第5話 狙撃手 ヤン・トェイ

クソガキ、と言われたイスナは一瞬ぶち殺したろか? などと思ったがを見せて冷静さを取り繕うとシノノメに声を掛ける。


「やあ久しぶり。ホモ野郎」


「だ、だれがホモだっ!」

イスナからの録でもない罵倒の言葉に、顔を真っ赤にさせ食って掛かる。


「えーだって何時もイシバシさん! イシバシさん! とかいってるじゃん? あと素敵っ抱いて! とか」

「んなことは言ってねえっ!」


言いながら、自らの腕で身体を抱きしめながら気色悪いほど身体をくねらせるイスナにシノノメが詰め寄ろうとする。

ふと、そこでイスナの前のローテーブルに置かれている空缶が目に入った。

シノノメはイスナに向けるはずだった手で空缶を引っ掴むと食い入るように見つめる。

その唇は細かく震えていた。 

そして。


「こ、これは! やいクソガキ! これを飲んだのかっ!?」

「うん」


事の重大さに気付いてないかのような呑気な返事をするイスナに、シノノメは言葉が出てこなかった。

これは、このコーラは……


「これは限定販売の超レア物なんだぞ! それを……ってあーーー!」

シノノメは文句を言い終わる前にさらにイスナの前にあるもう一つの空缶に気が付いたようでさらに大声を上げる。


「それは一緒に仕舞っておいた超々レア物の高級ショウガを使ったジンジャーエールじゃねえかっ!? なにしてくれてんだテメエ!」


そのどちらも少数生産品で、金額もさることながら入手の難しさで有名な、マニア垂涎の的のお宝であった。 手に入れる為にシノノメの持てる伝手を頼りまくった。 どれほど苦労したか。 ようやく手に入れて大事に、大事にしていたのに。

それを二本とも飲みやがって!


ミラーシェードごしにでも分かるほどの殺気のこもった視線を受けながらもどこ吹く風とイスナはヘラヘラとしながら言った。


「だって、冷蔵庫の中で私に飲んで欲しそうにしてたし?」

「奥に隠してあったろうがっ!」


そういえばと思い出したが、そのようなことはイスナには関係なかった。


「冷蔵庫の中にあるのはすべて私の物!」

「ここは俺らのホームだっ!」


「いい加減にしろ」


この子供じみた口論に、埒が明かないと思ったのかイシバシが割って入る。

シノノメは更に言葉を発しようとしたが、イシバシに睨まれて引き下がった。

それに乗じてイスナはシノノメに向けて舌をだし挑発する。


「シノさっさと支度しろ」


それを見て、またイスナに食って掛かりそうになったシノノメにそう言ってイスナから引き離した後、壁際に寄りかかって傍観していたヤンにも声を掛ける。


「ヤンは念のためにバックアップに入ってくれ」

「了解した」


ヤンは静かに頷くと自分の得物狙撃銃を取りに隣の部屋に消えていった。









色々あったが、ようやく準備も整い、四人は地下の駐車場にあるイシバシ所有のヴィーグルに荷物を放り込んだ。

イシバシ達の所有するヴィーグルは、無骨な造りの都市迷彩を施された軍用車の払い下げ品であった。


L-ATV (Light Combat Tactical All-Terrain Vehicle)

合衆国にて運用されていたハンヴィー(HMMWV, Humvee:High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle=高機動多用途装輪車両)に変わる汎用の軍用車として開発された車両である。

余談であるが、ハンヴィーがある映画スターの要望によって、民生車と基本構成部品を共有化したハマーH1という車両が出来たのは有名な話であろう。


L-ATV は、ハンヴィーが地雷や仕掛け爆弾(IED)などにより甚大な被害を受けたことを受け、それに代わる物をと開発された車両である。

そしてハンヴィーと同等以上の機動性、より大きい積載容量を実現させた。


特徴としては、追加装甲パッケージを装着可能で、必要に応じて戦場で装着あるいは取り外し可能なモジュール式の増加装甲が存在する。

またこのL-ATVの天井部には装甲銃塔が取り付けられており、そこにはM240機関銃が鎮座している。 およそ、委員会の眼が光る公道での走行は不可能であろう。

(作者注:これは2016年現在、L-ATV はまだ配備されておらず開発途中であり仕様変更の恐れもあるため、作者の妄想の設定と認識してください)


「わぉ!」

L-ATV を見たイスナの感嘆の声が地下に反響する。


「すげえだろ!」

シノノメはそのイスナに向かい自慢げに胸を逸らした。


全員そんなシノノメには目もくれず、素早くL-ATV に乗り込んだ。

慌ててシノノメも運転席に乗り込むと、エンジンをかけゆっくりと進める。

そして出口の辺りで一度イシバシが降り、また壁を操作して壁の一部を開けL-ATV を外に出してからまた念入りに封鎖シールし終えて乗り込んだ。


封鎖シールとはああするのだよ? シノノメ君!」

後部座席に座り込み、リラックスモードになったイスナはシノノメにそう言うとニヤニヤ笑う。

シノノメはムカつきながらも運転に専念する。

反撃してこなかった事に拍子抜けしたイスナは、流れゆく外の風景に視線をやる。


そして、イスナが何気ない調子で爆弾発言をした。


「あれだよね。これは知らない人が見たら、いたいけな少女を浚う性犯罪者の集団だよね」

ハイエース、ハイエースなどとなぜか嬉しそうに呟くイスナ。

言われた瞬間、ハンドル操作を誤ったのか車は蛇行し危うく建物にぶつける所であった。


「ぶっ!? ざけんなよ クソガキっ! だれがてめえなんか浚うか!?」

「まああんたはホモだからしゃあないか」

「だから誰がホモだっ!? 大体テメエみたいな凹凸のないガキに」

「おう! 誰が究極の美少女だコラ! 私がグラビアアイドルみてえだとぉ!?」

「誰も、んなこたあ言ってねえっ!?」


「シノ、いいから運転に専念しろ」

再び始まった口喧嘩に割って入ったイシバシに同情の眼を向けながら、ヤンはこれからの事を尋ねた。


「それでおやっさん、俺達はどう動く?」


ヤンの冷静な口調に気を取り直したイシバシは話し出す。


「まず俺達は小娘のサポートだ。 基本、小娘は好きに動いていい」

一度そう区切ってから再び口を開く。


「そのためにも詳しい情報が知りたいだろう。今からそれを説明する」


そう言ってイシバシはイスナに自らが体験した事を話し出す。











イシバシ達のチームは二日掛けてようやく、ターゲットを追い込むことに成功した。

そこは8階立てのビルだった。

封印指定され、さらに中心部であったためにもう何十年と人に管理されなくなった廃墟ビル。

だがそれでも造りはしっかりしているようで多少のドンパチには耐えれそうである。

イシバシ達4人は手分けしてビルの周囲に結界陣を敷き、準備を終える。

イシバシは一度ヤン、、ジェット、そしてシノノメを見る。

ヤンは狙撃要員として狙撃に有利な場所をすでに見つけている。

ジェットとシノノメはイシバシと共にビルに突入予定だ。


「よしヤンは配置に着いてくれ。 ヤンの準備が整ったら突入する」

ヤンは頷くと、素早く目星を付けていた隣にあるビルに潜り込む。

そこはマンティコアが潜むビルよりも高いビルで、位置的にも狙撃しやすい場所だった。


そして3人の頭部装着無線機インカムに入ったヤンの完了の合図を受けて、イシバシ達がビルに突入する。


ヤンの誘導によりターゲットは5階にいるらしい。

しかし油断せず1階ずつ制圧していく。

稀に強力な個体は子を生み出す事があるためだ。


油断して背後から子に襲われた狩人の話は枚挙にいとまがない。


幸いな事に、このマンティコアはマザータイプではなかったようで5階までは問題なく進めた。

6階以降については、ヤンの視認による動体は発見出来ずという言葉を信じるしかないが。


「ラッキーだな」 ジェットの小声がインカムごしに伝わる。

ジェット・マクレガーはイシバシと同年代の男である。

イシバシと違って陽気なアメリカン気質な男で、シノノメと共にチームのムードメイカーでもある。

ジェットはそのワイルドなアゴ鬚を一撫ですると、イシバシに確認をとる。


イシバシが覗き込んだ先にはターゲット、マンティコアの姿があった。

地面に寝そべり緩く胸が上下している事からどうやら寝ているらしい。


「やっこさん、夢の中でママのオッパイにむしゃぶりついてるんだろうぜ」

ジェットはそう言いながら、手にした短機関銃サブマシンガンを構える。


クリス ベクター(KRISS Vector) 合衆国が開発した45口径の短機関銃サブマシンガンである。

これは、9mmパラベラム弾の威力に不安を感じ、威力の高い.45ACP弾を使う短機関銃サブマシンガン開発計画の果てに生み出られた銃で、クリス スーパーVという反動吸収システムを使用することで、45ACP弾という大口径弾発射時の反動を抑え込み射撃時の集弾率が上がった。


ジェットの持つ物はその中でもクリス K10と呼ばれるヴェクターより一回り小さい短機関銃サブマシンガンである。


折りたたまれていたストックを伸ばし肩に当て、用意は整ったとイシバシを見る。


イシバシはシノノメも用意が済んだ事を確認すると、自らの銃、MP5RASを構える。

MP5RASは、元々MP5、命中精度の高さから対テロ作戦部隊などに使用されていた物を、秘匿携行に特化されたコンパクトモデルであるMP5Kにレイル・アタッチメント・システムを搭載し、アクセサリーによる発展性を持たせたモデルである。

9mm弾を使用する事で補給が容易なこともイシバシが気に入っている点でもある。


同様にシノノメもMP5RASを選んでいるのはイシバシを尊敬しているためであろうか?


そして、GO!の掛け声と共に、轟音を奏でながらマンティコアに向かって吹き荒れる弾丸の嵐。

それと同時に、ヤンの操作によって結界陣が作動する。


ビルを取り囲むように配置された機械が、うなりを上げて電磁の監獄を作り出す。


硝煙がイシバシ達の視界を塞ぎ、一旦弾丸の雨が止んだ。

視界が悪い中、目を凝らしターゲットの確認をしようとした時。

「イシバシ避けろ!」

機械眼サイバーアイによって熱源視野サーモアイを得ていたジェットはソレにいち早く気付いた。


信頼する仲間の声にとっさに身体が反応し、横っ飛びで床に転がる。

そのイシバシの首のあった辺りをコンクリの塊が通り過ぎていった。

そのまま転がりながら壁までたどり着き、素早く起きあがる。


「馬鹿な……無傷だと!?」


驚愕するイシバシが見た物は、フルオートの弾丸の雨に大した痛痒も感じさせずにこちらを睨むマンティコアの姿だった。





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