第54話:タンノ-トンノ〜初めて死を知り痛みを知る〜

 ここはどこだ…………?

 たしか私は、70歳の二次定年を迎えて人の世から去るセレモニーに参加していて?

 そのセレモニーが始まった記憶はあるが、その前後の記憶が曖昧だな。

 今私がいる場所は、だめだ、全く見覚えがない。とても狭い、こんな狭いのは初めてだ。

 端末は、と腕を見ても何もない、何もないどころかなんだこの幼いと表現するのが最も正しい腕は。

 見下ろしてみると、腕だけではない、脚も胴も全て子供の姿だ。

 これは私の体ではないのか?

 なんにせよ、端末を紛失しているのだ、こうなってはコンノーヴのシステムにアクセスができないし、それどころかIDの照合ができずに駆除されてしまうかもしれない、そこまで考えたところで、よく考えれば二次定年でコンノーヴから別の施設に移ることになっていたことに気づく。

 私は今、別の施設に移動している最中なのかもしれない。その際に肉体を新調しており、記憶の混濁もそのせいなのではないか。それならば端末は次の施設では使用できないため、外されていると考えるのが妥当だ。

「気がつきましたか?」

 突然壁が喋った、コンノーヴの管理者の声ではないな、誰だろう。

「気がついたのであれば、その卵を破って外に出てきてほしいのですが」

 卵?卵とは食品の卵なのか?どこに卵があるというのか。

「あー、それを卵とは認識できない人ですか。その壁は押せば壊れます、壊して出てきてください」

 なんだか、認識に齟齬があるような気がするが、今は従う他ないようだ。

 指示に従い、壁を押してみる。

 壁は押したところから崩れ、外の光が飛び込んできた。

 白をベースにした彩度の低いホール、所々に観葉植物の鉢が置いてあるが私ともう一人の女の子以外には誰もいない。

「やっと出てきましたね」

 壁の向こうで喋っていたのはこの女の子か。

「ここが次の施設か?私とコンノーヴで一緒に二次定年を迎えた人たちはどこにいった?」

「そうですね、まずはあなたの認識を訂正していきたいと思います。ここはあなたが考えている二次定年後に来ることになっている新施設ペールノートスではありません」

 なんだと?では私はどこへつれてこられたと言うのだ。

「ここは死後の世界です、つまり貴方は死んだのです」

 死んだ?

「死んだとはなんだ?ここは死後の世界という施設なのか?」

 初めて聞く施設名だ。

「違いますね、あなたの肉体は生命活動を停止し、あなたがわかる言葉で表現するならば駆除された人間と同じところに来たといったところでしょうか」

「駆除された人間…………?」

 頭の中に焦げ臭い臭いを上げながら動かなくなり、回収車に運ばれていく人間が浮かぶ。

「見たことありますか?

 あれはそれ以上先がない、肉の塊以外の何でもないものになっているのですが、あなたの肉体は元の世界では似たような状態になっているのです。

 精神がこの世界で新たな肉体を得て活動できる状態になっているといった感じです」

「何を言っているのかわからないが、つまり、私はこれからここで生活するってことでいいのか?」

「まぁ、大体そういうことです。私からの案内は以上で、あ、最後に名前だけ教えてもらっていいですか?」

「名前、タンノ-トンノです」

「はいはい、タンノ-トンノさんですね、そこの扉を出て右の65番目受付に進んでくださいね、次はそこで話を聞いてきてください」


「右の65番目の受け付けというのはここですか?」

「そうだよ、あなたはタンノ-トンノさんですね、で、あなたはこの世界でどのような生活を望みますか?今までの世界での生活と同じような生活か、自分で全て選択する生活か」

「言っている意味がよくわからないのですが」

「つまり、今までは管理者ってやつに色々決められて過ごしてきた訳だが、その決定を自分でやるか?って話だ。まぁ、あんたらは管理されてる方が性に合ってるのかもしれんがね」

「よくわかりませんが、自分で決めていこうかと思います」

「ほぉ、またどうして」

「管理者の言うこと聞いてうまくいっていたというのはあるのですが、最後にあんな風に私たちを駆除したのですよ?もう信じられないじゃないですか」

「はぁ、いくつか勘違いされているような気がしますが、わかりました、じゃあこちら、端末みたいなものです、を支給するのでこれ以降の質問事項はこちらでヘルプを見るようにしてください、ではこちらのゲートへどうぞ」

 ワープゲートというものに案内され潜ると、窓ガラス越しに空が見える場所に出た。

 早速、次はどうすればよいのか端末に質問した。

 役所で住居の申請をするのか、それで役所はワープゲートの隣の建物がそうなのか。

 早速行こうと外に出て歩き出したら地面に突起があり、それに躓いて転倒してしまった。

 ここには転倒防止システムが実装されていないのだな、膝から赤いものが滴る、これはなんだと端末に質問を投げ掛ける。

 端末いわくこれは血というもので、本来は体内に収まっているものだが、外部に露出している状態を怪我していると言うらしい、それに付随するこの不快感は、痛みというのか。

 今まで住んでいた施設の地面は完璧にフラットだったし、転倒防止システムも有効になっていたため、転倒するなどということはなく、痛みというのも初めての体験だったが、不思議と胸が高まる、痛みはあまり気持ちのよい感覚ではないが、これからは付き合っていかなければならないのだろう。

「よろしくな」そう、誰に対してというわけでもなく発声し、立ち上がり役所に向かって再び歩き出す。

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