第336話:コーリウス^シャクス~魔法開発局~

 キーボードを叩く手が止まっている。

 ファニスフィアディスプレイの中の魔素も不定形なままふよふよしているだけだ。

 それにどういう形を与えればいいのか、まったく思いつかない。

 タバコ臭いオフィスに5×5で並んだ机の2-4にあたる机に座っている俺は、魔法開発者だ。

 デバイスで使える新しい魔法のコードを考え、書くのが仕事なんだが、どうにも新しい魔法のアイデアが浮かばない。

 魔法のアイデアの作り方とやらが書かれた教本には「日常の不満にこそ魔法のアイデアは眠っている」ということが書かれているが、この世界に不満は少ない。

 昔はそうでもなかった気がするが、この仕事を始めて5年、既にそのころ思いついたアイデアは実装してしまった。

 今ある不満と言ったら、今現在アイデアが浮かばないということなんだが、それを解消するコードなんてものをどうやって書いたらいいのかも分からない。

 俺は、気晴らしにと席を立って、このタバコ臭い部屋から逃げ出した。



「はー、外の空気はうまいなぁ」

 屋外の清浄な空気を肺一杯に吸い込んで、吐くときに呟いた。

 外に出ると、あんな狭くて空気の悪い部屋に押し込められて何してるんだろうかという気分になる。

 一度、外で作業したら捗るんじゃないかと機材を持ち出してやってみたことはあったけど、思いの外うまくいかなかった。

 アイデアが際限なく広がる空に吸い込まれていくように霧散して、まったく進まなかった。

 窮屈な部屋にいても進まないし、たぶんどんな環境でも大して進まないんだろう。


 ああ、外に出てきたら昔のことを少し思い出してきた。

 俺がこの仕事をしているのは生前の仕事が関係している。

 生前の俺はゲームクリエイターで、剣と魔法のファンタジー系のゲームの、魔法担当をしていた。

 そう、今と大して変わらない。

 あのときは、基本的に作っていたのは攻撃魔法、エフェクトを設計し、効果範囲や属性、威力などのパラメーターを設定するだけでよかった。

 そんな仕事をしていた俺が過労で死んで、実際に魔法をプログラムできる世界に来たら、魔法開発をするしかない。

 俺がこの仕事に就いたのは必然というものだった。

 まあ、思っていたような攻撃魔法なんてものはあまり需要が無く、すでに供給過多な状況で、最初の何年かは少し気になっただけの便利グッズ程度の効果を持った魔法を作っていて、それで満足だった。

 ああ、最近は少し理想が高くなっていたのかもしれない。

 外で昔のことを思い出していたら少しやる気が出てきた、部屋に戻って開発を進めよう。

 まず部屋に戻って感じたのは、タバコの臭い。

 タバコのにおいをシャットアウトする魔法でも作るか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る