最たるものは「顧客満足」が管理員それぞれの感性に委ねられてしまっている、ということです。

それはあたかも「インドの寓話」に出てくる「目の不自由な複数の人たちに象という動物を触ってもらってその姿を聞く」お話のよう

です。

「ある日複数の目の不自由な人たちが象を手で触ることが出来ました。

みんなで可能な限り象という動物を両手で触りました。

終了後に主催者が皆に感想を聞きました。

『象ってどんな動物だったかな?』

目の不自由な人たちはそれぞれが興奮した面持ちで口々に自分にとっての象という動物を述べたものです。

曰く『象というのはまるで大きな丸太のような動物だったよ』

『いやいや象というのは大木に巻きついている太い蔓のような動物だよ』

『そうじゃなくって象というのは・・』」

正確でないのですがこのような寓話だったかと記憶しています。

この例えを私たち「マンション管理員」に当てはめてみましょう。

経験年数も長短バラバラの複数の「マンション管理員」に集まって頂き「あなたの担当物件の『顧客満足』を向上させるにはどうしたら良いでしょう?」と聞かれても皆さん何をどう答えたら良いのでしょうか?

大半の方は自身の限定的な経験と少数の居住者から伺ったご意見に基づいた若干なりとも偏った「顧客満足」となるのではないでしょうか。

私たちが管理を委託されているマンションという建物は必ず複数の区分所有者、更にそのご家族が共同で生活をされている場となっています。

ある「マンション管理員」が良かれと思って何かを行っても居住者全員が賛同する、快適に思う、考えを理解する、ということにはまずなりません。

従ってマンション管理の要諦は「総会或いは理事会の多数決による決議」若しくは「理事長の決定権限の範囲内での理事長判断」を頂くことを原則とするということになっています。

しかしここが難しいところで、その「決定」というものもまた必ずしも居住者全員の「顧客満足」を得るとは言えないということです。


 ★「ウォンツを探れ」の実例

さて、「ニーズを捉えろ」ですらこのように難しいマンション管理の現場の中で「ウォンツを探れ」などということがいったい出来るのでしょうか?

比較的多くのマンションそして管理員の方の

御参考になるもののひとつとして「幼児・子

供用自転車の置場」問題を解決する、という

事例が「ウォンツ」に該当すると思われます。

前提として、そのマンションには「自転車置

場」は百台以上の規模で備わっていますがそ

れらは全て「大人用」であって「幼児・子供

用」のスペースの設定はない、とします。

ここからが管理員の「現場力」の出番ですね。

先ずは、管理員としての貴方が何とか(大人

用)自転車置場の敷地内に幼児・子供用自転

車(特に補助輪付きが数台でも駐輪可能な)

スペースを見つけ出すことです。

そして次に「自転車置場使用細則」の内容を

じっくり読んで「変更・改訂」の必要、不必

要を確認します。

恐らく「管理組合理事会で承認をされたもの

」であれば「使用細則の変更」はせず「運用

」で問題なく進められるというマンションが

多いと思います。

そしてこの時点で口頭でも文書でも結構ですので担当のフロントマンに貴方のアイデアを堤案して下さい。

貴方が毎回の理事会に参加しているかは不明

ですが、フロントマンがその提案を「いける

」と判断すれば次回理事会への議案の中に取

り入れ貴方にも発言をして頂く、という流れ

となるでしょう。


このように考えますとマンション管理の現場に於ける「ニーズ」と「ウォンツ」というものは、「ニーズ」が「こんなことをしてもらいたい」という「率直なご要望」であることに対して、「ウォンツ」は「どうしたらいいのか?」という「投げ掛け」になるものと私は考えます。


 ④ 問われているのは問題解決能力


★ 聞くだけで終わっては

お客様である居住者の「ご意見」「ご要望」そして「クレーム」は先ずお聞きすることから始まります。

その内容によってはお聞きするだけでお客様が冷静さを取り戻し、自らが回答や解決策を導き出すというケースもあります。

また、マンション管理の現場に限らず「ご意見」「ご要望」そして「クレーム」についてお客様は「話を聞いてもらっただけでスッキリしてしまって」特にそれ以上の根本的解決を望んでいない、という場合もあるでしょう。

しかし、多数の居住者から見た私たち管理会社スタッフは「解決してなんぼ」或いは「管理費払っている分だけ動いて欲しい」という存在です。

もし貴方が「そうですか」「なるほど」などと「合いの手」ばかりが上手く、少しも解決に導けない評論家風の「マンション管理員」であるならば残念ながらどこかの段階で「ダメ出し」をされてしまうでしょう。

都内のある物件の事例でも、新任の管理員に対して、同氏が着任する三年も前から未解決のまま存在している「隣家からの騒音問題」が被害者である区分所有者から持ち込まれました。

被害の区分所有者は「何回訴えても話を聞くだけで何も解決しない(出来ない)前任の管理員」の交代を契機に新しい管理員へ解決への望みを託したことになります。

事の詳細は省きますが、お話を総合しますと加害者は被害者のお宅との共用壁に「大型バイブレーター」を設置し、タイマーを使用して夜間に騒音と振動及び多大なストレスを与えているという事実が判明しました。

本件は事の重大性に驚いた新任の管理員が、理事長と被害者の方との面談をセットして被害者の悩みをダイレクトにお聞き頂くという「手順」を踏んだのち、理事会での話し合いと承認の上「警察官の導入」という手段で一気に解決の運びとなったということです。


 ★洞察力を磨く

誰が最初に言い出したのか不明ですが「マンション管理はクレーム産業」という言われ方をされる時があります。

実例のひとつとして設備施工の瑕疵が原因と推察される大事故が発生しゼネコン、サブコンの方々が理事会主催の「事故説明会」の席に「引っ張り出されて」言い訳にもならない言い訳に終始する場面に立ち会ったことがあります。

問題発生時我々管理会社の管理員、清掃員及びフロントマンは支店総出の体制で一次対応に臨み、居住者の皆様の安全確保と被害を最小限に留めることに成功しました。

ここまではどこの管理会社も大きな差は付かないでしょう。

質の高い管理、一流の仕事とは失礼ながらマンション管理に素人の居住者の方々が当然ながら激高され「事故説明会」に於いてゼネコン、サブコンの出席者に詰め寄り何とか責任の所在を明確化するべく追及する中で冷静に「終着点」をイメージすることと言えます。

このケースでは私自身も「原因であると考えられる瑕疵を第三者にて立証して品確法に訴えるべき」という「主戦論」派であったのですがこれでは解決の見通しすら容易に立ちません。

そのような大変な混乱の中、私の上司である支店管理職のフロントマンは「居住者の最終的な利益の為」保険対応つまりマンション総合保険による「可及的速やかな解決」の絵を描いたのです。

結果の出た後では正に「コロンブスの卵」という扱いでしたが居住者の皆様のみならず社内的にも孤立しながら粘り強く保険会社との交渉を重ね、理事長と二人三脚で手順を踏みつつ約半年後に千万円単位の保険金支払いの実現を見たものです。

私も本当に驚きその「洞察力」に感服しました。

トラブルの質、スケールは様々ですが「マンション管理員」の私も知識と経験を深め「居住者の最善と次善」を常に考えてその上でご提案をしなければならない、と肝に銘じた事件でした。


 ★クレームへの対応

一般論としての「クレーム対応ノウハウ」は様々な書籍、インターネットのサイト等で既に多くが出回り、テレビでは「再現フィルム」などで臨場感溢れるドラマ仕立ての迷?場面が視聴者を楽しませてくれています。

一般に知られている小売業、サービス業の「クレーム客への初期対応」は次のようなものではないでしょうか。

①お話をじっくりと聞く

②迅速にアクションを起こす

②対応者の変更を用意する

諸説あるとは思いますが「マンション管理員」に持ち込まれるクレームと小売業の販売店及び消費者相談窓口に寄せられるそれとは少なからず相違点があることにお気付きかと思います。

そのお買い物の品が高額宝飾品であろうと高級自動車であろうとお客様の「住環境の本体」ではありません。

それに対して住居であるマンションは投資用での購入でない限り「住環境の本体」です。

マンションという名の共同住宅内部に構造的に充満するストレスの中でその住環境へのご不満と先行きへのご不安から千差万別のクレームが発生します。

強引に分類し、整理を付けるとしたら

「対人クレーム型」

「対物クレーム型」

「複合クレーム型」

という感じでしようか。

これらの「分類」に、既にこれまで各章の中で語られた事例を含めて具体的に対処方法を整理してみましょう。


・「対人クレーム型」

「確かに規約違反は自分の落ち度であるがその口の利き方は何だ。こちらは管理費払っている客だぞ!」

このような流れの先を読んで予め私たち管理員はフロントマンそして理事会への「報告・連絡・相談」を欠かさず行うことです。

もともと対象者の規約違反、使用細則違反という事実が常態化していて明白なのであれば、貴方が「マンション管理員」の立場に於いて「舌禍事件」を起こさない限りそして「ぶれない覚悟」があれば乗り切れます。


・「対物クレーム型」

近年(平成二十六年五月)も首都圏で一流のデベロッパーが販売したマンションに施工(準大手ゼネコン)の瑕疵が判明した例がありました。

報道によれば、予ねてより居住者から「共用廊下の手摺りのズレ」が指摘されていたのですが施工会社からはその時点で精緻な調査が実施されなかったようです。

これはやや極端な事例であるとしても、居住者からの「一次情報」は貴重な「センサー」であり、特に区分所有者の皆様にとってマンションは、専有部分のみならず共用部分も含めた全体が資産であり、それ故の真摯な問い掛けです。

自分は(管理員であり)建設や土木の専門職ではないことをご説明した上で「但し、報告義務がありますので申し訳ありませんが詳しく教えて頂けますか?」という姿勢でノートを取り、そのレポートをフロントマンに「即日」伝えることが求められます。

決して憶測で無責任な発言をしたり、あいまいな表現をすることは厳に慎むことです。


・「複合クレーム型」

正に「対人」と「対物」が「複合」したクレームとなりますが、新人の方や比較的経験の浅い方が突然巻き込まれ翻弄されるという「竜巻」のようなタイプです。

例えば、新規のマンションにて敷地内に「車寄せ」や「荷卸しの駐車スペース」が皆無の設定にも関わらず、強引に車を乗り入れて「荷卸し」を始めたゲストの方がいらっしゃいます。

貴方が(仕方なく)注意を致します。

「申し訳ありません。お客様。こちらは駐車が出来ないのです」

怒りを隠さないゲストは「それではいったいどこで荷物を降ろせと言うのか!」となるでしょう。

そして「私はこのマンションを購入したAの親戚である。そもそもこれだけの規模のマンションで車寄せひとつ備わっていないのはおかしいでしょ!」という流れです。

当然ながらマンション説明会の時点で、ご購入されたお客様はご納得の行くまでデベロッパーの担当者に疑問や質問をされ、その上でご決心されていらっしゃるハズなのですが。

但し、「マンション管理員」という立場の貴方は「それはA様もご納得の上で当マンションをご購入されたわけでございますから」などと“火に油”の発言は慎んで下さい。

人間何が腹が立つか?と問われれば「本当のことを言われた時」と決まっていますので。

また、「ほんとにそうですね。デベロッパーも何を考えていたのでしょう」などと無責任に調子を合わせないようにも気を付けて下さい。

つまり何を言っても「マンション管理員」は弱い立場で反駁される事実を理解して下さい。

「じゃあ我々はこの場合興奮しているゲストに対して何と言ったらいいのだ?」

その回答としては二つの組み合わせとなります。

①「うーん。本当に困りましたね。もし宜しければお荷物をエレベータホール迄お運びするお手伝いを致しますし、その後ご近所のコインパーキングに入庫される間私がお荷物を見ておきますが」

②「お客様のおっしゃることはごもっともです。この件は正確にフロントマンを経由して理事会へご報告し居住者のゲストの方より問題提起がありました、と理事会にて話し合って頂きます」

現役「マンション管理員」の皆さん。区分所有者、居住者のみならず近しいゲストの方などのご意見に対して「規約でそうなっています」や「設計上こうなっており私ども管理会社ではどうしようもありません」などと「誠意の感じられない受け答え」をしていませんでしょうか?

「狼王ロボ」のように罠(地雷)の「鉄の臭い」に敏感になることです。


第4章 専有部分への関わり方


 ① 本当は怖い「専有部分」


 ★顧客満足と専有部分の親和性

今更?ですが、マンションにあまり詳しくないという読者の皆様に極簡単にマンションという建物の「区分け」をご説明いたします。

先ず、一般的にマンションの居室については、玄関ドアの内側からバルコニーのガラス戸内側及び壁面の内側が専有部分と呼ばれています。

それに対して共用部分という敷地を含む空間があり、これは何か?と申しますと「専有部分以外は全部が共用部分」となります。

これだけ、です。

何故改めてこのようなことをこの時点で確認するのでしょうか?

基本的に私たち「マンション管理員」はマンションの管理組合との間でこの共用部分を管理するご契約になっています。

従って「マンション管理員」は管理委託業務契約書に特約でもない限りは管理員業務として明記されている仕事をきっちりと遂行し“余分なこと”はすべきではないのです。

“余分なこと”とは、例えば「お客様の宅配物を一時的に預かる」「お部屋の鍵を預かり!そのご家族が帰宅されたらお渡しする」更に「(合鍵が管理室内の管理であるマンションの場合になりますが)お客様のご依頼で合鍵を使用してお部屋に入り!消し忘れた(らしい)エアコンのスイッチを切る(確かめる)」などなど専有部分絡みの行動を意味します。

そしてそれらお部屋内に関わることの代表的なものが「お部屋内の電球交換」と言えます。

例えば、築十年程度のタワーマンションンだと仮定しますと、恐らく売り出し当時流行の「コンシェルジュによるホテルライクなサービス」をひとつの売り物にしていたという可能性が大いにあるでしょう。

分譲時のパンフレットはちょっと「見るのが怖い」ぐらいにサービス満載の内容かも知れません。

実際のところコンシェルジュの業務としては「電球交換」も含め専有部分絡みのお客様対応の仕事が中心ですからコンシェルジュはそれで良いのです。

或いはその大型マンションの防災センター要員がコンシェルジュと連携、協力して「電球交換」を請け負うこともむしろ日常的に行われているでしょう。

しかしここで問題となるのは、「マンション管理員」が独りの物件です。

いわゆる独り現場の物件と専有部分への関わりをシュミレーションしてみましょう。

客観的に見て、限られた時間の中で共用部分の清掃を含めた日常業務ですら「手いっぱい」の状況の中、専有部分へのサービスを「やや積極的に」請け負えば当然絶対時間が不足し、そのしわ寄せは例えば日に三回は実施していた敷地内の「落ち葉掃き」が朝の一回に減るということになる可能性が大ということです。その「落ち葉掃き」が減ったということに居住者よりクレームが出た場合、当の「マンション管理員」の評価はどうなるのでしょう?

また、公平性の原則という考えの下、いつも同じ居住者だけではなく“基本的に全ての居住者に対して専有部分へのサービスを実施”することは無理というより無茶に近いと言えます。

また、単独での専有部分への出入りの頻度が増すにつれ、比例してリスクが高まっていくことが考えられます。

ある日それが現実化して「管理員に入ってもらい用を済ませて頂いたが、立ち去った後にテーブルの上に置いてあった宝石がひとつ足りないことに気が付いた。自分も管理員の作業を全部立ち会ったわけではなく隣の部屋にいた」という信じ難いクレームを居住者から頂いてしまいました!と。

このような事態に陥った場合管理会社と管理員本人はどう解決するのでしょうか?

しかし、これに類するようなリスクの予見を踏まえた上でも、やはり顧客満足を得るためには「ご要望があれば」独り現場の「マンション管理員」も専有部分に入らざるを得ない場合があるのが現実です。

その際は各人危険性を十二分に理解し、「地雷を踏まない歩兵」であり続けることを願うばかりです。


 ★リスクの実例

そうは申しても「マンション管理員」は逃げてばかりもいられません。

私の実体験に於いても専有部分のお客様から何らかのご依頼があった場合容易にお断り出来るものではありませんでした。

さすがに独り現場では「管理室が(清掃、巡回以外の理由で)留守になってしまう」ものですから「十分間を限度」と予めお客様である居住者に「事前宣言」することは可能ですし失礼にも当たらないと思います。

逆に、防災センター要員として二名から三名で防災センター室に勤務している場合は前述しましたようにコンシェルジュと連携してお客様サービスを実施するケースが多くあります。

・事例①

正に地雷炸裂!ものの専有部分でした。

ある残暑の夕刻、コンシェルジュの一人から「二○○○号室の○○様からセミが部屋に入ったので何とかして欲しい」との伝言を受け、特にお話などは交わしたことのないご婦人のお部屋をお訪ねしました。

さすがに「虫取り網」などは在庫がないため

大型のごみ袋、懐中電灯、殺虫剤などを持参したものです。

二○○○号室ということは二十階。

こんな高層階にセミが?

いえいえ、ビル風の上昇気流に乗ってセミでも蚊でもハエでも入る時は入ります。

インターホンを押し専有部分に入った瞬間にドアストッパーを忘れたことに気が付きましたが、時間的に「ちょっと無理」と自己判断して続行しました。

お客様は妙齢のお一人暮らしの女性で確かに共用部分にてお顔は何度か拝見したことがありました。

「申し訳ありませんね。私はほんとにセミが大の苦手で。その洗濯物の山の中!のどこかにいるのよ。」

つまりお客様の下着を含めた洗濯物を選り分け、その中に入り込んでしまった運の悪いセミを排除することがミッションということです。

おまけに「可哀そうだから捕まえたらそっと窓から逃がしてあげて」のオプション付きでした。

この辺りが正に現場の「マンション管理員」の地雷原ほふく前進というところです。

結局、何とかミッションを完了したものの下りの高速エレベータでは心身共に「ぐったり」でした。

反省としては、「専有部分」でお声掛けをされたのが女性であるならば2名の女性コンシェルジュの内1名を帯同して赴くこと。

逆に受付がクリーニングの受渡しや宅急便のご依頼などで混乱することに備えて私の同僚の防災センター要員がその間はコンシェルジュを代行する形で受付に座る。

このように工夫をすればリスクは比べようもなく軽減(ゼロにはなりませんが)したでしょう。

幸い何事にもならずお客様からは感謝のお言葉を頂きましたが、前項の仮定の話の如く「あの管理員(もちろん私のことです)が帰ったアトどうしても下着が1枚足りなかった」とされた場合、いったいどう対応したら良いのでしょう?

・事例②

ディスポーザーという「生ごみ粉砕機」がキッチンのシンク下にビルトインされているマンションも少なくありません。

私もディスポーザーシステムの備わったマンションに関わったことがありました。

その内専有部分に呼ばれた五十回!以上の実例経験者として「ディスポーザーが動かないので来て欲しい」というご要望は今後も高まっていくと思われます。

本題に入る前に、先ずは簡単にディスポーザーシステムの機能をご説明いたしましょう。

スタートは各ご家庭のキッチンです。

発生する生ごみなどをシンクの排水口にそのまま入れて頂き、同時に蛇口から相当量の水を流しながらディスポーザーのスイッチを入れます。

シンクの下の粉砕機が作動を開始し、野菜のクズや食べ残した食物、卵の殻などをどんどん砕き、液状化していきます。

この液状化した生ごみは原水としてマンションの地下に設置された巨大な浄化システムに入っていきます。

そしてこの原水は基本的にはバクテリアによって時間を掛けて水分と汚泥に分離されて処理されていきます。

最終的に自治体の本下水つまり下水道には(見た目で)透き通るまで浄化された水が毎日数十トンも放流され、残った汚泥はだいたい一年に1回程度バキュームカーで十トン以上の引き抜きが行われます。

さて、このような大変便利なディスポーザー

ですが、何故「動かない」ということになるのでしょう。

◆ディスポーザーが動かない理由

・ブレーカーが落ちている

キッチンを範囲とするブレーカーが単独で落ちている場合があります。

これは一番単純な原因でブレーカーを入れれば動くようになります。

・キャベツの芯や魚の頭部等が入っている

つまり固い生ごみは無理という「取扱い説明書」通りの反応です。

固いものが排水口から落とされて粉砕のスイッチが入った時に「安全装置」が働き電流が遮断されます。

ディスポーザー自体の電源を安全のために一度切り、その後「菜箸」など長い箸を上手く使って固い生ごみを取り除き再度電源を復旧します。

たまに「ティースプーン」が落ちていることもありますので絶対に無理に機械を回さないことです。

そして粉砕機の下部にあるリセットボタンを押して「カチッ」と反応がありましたら試運転をしてみて下さい。

更に粉砕機の内部に入り込んだものが原因の場合は附属物の専用六角レンチを粉砕機の所定の部位に差し込みグルグルと回すことによって抵抗物が移動することもあります。

・カップラーメン

高校生が何人も遊びに来て食べ残したカップラーメンをシンクの排水口に捨て、粉砕機の内部に粘着してストップさせた例がありました。

このような場合はトイレの詰まりを直すあのゴム製のラバーカップ、通称「バコンバコン」が有効です。

但し、あのような本格的なものは不必要で、まして「トイレにあるもの」は当然使えません。

「百均」で販売している小型のラバーカップが台所の詰まり解決にちょうど良いサイズです。

管理室の備品にぜひ加えることをお薦めいたします。

以上が“通常の”ディスポーザー復旧の手順ですが如何でしょう?

そして更に“通常ではない”酷い事例のひとつでは、オーナーの依頼で新しい賃借人が入る前に雇われた内装会社が「壁紙用の余った接着液をシンクに捨てて帰った!」ということがありました。

見た目は何事もないのですがウンともスンとも何をどうやっても復旧せず困り果てた上の推理でやっと原因が判明した次第です。

後日メーカーに来て頂き交換かオーバーホールになったものと思われます。

「専有部分へのサービスを更に行うことによって顧客満足の向上を!」と申しますが本当に大変です。

そしてここからが大変重要なポイントですが、「私たちがお客様に呼ばれて専有部分に入った限りは結果を出さないといけない」ということです。

前項の「セミ」はともかく、ディスポーザーを含めた機械設備、電気設備はそのアフターサービス期間を過ぎてメーカーやメンテナンス会社に修理を依頼すれば「有償」となり、出張費、技術料などが交換部品の代金と別に請求されます。

従って管理員の方々がご経験ありますように「専有部分に入ってお困りのことを解決して差し上げるとものすごく喜んでいただけるのです」の理由の中には経済的に「助かった」という側面もあるのです。

と、いうことは?

管理員が不具合を解決出来なかった、若しくは解決出来なっただけでなく原因の特定にも至れなかった、という終わり方をした場合、お客様は非常に大きな失望感を抱くのです。

これは電気や設備・設計の専門的な知識も資格もない一介の管理員には酷な話だと思いませんか?

管理員それぞれの得手不得手、器用不器用がある中で専有部分の経年劣化の製品を修繕することは、実際行ってみると例えば水道のパッキンを交換することひとつを取っても本当に難しいものです。


 ★電球交換危険集

①器具の壊れ

築年数が十年を超えたマンションの場合、現実問題として色々な電気製品、設備の経年劣化が表れてきます。

そのような物件の管理員としてお客様から専有部分内の照明の電球交換を依頼された時は器具に力を加えるについて慎重にゆっくりと行わなければなりません。

もしも最悪のケースとなった場合「電球交換を頼んだだけなのに管理員が不器用(!)で照明器具を壊してしまった」となる可能性があります。

さりとて(前述しましたように)専有部分からのご依頼を全てスッパリとお断わり出来るのであれば何の苦労もございません。

専有部分には一旦入ったものの、やはり「これは自分では手に負えない」という場合はそれを見極め、礼を失しないようにキチンとご説明し「撤収する」ということが大切です。

単純な経年劣化による破損からコンセント部分の「そもそもの取り付け不良」が電球を交換する度に弛んできて限界を迎える、などケースは様々です。

そして居住者から「どこか電気工事店で信頼の置けるところはないか?」と問われた場合は「フットワークの良い、親切な店」をご紹介する流れとなります。

ご紹介するに一番簡単なのが現在共用部分の電気設備を点検、修繕している業者ですが、私の経験では必ずしも専有部分つまり一般のお客様相手の商売に適していない会社もあり一概には言えないですね。

特に小口客を嫌う性質の会社や信じ難いマナーの業者が実はサブコン(ゼネコンの協力会社)には混在しており、うっかり善意でご紹介し後で苦情となることもあります。

具体的には「時間にルーズで遅れるに際し電話もしない」などです。

どうですか?冷汗が出ますね。苦情は「紹介した」管理員にも来ます。

本当に心当たりがないようであれば、正直にその旨を申し上げることも親切と言えます。

②ガラス製のカバー

やはり築年数が5年超の高級マンションの事例です。

「どうしてこんな危険極まりないカバーを考え付いたのだろう?」

防災センターの新人管理員がお客様に呼ばれて専有部分に入りその状況を目にした時の率直な「感想」でした。

電球は通称「ミニクリプトン」と呼ばれる極めてポピュラーなタイプなのですがそのカバーが優雅な花瓶のようなデザインの“ガラス製”だったのです。

別段それだけなら良いのですがそのカバーの取り付け部分の切り込みが非常に「出来が悪く」、一旦電球交換で外したアト上手く元の状態に戻らないのです。

簡単に申せば「欠陥品」とクレームされても仕方のないものですがマンションのデベロッパーサイドとしては「装着に際しコツが要る照明カバー」として対応は管理員任せという状態でした。

正に「ダモクレスの剣?」ですか!

前述の例ではそのガラス製カバーが無人の洗面所で落下し、床面の大理石を損壊させたという「居住者がそこにいなかっただけが幸運」という話でした。

この照明器具はトイレにも設置されており、もしも座っている際に落下した場合「当然」

シャレでは済まないことになります。

何故リコールにならなかったのか?

推察するに「上手くカバーを差し込むために脚立に乗り十回かそれ以上(上手く入るまで)何度でもやり直せばいつかは入る」から「欠陥品ではない」と強弁したのではないでしょうか。

このような「プロダクトアウト」の発想は実は数千万円の定価の住宅(戸建もマンションも)にも稀にあると言えます。

言い換えれば「難しい対応は現場の管理員にやらせておけば良い」という事例がマンション毎に共用部分、専有部分を問わず存在しており、それが築年数を重ね管理会社が変更になり稀にはデベロッパー、施工会社が倒産するなどして「誰に責任を取ってもらうのか?」が全く分からなくなるという流れは少なくありません。

③シャンデリアから煙

ある日の夕刻複数で防災センターに勤務する管理員(防災センター要員)のところに「火事は何号室ですか!?」とフル装備の消防士が飛び込んで来ました。

居住者のどなたかが直接119番通報をされたと推察されましたので、その旨を消防士に伝え部屋番号を消防車サイドで再確認して頂くと共に、管理員一名が同専有部分玄関迄の「水先案内人」となりました。

所轄の警察署刑事も別途二名来棟し物々しい空気の中居住者のご高齢女性のご説明が始まりました。

「リビング天井に設置したシャンデリアのスイッチを入れた途端、電球のひとつが音を発しながら薄い煙を出した。ビックリして119番通報をした。」とのことでした。

結論から申せばこのケースは消防署の公式見解として「火事(ボヤも含む)は発生しなかった」となり、約一時間後には関係者全員が撤収しました。

但し、居住者に対しては「シャンデリアの電球は勝手に変更せずオリジナル電球を使用するか、どうしても変更するのであれば電気工事店に相談すること」との注意が与えられたものです。

つまり「原因」は先ずはリビングの照明をご自分のご趣味でシャンデリア風のものと交換。そこまでは特段の問題はなかったのですが、更に何らかの理由で「ご自身で」電球を交換。その電球が本体と相性が悪かった、というものです。

管理員もコンシェルジュも本件については事実として関係が無かった為当然ご注意もお咎めもありませんでした。

が、それはたまたまであり、もし居住者よりシャンデリアの電球交換のご依頼があれば「ちょっと危険である」との知識もなしにそれを行い「電球交換は管理員(或いはコンシェルジュ)が実施した」という事実だけが残る可能性もありました。


さて、読者の皆様は以上①、②、③のどの事例にご興味を引かれたでしょう?


★「マンション管理員」の限界

「マンション管理員」の「専有部分」への関わりをどのように考えるか?はことほど左様に難しく、私がこの本を執筆する動機のひとつになった、とも言えます。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とは申しますが、「虎児」を「顧客満足」として「虎穴」が自動的に「専有部分」に読み替えとなるのでしょうか?

前項ではかなり具体的な事例を述べて「専有部分」に私たち「マンション管理員」が入ることのリスクをお伝えしてきたつもりですがお読みになられた皆様のご感想は如何でしょう。

条件を整理し、私の考えを述べます。

対象となるマンションの管理が日勤の「マンション管理員」による単独現場だとした場合、その「マンション管理員」は緊急事態以外に「専有部分」に立ち入るべきではないと思います。

そして緊急事態の範囲としては、警察、消防、救急が来棟するという文字通り事件、火事、発病という至急の対応を迫られる場合をイメージして下さい。

そのような場面に至った際も主役はプロである警察官、消防士、救急隊員諸氏であって私たちは案内役に徹し逆に管理組合理事会(緊急連絡先として理事長)への報告義務を果たさなければなりません。

但し、その報告義務も担当フロントマンへ一義的に行い、フロントマンの判断で理事長へのご連絡の是非を決定となるものです。

日勤管理員の平日実働時間は七時間。

その限られた物理的制約の中で「共用部分」の日常業務、協力会社を含めた来館者への対応、点検、補修作業の立会い、居住者の苦情、ご意見の承り、理事会支援業務などなどをソツなくこなさなくてはなりません。

そしてどうでしょう、早朝から夕刻まで「共用部分」の管理を遂行する「マンション管理員」に「専有部分」に立ち入り顧客満足を得るという「余裕や余力」はあるのでしょうか?

それでもケースバイケースで入室を要請される「例外」はあくまでも「例外」と考えるべきだと思います。

前述しましたようにコンシェルジュサービスを前提としたマンション及び防災センターが中核として存在し二十四時間体制で機能する大型マンションは少なからず条件が異なるため同一には語れません。

私が申し上げたいのは一貫して「管理員としては、与えられたそれぞれの枠組みの中で最善を尽くすこと」です。

貴方が独り現場の日勤管理員であれば、先ずは「共用部分」の管理という大きな枠組みの中でプロフェッショナルな働きを示し「顧客満足」はその仕事内容の範囲で得られるように工夫することが望ましいと思います。

例えば、ご高齢者や小さいお子様連れの方、或いはお怪我をされている居住者、ゲストの方には「共用部分」のエレベータ、自動ドア、玄関ドアを開けて差し上げるなどという行動で、十分に「貴方の親切な心根」は感じて頂けますよ。


② コンシェルジュと管理員


 ★コンシェルジュの実態

平成二十八年五月、都心の超高級マンションで信じ難い事件が発生しました。

新聞、テレビ、そしてスクープ連発の某有力週刊誌等で事件の詳細は皆様もご存じと思われますので、敢えてここで(取材もしていない私が)事件を振り返ることは致しません。

「マンションのコンシェルジュ」と一口に申しても、キチンとした母体の会社で採用試験を通過し更に座学と実地で教育を施された契約社員のコンシェルジュが存在する一方、新聞の折り込みチラシなどで募集、即日採用。制服の在庫を確認したら現地派遣、というパートタイマーの即席コンシェルジュという方々もいらっしゃいます。


先ずは、前者の場合は東京都内で言えば大使館や外資系オフィスが多い港区、目黒区そして千代田区、渋谷区、新宿区に大きな需要が存在しています。

ある募集要項では「性別問わず、営業経験または接客業経験の豊富な方、TOEICスコア700点超尚良し」

応募者としては「給料は相当良いのでしょうね?」と突っ込みたくもなりますが語学に関しては大使館員とそのご家族、外資系金融会社、同保険会社の単身赴任者など外国人が多い地域であれば必然的にこのような条件になるのでしょう。

ほとんどのマンションでは警備の都合上メインエントランスを見通せる位置に受付カウンターが設定されており、ブレザーにネクタイ(女性ならばスカーフ)姿で基本的に清掃はせず受付業務全般と共用施設の予約入力、そして何より居住者と管理組合及び管理会社とのコミュニケーションの架け橋となるのが重要な役割です。

親切で気の利いたスマートな対応。

特に複数現場の主任クラスにはトラブル発生の際に扱いの難しい居住者(国籍、性別、区分所有者と賃借人を問わず)を怒らさずに納得させる力量が求められます。

また「男女を問わず」の募集とは言っても事実上はやはり女性への需要が多いのは次の理由からです。

前述しましたように、我が国に於ける「マンションのコンシェルジュ」はクリーニング、宅急便などの受付、受け渡しサービスを主として発展してきました。

従って現地対応はソフトな女性が主体となりエリアマネージャーが男性という組み合わせが一般的となります。


一方後者はこれらの取次業務を主とした大規模ファミリーマンションなどの受付サービスを前提とした「コストパフォーマンスに優れたコンシェルジュ」という方々となります。

採用する側から考えれば予め人件費が押さえられており「要はクリーニング、宅急便の取次が中心」として具体的には交通費のセーブの為「自転車で通勤可の方」が望ましいとしている場合もあります。

つまり必然的に主婦のパートタイマーが中心で「二名体制での私語」はおろか「暇な時はカウンター下でレディスコミックを読んでいる!」というケースも稀に散見されます。

これらコンシェルジュの質的な問題は本来コンシェルジュ派遣会社に当然ながら原因がありますが、やはりマンションそれぞれの受付に対する考えが反映するものとも考えられます。

「ホテルライク」つまりホテルのようなサービスを期待して購入した居住者にとっては「専有部分」のちょっとした用事などは正にホテルの従業員を呼ぶ感覚で依頼をされます。

また、受付カウンターの前を通る時には愛想の良いコンシェルジュといろいろな会話を楽しみたい、と思っていらっしゃる居住者も少なくありません。

この辺りの「ズレ」がクレームへ発展することも珍しいことではないのです。


 ★クレームの原因

マンションのコンシェルジュへのクレームは大きく二つに大別されると思います。

即ち一つ目はコンシェルジュのマナー、態度、レベルなどに対するもの。

二つ目がコンシェルジュのみならずその派遣会社も含め、マンション管理への基本的知識不足に対してとなるでしょう。

①マナー、態度、レベルなど

大型マンションであればクリーニングの受け渡しも宅急便の取り次ぎも駐車場やラウンジの予約もお客様を待たせるわけにはいかないという意味で原則二名体制になっています。

これがおしゃべりの「温床」となり最大級のクレームとなるのです。

但し、これには同情すべき側面もあり、居住者の中にはコンシェルジュが特定の方(もちろん居住者です)のお話をお聞きしている際にクリーニングをお持込みされて「コンシェルジュはいつも特定の居住者と話し込んでいる」と「ご意見箱」に投書されたりするケースもあります。

私がここで申し上げたいのはあくまでも「ヒマに任せて隣の同僚とペチャクチャとおしゃべり三昧」。かと思えば「パソコンで明日の食材の発注」、前述しましたように「レディスコミックの熟読」という正にそれはないだろうというやりたい放題の現実も存在しているという事実です。

この原因はなにか?

実は「マンション管理員」もコンシェルジュも同様なのですが、ほとんどの場合マンションの現場は「現地のスタッフ任せ」となっています。

そのため「管理者や監督者が日常を管理していない(出来ていない)」つまり良かれ悪しかれ「スタッフの自己管理」となっているのです。

当然一部のハイレベルな会社は社員教育もスーパーバイジングも徹底しておりチェック機能が働くのですが、逆に「大衆路線」戦略の派遣会社はコスト面の制約も有り改善は難しい状態です。

②マンション管理の知識不足

例えば元CA(キャビンアテンダント)でも元都市ホテルのカウンター嬢でもやはりマンションの受付を職業とする限りはマンション管理の基礎知識を自ら学習して頂きたいと思います。

「生まれてからずーっと共同住宅で育ち、現在も家族四人のマンション住まい。父親は管理組合の副理事長もやりました。だから特にマンションの勉強はしなくても良く分かっていますよ。」

どこぞで聞いたようなご意見ですが、管理員もコンシェルジュも何十年マンション住民であろうと“職業としての経験は別物”です。

例えばマンションのコンシェルジュが「共用部分」と「専有部分」の概念について正しいご説明が出来ない、となればご質問の居住者から「そんなことも分からないの」と信頼を失い「基本的に勉強不足。座っていれば時給もらえると思っているんじゃない?」の流れに入ってしまいます。

もし貴方がデパートの受付に座っている制服の人に有名ブランド品の売り場がどこにあるかを聞いてやおらその社員が“やおら”「店内ガイドブック」を開いて探し始めたら?

「自分のデパートのことも勉強しないでそこに座っているの?」と思いませんか。

つまり居住者から見た場合、専門的なマンションの知識も経験もない「笑顔と挨拶」が取り柄の人間が二人も座って「管理費の無駄使い」と言われてしまう可能性があり得ます。

裏を返せばマンションのコンシェルジュという募集に応募してきた方々は別にマンション管理の専門家になろうとは思っておらず、一部の方を除いたら敢えて個人的に勉強するつもりもないでしょう。

先ずはこの辺りに「ボタンの掛け違い」があると思います。

 ★補い合うことのメリット

マンションの規模や管理の形態にも左右されますが、私はマンション管理の現場に於ける理想形のひとつが「マンション管理員」とマンションのコンシェルジュがその長所と短所を融通し合い、補い合うことで可能となるのではと考えています。

単純過ぎる言葉で言ってしまえばハード面を「マンション管理員」が中心的に受け持ち、居住者対応のソフト面をコンシェルジュが引き受けるというイメージです。

例えば、マンションの年間点検予定に沿って或いは災害や突発事故に対処するべく共用部分に出入りするのは大手建設会社を頂点としたやはり「男性社会」の協力会社技術者たちです。

このような場合こそ「マンション管理員」が知識と経験を生かして管理組合を代理して立ち会い、安全と資産の管理に尽力すべきでしょう。

一方、コンシェルジェは居住者の状況を守秘義務の範囲の中で把握し、高齢者や社会的な弱者へのサポートやそのマンションに適した改善案などを管理会社と管理組合へ提案していきます。

実は大規模マンション或いは高級マンションに於いては既に私に言われるまでもなく、そのような「体制」になっているマンションも多いのですが思った程の結果が出ていません。

何故でしょう?

私の見立てではやはり「縦割りの弊害」が「指揮系統の不明確さ」に繋がり上手くいかないのでは?と考えます。

「マンション管理員」が管理会社の契約社員若しくはパートタイマーであるのに対してコンシェルジュは人材派遣会社若しくはコンシェルジュ専門(の派遣)会社の契約社員若しくはパートタイマーです。

防災センターの存在する大規模マンションでは所長は管理会社の若手管理職が常駐する例が一般的ですが、管理組合との通常総会を頂点とした管理全般を請け負っており、日常業務と書類の作成に追われる毎日です。

コンシェルジュとの接点と言えば「態度、教育がなっていない!」と怒鳴り込んで来られた居住者の玄関先まで一緒にお詫びにお伺いする時、などとシャレにもなりませんね。

更に、通常では管理会社が管理組合から管理委託契約を結び、その中で受付業務を派遣会社に依頼するという流れですが少数ながら管理組合が直接契約をコンシェルジュ派遣の人材会社と締結するという場合もあります。

そうなりますとますます現場の意思統一は乱れ、「理事長の鶴の一声」が連発される?ということになります。

どのような形態、体制でも「それが居住者全体に利益のある」方向や方策であれば宜しいのですが、現実としては難しいものです。


 ★理想的な受付、そのイメージ

特に「マンション管理員」の立場では及ばない「専有部分」へのサービスについて、そのマンション特有の条件を勘案した上で「コンシェルジュと協力して具体的に何が出来るか?どこまでやれるのか?」とした場合、やはり指揮命令系統の確認が重要だと思います。

私の経験でも防災センターの所長、副所長がいくらコンシェルジュへの指導をOJTの範囲の中で行うとしても、つまり言葉使いや立ち振る舞いを偶然見聞きした際に注意を促すという程度が限界かと思われます。

それではマンション管理会社が「マンション管理員」のみならずコンシェルジュも育成して派遣する、或いは子会社を作り常に質の高いコンシェルジュを“どんどん”育成する。

絶対的な需要はあると思いますが今のところ極めて限定的に止まっています。

これも何故でしょう?

先ずは、肝心のマンション管理会社の中枢が管理の現場の実態、問題点及び顧客サービスをしっかり把握出来ていないことに尽きるでしょう。

従って前述のように航空会社の元客室乗務員の経営する人材派遣会社に人材供給をお願いしたり、元ホテル業界や英会話の上手い人を集めたり、と迷走するのです。

私のイメージする「ひとつの理想形」はざっくりとした感じ以下のようなものです。

前提としてのマンションは湾岸地区に建築された地上三十階地下二階四百戸の新築タワーマンションと仮定しましょう。

そのマンションの管理を請け負うのはデベロッパー系列の管理会社であり、二十四時間三百六十五日のサービスとセキュリティが絶対条件となっています。

この辺りの細かい前提条件については割愛し、メインのテーマである「マンション管理員」とコンシェルジュの融合による「ひとつの理想形」に焦点を絞っていきましょう。

① 現場の指揮命令系統

同じ管理会社の社員或いはパートタイマーとして管理員もコンシェルジュも(現地)管理事務所所長に対しては報告・連絡・相談を義務とし、それはデータによる日報、週報、月報として記帳されると共に「(仮称)管理の現場ノート」として管理員、コンシェルジュ全員にパソコンベースか紙ベースで日々回覧、更新されます。

所長とその代理者(副所長)は設備のメンテナンス、居住者からのクレーム、敷地内に入り込むホームレスへの対応に至るまで方針を決定しなくてはなりません。

そして何よりも居住者との窓口であるコンシェルジュにはマンション管理のイロハをほぼ月一回のペースで「講習会」を開講して学習して頂きます。

講師は所長若しくは副所長ですが現場の管理員も講師陣の一員として交代で宜しいので毎回参加!といきたいですね。

逆に「マンション管理員のための接客マナー講座」を二カ月に一回ほど、こちらはコンシェルジュ部門の役職者にお願いして教えて頂きます。

このようにしてお互いの仕事内容を知ることが毎日の業務の質的向上に繋がり、結果として居住者の「顧客満足向上」に繋がっていきます。

事例として「専有部分」へのサービスのご依頼が入った際、第4章のように管理員とコンシェルジュで「ペア」を組みご訪問する。その間は受付に管理員の一名が座る。

このような連携がいつでも可能な、良い意味での「金太郎飴」が目標です。

②コンシェルジュの意識

現在の一般的なマンションのコンシェルジュには他の受付業務のアルバイトとの明確な意識の違いがあるのでしょうか?

私の経験ばかりでものを申すのは宜しくないのですがやはり会社の方針が大きく左右すると思います。

その会社が人材派遣会社であれば「マンションへの派遣は専門の知識と教育を施した要員」を送り込むべきです。

現地の管理会社スタッフとのコミュニケーションもお互いが「マンション居住者へのサービス」という目的を共有するところから信頼が生まれます。

ましてマンション管理会社がコンシェルジュを育成して現場へ出す、ということであればそれはひとつの理想形です。

先に述べましたように同一の管理会社である強みを生かし、コンシェルジュと管理員の融合によって「顧客満足度の高い管理の現場」が構築出来ると私は思います。

このような強固な土台があらばこそ、ご高齢者やハンディキャップのある居住者への物販サービスも可能となるでしょう。


前述した「信じ難いマンションコンシェルジュの事件」の後、皮肉にもその翌月(六月)のある人気テレビ番組で「ロンドン五つ星ホテルでヘッド・コンシェルジュを務める日本人男性」がオンエアされました。

私自身も番組を観てその日本人男性の仕事振りに大変驚き、そして感銘を受けました。

極端から極端ということで比較するのもおこがましいのですが、現状のままでは、一般のお客様からすれば「同じコンシェルジュを名乗ってもつまり一流ホテルのコンシェルジュとマンションコンシェルジュは“別物”だな」となってしまいますね。


 ③ ご高齢の居住者


 ★フツーに高齢者

「はじめに」にも記しましたように「日本全国、四人に一人は高齢者」となにかの標語のような調子の良いことになっていますが、実態は複雑です。

マンション管理の現場で働く私たちは大きく三つに分けることが出来ます。

即ち、トータルの人数で最大の「清掃員」、そしてこの本のテーマである「管理員」及び「コンシェルジュ」、更に警備業法によって管理会社がその業務を兼ねることが出来ない「警備員」です。

但し、前述しましたように「マンション管理員」はマンション管理組合と管理会社との管理委託契約の内容によって「基本的には清掃に関わらない」場合も時にありますが、圧倒的に多くのマンションでは「清掃兼務」か「清掃補助」ということになります。

「清掃兼務」というマンションは「管理員」が単独で勤務(パートタイマーの清掃員が入る場合もあります)し、文字通り八面六臂一人二役をこなすわけですが容易ではありません。

一方「清掃補助」のケースでは専門の「清掃員」が1名以上存在してほとんどの清掃業務を主体的に行うため実態として「拾い掃き」程度です。ビジュアル的にはブレザーが制服になっている「マンション管理員」はこのタイプと見て良いでしょう。但し、そのケースではコンシェルジュの役割を兼ねる場合もあります。

ここで各分類の平均的な年齢を私の感覚で表したいと思います。

△清掃員・・・六十才~七十才

△管理員・・・五十才~六十五才

△コンシェルジュ・・・四十五才程度

△警備員・・・三十五才~四十五才

あくまでも私的な感触でしかないのですが、ここでは清掃員と管理員はほとんどのスタッフ自らが高齢者であるという現実を申し上げたいのです。

給与体系の観点から、働き盛りの四十代の男性が「マンション管理員」としてどんどん活躍し日本全体のマンションの現場に革新を起こそうと思っても、実際のところ経済的な問題でそのような方々は入ってこられません(次章の第5章をご参照下さい)。

逆の側から見れば、私はこの仕事の奥深さとマンション本体の資産価値に直結する重要性から鑑みもっと「若返り」を図るべきと考えていますが、管理会社としても正直なところこの「人件費」の部分が“貴重な収益源”であるが故ビジネスモデルの確立している大手になればなるほど消極的と見受けられます。

そして、本題であるご高齢の居住者のカバーについても「老老介護」とは申しませんが年齢から来る体力、気力の衰え、判断能力の低下の現実の中で私たち「マンション管理員」はご高齢の居住者をどの様にフォローしていったら良いのか?を考えるべきでしょう。


 ★どこまでやれるの?

縁起でも有りませんが、仮に貴方が「清掃兼務」の単独勤務で担当しているマンション(戸数は百とします)で本火災が発生し、119番通報をしたアト具体的に何を優先すべきでしょう?

そう、館内放送を行い、避難誘導の陣頭指揮を取ることですね。

ご在宅の居住者の皆様に対して、冷静に非常用階段を使用して頂くように館内放送で呼び掛けましょう。

そして予め把握してある高齢者の居宅にはインターホンで安否確認をすることが重要です。

万が一「インターホンには辛うじて出れるものの恐ろしくてドアを開けて避難が出来ない!」という状態であれば、本来的には貴方は「マンション管理員」としてお部屋に急行し非常階段で一緒に避難するべきです。

但し、部屋の玄関ドアが施錠され避難誘導が出来ないという状況も考えられ、更に対象のご高齢者が歩行困難となっている場面を想定しやはり消防隊の到着を待ち、現場到着したら水先案内人役として複数で行動することがベターな選択と思われます。

言葉にするとスムーズですが、特に高層マンションの本火災は都内の場合十台二十台の「消防車」「梯子車」他様々な「特装車」が投入され現場はパニック化します。

そのような状況の中で非常用階段を下って来られる居住者の方々に声を掛けながら、たった一人で高齢者のお部屋まで上がって行くことは事実上不可能です。

火元が30m超の高さのお部屋であればスプリンクラーの設置が義務付けられており抜群の消火性能で鎮火となります。

スプリンクラー作動のケースではむしろ後処理に大変さがあるのですがこの際そのようなことは言ってられません。

私たちは各々担当するマンションの個別的な設備事情を良く知ると同時に、特に「高齢者及び避難に手助けが必要な状態の方」が何号室にお住まいであるか?を把握して消防隊員が緊急出動された時にしっかりと事実を伝える、という義務があります。(善管注意義務―善良なる管理者の注意義務)

一番の問題点は中小規模のマンション(百戸のマンションも含め)では予め一人の管理員しかおらず、一次消火活動すらままならない現実があるということです。

後述致しますが、私の3.11の経験でも5基あるエレベータは全て停まり、文字通り「動きが取れない状態」となりましたが、四百戸規模のマンションであった為「防災センター」が存在し当日は支店の担当フロントマンもたまたま理事会の準備で来館しており、現地の私たち3名と合わせ計4名で手分けして対応することが出来ました。

地震発生後の余震が続く中「とてもじゃないが揺れが激しく身の危険を感じて部屋にはいられない」と非常階段で続々と下り、1階のメインエントランスに集まる方々。

もちろんご高齢の方もいらっしゃいます。

エレベータの復旧は結局見通しが立たず非常階段でご自宅まで上がることに。

私たちは当時「防災センター要員」として複数勤務でしたが会社からの十名近い応援部隊も含め、非常用階段を「肩を御貸しして」お手伝いの真似事をしたに過ぎませんでした。

そういう意味では「どこまでやるの!?」ではなく「どこまでできるの!?」が正直な本音の部分かと想います。


 ★3.11の教訓

僭越ではございますが、先ずはこの場をお借りして「東日本大震災」でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。


今この本をお読みの皆様は、平成二十三年三月十一日金曜日午後二時四十六分どこにいらっしゃたでしょうか?

職場である大型タワーマンションの1階防災センターにいた私が未曾有の大地震と戦慄すべき大津波の全貌に打ち震えるのは夜半以降の報道に接してからのことで、その時私は「半径3メートル」の衝撃に耐えるのみでした。

そしてそれからの一週間否一か月は公私共に記憶も時系列も断片的でしかなく、鉄道が安定するまでの4,5日の間「片道一時間半の自転車通勤」の記憶だけが妙にはっきりと残っています。

抜群の記憶力を有す一部の方は脳にその場面を丸ごと「焼き付け」て忘れない、つまり天与の特殊な脳の持ち主ということですが「丸暗記」のまるでダメな私は世の中の大多数の皆様とご同様に「試験」が苦手でした。

反面「辛い、悲しい、苦しい」ことを「忘れるメカニズム」が健全に機能しているようです。

そのような心許ない私ですがマンション管理のプロフェショナルとして「何を感じ、何を求め、何を知ったか」を特にご高齢の居住者を念頭に整理いたします。

①何を感じたか

やはり情報を収集しようにも携帯電話はおろか固定電話も回線がパンクしエレベータ会社にも通じないという状況は経験のないことでした。

このような場合ご高齢者だけを避難誘導することは事実上不可能で「机上の防災プラン」がいかに「実戦」では役に立たないか、を痛感しました。

そして何よりも災害によってエレベータが完全に停止してしまうことの重大性も事実上初めての経験でした。

以前の例では担当していたタワーマンションの個別的な事故でエレベータが全基停止したことがありましたが、その場合はどうしても非常階段を上るのが無理な居住者はその晩ご近所のホテルをご利用頂きました。

災害となるとホテル、宿泊施設は殺到する人々であっという間に「満室」となり足腰が弱っているご高齢の居住者は1階ロビーで「じっと非常用エレベータの復旧を待つ」ということを余儀なくされました。

「災害とエレベータ復旧」の問題にはあれから3年良い回答が見出せないまま今日に至っています。

②何を求めたか

私たち管理スタッフとしてはやはり「情報」と「人手」が求めるもののトップクラスでした。

例えば、屋上のエレベータ機械室で二交代制で作業中のエレベータ会社の技術者複数に「復旧の見通し」を尋ねたい、となった場合は差し入れのバナナを大量に携え三十八階を上っていくのです。

一方、ご高齢の居住者は「何をお求め」であったのでしょう?

専有部分の中については二人一組体制で居住者のご依頼に対応して入室させて頂きましたが母親と子供たちというご家庭の事例が多く

正直ご高齢者のご依頼は記憶にありません。

共用部分の飲料水、非常食の備蓄品も各階の停電でも分かり易い場所にストックしないと意味が半減ということも学習しました。

地下1階の倉庫に山積み、ではイザという時に誰が運べるというのでしょう?

③何を知ったか

端的に言えば人間の力の小ささ、自然の力の巨大さを思い知った、となります。

どうしたらあんな平野部にまで津波が押し寄せてくるのか?

地震大国とか地震予知とか普段の権威はどこへ?言葉だけがあっても実際は想定外に終始とは。

人類の英知を集めたハズの原子力発電システムが暴走しても総理大臣以下電力会社経営者、原子力専門の研究者、大学教授とも全く役に立たず、現場のY所長と部下の方々、そして名もなき自衛官、消防隊員、警察官の皆様に日本は救われたという事実。

そして東京で私たちが体験した高層住宅、タワーマンションの「揺れ具合」は若者言葉で申せば「半端ないス!」でした。

私自身二週間後に高層階を巡回中に大きめの余震に遭いエレベータホールで体ごと数メートル飛ばされました。

特段目新しいことではありませんが、ご高齢者に限らずマンションの十階以上のお部屋にお住まいの方であれば、地震発生という事態でも直ぐに地上階に非常階段で下りることをせずに館内放送に注意し、管理室への外線電話を活用し、冷静に状況を把握することが先ずは重要かと思われます。

但し、それもその時点で火災が発生していないという前提条件に基づく判断となります


 ★日常対応「べからず集」

火災が発生した!となってから「ご高齢者をどうお助けするか?」と慌てても自分自身がパニックになっている状況の中でいったい何が出来るでしょうか。

やはり私たち「マンション管理員」は平時、つまり日常に於いて具体的な備えをする必要があります。

①高齢居住者のお部屋確認を怠るべからず

先ずは六十五歳以上の高齢者の住まわれているお部屋の確認をしましょう。

ご夫婦であったり、お子様と同居であったりしても「日中独居」になる場合も多いので要注意です。

②特に独居の高齢居住者を見逃すべからず

更に高齢であって独居の居住者のお部屋を把握しましょう。

仮に①と②の対象の居住者が五名程度おられたらその方々とは常日頃から積極的にご挨拶を交わし体調や日常の行動様式を会話の中で「データ」として取り込むことです。

「過去の病歴」や「現在何科と何科に掛かっていますか」などです。

個人情報の管理や守秘義務の扱いなどで神経質になる事柄ですがこれもイザという時の備えです。

② 独居の高齢居住者宅に安易に入るべからず

これはマンション管理の大変重要なポイントです。

確かに大災害及び本火災の発生に際し、避難誘導がスムーズに運ぶように対象高齢者のご病気の状態把握や専有部分内の水、非常用食料、簡易トイレ等の備蓄状況が分かっていれば「マンション管理員」としては正直“満点”かと思われます。

しかし、過ぎたるは尚及ばざるが如し。

本来的に「マンション管理員」でしかない貴方はそこまで望まれているのでしょうか?

その高齢居住者には先ずご家族ご親族がいらっしゃるでしょう。

或いは近場にご家族の方がお住まいでなければご家族からの依頼を受けた自治体の高齢者福祉課からケアマネージャーさんを付けて頂いているでしょう。

また、もし仮に高齢居住者が複数お住まいのマンションに貴方が単独勤務されている場合居住者全員に対する義務を果たす一方で複数の高齢者の手助けをするというのは誰が考えても非現実的というものです。

そして更にもう一つデリケートな問題があります。

それは高齢居住者の方の「記憶違い」ということです。

日常のサービスの中で間違っても物の貸し借りをしてはいけません。

金銭の立て替えや借り受けは「論外」と心得て下さい。

厳しい言い方で申し訳ありませんがこのデリケートな部分を十分に理解して接することが

大なり小なり「記憶違い」の迷宮に入っていらっしゃる高齢者を結果的に救済することにもなり、「マンション管理員」の貴方ご自身を守ることにも繋がるのです。



第5章 売上ノルマのない仕事を楽しむ


 ① 「マンション管理員」とお金


 ★楽園

「本当にこれで給料を貰って良いのだろうか?」

平成十六年十一月末日。

今から十二年も前のその日、私は最初に勤めたマンション管理会社の担当者に案内されて都心のあるマンションに向かって歩いていました。

事実としてその管理会社は私に対する研修は無く、それどころかさしたる注意も無し。

「現地に親切な同僚が先乗りしているから色々教えてもらって」という小さな規模の「極めて家族的な」会社でした。

私は私でその前月まで二十七年間ごはんを食べていた営業の仕事に決別し不退転の気持ちで臨んでいましたので「特に違和感」はありませんでした。

というよりもゼロからの再出発なので「なんでも見てやろう」「なんでも経験してやろう」という「空っぽのコップ」状態だったという方が正しいですね。

但し、管理会社及び担当者サイドとしてはもう一つ夜間勤務からのスタートということもあったようです。

通常の日勤「マンション管理員」と違いマンションの夜間管理員は「設備の定時点検(目視、異音チェックなど)と警備、防犯」が中心である為初心者でも確かに親切な同僚にポイントさえ教えてもらえれば何とかなるものです。

勤務時間は午後四時から翌朝八時迄。

午前零時には「本日の業務は終了いたしました」というプレートを受付窓口のカウンターに提示し、管理室を消灯して仮眠室で休むことが出来ます。

しかしそうそう眠れるものでも無く、早朝五時頃に一括してメインエントランスに届く朝刊を、ご契約されていらっしゃる住戸の各玄関の新聞受けに配達する仕事もあり、起床は四時半。

つまり平均睡眠時間は正味で四時間程でした。

対して日勤者はそのマンションの場合清掃補助という枠組みであり午前八時から午後四時の正味七時間勤務となります。

メンバーと言えば日勤管理員が1名、夜間勤務の管理員が私を入れて2名。

清掃会社は私たちの管理会社とは無関係の某有力会社が管理組合と別立てで直接契約を締結しており、その社員が1名朝七時から午後三時迄の勤務となっていました。

このような「感じ」で私の「マンション管理員」はスタートしたのですが、正直今まで頭のてっぺんから足のつま先まで染み込んだ営業マンとしての思考や行動様式とあまりに懸け離れた「仕事」であった為、二、三ヶ月は「現実をなかなか受け入れられない」、頭と身体がまるで違うことをやっているような状態でした。

それを当時の優秀でしかも親切な同僚のGさんは「例えて言うならばZさん(私のことです)は太平洋戦争硫黄島の地獄の戦闘の真っ只中から吹き飛ばされ、ボロボロになりながらも南海の孤島に打ち上げられた兵士のようなものですよ」と評してくれました。

そして「同じ亜熱帯の密林でもこの島には対峙する敵はいませんし天然の食べ物も豊富にあります。せっかく命拾いが出来たのですから先ずはリハビリがてらゆっくりやればいいのですよ。管理員の仕事は肩の力を抜いてちょうど良い具合なんですから」とも。

冒頭に戻り、新卒で社会人となって以来二十七年の間常に「目標という名の売上ノルマに追われ」休日はおろかトイレの中でも「予算達成」に思いを巡らせていた日々と「マンション管理員」のなんともぬる~い毎日。

これが「仕事」と言えるのだろうか?

逆にこれでもお金(給料)が入ってくるのであれば今までの自分の神経と体力を擦り減らす「物売り」の年月はなんだったんだ?と。

或いは逆に、「マンション管理員」の給与では豊かな生活は構造的に(恒常的に?)望めないのであるからその二倍三倍を稼ぐのには地獄の戦闘に身を投ずるのは致し方ないことだった、と納得しますか?

さて、今正に「マンション管理員」はどうかな?と就職活動を逡巡していらっしゃる方にも、或いは既に第二、第三の職業として管理会社に入社してマンションの現場に入っていらっしゃる皆様にも私の私見である「マンション管理員」“楽園説”はどう映ったでしょうか?


 ★プレッシャーと給与の相関関係

確かに物の値段でも給与でも「高い」と「安い」という評価には絶対的な評価と相対的な評価があります。

「マンション管理員」の給与についても同様です。

時給九百~千円(パートタイマー)、或いは月額十六万~十七万円(契約社員)このあたりが平成二十八年現在の首都圏の“相場”ではないでしょうか。

この金額はどうでしょう?

一家の大黒柱として住宅ローン若しくは家賃を支払いながら更に子供たちを大学迄卒業させるにはかなり無理がありますね。というより全く不可能だと思います。

「マンション管理員」の給与は「安い」「年金受給者を前提にしている」などと言われる

ところです。

一方、十ニ年前の時点で営業職から「転向」した私の感触で申せば、年収ベースで考えても収入は「三分の一」だが仕事のプレッシャーは「十分の一以下!」というものでした。

それはその後「コンシェルジュのスーパーバイザー」や「防災センター副所長」としてマンション管理の現場の枠組みの中で何とか収入を上げようと自助努力した結果、収入はなんとか営業職時代の「二分の一」に。しかし仕事のプレッシャーは「七分の一」(少しは圧力が増したか?)という程度でした。

お話を元に戻しますが通常「マンション管理員」にも上司,上席という管理職は存在します。

存在は確かにするのですがほとんどの場合管理職(大きな管理会社では課長)は支店に席があり「マンション管理員」の背後に座っているわけではありません。

サラリーマン、OLをご経験の皆様は上司が同じ空間にいない!という解放感がお分かり頂けると思いますが“素晴らしいもの”です。

「糸の切れた凧」になって舞い上がってどこかに飛んで行ってしまうご同輩もたまにいらっしゃいますがほとんどの方はまじめに精勤されています。

「そんなこと言ってもフロントマンという営業担当者のチェックが毎日入るだろう」とこれまた会社員経験を有する読者の方から突っ込みが入るでしょう。

しかしこれがまた見事なほどのノーチェックなんです。

フロントマンは「物売り」の会社で言えば「小売チェーン店のエリアマネージャー」と類似点が多いように見えますが、更に書類作成が多いという部分は総務課のような一面も持っています。

何れにしても一人のフロントマンが受け持つマンション管理組合は十から十七というのが業界の現実です。

この各々の管理組合の理事会、総会、場合によっては臨時総会を実施し議事録を作成することが最低条件。

これに当然様々なトラブルがミックスされて文字通り休む間もないのです。

このような現実の中で「マンション管理員」のお世話など(したくても)できないよ、というわけです。

このような状況下、私たち「マンション管理員」とりわけ新人管理員はプレッシャーの無い奇矯な感覚と心細さの中で大海に船出するのです。


 ★「マンション管理員」の家計

もともと「マンション管理員」についての書籍が非常に少ない現状の中で更に突っ込んでその家計にまで考察(大袈裟ですが)した本は私の探した限りでは、ありませんでした。

実際のところ私自身も原稿を書きながら色々と思うところあり、当初は予定をしていなかったのですがこのような項を加えた次第です。

この本の冒頭でも述べましたように「デフレからの脱却」を掲げて奮闘する現安倍内閣の政策的柱のひとつに「高齢者の雇用促進」があり、私見ではありますが、その具体例のひとつとしての「マンション管理員」は日本全国のマンション総数を勘案すれば現在も今後も雇用の大きな受け皿になり得るものと確信しています。

それをさらに広義に解釈しますと「ひとりの女性を知ることですべての女性を理解できる」の格言?通り、「マンション管理員」の家計状況を垣間見ることによってそれは他の「高齢者が就職可能な仕事」をお選びになる際のヒントになり得るのではないか、という直観めいたものに繋がりました。

さて、大の大人である「マンション管理員」はいったい全体こんな安い給料でどうやって暮らしているのでしょうか。

①共稼ぎ

のっけからこれでは身も蓋もないものですが「生涯独身!」という誇り高い殿方もちょっと待って下さい。②も③もありますので。

別に亭主の稼ぎが月に百万円あっても働き者の奥さんであれば子育て一段落と同時に社会に復帰したいですよね。

亭主は妙なプライドに捕らわれず子育てを分担してむしろ稼いでもらえば良いと思います。

少子高齢化社会の我が国に於いて、女性特に社会人の経験がある女性が結婚し家庭に入ったまま「出てこない」というのはやはり国家的損失ではないでしょうか。

夫婦共稼ぎ、ダブルインカムという形態は恥ずかしいものでは決してなく、むしろ望ましい形であります。

子供がいる場合に「寂しい思いをさせてしまう」というマイナス面が事実としてあるものの長ずれば一生懸命働く両親の姿から奮起して人生の難局を打開する事例も多く存在します。

②持家の処分

これまた①にも増して場違いな「提案」ですが、バブル崩壊後の我が国で金融機関が巨額の不良債権を放棄して「身軽に」なる前提として、先ずは「公的融資」ありきだったのは周知の事実ですが、その陰に主にサラリーマンに対して貸し付けた住宅ローンという手堅く美味しい収益基盤がありました。

私自身も一方の当事者として十七年間一度の事故も起こさず、累計で約二千五百万円を振り込み続け(まあそれは契約ですから別に文句ではありませんが)地価は上がるという「神話」が崩壊した時点でその後の十三年という「時間と自由」を手に入れる為に家人と相談して「処分」を致しました。

しかし「持ち家」処分は良いとしてもその晩から一家はどこで暮らすのでしょうか?

アイデアとしては賃貸物件で暮らす、が一つ有ります。

各自治体の補助付き賃貸物件など以前に比較すれば手厚くなってもいます。

そしてもう一つはご夫婦どちらかのご実家での同居という選択もあると思います。

案外年老いたご両親若しくは独居の親御さんは同居の提案を喜んで頂けるかも知れませんよ。

要はプライドを捨て、少ない年収でも生きていけるモデルを再構築するんだというご自身の「思い切り」があれば後はケースバイケースではないでしょうか。

③多少の貯えを切り崩す

貯えなどがあったら苦労はしないよ、とため息を付かないで下さい。

子供のころ「ため息を付くと幸せが逃げるよ」って教えられませんでした?

ここで申し上げる「多少の貯え」とは貴方や配偶者の預貯金のことばかりではなく、ご両親の遺産であったり遺族年金であったりそのご家庭のそれぞれのご事情の中「オールジャパン体制」の柔軟な発想でお金の有難みに感謝し現実に今とこれからを生きていくために役立てるということです。

④年金を当てにする

もし貴方が既に年金受給者であるのであれば既に豊富な知識をお持ちでしょう。

「マンション管理員」を含めて高齢者の従事出来る仕事は「その給与だけでは食っていけない」という金額です。

貴方のお勤め先の管理会社の雇用形態が不明ですが、平均的な例として「六十五才定年でその後は七十才を上限としての相談」というものであれば実額の差異はあろうとも「マンション管理員」の給与と年金との合算で「贅沢を考えなければ食べていける」のではないでしょうか。

以上、例えば「①と②との組み合わせで凌ぎ、④の援軍を待つ」など実際にそのような組み立てをされていらっしゃる方も「マンション管理員」の職種に限らずおられると思います。

一方、「①~④のどれにも当てはまらない俺はどうなる!」とおっしゃる貴方。

人生は自己責任の産物です。

誰も分からない貴方の人生の「総棚卸」を行って人生の軟着陸をもう一度想定して下さい。


 ★それぞれの目標を

確かに「歩合制」の営業職やそこまでではないにしても「予算達成」がボーナスに大きく反映される「成果主義」に慣らされた多くの人々にとって或いは私自身にとって、「マンション管理員」の仕事というのは新鮮です。

もうこれからは日曜日の夜に「サザエさん」のエンディングソングを聞いて明日の販売会議の「憂鬱」を連想しブルーになることはないのです。

素晴らしいことです。

おまけにと言っては申し訳ないのですが「しかもお給料を頂いて感謝される仕事」なのです。

多少の給料の安さなど如何ほどのことでしょう!

しかし、人間というのは易きに流れるもの。

油断していますと「昭和の管理人さん」のようにちょっと掃き掃除と巡回をしてだいたいは管理室でお茶飲み、という「自分の世界」に入ってしまう危険性があります。

前述しましたように直属の上司(課長、支店長)は月次会議で見かける程度、担当のフロントマンでさえも理事会以外は現場には来ないという現実の中でまあ本人のせいだけではないのですが・・。

そこで私は私たち「マンション管理員」はそれぞれが管理業務に関わる個人的な目標を持ってそれに努力、工夫をしていくべきであることを提案致します。

それは同じマンション管理の現場の中で自分の価値を高めることに繋がり、具体的には収入を上げていくことにもなります。

詳しい経緯と結果は次項で述べますがこれは過去に私自身が収入のアップを目指し「管理業務主任者試験」に挑戦し、また有力コンシェルジュサービスの会社の公募に応募しスーパーバイザーとなった事実が証明するものです。

正に「ドアをノックする者に道は開ける」のです。


② 管理業務主任者試験


★必要かつ十分な国家資格

「管理業務主任者」という国家資格は分り易く言えば「マンション管理の宅建」というものです。

「宅建」つまり「宅地建物取引主任者」が不動産売買の専門家、有資格者の証」ならば、「管理業務主任者」はマンション管理のエキスパートということです。

具体的に管理会社が管理委託契約を管理組合と締結或いは更新するに際し、重要事項説明を行い同文書に署名押印するのは「管理業務主任者」の登録をした者でなくてはいけません。

そのような位置付けが「宅地建物取引主任者」いわゆる「宅建」と同じようなイメージに重なります。

実際、試験の合格ラインも「宅建」が上から十七パーセント以内が合格ならば「業務主任者」は二十パーセント以内が合格。

つまり「宅建」が受験者六人にひとりの合格ならば、「業務主任者」は五人にひとりという具合です。

さて、マンション管理の現場に於いてはもう一つ「マンション管理士」という国家資格があります。

その違いは何か?と問われた時、何とお答えしたら良いでしょう。

大雑把に分ければ「管理業務主任者」が管理会社に雇用されるサラリーマン(主としてフロントマン)に必須な資格であるのに対し、「マン管」と略される「マンション管理士」は管理組合にアドバイザーとして雇用される居住者サイドに立ったプロフェッショナルとなります。

更にこちら「マン管」の合格ラインは非常にシビアで上から八パーセント。十五人にひとりの合格!となります。

但し、「マンション管理士」は例えば「医師」や「弁護士」「税理士」のような「独占資格」ではない為管理組合を顧客とするコンサルタント業を独り占めすることは出来ません。

それでは何なのか?となりますが「名称資格」と言いまして「マンション管理士試験に合格した者以外の者がマンション管理士事務所の看板を出すことは禁じられている」わけです。

逆に「管理業務主任者」試験合格者や登録者が「マンション管理“コンサルタント”」という名称で管理組合に売り込みを掛け、契約することは可能です。

何れにしても一番大切なのは「しっかり勉強してお客様である居住者の期待感に応える」ということでしょう。

そのような観点から考えますと、「マンション管理員」と言えども「もし居住者から何らかのマンションに関する問い合わせがあった場合に正確に回答できるように」合格するかしないかは二次的な問題として勉強する価値はあります。

更に申せばマンション住民の皆さんにとって営業担当者であるフロントマンとは別に「毎日管理室に出勤して清掃からクレーム対応まで行っている管理員」が「管理業務主任者試験合格者」であれば現実問題として心強いものであり、管理会社もアドバンテージとなり得るものです。


 ★私の受験体験記

私は三度目ならぬ四度目の正直で「管理業務主任者」試験に合格致しました。

現在そして将来私と同様に日勤若しくは夜勤或いは住み込みで「マンション管理員」として働きながら合格を目指す方々の少しでもご参考になればという意味で恥を忍び体験記としてお伝え致します。

①初回こそがビックチャンス

私の初回は平成○○年十一月、この仕事に初出勤するタイミングで受験しました。

ご推察の通り事実上の初回である次年の受験に際し戸惑わないように文字通り「雰囲気に慣れるため」だけに九月の時点で申し込んだものです。

試験場は都内のR大学。

予想に違わず中高年の受験者が多く極めて地味な印象を受けました。

ほとんど勉強らしい勉強もせずに臨んだものですから二時間という時間が手持ち無沙汰であったと共に「一般的な常識があれば少しは回答できるのでは?」などという甘い考えは通用せず「全く見当も付かない」問題ばかりでした。

四択といってもこれは容易でないな、と感じただけでも受験した意義はあったと思います。

そして翌週には前述の通りマンションの現場に“初出勤”し、年明けの三月に大手の資格取得専門予備校の夜間コースに入校しました。「生講義」と「テープ学習」を組み合わせて、平均一日五時間は机の前に座ることに。

正直なところ大学受験以来約三十年振りの本格的な「勉強」でしたので机に向かうだけでも苦痛、という情けない状態からスタートしました。

しかし自分で決心し「やる」と決めた事、仕事場も夜間の専門校も学習内容も全てが新しいフレッシュな環境の中、私はハイテンションで業務に勉強に励みました。

事実としてその年の十二月の二回目(事実上の初回)の試験は合格ラインに二点届かず不合格。

大いに落胆したものですが後で思えばこの一年間の勉強が正に知識の基盤となって四回目の試験の合格に繋がりました。

②谷あり谷あり?

時系列で経過を述べれば、その次の三回目の受験の時は「コンシェルジュサービス」の会社に転職したタイミングであったこともあり、先ずは絶対的な勉強不足に加え、コンシェルジュのマネージヤーとしてクレーム対応に追われていました。

試験当日も試験会場であるA大学に入場する直前に駅の公衆電話(携帯では延々と話すことになる為敢えて公衆電話を使用)でお客様とのクレーム対応を終え試験会場に入ったものです。

結果は三点差で不合格。

この辺りが胸突き八丁で「俺には向いてないなこの試験」とか「別に今更フロントマンになりたいわけではないし」などなど弱気の虫が騒ぎ出します。

悪いことに不合格後の二月に実父が逝去し母親も倒れて入院生活となった為せっかく入社して軌道に乗ってきたコンシェルジュサービスの会社も退職せざるを得ないことになりました。

③背水の陣

その後認知症の診断も出た母親の介護を自宅で行いながら「背水の陣」で独学にて受験勉強を再開しました。

この時は三年前からの基礎学習の上に三年分の過去問を「三回廻し」行い、絶対の自信を持って臨んだものです。

当日はコンディションも良く「負ける気がしない」とリングに上がった挑戦者の心境でした。

そして全五十問の問題は何と一時間半ですべて終了し「分からないと思った問題は七問」のみでした。

読者の皆様はこのアトの展開をどう想像されるでしょう?

私は残りの三十分で止せばいいのに全問の「見直し」を始めてしまったのです。

結果「あれ?あれ?」の連続となり「なにがなんだかわからなくなってしまい」半分以上の回答を書き換えてしまいました。

その日の夕方、予備校での模範解答会に参加はしたものの惨憺たる結果にすっかり打ちひしがれて帰路についたものです。

④自然体

新年の一月の発表で当然の不合格となりましたが母親の回復という朗報もあり再度原点に戻りマンション管理会社への就職活動を開始しました。

そして出来るだけ条件の良い日勤管理員を探すべく地元のハローワークに毎日のように通ったところ「タワーマンション 防災センター 現地フロントマン」しかもドアからドアで一時間という「打ってつけ」の公募でした。

給与も直近のコンシェルジュサービスのスーパーバイザーとほぼ同額で営業職時代の約半分というものでした。

自慢ではなく何とか二十倍!の関門も突破しての合格は三度に渡る面接で管理業務主任者試験への挑戦が評価のひとつになったものと思います。

実際、同社に入社し直ちに四百戸三十八階建ての大型タワーマンションで日々の多彩な業務を遂行する中で管理業務主任者試験の勉強で得た知識は私を守ってくれました。

そしてついに四回目の試験を迎え、過去問とサブノートの読み込み、加えて予備校の直前模擬試験のみ三回を参加し、静かにじっくり備えました。

結果はその年度の合格最低点の三十四点でギリギリ通りました。


 ★試験合格の具体的なメリット

自分自身の場合、管理業務主任者試験合格時の現場は前述の通り大型タワーマンションの防災センターであり現地フロントマンの一員でしたが本来の主務担当フロントマンは支店より派遣されており私の立場では「資格必須」ではありませんでした。

従って敢えて「登録」はせず、結局今日現在も「管理業務主任者試験合格者」としての立ち位置で仕事をしています。

一般論として、一介の「マンション管理員」であったとしてもマンション管理業界に於ける基本とも言える国家資格試験の合格者であるという自信は貴方の誇りと働き甲斐を別次元に引き上げてくれると私は思います。

①居住者の皆様へ

合格した時点でのマンション管理組合理事会の理事長、副理事長は理屈抜きで本当に喜んで下さいました。

取り分け理事長は「管理会社は掲示板に合格証(のコピーを)貼り出して、このマンションを重要視して優秀なスタッフを勤務させています!とアピールするべきじゃないか?」とまでおっしゃって頂けました。

当の管理会社が乗り気でなかった為実現は致しませんでしたが、営業の世界では「重要顧客には腕利きの担当者を充てる」というのは当然過ぎる常識であり、一代の経営者でもあった同理事長のお考えは私には良く理解出来ました。

実際のところ、居住者の皆様に告知などしなくても、ご相談を受けた際の的確な回答は(ミスリードによる混乱を防ぎ)物事を平和的に解決するという観点から「毎日のように役立つ最大級の武器」です。

具体的には、前述しましたように各住戸のMB(メーターボックス)の違反使用は「そのことが違反であると共に地震等に揺れによる計器、パイプ類の破損事故の要因になる」こと以前に「先ずはメーターボックスは共用部分ですから」と明確に自信を持って言い切れる知識が必要です。

これはバルコニー然りアルコーブ然り自転車置場も同様で「お客様、ここに私物を置いてはいけないんですよ」とソフトにご注意出来る背景を持たなくては居住者の信頼は得られません。

つまり「何人も法の下に平等」と同様に「規約・使用細則の下に平等」なのですが肝心の規約、使用細則を理解出来る素地がやはり地道な(受かる受からないは別として)管理業務主任者試験の勉強によって初めて身に付くものだと思います。

②対外的に

居住者の皆様は「身内」と考え、その他のマンションに関わるデバロッパー、ゼネコン・サブコン各社、設備点検会社、不動産仲介会社、運送会社、引越し専門会社、内装会社、等々。

更には警察関係の捜査官、巡査の方々。

これらの皆様と対等の立場で打ち合わせをしてトラブルを解決する或いはそれ以前に未然に解決する、となりますとやはり素人然とした「昭和の管理人さん」では難しいものがあります。

特に管理業務主任者試験には「民法、区分所有法」等の法務関係が重要な配点科目となっており必然的に勉強しますので力が付きます。

また、私としてはそれまで全くなじみのなかった「設備」も一通りの専門用語を学習することにより建設会社の方とも臆することなく会話が可能となるものです。

予備校に通いだして間もない頃に修繕の会社の方と現場を立ち会いながら何気なく「踏みずら」と「蹴上」という単語を口にしたところ非常にびっくりされて「何の資格をお持ちなんですか?」と態度が一変されたことがありました。

また、騒音や漏水或いは悪臭など居住者からのクレームに対して最終的にはゼネコン、サブコンの技術者の方々に原因や因果関係を解明して頂くにしても、現場を預かる責任者としてある程度の「推測」を持つべきだと思います。

その基礎として所詮テキストブックの世界とは言え「知っている」のと「知らない」のでは大きな違いがあります。

③管理会社社内

「マンション管理員」とはマンション管理会社にとってどういう存在なのでしょうか?

チェーン展開している小売店で申せば「店長」という存在であると私は理解しています。

もし貴方がチェーン店の「雇われ店長」の立場ながら「顧客満足」と「売上・利益」の向上の為に「自腹」で専門予備校の夜学に通い仕事に役立つ国家試験に挑戦する人間であった場合、会社は貴方をどう評価するでしょうか?

一般的な大手、中堅のマンション管理会社であれば資格を取得された暁には「奨励金」や「報奨金」の類が用意されています。

特に管理業務主任者試験は前述の如く必要且つ十分な内容の試験であるので推奨されている会社がほとんどでしょう。

但し、「奨励金」や「報奨金」を頂くとなりますと登録が前提となりますので些か面倒ですが。

更に貴方はこの資格の試験勉強をしている、若しくは試験に合格した場合会社や直属の上司、担当フロントマンに対して一種の優位性を持つことが出来ます。

例えば総会の案内はそのマンションの規約では「開催の何日前までに発さなければならないか」となっているか。或いは「区分所有法の定めで発するのか」など貴方が現場に於いて担当フロントマンに確認することも有り得るのです。

その他設備点検会社やリフォームで出入りする内装会社などに「何をどこまで注意して指示、指導するのか」はもし貴方が何も分からずフロントマンの指導も無い場合トラブルになってしまう例も数多くあります。

正に“地雷を踏んだ管理員”ですね。

気を付けましょう!

④自分自身

五年も六年も経ちますと感激も薄れ、ただただ管理員としての日常業務を遂行する毎日ですが、やはり毎年十二月第一日曜日の頃になりますと失敗の連続であった受験のことを思い出します。

大学を卒業以来と言うより生まれて初めて取得した国家資格という感激は自らが望んで人生後半を賭した選択であったことも含めて大きな自信となりました。

①~③のように相手がいる際の「具体的なメリット」というものはその相手からしてみれば「実は何とも思っていなかった」り「どうでも良いここだった」りするのでしょうが、自分自身の人生に於いて「自信が涌いてきた」や「モチュベーションが上がった」ことは掛け値なしに大きなメリットになったと確信しています。


 ★顧客にもたらす安心感

私たちマンション管理に携わる者は物販業者のように便利な最新型の商品を提供してお代金を頂くものではありません。

例えて言えば「マンション管理員」は客室乗務員のようにたまたま乗り合わせた旅客機(私たちの場合はマンション)のお客様が快適且つ安全に過ごせるように業務を遂行することと、更にその旅客機(マンション)がキチンと定期的に点検されるようスケジュール管理し、整備に立ち会い経年劣化を防ぐという、二大要素が求められています。

このようなマンション管理の「ソフト」面と「ハード」面に於いて管理業務主任者試験の科目はそのどちらにも横断的に関わる故に合格する以前の勉強の段階で既にお客様のお役に立つケースが多いものです。

①ソフト面

マンション居住の皆様の圧倒的大多数の方々は「管理規約・使用細則」を熟読などされてはおりません。

私たち管理員がその存在意義のひとつとして「歩く使用細則」なのです。

なにも「全文丸暗記して毎朝復誦すること」などとナンセンスなことを申すものではありません。

が、「そんな堅苦しいものは読むのが億劫」と敬遠してそのまま、は「マンション管理員」としていかにも不味いですよ。

「臨機応変に」とか「アドリブで十分」とかおっしゃるうちにいつか「地雷を踏んでしまう」管理員がいかに多いことでしょう。

管理業務主任者試験の勉強で私が「なるほど」と思った事例は沢山ありますが、総じて言えることは「原理・原則を基本とする」ということでした。

例えば「特別法優先」という考え方があります。

マンションの管理業務を遂行する上で「これはどう考えたら良いのだろう?」と判断に迷った時、「民法より区分所有法を優先する」ということになります。

更に「法」ではありませんが「区分所有法よりも管理規約が優先」となります。

この「方程式」を知らないままに何年もそのマンションで管理員をやっていても「(事の本質を)何も分かっていない」ということになってしまいます。

そしてここからが大事な実戦ポイントですが、民法も区分所有法も管理規約も使用細則も理解した上で「自分の管理員としての責任を負える範囲」で「柔軟に対応」するのです。

車寄せの無いマンションでサブエントランスの敷地内に居住者を送迎する車が来棟した場合、先ずはキチンと会話を交わし「本来敷地内に駐停車のスペースはありません」「ドライバーさんは車から離れないで下さい」「十分以内とさせて頂きます」という分かり易い約束事を条件に許可することは可能です。

これは、駐車を見咎めた他の居住者からクレームになった場合に「規約・使用細則を遵守し尚且つお客様のご要望に対応致しました」として対抗出来るものです。

もう一つ申せば私が予備校で講師の方から学び忘れられない言葉として「リーガルマインドとは弱者保護である」があります。

確かに毎日何時間も慣れない法律の条文と格闘し「いったい何でワザとのように分かり難い言い回しをするのか?」と腹の立つ毎日ではありましたが講師の方の示された「法の精神」の片鱗に触れたことにより(根が単純なものですから)「なるほど!そうなのか」とモチュベーションが上がったことを憶えています。

特に私たちの仕事はサービス業であり、居住者及びゲストの方々に規則を固く守らせるということが目的ではなく、公平性の原則に逸脱せぬ範囲内で柔軟に運用してスムーズに対応するということが重要だと思います。

②ハード面

マンションの経年劣化を可能な限り防ぎ、資産価値を維持するにはしっかりとした中長期修繕計画を基本に優秀な施工会社に良心的な作業を実施させなくてはなりません。

その「タクト」を振るのは管理組合でありその期の理事会という考えが「正解」です。

私たち「マンション管理員」は日常の保守・点検を十全に行い、定期保守点検及びスポットの修繕に立ち会うことでノウハウを学習する気持ちを持つことが大切です。

とは言っても点検会社の技術者に毎度毎回ついて回るのはお互いに非効率です。

従って自分なりにポイントを見定めテーマを決めて勉強させて頂くことをお薦めします。

特に前職がメーカーの工場で活躍されていた管理員の方もいらっしゃると思いますが一般的には「建設や設備には素人」という方が多いのではないでしょうか。

私も最低限の勉強は管理業務主任者試験の中で行ったのみです。

実は私には設備点検に於ける苦い経験があります。

忘れられないその「失態」は「マンション管理員」になって半年程経った時に訪れました。

その日は「停電を伴う電気設備点検」という重要なスケジュールになっていました。

何しろ見るもの聞くもの初めてだらけの管理員の毎日の中で全てを個人営業の電気保安の点検会社社長に「お任せ」でスタートしました。

後から冷静に考えてみれば、リプレイス物件の初年度なのですから実はその社長も(当然)慣れててなどいたはずもないのですが人件費を節約してアルバイト一名をのみ引き連れて来棟、どんどんと電気を落として回りました。

そしてちょうどお昼に差し掛かる頃突如警報が発報し五階建ての重厚なマンションの全館にサイレンが鳴動したのです。

管理室内で待機していた私はすっかりパニックを起してしまい狭い管理室の中の旧弊な警報監視盤の何をどうしたらこのサイレンを止められるのか?も分からなくなってしまいました。

慌てて屋上か地下から戻って来た「社長」もほとんど同様で「まいった。困った」と言うばかりです。

そして不味いことにご在宅の居住者が「何事か?」「火事ですか?」などと騒ぎ出し、何人もが一階の管理室に来られてしまいました。

私はと言えば正に「木偶の坊」という有り様で頭の中は真っ白という状態でした。

その内に管理室に入って来られた中年の奥様が「これじゃないでしょうか?」とおっしゃりながら警報盤を操作してサイレン音を見事に止めて頂けたのです!

多少オーバーに申せば「地獄で仏」。

シャレではなくその奥様が光輝いて見えたものです。

今となってはそのサイレンがどのくらいの時間鳴り響いていたのか?わざわざ管理室に入ってまでそれを見事に止めて頂いた居住者の奥様に私が何とお礼を申し上げたか?などは都合良く忘れてしまいましたが「とんでもないことになってしまった!」という「冷汗三斗」の感触は憶測に残っています。

逆にこのような失敗があったからこそ、自分の苦手な建設、設備の勉強に力が入ったのかも知れません。

ここで私は読者である「マンション管理員」の皆様に「防災センター要員」資格の受講をお薦め致します。

確かに管理業務主任者試験の中の建設、設備は「知っておいた方が良い」「このくらいは知っておくべき」の観点から非常に効率良く学べるものです。

しかし座学であり暗記を含めた建築、建設関連知識がメインです。

それに対して防災センター要員資格の受講講座は大きなサイレンが鳴り響く中、他の受講者とチームを組んで本火災の鎮火に当たるというロールプレイが「模擬体験」として本当に役立ちます。

安くはない受講料(初回三万円)ですがあれだけの大音響を経験した者であれば担当物件の現場でも徒にパニックに陥らず沈着冷静に

判断、誘導が出来るでしょう。


③ 缶コーヒー「某」CM


 ★TVコマーシャル

平成二十四年一月初頭に缶コーヒー「某」のTVCMでなんと「マンション管理員」のショートストーリーがありました。

こちらから見れば他愛の無い(失礼)正にコマーシャルフィルムというものでしたが一般の視聴者にはどう映ったのでしょう?

私は冒頭の新人管理員役の宇宙人J氏のナレーションで「この惑星の住人は定年後も働かなくてはならない」という掴みが非常に良く考えているなあと感心してつい引き込まれてしまいました。

と同時に「マンション管理員」イコールのんびりした定年退職者の茶飲み仕事と古いステレオタイプに固執せず、ストレスのある結構な激務と正確に表現しているにはちょっと驚きました。

だからこそ「ほっとした場面で缶コーヒー」というオチに繋がるわけですが。

何れにしても地味なじみーな「マンション管理員」がメジャーなCMの題材になるという、これもご時世なんでしょうね。

「えー、そんなコマーシャル見てないよ」とか「我が家は国営放送だけなので」とか理由は様々に見逃した缶コーヒー「某」の「マンション年始篇」を軽くおさらいしてみましょうか。


中規模ファミリータイプマンションの管理員であるK氏と新人管理員(研修中?)のJ氏は、騒音の苦情の解決に出向き、バルコニーで行われているバーベキューを中止して頂き、更に自転車置き場の蜂の巣の駆除!と奔走して結構なお疲れモードです。

そんな新年の夕刻、やっと一息を入れていたところまたもや「管理人さーん」の声が。

ついつい「こんどはなんですか?」と受付窓口にて対応したところ、母親に連れられた小学生の女の子が。

母親が「管理人さん、今年もよろしくお願いします」そして女の子からは「いつもありがとう」とお礼の言葉を頂きました。

何とも嬉しげな表情で「こちらこそ」と返したK氏。

そのやり取りを見ていたJ氏は「ただ、この惑星では、どんな仕事も誰かの役に立っている」と心の中でつぶやき、K氏とJ氏で夜空を見上げながら缶コーヒーを飲むのでした。


ざっとこのようなCMでしたが私は「マンション管理員」の現実の一部分を良く表現していると思いました。

少なくとも「警察ドラマ」で必ず合鍵を持って自由に刑事さんと容疑者の居室に入ったり、問わず語りに過去のトラブルをおしゃべりしたりして「そう言えばこんな事もありましたねえ」などとやたら個人情報を開示する管理人さんよりも数段現実味がありました。


 ★イメージと現実のギャップ

実はこのCMには冒頭部分で管理員K氏が新人さんのJ氏とお昼ご飯を食べながら「手に職があるわけでもなし、何の取り柄もないんですよ」と愚痴めいた語りをするところがあるのですが、この辺りもこれから「マンション管理員」の募集に応募してみようかなとお考えの方には頷けるセリフだったのでしょうか?

確かに今までご自分が「マンション管理員」に対して持っている「技術や資格は不要」「特技も要りません」というイメージは結論から申せば、そうとも言えますし、そうではない面も多いです、となりますね。

以前「デモシカ○○」という悪意を含む言い方が流行った時代がありました。

自分には技術や資格もないので「マンション管理員」にデモなるか。

または、取り柄も特技もないので「マンション管理員」ぐらいにシカなれないよ。

実は私自身からしてそうでした。

五十才前後の営業経験者と言ってもハローワークの検索パソコンでは「ヒット」しませんよね。

ですからスタートは「デモシカ」で結構だと思います。

首尾良くどこかの管理会社に採用されたら夜勤でも日勤でも“とにかく川に入って泳ぎだすこと”が大切です。

ほぼ毎週の日曜日朝刊の「マンション管理員 五十名大募集!」という求人広告に対して、

余程需要があるのだなと感心するも良し。

逆に、なんぼなんでもこれは多過ぎる。きっと管理員としての定年退職という理由以外に多くの人が依願退職しているのだろう、という推察もまた当然です。

「マンション管理員」という仕事は極論すると配属された物件毎に労働の条件や内容が大きく若しくは微妙に違い、私たち管理員自身の個性と相まって働き甲斐を感じたり、「地雷」を踏んで自主退職してしまったりと本当に「捉えどころがない」面があるのです。

この缶コーヒー「某」CMの管理員K氏のセルフは、実際「謙遜タイプ」の方も多いので全体のトーンとして私は間違っていないと思います。

更に、このCMの最後のJ氏のつぶやきで「ただ、この惑星では、どんな仕事も誰かの役に立っている」というセリフについてインターネット上で少々ご意見があったようです。

すごく単純化してご紹介しますとある方は「マンション管理員の仕事を見下している」ということになり、違う方は「感動的」というご意見です。

せっかく「見下している」と憤慨して頂いた一部の方には大変失礼ですが、少なくとも私は現役の「マンション管理員」として広告制作の方々に「どんな仕事でも」というキャッチコピーを振られても「上から目線でけしからん」とは感じませんでした。

と同時に「役に立っている」と持ち上げられても、仕事ですから「これでお金を頂いていますので」としか答えようがないですね。

むしろ「見下されている」と感じるのであれば、私は管理会社の中、つまり自身の勤務している社内でこそ、清掃員も含めた「マンション管理員」はヒエラルキーの最下層に位置していると思います。

実際のところ「マンション管理員」という面々は玉石混交、中には向上心もまるでなく会社から指示されたことを波風立てずに遂行さえしていればそれがお客様である居住者の利益に繋がろうと不興を買おうと関係ない、という割り切りの方もいます。

「安い給料分だけを働き、ただただ残りの人生を流して生きたい」という考えも人それぞれなので誰も否定は出来ませんが。


 ★現場の醍醐味

好むと好まざるとに関わらず、私たち「マンション管理員」は担当マンションを「任された形」になり、職責上の権限は殆ど持っていない反面何らかの失敗やトラブルがあった時の責任だけは被る、という図式になっています。

この「事実、現実」に対して「マンション管理員」の対応は大きく二手に分かれて行くものです。

先ずは過半数の管理員の行動は、前述の如く「既に第二、第三の職場なのだから会社に言われた通り仕事して波風立てないようにしていればいいのでは?」というものでしょう。

この背景には平均的な「マンション管理員」の定年である六十五才時に「あまりうるさくいう人間は嘱託として残りたいと希望しても会社から拒否されるのでは?」という哀しい計算も働いています。

そしてもう一派、少数派ながら、面前でもメールでもフロントマンや所属長或いは本社人事部管理職にまで「物申す」人々です。

私はかれこれ十三年もこの仕事をして参りまして、しかも会社を変わること十三年の間に三回。

業界内の経験を踏まえた現在の私の考えは、「担当しているマンションに内在する問題を先ずは自分で感じ、自分で考え、そして解決策も自分で考案し」そのアイデアを担当フロントマンに提案する、つまり「フロントマンをこちらが動かす」ということです。

「安い給料でそこまでやってやることないよ」というご意見も管理員仲間から多く頂きましたが、お客様である居住者の皆様の満足を得ることがサービス業である「マンション管理会社」の正しい姿であり、個人的にはそこに「醍醐味」を感じる次第です。

社内的なヒエラルキーの最下層に位置しながら担当マンションという客船を安定的に運航し、日常の航海の中で次の波を読み切り、何事もなかったように進むその「醍醐味」は、事前事後の報告をメールで読み理事会と総会にのみ書類を山のように作成して来棟するフロントマンには残念ながら味わえないものでしょう。


 ★そして現場の葛藤

マンション管理会社のみならず経営者が心を砕くのは「顧客満足の向上」だと思います。

そして現場に派遣されている「マンション管理員」は会社の先兵であることを十分に自覚しフロントマンに報告・連絡・相談を絶やさず行い、同フロントマンからの的確な指示を実践するように、となっています。

この流れは何故滞るのか?

フロントマンが動かない、或いは動きが遅い或いは管理員とのコミュニケーションが取れていないという場合が非常に多いのが事実です。

尤も、現場の「マンション管理員」が全く見当外れの提案をする場合もありますが、それはそれで指摘を受ければ改めるものです。

私の実体験の中でも何を報告しても提案しても反応がなく、それが一、二か月続いた後に出社拒否となりその後退職したというフロントマンが二名もいました。

もともと性格的に不向きであった。

担当マンションの数が二十棟近かった。

などなど同情すべきところが確かにあったものと思われますが、それにしても現地には一切事情は説明が無くこの辺りもヒエラルキーの底辺と考える所以です。

現場の「マンション管理員」は知識も経験も乏しい中でも何とか居住者の期待感にお応えしようと積極的に清掃、巡回、点検を行い、呼び止められた居住者の「ご意見、ご要望」には基本的に「何とかしよう」という気持ちで先ずは受け止めます。

しかし肝心のフロントマンが多くは「多忙」を理由に先延ばし“戦術”を採りますね。

“自然治癒”する病気ならばそれも見識なのですが、使用細則違反を繰り返す居住者は一向に改心いたしませんし、ディスポーザー槽内で卵が孵化して湧き上がるショウジョウバエは汚泥を引き抜かなくては根絶しません。

「結果が分かり切ったことに何故営業担当者(フロントマン)は手を打たないのか?」

現場は否応なしに「クレームの発信者」である居住者と日々顔を合わせ「言い訳」に終始しているのですが、フロントマンは間接的に報告を聞くだけだから、つまり臨場感に欠けるからなのでしょうか。

お客様である居住者のご不満やご不便を理事会の皆様と協議し、或いは問題の先を見越した解決の提案を理事会に於いてご検討頂く。

この循環が滞ってしまうことが「顧客“不満足”」の最大級の要因と言えるでしょう。



第6章 プロフェッショナル


 ① お客様の資産を守る


 ★究極の顧客満足

マンション所有者の「究極の満足」とは何でしょう?

いくつかのマンションの現場にて多くのお客様と接して参りましたが、やはり「買った値段より高く売れたよ!」ということが「究極の顧客満足」と言えるのでは?と思うに至りました。

逆説的に申せば、マンション管理会社はハード、ソフト共に「資産価値が落ちないマンション管理」を目指すことによって区分所有者の高い評価が得られます。

日常清掃、特別清掃、規約・使用細則の遵守、年間設備点検の実施と検証、大規模修繕そして中長期修繕計画の準備と実施、これらは現在お住まいの方々の快適な生活空間の維持の為であると同時に「いざ売却」という「その時」に備えるという意味でもあるのです。

もちろん、景気の変動による地価の下落というタイミングでは図抜けて高値で売却、とは難しい面もありますが「スラム化」を防ぐことによって同じ地域の同程度の築年数、グレードのマンションよりも有利な条件で売却することが十分可能です。

私たち「マンション管理員」は管理の現場のプロフェッショナルとして、自身の担当マンションを「買った値段(若しくは以上)で売却できる」マンションとするべく行動の優先順位を定め、フロントマンそして管理組合と連携する努力を欠かさないことが肝要です。


 ★時には“外敵”との闘いも辞さず

“外敵”とは穏やかではありませんが、私たち「マンション管理員」の“外敵”と言えば筆頭はやはり「運送会社」、「内装会社」となってしまいます。

当然優良な会社とそのスタッフの方々が圧倒的に多数派なのは前提なのですが、失礼ながら「玉石混交」という事実もあります。

・ 「運送会社」とのトラブル例

「マンション管理員」としては勤務時間中に「運送会社」及び「引越会社」が来棟した際は、基本的に車両の駐停車スペース、動線、床養生、壁面養生、使用出来るエレベータの養生など一通りの説明をします。

その後、終了後に床、壁面、エレベータ内等のキズのチェックと対象フロアのエレベータホール、共用廊下に散乱したゴミの後始末を実施したかどうかをチェックする事が必要です。

個人的な経験では、どちらかと言えば「引越会社」よりも単発で来棟し大型の家具、家電などを短時間の内に台車で搬入して急ぎ次の配達先に向かう「運送会社」の方が注意を要す実例が多いという印象です。

事実として、「アッ」という間に対象階のエレベータホールを梱包材の発砲スチロール散乱状態にしたまま立ち去られてしまい、追跡して管理職の方と話し合いを行い、結論として今後(配達員が変わるであろうこと)も踏まえ、管理組合宛に「文書によるお詫び」を提出して頂いた会社もありました。

・ 「内装会社」との実例

登場回数は「運送会社」に比較して圧倒的に少ないのですが強烈な個性の俳優さんのような存在感を出すのが「内装会社」です。

リフォーム作業に伴う騒音と有機臭(塗装の臭い)が少なくとも二週間、悪くすると一ヶ月以上上下階と両隣の居住者を悩ませます。

「共同住宅なのだからお互い様」とおっしゃって頂ける居住者も「管理会社は知っているのか?」と苦情を申し立てる方も共にいらっしゃいます。

また、実例として躯体のしっかりした立地条件も良い中古マンションを転売目的で購入し、しかし管理組合には「自宅として使用する」と虚偽の申告をする不動産会社もあります。

このような会社は「思いっきり派手な」リフォームを一ヶ月程度で行う為関係会社の人の出入りも非常に多く混乱を招きます。

そしてインターネット等で宣伝し売り抜けるという次第です。

このようなケースでは残念ながら管理組合も規約・使用細則も有効な対策が打てず「マンション管理員」如きは相手にもされません。

しかし、以上のような「会社」はまだまだマシな事例です。

・最強の敵

やはり最強の「外敵」は区分所有者、賃借人を問わず、専有部分で「飲食店、エステ店などを開業している人たち」と言えるでしょう。

詳しい実例は差し支えがある為省略致しますが、インターネットで告知までされている「お店」が良く見てみたら「うちのマンション内だった!」ではシャレにもなりません。

建築基準法によって「住居専用」して認可を受けたマンションは住居以外の目的に使用してはいけない、のです。

このようなケースに遭遇した「マンション管理員」は管理組合理事会と管理会社のフロントマン、その上席と良くコミュニケーションを取り、注意深くしかし勇気を持って行動し

て下さい。

どうしても管理員は矢面に立つ場合が多いので「顔や名前が憶えられ易い」という事実があり、反社会的勢力に狙われる可能性もあります。

管理組合経由で紹介される所轄警察署の担当部署(生活安全課等)刑事とも連絡を取り合えるように携帯電話番号を教えてもらいましょう。

但し、焦る必要はありません。

王道は、理事会にて「このような専有部分の使用は認められない」という新たな禁止事項を使用細則に制定する案件をまとめ、総会若しくは臨時総会にて可決を目指すことです。

但し、身の安全を先ずは最優先して決して単独行動は慎むことが肝要です。


★ 完成度、熟成度

新築で管理開始となったマンションはそれで「完成品」とはなりません。

むしろ、それはハード、ソフト共に文字通りスタートという意味になります。

・ ハード面

建物は一応の完成となり、売買契約或いは賃貸借契約を完了された居住者の皆様が続々ご入居されます。

しかし、共用部分、専有部分共々に瑕疵や不具合が複数露呈し初年度はデベロッパーのアフターサービス部門は大忙し、というのが現実です。

一例を挙げれば、小は専有部分内のカーテンレールの曲がりから、大はメインエントランスの特大ガラスにヒビ!など。

新築でもちろん検査済みの物件であってもいざ生活がスタートしてから発見される不具合はゼロにはなりません。

そのような展開の中、誠実に対応してキチンとした処理を施す、或いは交換するものは交換するというのが一流のデベロッパー、施工会社であると言えます。

無理をして安値受注したデベロッパーは施工会社にも厳しいコストカットを強いている場合が多い為、アフターサービスの原資に乏しく言を左右に不誠実な対応をするものです。

当然管理会社も管理を請け負うことで善管注意義務が生じ、「マンション管理員」も含めて、建物及び設備等の異常、不具合について「分からなかった、気が付かなかった」では済まないことになり得ます。

・ ソフト面

マンション管理の主体は区分所有者の皆様です。

従って、管理規約・使用細則も先ずは標準的な内容に若干の個別の事情を盛り込んだものでスタート致しますが、総会の決議を経て、より区分所有者の皆様のご意向に適った内容へ変えることが可能です。

但し、規約の変更は大雑把に申し上げますとハードルが高い為、昨今は使用細則の変更によってマンションのルールを変えていく方法も選択されています。

マンション管理会社はマンション運営のプロ集団として、マンションの所有者の機関である管理組合理事会に正しくまた実現性の高いご提案をして話し合って頂くことが出来ます。

「マンション管理員」は現行の管理規約・使用細則が担当マンションに居住の皆様に不便であったり、改訂の余地がある前提で毎日の管理業務を行い、徒に「禁止です」を連発しないように考慮することが大切です。

このような地道な努力の積み重ねで区分所有者と管理会社の信頼が構築され、必要な規約・使用細則の改定も実施されていくことが理想です。


 ② 黒子に徹する


 ★ゴールデングラブ賞

読売ジャイアンツV9戦士の中心メンバーの一人として活躍し、その後は日本ハムファイターズのゼネラルマネージャーなどを歴任してチームを支えている高田繁さんが実は「マンション管理員」としての私の理想です。と言うとびっくりされる方、高田って誰?という方、様々だと思います。

「外野守備の達人」としてレフトとしてのゴールデングラブ賞を獲得すること連続4回!

更に長嶋監督の指名でサードにコンバートされるや慣れない内野手としても2年連続の受賞!

これだけの選手ですが派手さとかスタンドプレーは皆無でした。

ピッチャーが投げ打者が打つというその瞬間にボールの軌跡を予測し一歩を踏み出すという正真正銘のプロフェッショナルな姿にはアンチジャイアンツの私も唸ったものです。

私の思い描くマンション管理の理想も高田さんの守備のように玄人受けするプロの味わいを目指しています。

お客様である居住者からクレームを頂いてから「動く」などと言うのは正に愚の骨頂でしょう。

高田さんは実は相当の負けず嫌いで「天才」と言われるのが心外な「練習の虫」だったとのことです。

爽やかでソフトな外観に似ず「神宮のカモシカ」と呼ばれた明治大学野球部時代はあの名物監督の島岡“御大”に鉄拳制裁を食らわなかった唯一の選手だったという伝説もあります。

それはもちろん要領がいいのとは真逆で「やるべき事をキチンと手を抜かず行い」“御大”も文句の付けようがなかったからその必要がなかった、と言われています。

不断の努力があの何事もなかったようにレフトフライを捕球する姿の裏にあるのです。

高田さんの“ゴールデングラブ”をマンション管理の現場に於いてどのように参考にできるでしょうか。

先ずは専門職としての「マンション管理員」という職業に自覚とプライドを持ち、「練習は裏切らない」の言葉を信じて日々の業務と学習に努力することが遠回りのようで一番の近道かと思います。

打者が打席でボールを打つ瞬間に「一歩を踏み出す」という常人ではやはり真似の出来ない部分は、「これはそろそろこうすべきだな」と自分の知識と経験で感知するということに類似すると思います。

クレームが発生してから大騒ぎをし、緊急対応で訪れた工事会社のスタッフを叱責したりする姿は一流の管理会社そして優れた「マンション管理員」とは決して言えません。

超高級であろうとファミリータイプであろうと、マンションの居住者から「なるほど一流の管理とはこういうものか」と感じて頂けるのは「特に不満はない」という極めて静かな「湖面のような状態」を保つ努力をし続けることです。


★ ゲストの評価

マンションの居住者は、ご親族であり、ママ友であり、会社の同僚でありゲストをお招きになる機会が戸建て住宅より多いのではないでしょうか。

一般的に申せば、同じ地域の同程度の価格の新築マンションと戸建て住宅であれば、立地条件や外観、特にメインエントランスの豪華さに於いてマンションが有利と考えられます。

つまり、ゲストをお呼びし易い条件が揃っていると申せましょう。

居住者の側からすれば「いいマンションを買ったな!」「綺麗なマンションね!」というお声を頂き、消費者の心理として「購入が正解であったことを確認したい」というご心境となります。

但し、私たち「マンション管理員」はいつどこのお部屋の居住者がゲストを呼ばれる予定であるのか?について来客用駐車施設のご予約程度の情報しかありません。

当然ながらいつもコンスタントに日常業務、日常清掃を行い、その結果のひとつとして「ゲストの方からも高い評価を頂ける管理」を目指すということです。

具体的には、各所の清掃のみならず共用部分やエレベータでたまたまご一緒になった際の態度にもクオリティが問われます。

現代はインターネット社会であり様々な切り口で「見られ、試されて」います。

取り分け夜間管理員の勤務時間帯は居住者もゲストもお酒が入っている場合が多く、お顔の分からないゲストの方を「酔っ払いの不審者扱いした」というちょっと無理なクレームを頂戴した事例もあります。

この辺りの対応のコツは「居住者のゲストであろう」という前提で相対し、様子を聞きだすことです。

くれぐれも「ここはマンション敷地内ですので退去して下さい」などと厳しい言葉からスタートしないようにしましょう。


★ 慢心を戒める

マンション管理に限らず、何事に於いても「これでいいだろう」と慢心した瞬間から下降が始まります。

しかし、いつまでも新人のようなフレッシュな気持ちと繊細な感受性を保ちましょう!と言ってもそれはまた不可能というものです。

例えば、人様の大切なお金を取り扱っている銀行員の方々も「いつもビクビクしながら」お札の取り扱いをしていたら精神的に参ってしまいます。

どこかの時点で「大切な商品」として取り扱える分岐点があるのだと思います。

翻って「マンション管理員」は私のように業界内で転職する人間を除いたら、つまり同じ管理会社でのみ在籍していらっしゃる方々は事実上担当マンションの変更は少ないようです。

リプレイスや諸般の事情で担当マンションが変わるのは、実は「マンション管理員」にとって成長の大きなチャンスであり「慢心どころではなく」新たな担当マンションの全てに於いて自分自身のマンション管理知識を深める貴重な経験となります。

また、某大手新聞の家庭欄にて「マンションライフ」のアンケート調査を実施した際に「フロントマン」及び「マンション管理員」についてひとつ興味深い結果が出ていました。、

①「フロントマン」について

修繕の履歴などを知っている担当者であるのだから、頻繁に担当替えをして欲しくない。

これに対して

②「マンション管理員」

3年程度で交替でも良いと思う。

私の記憶が間違っていなければ、このようなご意見が掲載されており「なるほど」と妙に感心したものでした。

現在のマンション管理会社の人事ローテーションは殆んどが「この真逆」であり、①の「フロントマン」は会社の社内都合でせいぜい2、3年で担当替えとなり、②の「マンション管理員」は流動性に乏しく、前述の如く同じ管理員が長期に渡り担当します。

もちろんマンションは個別のマンション毎の事情が優先しますので一概には言えませんが、十分に有り得るご意見だと思います。

「フロントマン」の件は第7章に譲るとしまして、複数現場、独り現場を問わず「マンション管理員」は慣れから生ずる慢心を戒めなくてはなりません。

それについては、お客様である居住者の皆様の声に十分耳を傾けると共に、例えば「排水管洗浄」及び「消防設備点検」のように専有部分内に立ち入らせて頂く作業の「歩留まり」を向上させる為の実施曜日の工夫、改善など、地味ながら居住者の利益になる方策を考えることが望ましいのです。


★ 理想のトライアングル

マンションをより良くする主体は、区分所有者の皆様です。

但し、時間も知識、経験も厳しい状況の皆様に代わり、管理委託契約を締結したマンション管理会社がその運営のお手伝いをする形となります。

即ち、主役はあくまでも区分所有者の皆様、管理会社は脇役です。

更に具体的な体制として、区分所有者の皆様で構成される「管理組合理事会」(以下理事会)と管理会社の担当者である「フロントマン」そして現場に勤務する「マンション管理員」のトライアングルが上手く機能することによりマンションの資産的価値がキチンと維持されていく、という運びです。

「理事会」は毎月1回から二か月に1回程度各マンションの取り決めに従って開催されます。

理事及び監事は多くは抽選で選出された方々で構成され、理事の互選によって理事長が選出されます。

一方、管理会社は管理委託契約の内容を遂行し尚且つ緊急対応、突発的な事態に対応出来るように「フロントマン」が担当者として存在します。

「フロントマン」は理事会をペースメーカー

に各書類の整理整頓(これらが膨大)と絶え間なく発生する様々な問題を解決に導く努力をします。

そして「マンション管理員」は現場に勤務している強みを最大限に生かし、理事会決定事項の推進と日々の業務遂行による「報告・連絡・相談」を「フロントマン」に対して発信致します。

理想的なトライアングルの一例を「揚水ポンプのファンベルト交換」という場面を想定し流れを示したいと思います。

①「マンション管理員」が巡回時に揚水ポンプの異音を感知し、「フロントマン」に報告。

②「フロントマン」は設備会社に対して出来るだけ早い現地調査を依頼。

③ 設備会社の技術者がマンションに到着し、「マンション管理員」の案内で揚水ポンプの状態を点検調査。

④ 調査により、ファンベルトの経年劣化と判明し交換の要有りという結論に。

⑤ 調査結果は設備会社から「フロントマン」に報告され、「フロントマン」より折り返し見積書作成の依頼が行きます。

⑥ 「フロントマン」は出来上がった見積書を基に「理事会」資料を作成し、「理事会」にて協議をして頂くことになります。

⑦ 「理事会」が開催されたばかりのタイミングで早急にファンベルト交換の必要性がある場合は「理事長」の管理行為という権限でご指示を頂くケースもあります。

ざっとこのような遣り取りがマンション管理の現場では日常的に行われています。

一般の方からすると「なんだかまだるっこしいな」というご意見もあろうかと思いますが、本来は「大きな工事」や「耐久消費財の購入」等についてはマンションの規約に「総額○○万円以上は相見積」を条件にされていらっしゃる管理組合も多く存在します。

総戸数が二百戸、三百戸を超えての大型マンションともなれば管理費、修繕積立費の入金も予算規模もちょっとした中小企業並みの金額となります。

このような管理組合の運営について「フロントマン」はプロとしての見識を持ち、リーズナブルな提案を「理事会」にすることが求められます。

そして「マンション管理員」は「理事会」と「フロントマン」が作った計画の実践をしっかりと見守る役でもあるのです。

見積書や発注書だけでは分からない、来館する技術者の態度、行動力、知識の深さ等を総合しての信頼性を「マンション管理員」は感じないといけません。

逆に、「マンション管理員」も各社の技術者からその誠実な対応で信頼を得ることによって、例えば緊急事態発生の際に「頼りになる存在」となって応えて頂ける、というものです。

イメージとしての「理想のトライアングル」ではありますが,主役はあくまでも「理事会」で「フロントマン」は脇役という構図の中、やはり「マンション管理員」は黒子的な役割を演ずることで全体のバランスが取れるでしょう。


第7章 マンション管理会社への提言


前章までマンション管理の尖兵とも言うべき「マンション管理員」の置かれている現状について現役の管理員である私なりの切り口で筆を進めてまいりました。

脚本家の故新藤兼人さんのお言葉によれば「誰でも一本は傑作が書けるって。それは、自分の周囲の世界を書くことじゃ。」となりますが「傑作が」という部分はその人の能力やセンスによって様々でしょう。

私自身は当初より大それた構想もなく、どちらかと言えば前述しましたように「記念碑」的な発想で書き出したものですが、書き進むうちに徐々に考えに変化が生じてきました。

即ち、大きな金額を購入費用に充て、更に管理費及び修繕積立費を引き落とされていらっしゃる日本全国のマンション区分所有者の皆様に、もう少しマンション管理の現場にご興味を持って頂きたい、という気持ちが先ずははひとつ。

そして、その数倍の強い思いがこの最終章のテーマであり、大袈裟に申せば日本のマンションライフのみならず、高齢者雇用の活性化にも通ずる、「マンション管理会社への提言」となった次第です。

国土交通省へ登録されているだけで約二千三百社、未登録も含めると三千社以上とも言われるマンション管理会社の経営者の皆様が、もし「売り上げも利益も伸ばしたい。既存物件の顧客の満足度を向上させて、噂を聞いた他社物件の管理組合からリプレイスのお誘いを頂きたい!」とお望みであるならば、本「提言」の極一部分でもご参考にして頂ければ幸いです。


1.“管理の現場”満足度アンケートの実施


先ず、最初に明確化するべきことは、このアンケートは通常の管理組合が主催して実施する「管理会社に対する満足度アンケート」とは異なるものである、ということです。

つまり、管理会社自身が管理組合理事会に対して趣旨を説明し許可を頂戴して、居住の皆様のご意見、ご指摘を頂くものです。

それでは「管理会社に対する満足度アンケート」と“管理の現場”満足度アンケートとは具体的に何がどう違うのでしょうか?

第3章でも述べましたが、前者が一般的には現在管理委託契約を締結しているマンション管理会社の「見直し的」な意味合いが強い、つまり「今の管理会社は管理費ばかりが高くその割に何もしないじゃないか!」という突き上げが既にあり、その「立証」に使われることがしばしばであるのに対して、後者は管理会社自らがお客様である居住者の皆様のご意見を頂戴して特に管理の現場を「改善をしていくこと」を目的とする、というものです。

実は、前者の管理組合主催「管理会社に対する満足度アンケート」を集計した結果以外な傾向が出ることによって管理組合の思惑が若干なりとも外れてしまうことがあります。

それは、日常業務全般及び日常清掃に関する項目の満足度が軒並み80%を超えて「満足」「ほぼ満足」の合計が90%近くに達してしまう場合もあるということです。

それだけではなく、コメント欄には「現場の管理員、清掃員は頑張ってくれて好きだが、管理会社としては動きが緩慢で不満がいっぱいである」というご意見が付け加えられることもあります。

そしてその後、総会の決議で現行の管理会社が他社に交代するということなった場合、管理員、清掃員が次の新しい管理会社に移籍し当面は従来通り切れ目なく働くということが起こることもしばしばです。

通常この措置は総会の決議後に、管理組合指定の期日から管理を開始する新しい管理会社が理事会から「打診」を受け、「応諾」するという形になります。

この管理員、清掃員の「移籍」はリプレイスの際に特に珍しいものではありませんし、新規で管理を請け負う管理会社にも一石二鳥のメリットがありますので「良いお話です」となることが多いものです。

さて、アンケートに話を戻しましょう。

私が提唱します“管理の現場”満足度アンケートは、管理会社自らが大規模修繕の受注や管理費が高い安いというテーマから一旦離れて、居住者の皆様が日常のマンションライフの中で管理員、清掃員の行っている業務及び態度のどこに満足し、何に不満であるか、にテーマを絞り、各マンションにてそれぞれご回答を頂くものです。

その集計結果は必ず区分所有者及び居住者の皆様にフィードバックされ、毎年継続的にアンケートを実施することで改善の度合いも追跡することが出来ます。

アンケートの具体的な様式は各社それぞれにて工夫されれば宜しいと思いますが、管理棟数が多い大手管理会社であればそのスケールを活かして集計されたデータをそのマンション単独に終わらせず、例えば管理委託契約中の全マンションを規模、コンセプト、顧客層、立地条件、販売時の価格帯等によってグループ化し、その顧客分析を行うことも可能です。

これはどのようなメリットがあるかと申しますと、その大手管理会社がデベロッパーから新たに受注した新規マンションに対して「管理の現場についての予見が持てる」ということになるのです。

現行では、現実問題として新規マンションの管理の現場は「ぶっつけ本番」で開始されています。

確かに物件のハード面である設備、建設に関しては実際のご入居が始まり、電気、ガス、水道の使用が専有部分、共用部分の全てに於いて開始されないと「不具合の予測」というものは立て難いものです。

しかし、ソフト面に関しては簡単に考えれば「類型化された、つまり似たようなコンセプトのマンション」であれば新規物件もそこに一旦当てはめて、予め起こり得る確率の高いご要望に備えることが可能という考え方です。

会社の中にシステム部や情報管理課などの専門部署がある企業であれば「データさえあれば」分析はむしろ得意の分野だと思います。

更に、既存物件、新規物件のみならずリプレイス物件にも同様に有効な手立てとなるでしょう。

一方、管理組合数の少ない小型の管理会社は逆に小回りを効かせて大手とはまた違った内容のアンケートを企画し、手作り的な趣の集計結果を各管理組合にご提示していくことが可能です。

同業大手企業に比較してきめ細やかなアンケートの内容とその後のフォローを三か月単位で「改善ニュース」などというタイトルで掲示させて頂くことによって、言い換えるとコンピューターでは苦手なアナログ的な対応をすることによって、居住者のご支持を得ることも可能です。

正に、居住者の皆様にとって「痒いところに手が届く」という気の利いた動きが想像しただけでも小気味良いですね。

最終的にこの“管理の現場”満足度アンケートは居住者の皆様の利益になる企画ですが、そのバイパスとなる「マンション管理員」自身に多大なヒントを授けるものでもあるのです。

一般公募によって「マンション管理員」に応募し採用となった新人管理員は配属先のマンションについてどの程度の情報を持って出勤するでしょうか?

もしもある程度の規模の管理会社で前述のようなデータ分析がなされており、タイプ別の傾向分析の備えがあればどれほど混乱を避けられるでしょう。

「傾向と対策」は一昔前の高校、大学受験の基本であったと思います。

全てに完璧な受験勉強が不可能なように、限られた条件の中ですべてのマンションの様々な居住者全員の顧客満足を得ることは土台無理なお話ですが、「ぶっつけ本番」より数段科学的なことは事実でしょう。

また、“管理の現場”満足度アンケートは新人の「マンション管理員」のみに役立つものではありません。

むしろ圧倒的多数である私も含めた既に新人とは言い難い現場を2年以上経験している「マンション管理員」にこそその結果は貴重なものとなるでしょう。

自分が自信満々で日々行っている管理業務が否定される、或いはマンネリ化して手を抜いている地味な仕事が実は根強く要望されている等々目の覚める思いもあるではないでしょうか。

私自身が数年前に“管理の現場”満足度アンケートを経験した時の感想も複雑なものでした。

具体的には、マンション前の公開空地の違反駐輪自転車及びバイクを1年以上の時間と工夫で何とか全車撤去したことへの評価はほとんど無く、お褒め頂くのは日常清掃の分野ばかりという結果だったのです。

このような「学ぶべきこと」の多い“管理の現場”満足度アンケートですが、デメリットもあるのでしょうか?

あるとすれば、せっかく居住者の方々が興味を持って参加して頂いた同アンケートが半年も経つのに「一向に我々に対してフィードバックされない。改善の経過報告も出てこない」という逆効果現象だと思います。

管理会社各社の皆様にはこのいわゆる「やぶへび現象」に留意しつつ、英断を持って“管理の現場”満足度アンケートの実施をご検討して頂きますよう期待しております。


2.フロントマンの「人間力」向上


究極の独断から申し上げれば、“マンション管理はフロントマン次第”だと私は思うのです。

顧客である区分所有者、賃借人も含まれる居住者、管理組合理事会の「ご満足」はおろか管理委託契約をスムーズに末永く更新したいマンション管理会社自体の「命運」も、全ての鍵を握るのはフロントマン或いはフロントマネージャーと業界で呼ばれる営業担当者なのです。

しかしどこの管理会社も「フロントマンこそ会社の宝。というよりも金の卵を産む鶏だ」として「大事にそして厳しく」育てるということにはなっていません。或いは「ウチはやっていますよ」という会社も客観的に見れば実効が上がってるようにはとても見受けられません。

何故なのでしょうか?

率直なところ、私が十三年程この業界に関わってきて、直接間接を問わずで申せば延べ数十人のフロントマンと業務上の接触を持ってきましたが「どうして(この人は)こうなんだろう?」というマイナスの思いの連続でした。

確かに平均で十五管理組合の担当先を持ち、メールを開けば半分はクレーム処理を求める内容。

土曜、日曜は理事会と総会の掛け持ちで、さりとて平日も書類の作成で事実上休めず。ということで居酒屋での飲み会では「俺が先に辞めるから」の先陣争い。

「これ以上俺を責めないでくれ!」と叫びたくもなるでしょう。

但し、世間一般の営業担当者はこれらの上に更に「売上目標の達成」という圧力が優先順位第一位で“乗っかって”くるのです。

特に多店舗展開の小売チェーン店の営業はほぼ同数の十五店舗程度を担当し、前年同月比で百十パーセントの売上を作るために、売り出しやイベント(客寄せ)の企画からパート販売員さんの募集(折り込み広告)と面接、様々なクレームへの対応、万引き被害の警察への届け出などなど。自慢にもなりませんが休みは(計画段階で)月に三日です。

私はしっかりとした「営業マン教育」(後述)を施さない管理会社も良くはないですが、相対的に見てマンション管理業界のフロントマンは被害者意識が強過ぎると思います。

自身ばかりが「大変」で結果として「丸投げ」される「マンション管理員」は日々どうしたら良いのでしょう?

それより何より、区分所有者、居住者の顧客満足は担保されるのでしょうか?

第3章で述べましたように、全てに秀でた尊敬に値する方も確かにいらっしゃいましたが、皮肉な言い方をすれば「数十人に一人の逸材」だったということでしょう。

その理由を各社の経営者の皆様に今問うてもあまり意味のないことです。

それよりもこれから先どうしたら「良いフロントマン」を育てることが出来るのか?を各社の於かれた状況の中でご検討頂けることが、顧客満足に直結し間接的には来期以降の社の業績向上に繋がるものと私は考えます。


ヒント①

どうして新卒のフロントマンを一年間でも良いので「マンション管理員」としてOJTで鍛えないのでしょうか?

元首相の故佐藤栄作さんも戦前鉄道省に入省した時は「キップ切り」の仕事から始まりました。

現在でも一流と言われる民間会社では、新入社員を先ずは工場勤務、店頭販売勤務等として「現場を学ばせる」など珍しくも何ともない「人材育成のプロセス」ですが、マンション管理会社は余程新人育成の余裕がないと思われます。

一部の例外的事例を除けば、営業部門配属の新人はマンション管理の現場は「ほぼ素通り」して、先輩フロントマンのアトを付いてフロントマンとしての所作を学ぶようです。

そして合格していない者はその間に会社の保護の下「管理業務主任者試験」に挑戦となります。

首尾よくパスすれば有資格者として改めて支店に配属し戦力化する、という流れとなっているのではないでしょうか。

組織としての大きさも構造も本来比較できない程の別物なのですが、管理会社の正社員と「マンション管理員」は何か警察小説のキャリアとノンキャリアに似ているなあと私は思ったこともあるほどです。

売上目標という名のノルマに追われる熾烈な環境の営業マンでもなし、さりとて「実務経験がない」悲しさで現場の諸問題の対処やクレームへの対応に悩む「マンション管理員」を的確に理解、指導する力量も備わっていないままベテラン化するフロントマンという存在。

「マンション管理員」を一年間程度経験させる、ということで全てが解決するものではないことは誰もが知るところですが、ご一考の価値はあると思います。


ヒント②

フロントマンという呼称を改め営業担当者と呼べないでしょうか?

名は体を表す、とも言われますがやはり私が不思議に思うのはフロントマン或いはフロントマネージャーという呼称です。

ホテルのフロントマンから由来しているのでは、程度の想像は出来ますが。

このスマートな呼び方が「俺は営業担当者じゃないから」というマインドに繋がり、一ヶ月はおろか二ヶ月も担当マンションに訪問すらしない(のも珍しくもない)、言い方を変えると理事会、総会にのみ存在しアトは管理員に丸投げという行動を正当化している背景のひとつになっているのではないでしょうか。

確かに私が社会人となって以来、営業担当者として教育された際の「売り上げは訪問頻度に比例する」や「話は目で聞け」などは、昨今「だからダメな昭和の営業」などと揶揄され「メールでデータ送りましたから」が平成のスマートな営業スタイルなのでしょう。

しかし、私は思うのですが、いくら書類の作成や他の担当物件の理事会、総会で忙しいと言っても、もし仮に「担当している全てのマンションで管理費がその月の管理会社の働き振りに対する評価によって、各々月次で管理組合から支払われる契約」に劇的に変化してもフロントマンは今と変わらずの行動様式なのでしょうか?そして管理会社本体の区分所有者、管理組合に対する姿勢も「従前と同様で良し」とするのでしょうか?

現実としてそのように変化する可能性は限りなくゼロに近いのでしょうが、私の申し上げたい意味はご理解頂けると存じます。

現在マンション管理会社の中で営業担当者らしい行動様式が見られるのは他社の管理物件を「勝ち取る」リプレイス部隊だけでしょうが、あの程度は当たり前の営業行為です。

呼称変更は後日としても、(現在の)フロントマン諸氏には人事課のプログラムに則り社外に於ける定期的な「営業担当者向け外部研修の受講」が求められていると私は思います。

具体的に営業のイロハから高度な応酬話法や「カーネギーの人を動かす」に至るまで初級、中級、上級とプログラムによって営業担当者は伸びるものです。

先見性のある会社であれば「管理費の値下げ競争」に資金を投ずるよりも「営業担当者の質的競争」へ投資することに意義を見出すのではないでしょうか。

一騎当千の営業担当者が支店に増えれば、例え「マンション管理員」が素人同然であってもしっかりと指導をし、コミュニケーションを取る努力を実践することによってその「マンション管理員」も急激に成長します。

それは当然顧客満足に繋がり、誠実で機転の利く営業担当者が多数在籍する質の高い管理会社を、管理費の高い安いだけでリプレイスしようとする管理組合理事会がどれほどあるでしょう?


ヒント①そしてヒント②と私が申し上げたいのは「顧客の痛み」の分かるつまり「人間力」のある営業担当者を管理会社各社は是非育てて頂きたいということです。

そして、理想的にはその中から次世代の経営会議メンバーそして経営責任者が出現してくることを「マンション管理員」としても、またひとりの消費者としても切に望むものです。


3.そして「マンション管理員」


 ★定年延長、七十歳へ


平成二十六年五月十四日付け読売新聞朝刊によれば、政府の経済財政諮問会議の有識者会議「選択する未来」委員会は十三日に取りまとめた提言の大きな柱のひとつとして、七十歳以下を「新生産年齢人口」と新たに定義しました。

つまり、「日本の労働力を確保するため、七十歳までであれば、元気な人は経験を生かしてもっと働くべきだ」ということです。

現在六十二歳の私としても「その通りだな」と思います。

但し、それを実施する側の産業界、企業サイドにも実情があり全産業、全企業が押し並べて「それでは来年から我が社も七十歳を定年にいたします」とはいきません。

私が考えるだけでも大きく二つの条件をクリアしなければ、七十歳定年制は画に描いた餅となるか、弊害が大きく軌道修正を迫られるかのどちらかに陥る危険性があります。

ここで「マンション管理員」の仕事を例として以下検証してみましょう。


条件①

その仕事自体に大きな需要があること

どうしても首都圏及び地方都市の場合も中心部に集中するとはいえ、「マンション管理員」の仕事は日本全国に大きな需要があります。

極端に申せば「マンションのあるところ管理員の需要あり」とも言えますね。

現在の管理会社各社の「マンション管理員」定年である六十五歳を七十歳に延長したのはいいが、もともと小さいパイを「年寄りみんなでさらに細かくシェアする」では困りものです。

しかし、少なくとも「マンション管理員」の仕事ではそれはないものと考えられます。


条件②

若者の雇用機会を圧迫しないこと

これは非常に大切な条件です。

この国を背負う若者の雇用機会の圧迫という犠牲の上に七十歳定年制があってはなりません。

しかしこの点に於いても「マンション管理員」はほぼ完璧にクリアしていると言えるでしょう。

「はじめに」でも述べましたように「マンション管理員」というサービス業は最初から人生経験の豊富な、しかし多少はまだ体も動きますという人材にピッタリの職業です。

更に第5章で明らかな収入の絶対額とその伸びのなさ(解決提案後述)も相まって若者の雇用対象には当初より適しておりません。


以上のように私は推察致すのですが全国のマンション管理会社の経営者の皆様、「定年延長、七十歳へ」は如何でしょうか?

日本の大きな潮流としての七十歳定年制を同業他社に先駆けて貴社が「手を挙げれば」会社としてのイメージアップに繋がり、人材の確保及びリプレイスのお声掛かりにも結び付くのではないかと私は思いますが。


 ★経験者厚遇で人材確保


一般的に「マンション管理員」の採用時の条件、つまり給与と言うものは全くの新人も他社での経験が豊富な転職者も基本として差が付かないようです。

もちろん何にでも例外はありますので一概には申せませんが。

何れにしてもその理由としましては、管理会社は管理組合との間で定められた管理委託契約の管理員費用の枠組みを重要視せざるを得ないため「入社後どこの物件にも配属出来るように」標準化しておくのでは?と考えられます。

また、その理由とは別に各社の給与体系の中では「年功序列」のように在籍年数で基本給が若干上がっていくことも実施されていますが、逆に在籍年数と仕事の実績とは必ずしも比例しないのは世間一般の会社員も管理員も同様です。

そして、そもそも「マンション管理員」の実績評価というものがあると仮定して、どういうものなのでしょうか?

特に「他社で5年間色々な経験を積み、居住者のご支持を頂いてきました」と面接でアピールされても、採用の決め手にはなりますが給与には反映されないというよりも反映出来ないというのが実情ではないでしょうか?

しかし、これらの堂々巡り的な現状の中、敢えてここは競合他社との差別化を図るという戦略的な発想で「経験者厚遇」というカードを切ることも「有り」だと私は思います。

それには「新規」「大型」「高級」の三類型のマンションに対象物件を限定し、通常の「五割増し」の給与を基本給とすることが雇用条件になります。(このくらいの差がないと厚遇になりません)

逆説的になりますが、例えば現在がそうであるように全くの新人管理員を「新規」「大型」「高級」のマンションを問わずに配置することは、特に単独現場に於いて、居住者のクレーム及び設備のトラブルその他の重大な事態を招くリスクがあります。

また、「未経験者歓迎」と「経験者厚遇」は人材の募集について矛盾するものではなく、むしろ相乗効果によって幅広い多数の応募が期待出来るものと思われます。

但し、ここでひとつの矛盾が発生します。

それは「私は当社一筋に5年以上管理員として勤務し、大きな失敗やトラブルを起こしたことも無い。転職管理員ばかりが“厚遇”され、私のような生え抜きが“冷遇”されるのはおかしいのではないでしょうか?」というご意見が出ようかとも想定されるのです。

この辺りは各管理会社の人事政策の妙となりますが、考え方としては「社内チャレンジ制度」(仮称)として「新規」「大型」「高級」の対象物件に対して管理員の需要が生じた際に「経験者厚遇」の公募と「社内チャレンジ制度」の両建てで考える、というのは如何でしょうか。

更に別の問題として、「大型」「高級」物件はともかく、「新規」というだけの中型以下の物件では管理委託業務契約上の管理員費用ではズバリ赤字となり、「本社(支店)人件費の持ち出しによる補填」となるケースもあろうかと思います。

質の高い管理を目指す管理会社であれば創意と工夫で業界をリードする「新たな仕組み」を築くことで解決して頂きたい課題です。


マンション管理会社を現在ご経営の皆様で、会社全体として格別重要な意味を持つ管理物件の現場には知識と経験が豊富な「マンション管理員」を配置したい、それが顧客満足にも直接的に影響する、というお考えをお持ちの方々であれば「七十歳定年制」と併せ「経験者厚遇」及び「社内チャレンジ制度」(仮称)を是非ご検討の程お願い致します。


おわりに


■ 幸せの青い鳥

転職について、どなたの言葉なのか不明なのですが「転職は一度やると度胸がついて堪え性がなくなる」という“名言”があります。

区分所有者の皆様が現在管理委託契約を締結しているマンション管理会社に対してご不満をお持ちの場合、管理組合理事会の役員の方々が中心になられてご検討されると思われますが、現在契約している管理会社のどこの部分に皆様が「お腹立ち」なのか?を先ずは冷静に整理されることをお薦めします。

「もっと管理費が安くて、しっかりした対応をする管理会社が世の中にはあるハズだ」という勢いで「幸せの青い鳥」を追い求めてしまいますと二社目、三社目となり「なんか最初の管理会社が良かったのでは?」と原点回帰する管理組合もいらっしゃいます。

しかし、区分所有者の皆様はそれをとやかく批判される筋合いはなく、消費者が安くて性能の良い製品を求めて「買い替え」て何も悪いことはないのです。

確かに百点満点の管理会社は存在せず、尚且つ管理組合との相性というものも存在します。

しかし、「マンション管理員」を職業としている私から見てお客様である区分所有者は素人さんであり、一方管理会社はマンション管理の玄人であるはずです。

その玄人である管理会社が絶えず緊張感を保ち、フロントマンと「マンション管理員」が良好なコニュミケーションを取りながら「プロの仕事」をお見せすればリプレイス騒動が起こる余地はないと私は思います。

つまり、区分所有者の皆様にとってこの本は私という一人の「マンション管理員」の独断と偏見を通して見えてくる「質の高いマンション管理」という「青い鳥」の探し方であります。

そしてそれと同時に、プロフェッショナル集団であるマンション管理会社にとってこの本は、我が身を映す合わせ鏡のようなものだったかも知れません。


■潮流

更に大切でスケールの大きい話が、高齢者の就労支援です。

第7章で触れました通り、我が国全体を対象とする「七十歳までを働く人と位置付ける」という「選択する未来」委員会の提言は、正に「マンション管理員」にぴったりです。

マンション管理業に携わる経営者の皆様には「七十歳定年制」を是非前向きに捉えて頂き、、日本の労働資源の最適な活用という観点からのご英断を切にお願いしたいと思います。

一方私たち「マンション管理員」はこれまでの人生で培った経験を出し惜しみすることなくお客様である区分所有者、居住者の皆様に提供して顧客満足を向上させる地道な努力を継続しなければいけません。

絶えず謙虚に学ぶ姿勢を忘れず、やはり「管理業務主任者試験」はトライして頂きたいと思います。

五十歳を超えての国家試験挑戦とはほんとに楽ではないのですが、未知の科目の受験勉強をすることが脳細胞に良い刺激を与えるとも言えます。

そして目を世界に転ずれば、「英国国民投票のEU離脱決議」、更に平成二十九年「シェールオイルのジャンク債償還問題」などなど安倍首相が消費税10%導入延期の条件とされた「サブプライムローン並みの衝撃」が既に目白押しです。

とても”楽隠居“を決め込めるものではありませんよ!

日頃の管理業務で健康的に体を動かし、受験勉強で頭を使い、「死ぬまで現役」を合言葉に元気に働ければそれが一番幸せなんじゃないでしょうか!


ご精読本当にありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マンション管理員入門 林 輝雄 @mtathaya2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ