第903話:メニン・アイド~演出講義~

「たとえばこう」

 先生は指を一本立てて話始める。

「地の文を何も置かずに、短い語り掛けのセリフで話始めるというのは注目を集めて独演的に話始めている、そういう印象を与えることができるでしょう」


 モニター越しに文字ベースでの講義、実際に先生が指を立てて話しているかはわからないが、話している姿の絵が見えるような気がする表現。

 先生がこう書いている以上、指は立っているんだろうし、続く独演的に~という補足的なセリフ、なんとなく壇上で指を立てながら、書かれてはいないが腰に手を当てていそうな、そういうイメージが伝わってくる。


「質問があります、いいですか」

「どうぞ」

「こういう、地の文のないセリフだけでの誰のセリフかをどう明示するかという話なんですけど」

「なるほど、それは難しい話ですね。簡単な解決の仕方としては、話の入り方で立場を明確にしてする、というものがあります。ほら、今だって特に明言されていないですが、私が先生、あなたが生徒であることは明白でしょう?」

「あ、本当だ」


 本当に先生の書く例題は上手い。

 字の文も何もないのに、違和感を抱くことなく生徒が質問するために手を挙げて、会話が発生してそれに先生が答えるという図が頭の中に浮かんだんだもの。

 そもそも、この例文と前の例文がつながっていると自然に考えてしまったし、実際にそうなっているわけで、話の前提を前節で明示した上での会話文というやり方もあるのか。

 もしかしたら前の例文で視点が先生ではなく、生徒一人称で「先生は~」という地の文が書かれているのは「質問する生徒」という存在のを暗黙的に用意していたのかもしれない。




「さて、明日の講義シミュレートはこんなものかな」

 文章エディタ上に打ち込まれた、今日の講義での例文とこれだけ読み取ってもらえたら上々という反応例の組み合わせを読み直して一息つく。

 なかなか、自分の書いた例文に「上手い」という感想を自分でくっつけるというのは恥ずかしいものである。

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