『実妹じゃないから恥ずかしくないよね』Act2
落ち着いて湯船で考え事ができた結果、副産物としてあたしは『最悪の気分』を得た。
おかげで自分の現状を嫌と言うほど認識し、積み上げてきたものが全てゴミになった気分だ。
もはや湯船に体を浸けているだけで精いっぱいで、体を擦って洗う気力も残っていない。
それもこれも、全部あいつのせいなのだ。
あたしは、文句の一つでも言わなければやってられないと思い、口を開いた。
けど――
「『お兄ちゃん』……あの『お兄ちゃん』の『お兄ちゃん』」
――心中では問題ないのに、口にしようとした途端、言いたい言葉が何一つ声にならない。
本当は『カイト……あのできそこないのくそ野郎』と罵りたかった。
思ったことが言葉にできないということは、こんなにも人をげんなりさせるのだ。
ただ、それ以上にあたしをげんなりさせる、到底我慢できないことがあった。
「セイリ、バスタオルここに置いとくぞ」
浴室のすりガラスが張られたドアを隔て、くぐもったカイトの声が聞こえてくる。
この時、考え事が一段落したこともあって、湯船に浸かるあたしは気が緩んでいた。
気が、緩んでいたのだ。
だから『お兄ちゃん』の声が聞こえた瞬間――
「ありがと『お兄ちゃん』! そうだっ、どーせなら一緒にお風呂入っちゃう?」
――そんな、思ってもいない言葉を口にしながら、あたしは自ら浴室のドアを解放した。
「は?」
不信感の募ったカイトの声がクリアに聞こえ、タオルを抱える彼の姿が目に飛び込んでくる。
温かい空気のこもる浴室に、屋内の冷気が入り込んできた。
そこで、あたしは「うぅっ」と声を漏らして身震いし……正気を取り戻したのだ。
「ぎゃ、ぎゃあああああっ! 何見てんだ『お兄ちゃん』っ!」
ザブンッと、勢いよく湯船に浸かってあたしは体を隠した。
カイトもバンッとドアを閉め、ドア越しに言い放つ。
「知るか! 自分で開けたせいだろ!」
「それはっ――そうっ、なんだけどぉっ」
唇を噛みしめ、あたしはついさっきのことを思い返す。
あたしは、一体なんと口走った?
『「ありがと『お兄ちゃん』! そうだっ、どーせなら一緒にお風呂入っちゃう?」』
だと?
これだ。これが、この現象がなにより一番我慢ならないっ。
「悪夢だ……こんなの、何かの間違いだ」
あたしはぎゅむっと目を瞑り、机におでこを叩きつける要領で、バシャバシャと湯の中へ何度も顔を叩きつけた。
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