第977話:ライタ・ジンブル~無い記憶~

「思い出せないことがあるんだ」

 宵の口、黄色く照らされた僕は、隣に座っていた彼女に話しかけた。

「何? それがずっと引っかかってる? 思い出したい? それともただの世間話? 私にどうしてほしい?」

「思い出せるものなら思い出したいんだけど、忘れているってことしか思い出せなくて、別に思い出す必要もないのかもしれないんだけど」

 彼女の話し方につられて言葉が多くなってしまったけど、つまるところ

「君のことを思い出せなくなってしまったんだ」


「それは、私とあなたの関係? 私が誰か? あなたにとっての私という物? 今話してたことは覚えてる? それと関係はあるの? ないの?」

 矢継ぎ早に繰り出される彼女の質問にしどろもどろになりながらも、

「今の瞬間までの君のことを全部覚えてない、たぶん、君がいたんだろう記憶の穴はいくつもあるんだけど、その時の君がどんな様子だったかとか、そもそもそこに誰かがいたのかどうかも覚えていないんだ」

「そう」

 彼女の口元が少しだけ緩んだように見えたが

「さっきのことも忘れてしまったのね……」

 続けられた言葉と、それを口にしたときの少し寂しそうな顔に、表情の変化中に見た勘違いだと気づく。

「できればもう一度、あなたの口からききたかったのだけれども、あなた、さっきここで私に告白したのよ? あなたの気持ちを、私への愛を、まさかその直後にそれを忘れてしまうなんて、もしかしたら呪いでも受けているのでなくて? まぁいいです。じきに思い出すでしょう?」

「だよね、そうだ、名前だけ聞かせてもらってもいいかな」

 また、初めましてから始めなくてはいけないが、彼女と僕はそういう関係だったというのであれば思い出せるだろう。

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