第314話:サイスティー・ロンド~私の世界~

 私は少しの間の記憶がない。

 そして、その記憶がない間にどういうわけだか子供になってしまっていた。

 でもそれだけ。

 私の世界にはなんの変化もなく、私が小さくなってしまったことを除いてはなんの変化もない。

 私を取り巻く世界はいつもと変わらない。

 望んだものが望んだように現れる。

 全ては私を肯定する

 私が望まないものは私の世界にはない。

 それが私の望んだ世界であり、この世界だ。

 ……違う気がする。

 私の世界に私の望みを聞かない異物がいたような、そんな記憶がある。

 いや、無い。

 それがいた記憶が無いのだ。

 それは確かに私の世界に現れたはず。

 どのようなものだったかは濃い靄のようなものに隠されてわからないが、それは確かにいた。

 その記憶だけが無い。

 あれは、なんだったんだ。

 欠けた記憶の間に何があった?

 なぜそれは望んでも現れない?

 私は、どうして子供になってしまった?

 わからない。

 答えは、望んでも現れない。

 なぜ、私は今それを思い出した?

 それは、なんだった?

 私は立っていられなくなった。

 もとから立っていたのかもわからなくなって、最初からそこにあったかのように現れた椅子に座った。

 なんだろう、この不安は。

 そう、不安だ。

 私の今のこの気持ちは不安。

 記憶の中には無い気持ち。

 だけど、確実に知っている気持ちだ。

 欠けた記憶の中にあったんだろう。

 考える、考える。

 私に都合のいい望みを想像するためだけにしか使ったことがない頭をフル回転させて、考える。

 思い出せ、思い出せ、思いだせ。

 あれは、だった?


「よぉ、もしかしてロンドか?」

 私の世界が破れた。

 削れた。

 欠けた。

 そして、記憶が埋まっていく。

 椅子に座って悩む私の前に、それはなんのことないように現れた。

 記憶にあるそれとは違い、子供の姿の彼は、一目でだとわかった。

 私は座っていた岩から立ち上がり、彼に言う。

「久しぶり」と。

 不安はすでになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る