第599話:トランス・ポルト~供給断絶~

「寒い……」

 寒さなんて感じたのはずいぶんと久しぶりのことだ、もしかしたらあの日ここで目を覚ましてから初めてのことかもしれない。



 私はある日、唐突にこの場所で生まれた。

 いや、生まれたという表現が適切かどうかはわからない。

 私にはその時から記憶があった、普通に生きて、普通に生活して、普通に過ごした、そういう記憶が実感を持って自分のこととして記憶を持っていた。

 だけど、この場所に連れてこられたというのも違うような気がする。

 私はここで、子供の体で目を覚ましたんだ。


 幸いなことにこの場所にはいろいろな物があった。

 暖かい空気も、明るい光も、湯も、食事となり得る植物の植わった鉢も。

 鉢の植物は収穫してもいつの間にかまた育ってきて、食べるに困ることもなかった。

 ただ、ここには外はなく、他もなかった。

 少しばかり広い建物の中のような空間に、私だけが存在していた。

 もちろん、扉はなく、窓もない。


 話は今に戻る。


 私は今、寒さに震えていた。

 いつも私を照らしていた明るい光はすでに無く、あんなにも暖かかった空気は今は冷え切っていた。

 昔の、ここに来る前の記憶にある停電みたいだって思ったけど、もしかしたら今まで私を生かしていたこの建物にどこからか供給されていた電気が止まったのかもしれない。

 ここで生まれたばかりの頃を思い出すなんて、そういえば、死ぬ前にはそういうものを見ると聞いたことがある。

 もちろん、前の記憶でだけど。

 ということは私はこのまま死んでしまうのだろう。

 寒くなってからは食べ物も育たなくなってしまったし、ずっとおなかがすいているんだ。

 廊下の角にもたれかかって、もうずっと立ち上がりもせずにいる。


 コツ、コツと背中の向こうを叩かれる音で目を覚ました。

 ああ、まだ生きてたんだとも思わないでもなかったけど、自分が出した以外の音を聞くのはずいぶんと久しぶりだ。

 コツ、コツ、という音は私の背後を通り抜け、少し横で動くのをやめた。

 コツ、コツ、コツ、と同じ場所で何度か続いていたが、すぐにそれも止まってさらに少しの間を置いた後、壁は砕け落ちた。

「……?」

「***** ***** ***」

 空いた穴からは、ヒト?が顔を出して言葉のようなものを話した。

 何を言っているのかわからないと、そう思っていたら、突然わかる言葉で

「ああ、共通語がわからないのか、ていうかずいぶん腹を空かせているように見えるが大丈夫か?」

 と、私を心配するようなことを言い出した。

「ほれ、これでも食いな。にしてもなんでこんなところに……」

 そうして私はなんとか生きながらえることができたんだ。

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