第1359話:ヒラキ・サイカ~距離~

 距離が近すぎてもいいことが無い。

 人の体温は気持ち悪いし、声はうるさくなるし、肌のふれあいも嫌だ。

 さすがにここまでの距離が要求される状況はそうそうないが、少しでも近さを許容するとすぐにその距離になってしまう。

 ああ、いやだいやだ、すぐに距離を詰めようとしてくる奴はね。

 そうして、少し過剰なのは自覚しているぐらいには、人と距離を取るようにし暮らすことにしてしまった。


「サイカくん、もう少しこっちに来たら?」

「いや、僕はここでいい」

 集まりの中で人から少し距離を取った場所にいることを見かねて声をかけてきた。

 しかし、それを断る。

 やんわりとか、そういう控えめな否定の意志表示ではなく、拒絶という形での拒否だ。

 こうしないとなし崩しに距離を詰められる。

 いつもそうだ、距離が近すぎると僕はストレスを感じ、そのコミュニティからは離脱することになる。

 なんてことをわざわざ丁寧に説明するのも良くはない。

 説明しないと何度も距離を詰められそうになるが、説明すること自体が距離を詰めることになるということもあるからだ。

「まぁ、いいならいいけれども」

 大抵は拒絶の意志だけ示したらあとは無視をしていれば諦めてくれる。

「サイカくんがさみしいそうです!」

 !?

「な、なにを……!?」

 集まりの中に戻って行った彼が突然とんでもないことを言いだした。

 それは破滅の呪文に匹敵する発言ではないか?

 それに気づいた人たちが、こちらに視線を向けてきた。

「かわいい」「かわいい」と口々に言いながらこちらに寄ってきて、すぐに囲まれてしまい、撫でまわされる。

 おお、これが嫌で離れていたというのになんてことをするんだあいつは……

 ぐぬぬ、そもそもご飯と住み家を提供してくれるからといってこんなネコカフェなんぞに勤務することにしたのが間違いだったか……


 僕はその後ストレスで吐き、別の店舗に移ることになった。

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