第569話:アルト=ドル~悲しみの悲しみ~

 たまに、どうしようもなく悲しみに襲われることがある。

 スン、と脳が冷める感覚。胸の奥から湧き上がる不安、自分の否定。

 とても、とても悲しい。

 いろいろなタイミングでいろいろな悲しみに襲われるのだけども、一番悲しいのはどれだけ悲しくても涙が出ないことなんだ。


 私は昔、生前の幼少時代はよく泣く子供だった。

 涙も枯れるぐらいに泣くそういう子だ。

 その時代に涙をからしたわけじゃない。

 今だって、感動する映画を観れば涙が出る。

 むしろ、その事実がより自分の感情で泣けないということの悲しみを深めることになる。

 悲しみが悲しみを生む、当然だがその泣けない悲しみでも泣くことができない。

 自分の感情で泣けない私は人間であるかどうかも分からなくなってきて、その悲しみでまた泣きたくなる。

 それでも涙は出ないからまた悲しくなる。


 いつから涙が出なくなったんだっけ……?

 最後に自分の感情で泣いた記憶を思い出そうとする。

 子供の頃はよく泣く子供だったのは覚えているけど、なぜ泣いていたのかの記憶はあない。

 最後に泣いたのはいつ……?

 試験に落ちて泣いた、あれはとても悲しかったけど今程じゃない。


 考えれば考えるほどに悲しくなって、泣けない悲しみに泣きそうになる。

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