第1124話:カミキラ=ヨウゾウ~勘違い~

「あなた、いい人ですね!」

「うん?」

 偶然、気まぐれで頭に綿でも詰まってそうな人を助けてしまった。

 その一件のみで俺をいい人だと認定した彼女とはそれ以降町での遭遇率が上がり、なんだかんだ彼女の前で悪徳を働くことができず、彼女の誤解は解けず、より深くなりながらしばらく経った。

 なんだかんだ、俺も彼女には悪人である自分というものを意図的に封じていた。

 俺を善人だと疑いもせず慕う彼女に正体がバレるのを恐れていたのかもしれない。

 過去に悪逆と暴力に身を窶し、利己的に弱者から奪い、邪魔なものを殺し、欲しいものをほしいままにしていた俺を見たら彼女は幻滅して離れて行ってしまうだろう。

 いや、彼女がそれを知って頭を重くするのが見たくなかっただけかもしれない。


「最近のヨウゾウさんはだいぶ毒気が抜けましたよね。あ、弱そうになったとか、そういう話じゃあないんですけど、前にあった全てに敵対するようなそういう空気がなくなったっていうか……」

 強い俺を昔から慕っていた奴にはそう言われるようになった、牙が抜けたとも言われる。

 自分ではあまり変化を感じられないのだが、確かに最後に拳をぶつけたのはいつだっただろうか。



「ヨウゾウさん、どうしたんですか?」

「ちょっとな……。そうだ、ミルホはどうして俺をいい人だって思うんだ?」

 であったばかりの頃はまだあいつらが言うように、全方位敵意むき出しと言う奴だったはずだ。

 その時の俺を見て、どうしていい人だと言ったのか。

「だって、助けてくれたじゃないですか」

「それだけか?」

「はい、それだけです!」

 笑顔でそう答えた。

 やっぱり、頭に綿が詰まってるんだろう……

 相対的にこちらの頭が重くなった気がして額を抑えて彼女の顔を見る。

 ああ、わかった、彼女には誰も直接の敵意や悪意を向けられないのだ。

 それは、俺でさえ。

 だから彼女は本物の敵意悪意を向けられたことが無い。

 深く物を考えない虫のような奴に付きまとわれたりすることはあれど、絶対に害されない、そういう存在なんだ。

「あー、なるほどね。納得した、うん、納得した」

「そうですか? それはよかったです!」

 これなら彼女の頭には綿が詰まっててもおかしくない。

 彼女のために真人間になるのも悪くない、そう思わせるだけの力もあることだしな。


 街を歩いていると、少し離れたところに彼女が見えた。

 右手を上げて挨拶をしようとしたら正面から歩いてきた男がぶつかってきた、なんだと思いつつもすれ違うと

「ヨウゾウさん!!!」

 彼女のそんな乱れて大きな声を聞くのは初めてだった。

「どうした」という声は出なかった。

 痛みに気づいて脇腹を見ると、短い刃が刺さっていていた、さっきの男か。

 昔ならこんな不意打ちされることはなかったかもな、なんてことを考えながら倒れると血相を変えて彼女が走り寄ってきた。

「ヨウゾウさん! 大丈夫ですか!」

「大丈夫、じゃあないかもな……、まぁ復讐ってやつさ。あいつが誰かは知らんが……」

 まぁ、今がどうであれ悪党の最後なんてこんなもんだろう、いつ来るかわからない過去の清算。

 それが今だっただけのこと。

「復讐なんて……、いい人のヨウゾウさんがどうして……」

「いい人じゃあないさ、俺はただ、お前に悪い人だと思われたくなくて演じてただけ……」

 そこで口はもう動かなかった。

 二度目の死、次の世界は無いだろうな……




 目を覚ますと病院のベッドの上。

 どうやら死ななかったらしい。

「まぁ、ナイフで刺されたぐらいでは死なんか」

 状況が状況だっただけに少し大げさになっていただけかもしれない。

「どうするかな……」

 彼女には俺は悪人だとばらしてしまったし、刺した奴を探して報復でもするか……

「いや、いいか」

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