第32話:皇勇人Ⅲ~一年で一番熱い日~

 暑い。

 この世界に転生してきてから数十日、最近暑いなぁって思ってたけど、今日は特に暑い。今はエアコンの効いた喫茶店に来て涼んでいるが、入るなり意外そうな顔をされた。

 まぁ、前に来たときはあんな感じだったのだし、意外そうな顔をされて当然だな。

「今日はめっちゃ暑いですね」

 お客さんは俺以外いなくて、無言な空間もあまり好きではないので話しかけてみる。

「お客さん、共通語喋れるようになったんですね」

「え、ああ、少しですけどね。聞く方はまだ、翻訳機頼りなんですけど」

「それもそのうち慣れるでしょう、それで、今日が暑いという話でしたね」

「はい、最近もずっと暑くなる一方で、えーと、夏みたいだなぁって」

「夏、あなたの世界ではベリア夏季をそう言うんですね。でも暑くなるのも今日で終わりです。明日からはだんだん涼しくなりますよ。だんだん太陽が離れていくので」

「あの太陽って移動してるんですか?」

 天動説かな?でもこの世界の科学は日本よりも進んでると思うんだけど、地動説が一般的じゃないのかな?

「ご存じないのですね。まぁ、この世界の夏季を知らないのですし、まだこの世界に来て一年たってないのでしょう?」

「そうなんですよ、まだこないだこの世界に転生してきたばっかりで、右も左もわからないというか、全然この世界の常識も知らないんですよ」

「その歳でこの街に来るなんて、なかなか挑戦心が強いですね。ではお姉さんが少し説明してあげましょう」

「お姉さん、って歳でも、ないくせに」

 カウンターの向こう側から小さい子が現れた。

「なんてことを言うんですか私はまだ17です」

「この、世界では、でしょ」

 ピー

 店主さんの腕についているセンサーが鳴った、そういえば、あのセンサーが鳴ると痛みを相手に与えなければいけないんだっけ。あ、店主さんが小さい子に軽くチョップした。小さい子はそのまま、カウンター裏端っこにある扉を開けてどこかへ行ってしまった。

「すいませんね、あの子、最近入った子なんですけど失礼で」

「いいですよ、気にしてませんから」

 お姉さんの歳も知れたし、しかし、年齢差で考えるととんでもない差だ。17歳差、元の世界ならばおばさ、っと、これ以上は考えるのをやめておこう。口に出さずともセンサーが鳴りかねない。

「それで、なんの話でしたっけ?」

「夏季がどういうものか、って話だったと」

「そうでしたね。この世界の季節は一年に大体8回程変わるんです、夏季から始まり、雨季、秋季、湿季、冬季、暖季、春季、乾季、ときてまた夏季に戻ってくる。そして今日が丁度夏季の終わりにあたる日なんです。明日からは雨季に入って雨が増えますが、徐々に気温が下がって涼しくなっていきますよ」

「へぇ、太陽の位置でそうやって変わるんだ」

「ええ、そして、この街グルヴェートは丁度太陽の真下にある街なので、この世界で最も暑いのは今日、この街なのです」

「道理で、日本の夏も暑かったけど、この街の夏季も相当暑いのね……人通りがいつもよりも少ないのはそのせい?」

「そうですね、この街に住んでいる人の大半は獣人の方で彼らは暑さに弱いらしく、この時期は最も太陽から遠い街に行っている人が多いですね」

「なるほどね、小さいお店が最近軒並み休業してるのはそれでか」

「そうですねぇ、お客さんも少ない時期なので、私も避暑しに行きたいんですけど、この時期にしか来ないお客さんもいるものでして、閉めるわけにもいかないんですよねぇ」

「へぇ、大変ですね」

「けれど、元からお客さん少ないお店なので、来てくれるお客さんがいる時期にお店を閉めるというのも申し訳ないので」

 結構お客さんは大事にする人なんだな、でもセンサーが鳴ったら痛みを与えなければならないから、お客さんは増えないんだろうなぁ。

「経営とか、大丈夫なんですか」

「このお店はオーナーの趣味で経営しているお店なので、何にも問題はありませんよ」

 そうなのか、漫画とかではたまにあったが、そういう経営者って本当にいるのか……。

「はい、ご注文の紅茶ですよ、砂糖はこっち、ミルクやレモンも必要なら言ってください」

「ああ、ありがとうございます」

 この前はすごい渋いペルツエという飲み物を飲む羽目になったが、今日はちゃんとメニューから紅茶を探して注文した。この喫茶店は様々な世界の飲み物が殆どあるらしい。紅茶の味、久しぶりだ……。

 その後、店主さんにいろいろ教えてもらって、閉店の時間までいたが俺以外のお客さんは誰一人やってこなかった。

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