第250話:ドン・ハス〜都会行きてぇ〜

「もう我慢できない、私はグルヴェートに行く!」

 この世界での生活にも慣れてきたある日、隣の小屋で騒ぐ声が聞こえた。

「またか……」

 これにももう慣れた。

 数日に一回はおきる癇癪のようなものだ。

「……寝るか」

 春季の暖かな日差しを受けて眠くなる。

 隣の喧騒はまぁ、寝るのに邪魔になるほどではない。

「ちょっと!ドンも何とか言ってよ!」

 隣の喧騒であるうちは、だが。


 彼女はカム・シウ。

 前の世界で子供の頃から付き合いがある、所謂幼馴染みというやつだ。

 世界が滅んだとき一緒に転生してきて、そのままこの国のこの村での生活が始まった。

 前の世界で生活していた村を再現したこの村でだ。

 ここまではいい、正直みんな子供になってしまっただけで大して生活に変化はなかった。

 しかし、彼女がやたらとグルヴェートとやらに行きたがるのはこの世界に来たときに貰った携帯端末デバイスとやらが原因だ。

 この世界ではこれに目に見えないお金を入れて、お金を支払うときに見せるだけでお金が支払われたりするものだ。

 他にもいろいろ機能があるらしいが俺にはよくわからない。

 そして、彼女は携帯端末デバイスをいじっていたときに見たらしいのだ、グルヴェートというこの世界の中心にあるらしい、あらゆる種族が集い、前の世界の王都と比べることもできないぐらい華やかで、とても便利な機械が動いているという、大都市グルヴェートの映像を。

 それに心奪われた彼女は時たまこうやって「絶対にグルヴェートに行く!」と親父さん相手に駄々をこねるのだ。

 まさに今のように。

「ねえ、ドン。お父さんにグルヴェートの素晴らしさを語ってあげて」

 親父さんの説得に失敗したカムは俺に頼りに来た。

「なんで俺が」

「いいじゃない、もし説得に成功したら一緒につれてってあげるわよ?」

「いらん、が流石にこう頻繁に騒がれちゃ寝るのに邪魔だ。少しだけ手伝ってやる、一回だけな」

 これで失敗しても二度と手伝ってなんかやらん。

「やった!」


「で、ドンを呼んでどうするんだ?」

 やっべー、親父さん超怖い。

 とりあえず軽く話聞いて、一言三言話して帰ろう。

 失敗しても知らん。

「あー、なんていうかまぁ一応?説得ってもんを頼まれてしまいましてね。ちょっと、そもそもなんで反対してるのかとかの詳しい話を聞かせてもらおうかなと」

「カム、ちょっと出てろ」

「えー、なんでー?」

「いいから、出てろ」

「ちぇー」と舌打ちしてカムは部屋を出ていった。

 ちゃんとカムが出ていって聞き耳を立てていないか確認してから一度「ふぅー」と息を吐いて親父さんは話し始めた。

「ドンお前、カムが1人で都会暮らしなんてできると思うか?」

 親父さんが反対していた理由は納得するしかないものだった。

「無理だと思いますね」

「だろ?あいつは昔からできもしないことをやりたがるんだ」

 楽器、園芸、料理とカムが過去に挑戦して失敗してきたことが思い浮かぶ。

「しかし、父親としてはやりたいことをやらせてやりてぇ、わかるか?」

「いやぁ、父親としての視点は僕にはわからないですね」

「そうかぁ、そのうちわかるようになるさ。娘ができりゃあな」

 困ったな。この世界では子供はできないらしいから一生わからないぞ。

「そこでだ」

「なんですか?」

「ドンが一緒に行くっていう条件付きでなら行かせてやってもいい」

「その条件、カムには?」

「まだ言ってない。まずはドンがどうするか確認してから言ってやるつもりだ。というわけで、ドンはどうする?行くか?」

「行かないって言ったら?」

「もちろんカムにはこの話はしない、カムの都会行きは反対し続ける」

 それなら、

「こと」

「ドンも一緒に行くって!?」

 どこで聞いてたのかカムが乱入してきた。

「おまっ、カム!どこで聞いてたんだ!」

 外に出たことを確認していた親父さんが慌て出す。

「ふっふーん、携帯端末デバイスにはそういうことができる機能があるのよ。で、ドンも行くよね、グルヴェート!」

 正直、行きたくはない。

 しかし、行かない理由もない。

「しかたねぇな、行くよ、行けばいいんだろ!」

「よーし、決まり!いいよね、お父さん!」

「ドンが行くってなら止める理由はねぇ……」

 こうして、俺とカムのグルヴェート行きが決まった。

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