第462話:ファルア=キャペ~竜の通る谷~

 谷間の街【ダルファニス】。ここは竜が通る谷に作られた街だ。

 ここを通る竜はヒトが手を出さなければこちらに興味も向けないが、竜が存在しているだけで僕らヒトは恩恵を受けられるという理由でここに街を作った。

 もともとは街ではなく、竜がもたらす資源の採集拠点だったようだが、何百年も前から規模が大きくなり、いまでは岩壁に張り付くようにして街と呼べる大きさに成長していた。

 僕はそこに住むヒトの内の一人、名をファルア=キャベという。


「最近、質の低い竜鱗の割合増えてない?」

「そうか? この程度なら問題ないだろう。竜にだって体調の変化はある、質が悪いのは体調が悪いだけだ。まぁ、この程度の質なら問題ないさ、よくあることだ」

「そうかなぁ……」

 僕の仕事は竜からの恩恵の管理と整理。

 運び込まれたものを鑑定し、部位と質で分けて倉庫に入れることだ。

 竜の恩恵と言えば聞こえいいが、実際のところは竜の老廃物、剥がれた鱗や生え代わりで抜けた牙、脱皮をする種なら皮、果てにはウンコまでも鑑定して仕分けする。

 ちなみにウンコは巣まで行かなければ手に入らないということと、魔術的な力がとても強いため、竜の恩恵の中ではとても高値で取引される品でもある。

 竜のもたらすそれらは科学的にも魔術的にも優れた素材になる。

 当然質の良い物が多い方がいいはずなのだが、最近は質の悪い鱗が増えているという進言は上司に「よくあることだ」と一蹴されてしまった。

 うーん、あからさまに質が悪くなっているのによくあることだとは、少なくとも僕がこの仕事を始めてからは、こんなに悪くなることは初めてなんだけどなぁ。

 でも彼は僕の何倍もこの仕事をしている。

 彼を信じた方がいいのかもしれない。


 数日後


「ファルア、今日はどんぐらい質が悪い鱗が混じっていた?」

「2割程です、その半分は出荷できないぐらいの質でした」

「そうかそうか、まぁその程度ならいいだろう」

「……?」

 全体の一割の鱗が出荷できないレベルで質が悪かったというのに、何がその程度なんだろうか。

 なにか怪しいな。

 最初は気にするなとまで言っていたのに、最近はやけに気にしている。

 それどころか、質が悪いのが増えることを喜んでいるような様子さえある。

 これは、間違いなくなにかがある。


 更に数日後、唐突に答えはやって来た。


 鐘が鳴った。

 時間を告げる軽い音の鐘ではない、緊急時を知らせる重い音の鐘だ。

 続いて今僕がいる倉庫を含まない近い区域を対象とした避難警報が出た。

「なにがあったんだろう」

 窓の無い室内からでは外の状況がわからない。

 避難対象区域はここから近かったし、少ししたらここも対象になるんじゃないかと少し不安を感じていると、上司が倉庫に飛び込んできた。

「行くぞ!」

 避難するのかと思ってついていくと、何故か避難対象区域に向かい始めた。

「そっちは避難対象区域ですよ!」

「わかっとる!だから行くんだろうが!」

「えぇ!?」

 意味もわからず連れていかれた先には、多くの建物を潰すようにして倒れている竜がいた。

 ピクリとも動かず、まるで死んでいるようだった。

「え、なんで竜がこんなことに、誰かが攻撃したんですか?」

「そんな馬鹿がいるか、これはこの竜の寿命だ」

 万が一手を出していたらこの街は既に終わっている。

「竜は我らが鱗や牙を必要としていることを知っているからな、優しい彼らは寿命が近づくとこうして巣ではなく、街で死ぬのだ」

「自分の体を素材として提供してくれるってことですか?」

「真意はわからんが、そういうことだと解釈してありがたく頂戴している。まぁ、竜の寿命はとても長い、こうして立ち会えることはとても稀なことだ」

「はへぇ、そうなんですね、ってもしかして最近そわそわしてたのってこれを予想してたんですか」

「うむ、質の悪化は竜の寿命が近づいている証拠だからな、鱗等は悪くなるが肉や臓器が戴けるので非常に儲けになる。竜が死ぬのをあからさまに喜ぶというのは失礼だから、あまり表に出さぬように気を使うがな」

 その夜は街全体での大宴会になった。

 僕は仲間となれない内蔵の鑑定や仕分けで大忙しで参加できなかったが、全部終わった後に仲間内で小規模な打ち上げをした。

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