第4話 若手狩人 アルノー・シノノメ
ソレは
それまで、狭く押し込められているかのような感覚があったが今はもうない。
ただ、前よりも感じている事があった。
それは
ある種それはひどく原始的で、そしてひどく純粋で、それは祈りにも似て……
ソレは知っている。 その
だがソレは知っている。 その
「おかわりっ!」
雑多な喧騒の中、イスナの無駄に元気な、いや現金な声が店内に響く。
ここは、
違法区域随一の人気を誇る飲食店である。
新しく山盛りの
イシバシは、さっきから腕組みをして固く目を閉じている。
無理もない、どんなに大食いの
「
まったく、ふごふごとうるさい小娘だ。 遠慮というものを知らんのか?
うっすらと目を開け、イスナを一度見ると再びイシバシは目を閉じた。
あの後お腹が空いたと騒ぐイスナに、つい奢ってやると言ったのがまずかった。
そろそろイシバシがサイフの中身を確認しようか、と思った時ようやくイスナが満足の声を上げる。
「ふうー喰った喰った! おっさんゴチになります!!」
さすがに、奢って貰った恩は感じているのか、なけなしの愛想を総動員してイスナはイシバシに礼を言った。
「うむ、満足したなら行くぞ」
ようやくか、とイシバシは席を立つ。
会計を済まし、一気に軽くなったサイフをズボンのポケットに押し込め歩き出す。
まずは自分達の
そこで準備を整えた後、
「まいどありー! またどうぞー!」
二人は、
イシバシのチームの
繁華街と言ってはいるが所詮、都市管理委員会にその存在を否定されている公式上は存在しない街だ。
至る所にこのような廃棄された建物があり、それを利用する者もまた多い。
委員会非公認の幻獣狩人チームが、こういった建物に
幻獣処理は管理委員会の責務ではあるが、多発する『幻獣落ち』に対応するための人員が足りないのもまた事実。
そこで非公認、つまり委員会がその存在を公式に否定する者達。 非公認幻獣狩人という存在が生まれる。
これらは、委員会が処理しきれない幻獣処理を密かに
いつしかそういった図式が成立していた。
イスナは基本的には公認幻獣狩人ではあるが、たまに止むに止まれぬ事情で
正規の仕事に就いていながら……と思う人もいるかもしれないが、世は全てお金で回っているのだ。
特に『外貨』の価値は計り知れない物がある。
なにせイスナが初めて『外貨』に触れたのは、委員会の下級職員に闇市を教えてもらった時だったのだ。
『バイト』と称してイスナに裏取引を持ちかけた彼は、今もマジメな職員として勤務している。
中央はもしかしたら気高い理想に燃えているかもしれないが、末端の木っ端役人など多かれ少なかれそんな物であった。
ようやく着いた
そういえばイシバシの
解除し終わったイシバシに手招きされ、少しだけ開けられた隙間から中に潜り込む。
中は間違いなく廃墟そのものだった。 壁は所々崩れ、瓦礫が廊下に散乱している。
しかしよく見ればその瓦礫は通りやすいようにある程度片付けられているのが分かる。
二人が入って来たのは、元は裏口だったのだろう。 そこからかつての正面玄関に回り込んだ時、イスナの鼻が異臭を嗅ぎ取った。
「チッ! シノノメめ、きちんと
異臭の正体は腐臭。 それも人間の、であった。
入口の
「死体の処理は後でシノノメにやらすか。 こっちだ」
そう言って死体を蹴り退かすと、死体がもたれかかっていた壁をあちこち触ると一部の壁がゆっくりとスライドして開いていく。
その先には上下に向かう階段があった。
たぶんあの死体はこの隠し扉には気付いていたのだろう。
しかし、
イシバシを先頭にして、さほど長くもない階段を上り二階へ到着する。
二階は、一階と違って生活臭漂う空間となっていた。
落ち着いた色合いのデスクやソファーに、隅には冷蔵庫もあるようだ。
「そこのソファーにでも座って待っていてくれ。すぐに済ます」
そう言うと、イシバシは隣の部屋に入るとゴソゴソしだした。
扉は無いのでなにをやっているのかは、こちらからでも見える。
イスナはさっそくソファーに座り込む、前に冷蔵庫を開け中身を物色し出す。
他人の家でやりたい放題である。
冷蔵庫の中は、飲み物くらいしかなくその殆どがビールであった。
一応、奥の方にジンジャーエールとコーラを見つけたイスナはどっちにするか悩み、両方取り出してソファーに座り込んだ。
素早く支度を終えたイシバシは、ソファーの前のローテーブルに二本の缶が置いてあるのを見て片眉を跳ね上げさせたがなにも言うことはなく、代わりにイスナとは反対側のソファーに腰を落ち着ける。
「すまんがシノノメ達が来てから出発したい。
そう言うイシバシに、飲み終わったコーラの缶を置いたイスナは頷いた。
「ほいほい。それぐらい待つよ」
中心部など、自腹でいけばどれくらいお金が掛かるやら分からないのだ。
それを、タダで行けるなら何日でも待つ。 むしろ疲れる事は出来るだけしないに越したことはないのだ。
そうイスナが、グータラな事を考えていると、なにやら階下から騒がしい声がした。
「うわっ! なんでこんなとこに死体が!?」
「おい、シノ。お前ちゃんと
「うげえ、イシバシさんにどやされる……」
「さったと片づけるぞ」
もしかすると、外にまで響いているかもしれない騒がしいやり取りに、イシバシは鋭い視線を階下に向ける。
「……どうやら来たようだ」
イシバシのその声は、いきなり老け込んだような印象をイスナに与えた。
それからしばらくして、死体の処理を先にしたのだろう二人の男が二階へと上がって来た。
「イシバシさんお待たせしました!」
「すまん。おやっさん遅れた」
最初に声を掛けて来た方は、20代の青年だった。
金髪を短く刈り込んだ髪型は、どこかイシバシに似ていた。
お世辞にもハンサムとは言い切れないが、そこそこ愛嬌のあるアングロ・サクソン系の顔立ちに少しでも威厳を取り繕いたいのか、ミラーシェードをしている。
中肉中背の体はラフな服装をそれと無く着こなしてはいた。
その動作は、無駄な動きが多く落ち着きがない印象を与える。
もう一人の男は、アジア系と分かる顔立ちの30代の男性だ。
肩までの長さの黒髪に、見えているのか分かりにくい細目からは辛うじて黒い瞳が見て取れる。
細身だが非力さを感じさせない身体は、かつての人民服らしき物を着ている。
目の前にいるのに、ふと目を離した隙に姿を見失ってしまいそうなそんな男だった。
「シノノメ、ヤンも待ってたぞ」
イシバシはシノノメと呼んだ金髪の男の肩を叩くと、そのまま首に組み付きヘッドロックを決める。
「ぐえっ!? く、くるいいっ!」
「シノ!
容赦なくイシバシの筋肉質な太い丸太のような腕がシノノメの首に巻きつく。
必死になったシノノメが、イシバシの体をタップしてようやく離してもらえ、
「げほっげほっ! ひどいっすよ、イシバシさん! ……それで、俺達の仕事を横から掻っ攫ってった野郎はだ、れなん……だ?」
フラフラと起き上がりながら、シノノメはイシバシに不満をぶつけ様としてイスナを見て固まった。
ヤンは部屋に入った最初から分かっていたようで、イスナに目礼を済ませていたのだが、シノノメは気付かなかったようだ。
「知ってるとは思うが改めて紹介しよう。 こっちの物静かな方がヤン、ヤン・トェイ。そしてこの騒がしいのが、シノノメ、アルノー・シノノメだ。で、こっちが」
そうイスナを紹介しようとした時、シノノメがイスナを指さしながら叫んだ。
「ああーーーー! てめえはっクソガキ!」
その叫びを聞いたイスナのこめかみが、ひくつくのを見てイシバシは大きくため息を吐くのだった。
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