第155話:カリン・ケルリン〜夜の街の朝〜

 ふと、目が覚めた。

 外は暗いが目が覚めたのであれば朝なのだろう。

 ずいぶん久しぶりの朝だな。

 マスクを外し、ベッドから体を起こす、最低限の筋肉は保証されているとはいえ、夢の中に比べるとやはり体が重い。

 明かりを点ける、久々に取り込む光に目が痛む。

 何か朝になる時間を設定していたのだろうか、思い出せない。

 設定していたのだとすれば、ベッドの横に何かメモ書きを置くだろう。

 何か残っていないか、ないな。

 時計を確認するも定期的に朝を迎える日でもないし、なぜ今日に朝を迎えたのだろう。

 まぁ、せっかく朝を迎えたのだし、出かけてみるか。


 街は相変わらず夜だった。

 窓には明かりは灯らず、空は厚い屋根に覆われて外のが明るくてもこの街のなかには届かない。

 時間を見る限り、街の外は明るい時間だと思うのだが、この街では関係ないか。

 変わらないなぁこの街は、ドームの中の空気が澱むように、時間も澱んでいるような、そんな街だ。

 まぁ、外に出て動き回る人など滅多にいないからしかたないのだがね。

 夢の中はあれほど頻繁に概念ごと移り変わるというのに、この街の住人と来たら。

 朝を迎えない人間の多いこと多いこと。

 まぁ、こんな想定外な朝を迎えて散歩をしている僕が言えたことじゃないけど。


 少し歩き回っただけだけど、すごい疲れた。

 誰もその恩恵を受けることのない街灯が照らすベンチに座ってため息をつく。

 久しぶりに肉体を動かしすぎた。

 しばらく筋肉痛だろう。

 夢の中にいる間は痛みなど感じないけども、次に朝を迎えるまでに筋肉痛が治まっているだろうか。

 少し休んで、家に向かってまた歩き出す。

 疲れたな、もう寝ることにしよう。

 そう考えながら歩いていると、向かいから誰かが歩いてきた。

 現実で人に会うのは珍しいなと思いつつ、挨拶ぐらいしておくかとも思い、片手をあげて「こんにちは」と言おうとした。

 言おうとしたのだが、脳が声帯の動かしかたを忘れていたようだ、音は出たが「こんにちは」とは聞き取れないだろう。

 相手もそれに気づき、ぎこちない動きで片手を上げた。

 それを見て、僕の腕もずいぶんぎこちない動きだったことがわかった。

 相手も同じことに気づいたらしく、笑おうとするような動作をしたが、お互い生身の動かしかたを忘れてしまっていてぎこちない笑いになった。

 先程よりはスムーズになったがまだぎこちなさの残る動きで、片手を軽くあげて、別れを告げて、さっさと夢の中に戻ることにした。


 家に着き、ベッドに体を預けてマスクを着ける。

 夢の中に戻る前に、ひとつ思い付いてメモを残す。

『朝を迎えたのなら、発生練習と準備運動をしてから出かけるといい』

 これで、次回朝を迎えた時は偶然であった人にもスムーズに挨拶できるだろう。

 明かりを消し、この街【ソールノミニクス夢の中の街】の本当の姿である夢の中へ帰ろう。

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