第368話:ススキノ=メンク~途中の景色~
世界の果てにもっとも近いゲートに来た。
一枚の誓約書を書くだけで許可されたが、思っていたよりもなにもない場所だ。
というか、思っていたよりもどころではない。本当になにもない。
かろうじて地面はあるようだが、土の大地ではない。
認識できる色でいうと、白。
たぶん、人によっては黒だったりするのかもしれないと思ってしまうほどに曖昧な白い地面。
信頼できる人に「え、地面黒くない?」と言われたらその瞬間に黒く見えてしまうかもしれない。
そして、空も白く見えるし、地面との境界もわからない。
ただ、真っ白でなにもない空間に私とゲートだけがある。
誓約書にあった「精神の正常を保証しない」という文言はこのためか、と納得した。
こんな空間、正常な精神性を保てる時間はそう長くない。
それがわかっていれば、少しは耐えられるがあまりゲートから離れない方がいいかもしれない。
すぐに戻れるという安心がなければ、たぶんすぐに耐えられなくなる。
何もない空間というのは、それだけで異常なのだ。
何一つ、肉体に搭載されている感覚神経が役にたたない。
こんな場所、生身で訪れていい場所じゃない。
僕は、限界を感じゲートを潜った。
「はい、おかえりなさい」
「……ただいま」
ゲートの案内人している女性に声をかけられた。
僕は息を切らしながら答える。
「大丈夫でした?」
「大丈夫じゃないですよ、なんですかあそこ、絶対に正常な場じゃないでしょ」
「そうですね、研究者の方曰く、あの空間は未完成なのだとのことです」
「未完成?」
「そうです、未完成な空間。あそこは何色に見えました?」
「……白」
自信がない。
実際に見ていたときですら白いとは言い切れなかった。
いや、実際認識上は白だった。
それは間違いない。
ただ、その認識が正しいという保証がなにもなかった。
「そうですね、それはあなたのなにもないという認識を表す色が白だったからです、たぶんあなたも感じたでしょうけど、あの空間を黒いと認識する人もいるみたいですよ」
やっぱりそうか、そうかとは言ってもまだ頭が混乱している。
認識と理解の齟齬が大きすぎた。
「あの空間は未完成なので、見る人の認識が大きく作用するみたいです。人によってはあの場所に街を見たという人も宇宙を見たという人も、気が狂ってどこかに消えた人、そして、死んだ人も多くいます。きっと、何もない場所に、自分の命も置けない人だったんですね」
何てことのないように語る彼女に、どうしても聞きたいことがあった。
「あなたは、あの場所で何をみたんですか?」
「あの場所には何もありませんでしたよ」
「なにも?」
「はい、何も。だって、何もない場所なんですよ?何もなくて当たり前じゃないですか」
それもそうか、と思うが、彼女は大概狂った人間のようだった。
それが元からなのか、あの場所へ行ったからなのかはわからないけど、そうでもなければこんなところで案内人なんてしていない。
そう、こんな果てから二番目に近い場所、ここも大概おかしい場所にある、ゲートで案内人をしている女性がまともなはずがない。
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