ねぇちゃんと戦おう Act7

 牙を立てるように冷たい風が吹き付ける外で、あたしは一人、洋弓銃を握りしめ佇んでいた。


 お兄ちゃんと昴の姿が見えなくなってどれ程経っただろう?


 今、屋敷の中に戻れずにいるあたしの胸中は、鉄を溶かしたような不安でただれている。

 だが、それでも戻らないといけない。

 あたしはその場で洋弓銃の弦に力いっぱい体重をかけ、矢を装填する。

 そして、ぐっと歯を食いしばって前を向き、先程は届かなかったドアに、ゆっくりと手を伸ばした。





 屋敷の中を進んで行くも、辺りはしんと静まっていた。

 戦闘音と思えるものも聞こえてこない。

 だからあたしは、もう戦闘は終わったのだと、そう確信した。

 その時――


「セイリさん!」


 ――半開きのドアから声が聞こえ、直後に包丁を握りしめた史が姿を見せる。

 彼女はこわごわとした顔で、あたしの元に駆け寄って来た。


「ご無事でなによりです、あのっ、兄さん達はどうなったんでしょう! もうずっと屋敷が静かで、兄さん達も戻ってきてくれないし、あたし不安で居ても立っても居られなくて!」


 小柄な少女は涙目でそう語り、きゅっと包丁を握りしめる。

 震えながら鋭利な刃を夜の闇に光らせるその姿は、危なっかしくて見ていられなかった。


「わかったから落ち着け! まず『お兄ちゃん』達を探しに行こう。もし、ついて来るって言うんなら、史はあたしの後ろに隠れてろ。いいか、間違ってもあたしより前に飛び出すんじゃねぇぞ」


 声を沈めて言い聞かすと、史はこくこくと無言で何度も頷く。

 その後、彼女はぴたりとあたしの後ろにくっ付いて足並みをそろえた。


 だが、史を気遣ったこんな行動はすぐさま杞憂きゆうだとわかった。





「兄さん!」


 兄の姿を見つけると史は包丁を放り投げ、カイトの胸の中へと飛び込んでいった。

 あたしはと言うと、洋弓銃の矢が刺さったドアの前で棒立ちになっている。

 兄妹が再開を喜ぶその足元――開け放たれたドアの向こうに、昴が倒れていたからだ。

 体が縮んでいないことから、血を吸われずに殺されたのではいう恐怖が押し寄せた。

 しかし、昴の胸がゆっくりと上下し、彼の呼吸を確認するとあたしは胸を撫で下ろす。


 終わったのだ。


 再び訪れた一時の平穏にあたしは安堵した。

 だが、すぐに胸の中は昴への申し訳なさでいっぱいになる。

 そして、あたしは落としていた目線をあげ、カイトの顔を見つめて訊ねた。


「噛んだんだな」

「ああ……」


 史の肩を抱きながら、カイトは疲れた声で答える。

 あたしは彼の答えを聞き……ゆっくりと昴に歩み寄った。

 穏やかな呼吸を繰り返す昴は、まるで赤ん坊のように見える。

 あたしは身を屈め、やわらかい彼の前髪を撫でた。


「お前も、あたしと同じになっちまったな……」


 口からこぼれ出たこれは、複雑に入り混じったあたしの心のため息だ。


 もう、元には戻れない。


 ならば、元より良くなってほしいと思った。

 せめて、元よりひどくなってくれるなと願った。

 あたしはまだ、今夜のことを後悔してはいない。


 だが、次に昴が目覚めた時にこそ、本当に後悔していないかが決まるだろう。

 その答えが出るのは、あと……もうほんの少し先なんだ。

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