ねぇちゃんと戦おう Act4

 右手に握る洋弓銃がやけに重く感じた。


 そりゃそうか、今までのあたしが使ってたんだ。

 十四かそこらの女の手にはデカいし重い。

 あたしは、だらんと手に洋弓銃をぶら下げながら屋敷のドアに手を掛けた。

 軽く扉を開くと隙間風が屋内へと入り込む。

 ぶるりと震える体が戦闘への緊張と寒さを混同する中、あたしは勢いよくドアを解放した。


すばる! お前だろ! ちょいと話をしようじゃないか!」


 そして、夜の暗闇へと声を投げかける。

 それに対しての返答は思いのほか早く――


姉様あねさま……なのですかっ」


 ――更に、彼が姿を見せたことはあたしを驚かせた。

 目の前に、弟と慣れ親しんだ少年――日下昴くさかすばるが立っている。

 切り揃えられた前髪は古風な印象が強く、彼の和装によく映えた。

 中性的な優しい顔立ちが今どことなく険しいのは、あたしの勘違いじゃないだろう。


「その、姿は……」

「ちょっと若返った」

「吸血鬼に、やられたのですね」


 歯を食いしばりながら話す昴は、まるで何かを噛み殺そうとしているようだ。


「姉様が吸血鬼になるなんて……こうなっては、もはや姉様を救うことはできません」


 そう言って、彼はあたしのより小振りな洋弓銃をこちらに向けた。


「殺すつもりなら、もっと大人数で来るべきだった」

「お救いするつもりだったのです」


 その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。

 けど、あたしは昴にキッと鋭い目付きを突き付けた。


「そうか……なら、お前は余計に馬鹿だ! 昴っ!」


 腕を振り上げるようにしあたしは洋弓銃を構える。

 鉄が擦れる軽い発射音! 矢は昴めがけ空を切って飛び出した。

 だが、そうそう当たってくれるものでもない。

 昴は横に駆け出し始め、あたしの指が引き金を引いた時には体が射線から外れていた。


 舌打ちして矢を装填し直すが――この瞬間、あたしはぞっとする。


 これまで容易に行えた矢の装填が終わらない。

 今、あたしの細腕には矢を装填する弦はあまりに固く、そして重い。

 だから容易に引くことができなかった。


 自分の愚かさに嫌気がさす。

 屋敷の中で体重をめいっぱいかけてようやく矢を装填したことをすっかり失念していた。


「くそっ」


 つい、口汚い言葉が漏れ出る。

 直後、昴の洋弓銃があたしを捉えた!


「御免っ!」


 とても謝る気のない掛け声と共に発射された矢は、あたしの胸先をかすめていく!

 元の体なら当たっていたかもしれない。

 なんて愉快に悲しい思考が脳裏を過る間に、敵は新しい矢を装填し直していた。

 昴の目付きが鋭くなり、指先がわずかに動く。

 その予備動作を目にし、あたしが走り出したのとほぼ同時に発射音!


 次の瞬間、腹部に火が擦れるような痛みが走った。


「くっ」


 矢が刺さりはしなかったものの、引っ掻かれたような跡が腹部に赤い線を引く。

 血が染み出る中、あたしは屋敷のドアへと足を向けた。


 、庭には落ち着いて矢を装填できそうな場所がない。

 しかし、せめて矢を装填する間だけでも玄関に立てこもり、ドアを盾にできればと考えた。

 でなければ、装填もできないまま昴を撃退することなど不可能だ。

 もし、あいつを屋内に入れることになれば――作戦は、


 それはあたしにとって不本意だった。


 だが、あと数歩と言う所であたしは行く手を阻まれる。

 ガスッという鉄がねじ込まれる音に足を止めると、目下には玄関前の石畳に食い込み刺さる銀色の矢があった。


「この状況で、屋内に逃がすことを許すと思いですか!」


 振り返ると、既に矢をつがえ直す昴の姿が目に入る。


「私は姉様の魂を救い。姉様をそのような目に合わせた吸血鬼を殺しますっ」


 よく知る弟分のまなざしが、矢じりと共にあたしを捉えた。

 その瞬間、心臓を握られたような気分になる。

 外気の寒さに体が凍ったのかと思う程、ゆっくりと時間が流れた。


 昴の指先が動く――発射の予備動作。


 彼の洋弓銃の射線に、あたしは死を予感する。

 だが、昴の矢の発射音とほぼ同時、それをかき消す大きな音でガラスが割れた!

 直後、ベキッと言う鉄がへしゃげる衝突音が聞こえる。

 一瞬の出来事に頭が真っ白になる中、足元に何かがこつんと当たり、あたしは目線を下げた。


 すると、そこにはへこんだフライパンが転がっている。


「なっ?」


 昴の驚愕する声を耳が拾い、あたしは誰かが投げたフライパンが、昴の矢を弾き落としたのだと理解した。

 そして――


「間に合ったかっ?」


 ――そう言って割れたガラス窓から顔を覗かせ、カイトが姿を現す。


「『お兄ちゃん』!」

「お兄ちゃんっ?」


 つい口走った言葉に、あたしの胸を後悔が襲った。

 しかし、時既に遅く、昴は怒りの形相でカイトのことを睨んでいる。


「あの男っ! 姉様をかどわかした吸血鬼かっ」


 ギリッと歯を噛みしめ、彼は脇目も振らず割れた窓ガラス、もといカイトのいる方へと走り出した。


「昴っ!」

「やるぞ、セイリっ!」


 カイトの言葉に耳を引っ掻かれた気分だ。

 すぐさま彼は屋内へと姿を消し、それを追った昴も割れた窓から中へと侵入していく。


 それを見て、あたしは自分が失敗したのだと悟った。


 あたしは既に昴に負けたも同然だ。

 もし、屋敷の中でカイト達が負ければ、今度こそあたしは昴に殺されるだろう。

 そんなのは、嫌だった。

 あたしは、昴を殺したくもないし、昴に殺されたくもない。

 だが、今のあたしと昴にそんなわがままは許されない。

 けれど……このわがままを叶える方法が一つある。


「『お兄ちゃん』っ!」


 あたしは、自分の身勝手さにぐっと歯を食いしばり、涙を呑み、叫んだ。


「やってくれぇっ!」


 それが『お兄ちゃん』に聞えたかどうかはわからない。

 ただ、この瞬間、作戦は第二段階へと移行した。

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