ねぇちゃんと戦おう Act6
「吸血鬼っ!」
つい先程まで俺達がいた部屋から若い少年の叫び声が聞こえた。
まだ幼さの残る声は荒々しく吹かれた管楽器のようで、彼の怒りが伝わってくる。
俺達は、姿の見えぬに少年にまだ追いつかれる訳にはいかないと、廊下を走った。
そして、ある部屋の前にたどり着くと俺達はピタリと足を止め、顔を見合わせる。
「あさぎ、手筈通りに!」
「うんっ」
そして、ぴたりと俺の後ろをくっ付いていたあさぎが、部屋の中へと入った。
本当なら、セイリを加えてもう少しまともな作戦にしたかったが……今、俺とあさぎにできるのは一回きりの騙し討ちくらいだろう。
バタンと部屋のドアが閉まるのを見届けてから、俺はぐるんっと振り返った。
走って来た廊下へと目を遣ると、床を蹴るような足音が聞こえてくる。
だが、すぐに足音は止み、同時に愛らしい顔を怒りに歪めた少年が現れた。
直後、彼は洋弓銃を構え、狙いを俺へと定める。
その途端、カチリと引き金を引く音が聞こえたかと思えば、カシャと軽い物音が耳に届く。
視界に映ったのは俺めがけて飛んでくる銀の線!
俺は咄嗟に体を動かし、半ば倒れ込むようにしてそれを避けた。
すると、ガスッという物音を立て、矢は壁に深く突き刺さる。
俺は、細い杭のような銀色のそれをしり目に、目の前の少年を見据えた。
「姉様をかどわかした吸血鬼……どんな者かと思えば、なんと
「でも、まだ生きてる。君の矢を避けたんだ。大したもんだろう?」
俺がそんな軽口を叩いている間に、彼は目にも留まらぬ速さで新たな矢を装填してみせる。
「図に乗るなよ吸血鬼……姉様を吸血鬼に墜とした悪行! その軽い命をもって
そう小難しい言葉を並べた古風で愛らしく、うら若い少年に、俺はくすりと笑いを誘われた。
「何が可笑しいっ!」
「いや、君の言う姉様は別に死んだ訳でもないのに、散々な言いようだと思っただけだ」
「貴様っ!」
彼はギリッと歯を食いしばると、引き金に強く指を掛ける。
俺は、彼の指先が矢を射るよりも早く言葉を放った。
「お前! セイリを助けに来たんだろ! なのになんで殺そうとする」
これを聞かされた少年は、怒りで腕がわなわなと震え始める。
「何を抜け抜けと! 貴様が血を吸った
今、洋弓銃につがえられた矢の先は、まるで視線が泳ぐみたいに狙いが定かでない。
俺は、あれでは動く的にとても当てられないだろう、という淡い期待をかけ――
「それもそうだなっ!」
――立ち上がって部屋のドアノブに手を触れた。
「なにをっ!」
ほぼ同時に少年が矢を撃ち込むが、放たれた矢は寸前のところで俺を外れ、ドアに刺さる。
その隙に俺はドアを開け放って中に逃げ込み、薄暗い部屋の中程で立ち止まった。
そこへ矢を装填し直した少年が、まるで穴倉に逃げたネズミを追う猫のように俺の後に続く。
彼は再び洋弓銃を構え直し、俺を貶めるように言葉を投げかけた。
「こんな逃げ場のない場所で貴様、何を考えている」
その問いに、俺はにやりと口角をあげていく。
「君と『姉様』をおそろいにするんだよ」
「なんだと?」
訊き返す少年の瞳には、虚を衝かれながらも
「だからさ、俺は今から君をほだすんだよ!」
この瞬間、少年の注意が俺に向き、彼がその場に立つことこそ、俺達にとっての好機だった。
「あさぎっ!」
今だ! という合図とばかりに俺は幼馴染の名を叫ぶ。
直後、天井に張り付いていたあさぎが、真上から少年に飛びかかった。
「なにっ?」
頭上から迫る人影。
彼もそれに気付き咄嗟に洋弓銃をあさぎに向けるが既に遅い。
あさぎが洋弓銃を空中で蹴ると、彼女に蹴られたそれは少年の手を離れ、石のように床を跳ね転がった。
その後、少年はあさぎに圧し掛かられるようにして床に叩きつけられる。
「ぐっ」
彼の短い苦悶の一声。
あさぎによって少年の体が不自由となった今を逃す訳にはいかない。
俺は床を蹴るように走り出し、二人に駆け寄って行った。
「『お兄ちゃん』! 手っ!」
すると、あさぎは暴れる少年の腕を掴み、俺へと差し出す。
それは、まだ男と言うには細い、少年の腕だった。
その手首を俺はがっしりと掴み、ぐいっと自分に引き寄せる。
すると、不安に瞳を濁らせ始めた少年と目が合った。
「なにをっ、する気だっ」
それは、怯えながらも、憎しみだけは捨てない鋭い視線。
俺は彼から目を逸らし……つい、言葉を漏らした。
「お前も、セイリも……殺したくないなら殺したくないって、言えば良かったんだ」
君も、セイリを殺したくないという自分の本心に、もっと耳を傾ければよかったのに。
でも、こんな言葉、
だから――
「よせっ! やめろおぉっ!」
――やめるわけが、なかった。
口を開き、肉に頬張りつくように男の子の手首に噛みつく。
「あぐぅっ」
やわらかい皮膚は歯を立て顎に力を込めていくと、ぷつりといって血を滴らせた。
あふれ出る血を舐めとっていくと、彼は泣きそうな声を漏らしてむずがる。
くにゅくにゅと彼の血管が舌先に触れる中、口内には温かくほのかに塩辛い血が唾液と混ざり合って蜜のように広がっていった。
「よせっ――わたくしは……こんなっ」
この言葉を最後に、彼は抵抗らしい抵抗をしなくなる。
暴れていた体は人形とすり替わったみたいにおとなしくなり、彼の血肉はされるがままだ。
俺はそんな細腕に、桃の果肉を味わうように舌を這わせ、血を果汁のようにすすった。
「あね……さま」
怯えた瞳を揺らしながら、少年は息遣いを荒くし、熱く甘えるように姉を呼ぶ。
その後、彼は四肢を押さえつけられたまま、ぐったりと気を失い動かなくなった。
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