第848話:ソマ・シンス~ありきたりな話~
「君と出会ってさ、ありきたりな話なんだけど、本当によかったと思ってるよ」
「本当にありきたりな言い方ね、何か他に凝った言い方ができないの?」
帰り際に普段の感謝を伝えようと思ったらダメ出しされた。
「いや、でも僕はあまりたくさんの言葉は持ってないし……」
「凝った言い方は語彙でなく、気持ちの装飾によるのよ」
彼女は言葉について詳しくて、たまに、というか大事なときにはこうやって、言葉にダメ出しをしてくる。
「例えば、今回の『君と出会えて良かったと思ってるよ』って言葉、これに具体的にどう良かったのか、思ってるのでこれからどうしたいのか、もしくはこれからどうして欲しいのか、そういうことを装飾として組み合わせて伝えるとより効果があるでしょう?」
「なるほど……?」
なんだか一気に難しそうなことを言われたので、ちょっと理解が追い付かない。
「そうね、例えば『僕は君と出会って、毎日ひどく痛め付けられて傷を負わない日はなかったけど、基本的に悪かったのは僕だし君は美人で性格もいいので、本当に良かったと思ってるよ。これからもこの関係を続けられたらいいな』とかどうかな?」
なんだその捏造感情は。
「それじゃあ僕が変態みたいだろ」
「実際のところ、そうじゃないのかい?」
「そもそも、日頃君から暴行を受けてなんていないじゃないか」
「それはそうだ、では君はなぜ、私と出会って良かったと思ってるんだい?」
「それは……」
本人を前にして言えるわけがない……!
さっきの本当に良かったと思ってるよだけでもギリギリひねり出した気持ちの表現なんだ。
より踏み込んだ話をするにはまだ覚悟が足りない。
『君と出会ってさ、ありきたりな話なんだけど、本当に良かったと思ってるよ』
突然僕の声が流れた。
「まぁいい、今日のところはこれで勘弁してあげよう」
ボイスレコーダーを見せびらかすようにしまい直し、「次は期待してるよ」と言って彼女は帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます