第965話:フシロギ~希望退職~

「やぁやぁ、今日も元気に暇してるかい?」

「ええまぁぼちぼち」

「そうかそうか、すまないねぇ。きみがやりがいを感じられる仕事を用意してあげられなくて」

 ああ、この話し方を僕は知っている。

 不自然なまでに優しい顔で、演技がかった大仰な表現。

 つまりは、

「君にはここではない、もっとふさわしい職場があると思うんだ。どうだい?」

「ええ、そうかもしれませんね」

 この仕事を辞めろという、やんわりとした表現だ。


 一応自己弁護しておくが、僕は仕事ができない方ではないし、言ってしまえばできる方だと自負している。

 ただ、この職場は僕が「こういう技能を持っています」というのに「そういう人材が欲しかった」と返されたので入ったものの、採用担当が謳う職場の状況と実態に大きな乖離が存在していた。

 だから、僕と職場には常に不和が発生しており、ついにそれが決壊したというだけの話で、いつかこうなるとわかっていた。

 だからショックではないし、職場の環境としては暇を持て余すことになる以外は悪くはなかったので、居座れるならそれまではいようと思っていただけのこと。


 しかして、僕を活かすことができる職場というものはあるものか、次の職が見つかるまでは職探しが暇つぶしになりそうだ、そう思いながら契約の解除に同意した。

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