第4話:メーティカ‐メーティカ~繁盛しない喫茶店~
この街は世界一大きなターミナルがある街、グルヴェート。どこかの世界出身者が集まるコミュニティではなく、主に共通語が使われている、世界で最も発展していて、世界で最も混沌としている街。
そして、私はこの都の一角にひっそりと存在する喫茶店【フォーレトルーン】のマスターをしているメーティカ‐メーティカと申します。この喫茶店、自分で言うのもなんですが、料理も飲み物も非常においしく、マスターである私も美人だと評判なのですが、とある事情であまりお客さんが入らず、変人、もとい変わった常連さんしか来なくて割と暇なんですよね。この世界は一日が非常に長いですし、一日中誰がいるわけでもないですし。まぁ、私はあくまで雇われマスターですし、そもそも、オーナーが趣味で経営しているだけの採算度外視の喫茶店なので、お客さんが来なくても構わないと言えば構わないのですけど。
「ふぁ」
おっと欠伸が。今日は普段に輪をかけて暇ですね。たまには新しいお客さんでも来ないでしょうか。
私の希望は前兆だったのか、カランカランと小気味よい音を立てて店のドアが開く。ドアを開いた顔は初めて見る顔、新しいお客さんですね。体つきから見た感じ、転生してきてまだ何年も経ってなさそうです、あの年でグルヴェートにくるなんて、少し珍しいですね。
この喫茶店のルールにはあえて触れないでおきましょうか、退屈していたところでしたし、一応見やすい場所に共通語で書いてありますから気づくでしょう。
「カウンターへどうぞ」
私は普段からあまり表情を作らないタイプで、それは接客中も変わらない。少し、威圧感をお客さんに与えてしまうが、それもまたよし。ある意味、都合がよい。
お客さんはメニューリストを額にしわを寄せながら見ていたが、しばらくしてメニューリストの中の一つを指で示した。少しその行動を不思議に思い、お客さんの耳元を見ると、ターミナルで貸し出しをしているタイプの翻訳機が付いていた。なるほど、あれは聞き取りは出来ても自分の発言を翻訳することができないのでしたね。あれではこちらに意思表示は出来ない、同時に、おそらく字も読めてはいない、やけにメニューリストを読むのに力が入っていると思っていたましたが、見たこともない文字に困っていたのでしょう。
恐らくは勘で注文したであろう指が指示していたのはペルツエという、トラスティータという世界のペルテという国の伝統的な飲み物、独特の渋みがあり、ペルテ出身者は好んで飲むがそれ以外にはあまり人気がない、もちろん私も好きではない。常連の一人にペルテ出身がいるのでメニューリストに存在するだけだ。
どうせ何を注文したかもわかっていないのだろうし実際の注文とは違うものを出してしまおうかと少し悩んだが、注文されたもの以外を出すのは店としてお客さんに失礼だと思い、注文通りペルツエの用意を始める。
決して渋さに顔を歪ませる彼の顔が見てみたいとかそういう理由ではないですからね。
少しの間、店の中にはシーリングファンの回る音と、ペルツエを煮出している鍋が立てる音だけが響く心地よくもある静寂に包まれていたが、唐突にそれを打ち破る存在が現れた。
「聞いてくれよメティメティ!」
私は手首につけたセンサーが鳴るのを耳で感じると同時に、手元にあった割れない素材のカップをそいつに向けて投げつけた。
「その呼び方はやめてください」
おっと、新しいお客さんが少し怯えてしまっている、仕方ない、説明しておく必要がありますね。
「これはこのお店のルールでして、あちらにも掲示してあるよう【お客様が店員に対して与えた精神的苦痛を店員がお客様に対して肉体的苦痛でお返しする場合がございます】」
どうせ彼には読めないのだろうが、一応、手で視線をそちらに向けるように促しておく。説明を聞いた彼は意外なほどすぐ納得したように頷いてくれた。近いルールがある世界の生まれなのだろうか。
「そういうこと、俺はこのルールに納得した上でメティメティをからかっているのさ。んで、注文はガロスとデルークをおくれ、ガロスは大盛りで頼むわ、腹減っちまってなぁ」
「先に彼にペルツエを出しますので、ちょっと待っていてくださいね。あと、それ以上その呼び方を続けると次は刃物が出ますよ」
口ではそういってはいるが、今はセンサーが鳴ってないので、彼に危害を加えることはできない。私が腕につけているセンサーは私の精神的苦痛を検知して鳴るので、これが鳴らなければ、お客さんを殴ったりすることはできない。逆に、これが鳴ったら例え相手がどんなに殴りづらい相手であっても、肉体的苦痛を受けてもらうことになっている。これはこの喫茶店のルールなのだ。
ちなみに、それをきちんと店の表にも中にもみやすい場所に掲示してあるため、法的には何も問題はない。どこかの世界ではこのルールが基本らしい。店の中では店員とお客さんは対等であるという理念の元にできたルールのようだ。私はその世界の生まれではないし、オーナーもその世界の生まれではない。そして、グルヴェートでこのルールを採用している喫茶店はこの店ぐらいしかないだろう。なぜこのルールをオーナーが採用したかはわからないが、私としてもうっとおしいお客さんに手を出すなと言われても困る。
そんなことを考えていたら、ペルツエがいい感じに煮出されていた。それをカップに移し、新しいお客さんの元に出す。それを飲んだお客さんは最初の想像通り、ものすごい顔になっていたが、なんとか飲み干した。残したら私に叩かれるとでも思ったのかもしれない。そして、そのまま少し苦しそうな顔でにこやかな笑顔を作り、言葉はわからなかったが、表情的に「ありがとう」といった意味であろう言葉を残して彼は店を後にした。あの様子ではもうこの店に来ることはあるまい。
「でさぁ、今回の依頼がよ」
「はい、ガロス大盛りとデルークです」
彼の話は少し長くなるので、キリがいいところで料理を出す。
「あとこれはサービス」
さらに追加でサービスと称して、鍋に残ったペルツエを出す。
「おお、マジか!サンキューメティメティ」
彼はペルツエというものを知らないらしい、センサーが鳴っていないので直接暴力をふるうことはできないですが、こういったサービスならいいでしょう。相手も喜んでいるのだし。
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