第47話:メルケニア-カム〜卵を孵化させようとした話〜

 街で鳥の半獣人を見た。

 それで思い出したのだけれど、私は昔ひよこを飼っていたのだ。

 卵から孵して育てて、鶏になったのだけどその後どうなったんだったか。

 少しだけ懐かしい気分に浸りながら、晩御飯の買い物をしていると卵売り場に目が止まった。

 うろ覚えだが、確か普通の食料品店で買った卵を暖めて孵化させたはずだ、試しにこの店の卵で試してみよう。

 そう考え、パックを一つかごに入れる。


 それから薄れている記憶を頼りに、卵を孵化させるのに必要な道具を揃え、卵を暖める。

 確かひよこは暖めはじめてから21日で孵るはずだが、一日の長さが違うこの世界でもそうなのだろうか。

 そんなことを考えながら、卵をひっくり返したりして過ごし、21日経ったが卵にはなんの変化もない。

 一応40日ほど待ってみたがなんの変化もない。

 ちょっと調べてみよう。


『初心者にありがちなミスとして無精卵を暖めているというものがあります、無精卵ではいくら暖めてもひよこは生まれません』

 なるほど、私が50日かけて暖めていたのは無精卵というやつだったのか。

 それはいくら暖めてもひよこなど生まれないわけだ。


 その日から私は有精卵というものを探して回った。

 職場の人に聞いたものの有精卵の存在を知っている人の方が少なく、知っている人も売っているのは見たことがないと言う答えばかり。

 いろんな知り合いに聞いたが大体同じで、知らないか、知っていても売っているのは見たことがない人ばかりだった。


 なんで見つからないのかなぁ、前の世界じゃ普通に買えたのになー。

 あ、そうだ。


 有精卵を求めてやってきたのは、パルソンベーターにある卵農場。

 他にも卵農場はあったのだけど、この卵農場は女の子がやってるということで、他のとこよりも安心かなと思って選びました。

「それで、私は有精卵が欲しくてここまで来たのですが、ありませんか?」

「うーん、うちでは有精卵は生ませてないですね、知り合いの鶏にとても詳しい人に聞いてみましょうか」

 この農場では鶏は飼っているが、有精卵はないらしい。

 そして、その更に知り合いの農家さんへ来た。

 大柄なおっさんだ、最初に来た農家の子と並ぶと倍ぐらい大きい、この二人が同じ仕事をしているなど信じられるものじゃない。

「それで、この農場に有精卵はありますか?」

「ないよ」

「え、ないんですか?」

「ないよ、この農場にないだけじゃなくて、この世界には有精卵は存在しないんだよふ」

「そうなんですか?」

 じゃあひよこはどこからくるんだろう。

「この世界に生きてる物は全て他の世界から転生してきてるって話は知ってるよね?」

 うなずく。

「それはこの世界では新しく命が生まれるということがないからなんだ。

 それが、どういう理由によるものなのかはわからないけど、つまり、この世界では鶏が生んだ卵からひよこは絶対に生まれないのさ」

「それじゃあ私はどうしたらいいんですか、卵から生まれたひよこを育てたいんですけど」

「それなら、僕らが鶏を仕入れるときに行く転生卵市場に行けばいいさ、鶏の転生卵なら結構安値で買えるよ」

 そんな場所があるなんて。

「あ、私も行きます。そろそろ新しいハーメンを仕入れなきゃならないんで」

 農家の子も一緒に行くことになった。


 転生卵市場にやって来た。

「結構活気があるんですね」

 人も多いし、何やら見たこともないような卵かどうかも怪しいものがたくさん売っている。

「ここは別に僕みたいな農家ばかりがくるところじゃないからね、果物が生まれてくる卵もあるし、花の種の卵もあるから、結構いろんな人がくるんだ」

「へえーなるほど、それで、鶏の卵の場所はどこに?」

「あっちだ、自分で選ぶかい?」

「はい、やっぱりこういうのは自分で選ぶものですよ」

 どの卵にしようかな、うーん、お、この卵いい気がしますね。

「これにします」

「それ、少し大きくないか?」

「特別感あっていいじゃないですか、おねーさんこれください」


 こうして私はひよこの卵を手に入れたのです。

 聞いたところ、この卵はすでに中にはひよこが生まれることのできる状態で入ってるらしく、割ってあげてくれとのことで、確かに中からはカリカリと引っ掻くような音が。

 割った拍子に怪我をしてしまわないように、ゆっくりと丁寧に卵を割る。

 さて、生まれてきたひよことご対面です!

 にゃー

 んん?これひよこですかね?ひよこってにゃーなんて鳴くものでしたっけ?

 この動物は、猫だ!

 何か、なにか思い出してきましたよ。

 そう、昔飼っていた、鶏は近所の野良猫にやられてしまったんだった!

「ぐぬぬ、にっくき猫め、貴様など飼ってやるものか!

 あーだめですよ、そんな顔してもダメです!

 あーダメだ!猫かわいい!このかわいさは殺人的ですね、この世界にもたぶん、猫のかわいさに殺されて転生してきてる人いるぐらいかわいいですね!」

 そんなこんなで、私は卵から生まれたひよこではなく、卵から生まれた猫を飼うことになったわけなのです!

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