第8話 先生 エリザベス・ドレス

幻獣が初めて人の眼に触れたのは、1978年 旧ソビエト連邦のかつての核実験場セミパラチンスクがあったカザフスタンの北東部であった。

当時はセンセーショナルな話題を生んだが、後に科学的な根拠に薄いとして下火になっていった。

それでも陰謀論者や末法論者からの支持はあったのだが。


しかし、後に世界を震え上がらせる事件が起きる。

そう『幻獣落ち』である。

それも、テレビの生放送中に起きた事件であった。


場所は、アメリカの大統領戦の最中で、最有力候補の演説中に起きた事件だった。

演説前日まで高熱で寝込んでいたという候補だったが、当日熱も引いたとして演説に臨んだ。


浴びせ掛けられるカメラのフラッシュの中、最初は冷静に大統領戦に掛ける意気込みなどを語っていたが、突然苦しみだしそしてその身体は化け物へと変貌した。


その犠牲者の数は、放送局の人間、演説を聞こうと詰めかけた支持者達含めて1200人規模の大惨事となった。

軍の介入によりその化け物は倒されたが、それと時を同じくして世界各地で『幻獣落ち』が発生するに至り世界は混乱に包まれた。

顔見知りや親しい友人がある日いきなり化け物になって人を襲う、そのような事態に恐怖しない人間はいないだろう。


のちの研究により、幻獣因子とも呼べる物を保有している者がいる事、その因子が活動するのに保有者の体温が40度もの高温が一週間ほど続く必要がある事、が分かるにいたり各国は決断した。


保有者の隔離である。

因子を持つまたは因子保有者に接触した者を一まとめにして隔離する。

因子が遺伝に依らないと言う研究結果は出ていたが、人々はそれを信じなかった。

現代に甦った魔女狩りが如く人々は因子を持つ恐れのある者を狩っていったのだ。


その混乱を憂いた有志によって、やがて国を超えて協力しあう組織、封印委員会が発足され、そして封印都市が生まれた。


さらに研究が進み、幻獣因子の除去が出来る様になったが、そのためには莫大なお金、手術費が掛かる。

現在の封印都市に暮らす者はその費用が捻出出来なかった者達の子孫だともいえる。


さてこのように様々な研究が進められている幻獣だが、当然というか、人類の業と言おうか幻獣を兵器転用できないかという研究も勿論もちろんあった。


その内の一つがアカツキ研究所である。

アカツキ ゴウゾウが設立したこの研究所は最初は普通の研究機関であったという。

しかし、資金難に陥り、ある企業がスポンサーになった時、アカツキ研究所はその姿を変えた。

最悪の悪魔となって。


彼らの造りし物、それは幻獣に取りつき操る寄生体。 ついこの間イスナが出会ったソレである。

そしてもう一つ。 幻獣の力そのものを人間に取り込むまさに悪魔の……


だが、その悪魔は一度は滅ぼされた。 

それでもその息の根を止める事は出来なかったようだ。


そうそれは、今もこの封印都市No.6 パンドラの中で今だ息づいているのだ。

街の暗がりに身を潜め、新たな実験材料イケニエを求めて……










イスナは、先ほどまでパンパンに膨らんでいたサイフの事を思い、怒りにそして悲しみに震えていた。

あのクソババア……


イスナの借りているアパートの大家、丸々と肥え太ったブルドッグのように見えるおばさんが、せっかく稼いだお金を無情にももぎ取っていった時の事は一生忘れないだろう。


なにが、再来月分まで頂いておきますよ。だっ!

あんまりといえばあんまりな仕打ちだが、これまで家賃を滞納していた事実を持ち出されれば嫌とも言えず泣く泣く支払いを済ませたのだ。


そこまでされたなら別の場所に住めばいいと思われるだろうが、イスナは色々やらかしているためこのアパートしか借りれなかったのだ。


他の狩人のように、それこそイシバシ達のように廃墟を改造なりして住めばというのは無理だ。


それは、イスナが都市管理委員会の公認狩人である事が関係している。

公認狩人は住居か確認出来る場所に住む事を義務づけられる。

存在しない住所の届け出など受理されるはずもなく、仕方なくあの犬小屋よりはましなアパートに


取りあえずお金だ、お金がいる。 できれば楽に大金が手に入れば言う事なしなのだが。


今日のメシ代すら危うい懐事情に軽くため息を吐くと、例の場所、G&Mガーリー&マニッシュ銃砲店へ向かうべく足を向け、イヤなヤツを見つけてしまった。


うげっ! なんでアイツがここに?


とっさに隠れようとしたが彼女がイスナを見つける方が早かった。


「あら、イスナさん。 こんにちは。 偶然ね?」


そう言って声を掛けて来たのは、イスナより年上に見える20代の大人の女性だった。

美しく長いプラチナブロンドをシニヨンにしてきっちり纏めている。

少々たれ目がちな青い目は、四角い硬質的なフレームの眼鏡によってキツ目の印象を人に与えるだろう。

レディーススーツを嫌味なく着こなし、その豊満なボディの魅力を損なう事なく表していた。

すごぶるつきの美人である。


イスナはそんな彼女の姿を認めると、セーラー服の後ろ襟のフード(改造してフードを取り付けている)をかぶると無視を決め込んだ。


女性は、その態度に片眉を跳ね上げ、イスナの前に回り込んだ。

そしておもむろにイスナの頬を撮むと左右に引っ張った。


「いひゃいいひゃい! なにすんだ!」

慌てて飛びのくイスナに、女性は人差し指を突きつける。


「こちらが挨拶したならきちんと挨拶を返す! 常識でしてよ?」


そう言われイスナはため息を吐いてイヤイヤ挨拶を返した。


「はいはいこんにちは。 先生ティーチャー


先生ティーチャーと呼ばれた女性は、まあ合格にしましょうといった感じで頷く。


「んで? なんでアン…… 先生ティーチャーがこんなとこに?」

一瞬、イスナの言葉にまなじりを吊り上げかけたが言いなおしたことで不問にしたのか質問に答えた。


「私、無人の廃墟散策が趣味なんですのよ?」

そう言ってニッコリ笑う。


無人…… ねえ? イスナは人通りの多いこの繁華街をチラリと見渡してひとりごちた。


彼女、エリザベス・ドレスは別に学校の教師ではない。 そもそもイスナは学校に通ってなどいない。

彼女は、この封印都市の管理委員会の人間である。

それもエリート中のエリートたるスペシャルズの。

それゆえに先の発言は委員会の人間としては当たり前の発言ではあった。

なにせこの繁華街は委員会に認可されてないのだから。



スペシャルズ。 魔法マギタイプの幻獣に対抗するために組織された集団。

特にこの先生ティーチャーの力は厄介だ。 魔法を無効化する領域を作り出せる聖女セイントほどではないにせよ。

そして彼らのもう一つの役割は……


「んじゃ私はこっちだから」

触らぬ神になんとやらだ。 

面倒事になる前にイスナはそそくさと……


「お待ちなさい」

捕まった。


イスナはイヤイヤ振り向いた。


「なに?」


「どこにいくんですか?」

エリザベスはニッコリと微笑んできた。

イスナもニッコリと微笑んで…… 大分引きつっていたが。


「まあそこら辺をブラブラと?」

息を吐くが如く、嘘を付いた。


「なら私もお付き合いしましょう。 なにせ暇なので」

そう言ってエリザベスはイスナに並んで歩き出す。


オイオイ、カンベンしてくれ。

エリザベスの録でもない提案にイスナは本気で嫌がったが、コイツがこんな事を言うときはどうやても付いてくるのだ。


イスナはガックリと肩を落として諦め目的地へ足を進める事にする。







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