第二部 実妹と幼馴染(ジツマイ×ギマイ)

『実妹じゃないから恥ずかしくないよね』Act1

「セイリ……お前ここで何してる?」


 自分にそう問いかけながら、あたしは肩まで湯船に浸かり、自身の体をぼうっと眺めた。


 つい先日まで、豊かに膨らんでいた筈の胸はぺったんこになっている。

 昔は、大きな胸を目当てに男が言い寄って来たこともあった。

 だが、吸血鬼殺しに費やしてきた自分の人生において、エロだらしない男達も自分の胸も邪魔にしか思ったことがない。

 けど『お兄ちゃん』……もとい波切なきりカイト。

 あのできそこないのダンピールのせいで縮んだ体を見ると元の体が恋しく思えた。

 今のあたしはどう見ても十四かそこらの小娘だ。

 鍛えた筈の筋肉はすっかりなくなり、細い手足には申し訳程度の筋肉がついているだけ。

 触ってみるとふにふにとやわらかい自身の四肢は、およそ戦闘には不向きだった。


「はぁ……」


 溜息を吐き、あたしは湯船に鼻までつけてぶくぶくと湯を泡立てる。

 どうしようもなく、何もかもやってられない気分だった。

 こんな体じゃ仲間の元には帰れない。

 波切カイトは自分のことをダンピールだと言い張った。

 けど、吸血能力を失わなかったダンピールなど、吸血鬼もどきと言った方が相応しいだろう。

 なら、それに血を吸われたあたしは、吸血鬼もどきの眷属けんぞくに成り下がったということだ。

 そんなあたしの存在を知れば、仲間はあたしを生かしてはおかないだろう。


 吸血鬼に血を吸われた人間は、もはや人ではなくなる。

 あたし達ヴァンパイアハンターにとって、吸血鬼に血を吸われた者への救いとは、すなわち死を与えることだ。


 温かい湯船に鼻まで浸かっている状況で、あたしは体がゾクリと冷えた。

 同時に息が続かなくなり、ぷはっと息継ぎをする為に湯から顔を出す。

 風呂場はしんと静まっていて、髪を伝う雫が湯の中に落ちる音まで鮮明に聞こえた。

 そんな落ち着いた空間は、考え事をするにはもってこいの場所だったろう。

 おかげで、あたしはこれから起こるだろう暗い未来をありありと想像してしまった

 悪い想像を振り払おうと、あたしは手でお湯を掬いバシャバシャと顔を洗う。

 すると、穏やかだった湯船の中は激しく揺れ、水面に映った顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。

 それを見て、あたしは、もう自分が手遅れなのだと悟った。

 この先、仲間だと認識していた者と殺し合うことはそう遠くないだろう。

 吸血鬼を憎む同族のダンピールや、師とあおいだ人物。

 それに、弟のように思っていたあいつとも。

 そんな仲間だった筈の者達は、あの晩――たった一度のしくじりで今や敵となったのだ。


 これは現実だ。


 なのに、あたしは考えれば考える程、これを他人事のように感じてしまっている。

 そして、あたしは気付けば口元を不気味に笑みで歪めていた。

 あたしは笑っていたのだ。

 自分自身をあざけていた。

 あたしはダンピールで、ヴァンパイアハンターだ。

 吸血鬼を殺すことができる。

 それだけが人間でもなく、吸血鬼でもないあたしに許された人間世界での存在価値だった。


 なのに、今のあたしはなんだ?


 復讐すべき筈の吸血鬼……そのまがいものの家で湯に浸かっている。

 しかも、奴の眷属に成り下がり『お兄ちゃん』と呼ぶ始末だ。

 報復することは叶わず、かつての仲間はもはやあたしにとって脅威でしかない。

 唯一頼れる筈の鍛え上げた己が肉体は見る影もなく、今や華奢な少女そのものだ。

 この瞬間、あたしは今までの自分を丸ごとどこかに捨てられたような気分だった。

 復讐じみた使命感に衝き動かされ、青春に土を蹴りかけ、血を上塗りながら、それでも生きたあたしの二十八年間……その終着点の一歩手前がここだ。

 自身が吸血鬼もどきの眷属となり、かつての仲間との死闘を予感している。

 あたしの人生は、一体何だったんだろう。

 思えば、悦楽えつらくとは無縁だった。

 そういう意味では、のほほんと風呂に入っている今が、最後のいこいなのかもしれない。


「なんて……笑えねぇなぁ」


 費やした時間は途方もなく、得られたものは少なく、もろい。

 ヴァンパイアハンターと言う自分の立場と居場所は、いとも簡単に崩れてくれた。

 今、最悪な気分の中、体の血の巡りだけが良くなっていく。

 あたしは重たい気持ちを抱えながら、ぶくぶくと湯船の中に体を沈めていった。

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