『実妹じゃないから恥ずかしくないよね』Act3
俺に血を吸われた『義妹』は、気を抜くと過剰なまでに妹として振る舞いたくなるらしい。
これを、初めてあさぎから聞かされた時は冗談だと思ったのだが、セイリの言動により冗談でなかったことが証明された。
この現象をあさぎは勝手に
何故って、妹化は『義妹』達の意思に反して起こり、その後、大抵セイリが怒るからだ。
「風呂、あがったぞ」
しっとりと濡れた金髪をさげ、寝間着に身を包んだセイリに声を掛けられる。
しかし、日常的な会話とは裏腹に彼女の宝石のような碧眼は殺意に満ちていた。
「じゃ、次は史の番だな。伝えてやってくれ」
刺すような視線を無視して返答すると、セイリはムスッと頬を膨らませ、その場で
しかし、彼女は俺に背を向けた途端「わひゅっ」と変な声をあげ、体格の良いスーツを着た男にぶつかった。
「何だよ」とぼやいてセイリは一歩後ろへ下がる。
直後、彼女はもう一度大きく後ろへ飛び退いた。
「あんた、ヴァンパイアか!」
セイリは叫び、今にも殴りかかろうという体勢を取る。
俺は、彼女が飛びかかる前に彼に声をかけた。
「お帰り、アルベルト。遅かったな」
「はい若様。今回は報告することが多く時間を取られました。先に夕飯の買い出しを済ませたのは正解だったようです」
アルベルトは低く大らかな声で答え、手に提げたスーパーの袋を持ち上げる。
そうして食材を見せると、髭をたくわえた口元を笑みで緩めた。
だが、そんな会話をして見せてもセイリは臨戦態勢を維持したままだ。
「セイリ、彼はアルベルト。家の家政夫だ」
「家政婦? ヴァンパイアがっ?」
セイリは短く吠え、キッと俺を睨む。
だが、アルベルトが「よろしいですか?」と声をかけると彼へと目線を移した。
「セイリ嬢。私の名はアルベルト。吸血鬼、ジャン・イシドール様の眷属です」
その名を聞いた途端セイリは顔色を変え、全身の毛を逆立てた猫のように敵意を表す。
「ジャン・イシドールだとっ? 二百年は生きてる悪名高い大物じゃないか。その眷属が何故ここにいる?」
「何故? 旦那様のご子息がいらっしゃるからです。私は旦那様から若様の警護とお世話を仰せつかっています」
それを聞くなり「はあっ?」とセイリは叫び、再び俺をにらんだ。
「吸血鬼の大物にダンピールのガキがいて、そのガキが『お兄ちゃん』だってのか?」
「左様です」
落ち着いた声色で肯定するアルベルトとは対照的にセイリの声は苛立ちが増していった。
彼女は眉を吊り上げ、吐き捨てるように問いかける。
「でも、何でイシドールは『お兄ちゃん』を生かしとく? 警護までつけてよ。いや、警護と言うよりは監視か?」
得心いったとばかりにセイリは笑みを浮かべた。
しかし、続くアルベルトの答えに、彼女はムスッと唇を尖らせ、口を閉ざすことになる。
「監視などと。確かに私は旦那様に若様の動向を報告するようにも仰せつかっていますが。セイリ嬢。あなたが思っているより、若様達の関係は複雑なのです」
しかし、黙り込んだセイリと入れ替わりのように、俺が口を開く。
「そうでもないさアルベルト。俺達の関係は単純だ。俺は吸血鬼を殺せないダンピールだ。だからあの人の脅威にならない。でも、吸血鬼がダンピールを傍に置いておきたい筈ないだろ? だからお優しいあの人は俺を飼い殺すと決めたんだ。ここは俺を飼う飼育小屋さ!」
何故か、もやもやして胸が苦しい。
まるで、胸の中に煙でも詰まってるような気分だった。
捲し立てた俺を見て、アルベルトが「若様……」と呟く。
俺は、そんな彼から目線を逸らし、不愛想に頬を膨らすセイリに目を向けた。
「でもなセイリ。俺はこの飼育小屋に不満はない。特にアルベルトは小さい頃からずっと俺達の面倒見てくれてる人だ。だから吸血鬼ってだけで無暗に敵意を向けるのはやめろ。聞けないってなら、次は力づくで従わせるぞ。君は俺には攻撃できない。今俺達がやりあったらワンサイドゲームだ。こんなに楽なことはない」
俺が口を閉ざすと、部屋は急にしんと静かになる。
そのせいで、セイリが「ちっ」と舌打ちしたのがよく聞こえた。
「くそっ。誰のせいでこうなったと思ってる」
彼女はぎりっと歯を食いしばりながら俺に凄んで見せる。
この瞬間だけは、セイリは俺に彼女の姿が年下の少女であることを忘れさせた。
だが、俺は決して彼女から目線を逸らさない。
「俺だろ。けどな、君には殺されそうになったんだ。悪いとは思わない」
すると、俺達はしばらく互いをにらみ合うことになり――
「ところで若様、一つご相談したいことがございます。この件には、セイリ嬢にも関係があるので、ご協力していただきたいのですが」
――結局、がっしりとしたアルベルトの巨体が間に割って入り、互いの姿が見えなくなるまで視線を解かなかった。
「相談ってのはなんだよ」
「はい。若様も既にご承知のことやもしれませんが、セイリ嬢が若様と接触したことにより他の吸血鬼ハンターにもこの場所が完全に露見することが予想されます」
優し気で紳士的な――しかし、凄むように語ったアルベルトに俺は何を今更と思ってしまう。
「まあ、バレるだろうな。セイリはここ……いや、このあたりにダンピールがいるって情報を元々掴んだ上で俺を探しに来たんだ。なら、他にこの場所を知る吸血鬼ハンターがいても不思議はない。彼女からの連絡がなければ、この辺りに何かあると思われるだろ」
「ですな。そして、次の吸血鬼ハンターがこの地を訪れるなら、若様を仲間に引き入れる為ではなく、攻撃するために来るでしょう」
「わかるよ。アルベルトはここから逃げるべきだって言いたいんだな」
彼の言いたかっただろう事柄。
俺がそれを口にすると、アルベルトは静かに頷き肯定した。
「今更、ここを離れるのか?」
これは、アルベルトやセイリの耳には泣き言に聞えたかもしれない。
だが、それは俺にとって、最悪のことが起こるとしてもここに留まりたいという意思に他ならなかった。
それを見越した上で、アルベルトは困ったような声色で「若様」とこぼす、が――
「セイリ嬢に殺されかけたばかりではないですか。それにあなたは」
「『お兄ちゃん』は血を吸う。だろ?」
――不意に、セイリがアルベルトの言葉をかっさらった。
「血を吸うダンピール。そんなの吸血鬼と変わらない。あたしらにバレたら、当然殺されるだろうね」
そして、彼女は脅す訳でもなく、まるで本を朗読するみたいにただ想像しえる事実を語る。
「あたしが来た時とは違う。あたしがしくじったと知る仲間は、ここに何か
最後に「なんなら、賭けたっていいよ」と得意げに告げ、セイリは不敵に笑って見せた。
「そうなったら、君もただじゃ済まないな」
「そりゃね『お兄ちゃん』は想定外過ぎた。あたしはひどい貧乏くじさ。仲間も『お兄ちゃん』の『義妹』になったあたしを生かしちゃおかない。あたしを含め『お兄ちゃん』達は皆殺しだよ。過不足なく、ね?」
そう語った彼女の瞳は、自分の死を避けられないものと達観しているようで、その深い碧眼に吸い込まれそうになりながら、俺は自分達のこれからを想像した。
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