第三部 Gentle time

『The second time of chance』Act1

 夕食時。ダイニングルームにコンソメの香りが漂い始めた頃。


「ただいま! 良かったごはん間に合った」


 見計らったように、制服姿のあさぎが現れた。

 それを見るなり史はくすりと微笑み――


「お帰りなさい。グッドタイミングですよ」


 ――優し気な眼差しをあさぎに向け、両手に持つ鍋をテーブルへと運んだ。

 対して俺は、あきれと関心を半々にした気持ちであさぎを眺め「お帰り」と迎える。

 するとあさぎは首元にあるエプロンのリボンを解き、テーブルに着く俺に後ろから抱き着いた。

 こいつは、胸元が露わになることや、男女間の接触に抵抗はないのだろうか。


「ただいま『兄ちゃん』!」

「こらっ、くっつくなよ。恥ずかしい」

「いいじゃん『兄妹』なんだしさ」


 こういった彼女の発言は幼馴染のユーモアか、それとも妹化の影響なのか、時たま俺を混乱させる。

 どちらにしろ、俺はけろりとして気ままに振る舞う彼女にそのまま押し切られてしまった。


「で、今日の夕飯は何?」

「今日はポトフですよ。セイリさんがお好きだとお聞きしたので」


 鍋からすくったポトフを皿に移しながら、史が答える。

 それを聞くとあさぎは史から視線を移し、テーブルに大人しく座っているセイリを見た。


「ただいま、セイリさん。ポトフ好きなの?」

「そうだよわりぃか」


 セイリが静かに声を荒げると、あさぎは首を振って歯を見せてにこりとする。


「そうじゃなくて、可愛いなって思って。ポトフって名前も可愛いよね」

「は……はぁ?」


 あさぎの一言に肝を抜かれたのか、セイリは妙な声を上げた後ふいっと視線を逸らした。

 そんなやり取りもある中、史はポトフの皿を各々に差し出して行く。


「じゃ、そろそろいただきましょうか」


 ぱちんっと史が手を合わせて言うと、あさぎは慌ててテーブルに座り、直後キョロキョロとダイニングを見渡した。


「あれ? 今日、アルベルトさんは?」

「今日は外に用事があるとかで、夕飯は一緒にできないっておっしゃっていました」


 あさぎがふと口にした疑問は、史の一言で解決する。

 彼女は「ふーん、忙しいんだね」と言うとぱちんと手を合わせた。

 そうして、俺達は食事を始めようと平穏な日常へ戻っていく。

 だがこの瞬間、セイリの視線が俺に刺さった。

 この場でアルベルトがいない本当の理由を知るのは、俺と彼女だけだ。

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