第6話 玄人狩人 ジェット・マクレガー

ゴキゲンだぜっ!


ジェットは自身の愛銃であるクリス K10の反動を、グリップを握る腕に、ストックを押し付けている肩にそして体全体に感じていた。

フルオート射撃のコントロールが容易なこのイカした愛銃は.45ACP弾をマンティコアに、正に集中豪雨の如く降り注がせた。


ワンマガジンを打ち切り、他のメンバーの射撃の間にマガジンを交換。 そしてまた撃ち切るまでトリガーを外さない。

ワンマガジンを再び撃ち切り、そこで素早くマガジンを交換しようやく射撃を止める。

その後にシノノメが、最期にイシバシが射撃を止め、しかし銃口は降ろさない。


硝煙で視界が塞がれる中、ダンスを踊り疲れた踊り子の様子をいち早く見てやろうとジェットは自らの機械眼サイバーアイに組み込まれた熱源視野サーモアイを起動させる。


しかし、コンピュータの補正により輪郭が加えられ見やすくなっている高性能の熱源視野サーモアイに映っていた物は、ジェットの想像していた倒れ伏すマンティコアの姿ではなく、四足でしかと立ち……


「イシバシ避けろ!」


そこでジェットは、側で慣れない手つきでモタモタとマガジン交換しているシノノメを引っ掴みながら地面に倒れこむ。

その際、イシバシの方は確認出来なかったがヤツならあの警告だけで十分だろうと確信していた。

なにせ伊達に10年もチームを組んでいないのだから。


「なっ!? なにが? ジェットさん!?」


いきなり仲間に引きずり倒されて混乱するシノノメの上を、彼の頭ほどもあるコンクリの塊が通り過ぎていったことで理解し静かになる。


ジェットは、今だ倒れたままのこの若手を引きずるようにして遮蔽物に飛び込む。


そこでようやく視界が晴れた時、マンティコアが無傷で立っているのを知る。


「馬鹿な……無傷だと!?」


イシバシの驚愕の声はジェットにとっても同じ思いだった。

あのまさに飽和攻撃と言ってもいい銃撃を無傷だなどと……


「ギギッ! きさまら、俺が気持ちよく寝ている時に!」

マンティコアはそう言った後、周りを見回した。


「なんだ? この不快な音は?」


どうやら、結界陣の超音波は問題なくマンティコアに効いているようだ。

そして結界陣の事を知らない所を見るとどうやら元は一般人のようだ。


これなら何とかなる。

もし元になった人間が、軍人などであった場合その知識は厄介なものになる。

だが、コイツはどうやってあの攻撃を凌いだのだ?


皮膚が硬い。などということはないだろう。 あの攻撃を素で受けれる幻獣などいないはず。

なにかトリックが……


そこまで考えてジェットはその答えの一端をを目にした。


マンティコアの側に転がる瓦礫が独りでに浮き上がり、こちらに向かってきたのだ。

それも弾丸並みのスピードで。


「こいつ! 魔法マギタイプかっ!?」


マズイ! ただでさえ厄介なマンティコアなのにさらに魔法マギタイプとはっ!


撤退するしかない。

今、魔法マギタイプを相手どれるような装備はしていない。

しかもシノノメはまだ魔法マギタイプとやり合った経験がないのだ。


ジェットはイシバシに合図しようとしたその時。


「くそがあああ!」

突然シノノメが物陰から躍り出ると短機関銃サブマシンガンを乱射しだした。


どこか幼さの残る顔は恐怖で引きつって目は血走っていた。


「あのバカ!」

イシバシはシノノメを助けようと自身も物陰から飛び出した。

そしてシノノメの襟首を引っ掴む。


「ジェット 撤退するぞ!」

その言葉に弾かれたように駆け出し、入って来た入口まで後退しシノノメを掴んで引きずるイシバシを待つ。

当然、援護のためにマンティコアに向けて撃ちまくるもを忘れない。


ようやく自らの足で歩きだしたシノノメを先に行かせ、次いでイシバシ最後にジェットが潜り抜けようとした時。


「ジェット!」

腹部に激痛が走る。


「ぐっ!? コイツッ!」

何時の間にか接近していたマンティコアがジェットの脇腹に噛みついていた。


イシバシがそのマンティコアの顔面に拳を叩き込んで、ジェットから引きはがす。


「うんまあぁぁいっ!」

噛み切った肉片をおいしそうに咀嚼するマンティコア。

さらに喰らおうと身をかがめ。


「ギャア!?」


その顔面に銃弾が突き刺さる。


「ヤンか!?」

チーム一の狙撃手、ヤンの見事な一撃はマンティコアの顔に傷をつけた。


その隙を突いて、ジェットをシノノメと二人掛かりで引きずりマンティコアから離れる。


続くヤンの狙撃はマンティコアの魔法によって防がれたようだが、足止めの効果は抜群であった。


そして、手持ちの簡易結界陣を部屋に投げ入れそれを起動させ、電磁の檻がマンティコアを包み込み部屋に閉じ込める。

これは外の結界陣と違って効果は一時間と持たないが、このような撤退する際には役に立つ。


そうして何とか外にまで出ることが出来たのだが。


「イシバシ……俺はもうダメだ。 殺してくれ」

ジェットが苦しそうな声でそうイシバシに告げる。


「バカなことをいうな!」

医者に見せれば助かると、そう声を掛けるイシバシだったが、その目は噛みちぎられた腹部から離れなかった。


なぜ生きてられるのか? 重要な内臓は根こそぎ持っていかれている。

本来ショック死していてもおかしくはない。

それほどの傷をジェットは受けていた。


「頼むイシバシ、俺は人のままで死にたい」


『死人化』 幻獣に噛みつかれるなどして死んだ者に起きる現象。

幻獣の体液が身体に作用して起きるとされる物で、いわゆる死人ゾンビとなってその幻獣の意のままに動く人形となる。

尋常でない耐久力を持ち五体をバラバラにするか、頭部を破壊しないかぎりその動きを止めることは出来ない厄介な存在であった。


「すまんジェット」

イシバシはそう言って自動拳銃オートマティックを抜きジェットの額に当てる。


「イシバシ」

「なんだ?」


「たのしかったなぁ」












「俺のせいなんだ……あの時俺が勝手なことしなけりゃ!」


目的地へと進むヴィーグルの中、シノノメの悔恨の声が流れる。


「それは違うぞシノ。 あれは俺のミスだった」

イシバシの声がさらに車内を重い物にした。

ヤンは目を閉じていたが、膝に置いたその手はきつく握られていた。



……苦手な空気だ。

イスナは重たい空気の車内でゲンナリしていた。

しかしそうか、ジェットのおっさんは死んだのか。

あの陽気なアメリカンを思い出し、しばし冥福を祈るだけの常識は持っていたイスナであった。



それにしても…… この話には一つ見過ごせない点がある。

それは。


その事を確認するためにイスナはヤンに尋ねた。


「狙撃に使った銃弾は対魔浸食弾……じゃないのね?」


「ああ。 そんな高い弾は持ってないしな」

いきなりのイスナの問いに、落ち着いてヤンは答える。


対魔浸食弾。 魔法による防御を破る事が可能な特殊な弾丸。

聖水と呼ばれる特殊処理された液体を重合水ポリウォーター加工して出来る弾だ。


重合水ポリウォーターとは、魔法を用いた加熱処理などによって水分子が重合固体状になった凄まじく硬く軽い物だ。


かつてその存在が否定されたポリウォーターとは別物であるが、幻獣登場以後、魔法が発現した現代にあって初めて製作が可能となった物である。


そして聖水とは、委員会がその製造を秘匿している技術によって生み出された魔法に反発しその力を減衰させる効果を持つ水である。


そもそも聖水は魔法に反発する。 製造に魔法を用いる重合水ポリウォーター製法は非常に相性が悪く、作るのが難しく当然のように対魔浸食弾は高額となる。



当然普通の非公認狩人が持っている物ではない。


ならば。


「じゃあなぜヤンの弾がマンティコアの防御を抜けたか? と言う事だな?」

イシバシはイスナの疑問に気付いた。


「うむ。 なんせ.45ACP弾のフルオート射撃を完全に防いだ物がヤンさんの攻撃は一度だけだけど効いてる訳で」


イスナは、そこで一旦言葉を切りしばし考えてから再度話し出す。


「考えられるのは、高い防御力の代わりに防御壁を作る時間が短い。 それか認識した物だけを防ぐタイプかねぇ?」


後者だと寝ている際の最初の攻撃を防げた理由が分からないんだけどね。

イスナはそう考えた。


「となると、時間タイプか」

イシバシも同じ考えに至ったようだ。


「まあ、実際にやり合ってみないとわかんないげどねぇー」


厄介なのはそれだけではない。

ヤツは人を食った。 少しではあるが狩人の肉をだ。


マンティコアの別名は人食い。 

やれやれ。 メンドイなぁとイスナは見えて来た目的地のビルを視界に収めながらそう愚痴るのであった。

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