義妹化 ー絶対強制『お兄ちゃん』ー Act2
昨日俺を襲った金髪碧眼の元成人女性は名前をセイリと言うらしい。
名前を訊き出し、さあ、これから潤滑に会話を進めたいと思ったのもつかの間、彼女は口汚い言葉を連発した。
「くそっ! くそっ! 騙したな『お兄ちゃん』っ! 同族だと思っていたのにっ」
「別に騙してないさ。事実、俺の母さんは普通の人間で父親は吸血鬼だ。セイリだって俺がダンピールだと知った上で誘ったんだろう? 君の復讐、吸血鬼殺しにさ」
「ふざけるなっ! 『お兄ちゃん』みたいにヴァンパイアを殺さないどころか、吸血能力まであるダンピールなんて仲間にしたいと思う訳がないっ! 知ってたら初めから『お兄ちゃん』を殺しにかかったっ!」
と、そこまで言ってセイリは思い切り床を踏みつけた。
ダンッと音が響き、直後に彼女の舌打ちが聞こえる。
「このしゃべり方っ! すっげぇイライラするっ! 『お兄ちゃん』って言いたいのに『お兄ちゃん』って言っちまう! ああくそ! まただ! おい! 『お兄ちゃん』っ! このふざけた話し方! あと、わたしの体っ! これ『お兄ちゃん』の眷属になったせいかっ!」
俺は懐かない野良猫でも見つけたような気分になった。
とても、今のセイリをなだめられる気がしない。
きっと、彼女の発言は本来なら『バカ』『てめぇ』『くそ野郎』等のオンパレードだったろう。
「そうだ。察しが良くて助かる。そして、俺に噛まれた時点で諦めてもらうしかない。俺の『義妹』になった時点でセイリが口にする俺を指す呼称はほぼ強制的に『お兄ちゃん』で統一される。ここにいるあさぎみたいにな」
セイリに言いながら、俺は隣にいるあさぎの頭をぽんぽんと撫でた。
やわらかい髪を手で櫛を通すように撫で、そっと幼馴染に話しかける。
「あさぎ、俺に『馬鹿』って言ってみな」
「『兄ちゃん』っ! ほら、言ったよ。言えてないけどね」
懸命にけなそうと張られた声、その声量で『馬鹿』と言った、いや、言おうとしたのだとわかる。
「ほらな?」
振り返ってセイリを見ると、彼女はぽかんと口を開けていた。
その後、しばらくもせずに口を閉じ、自らの身に起きた理不尽を噛み殺すかのように唇を噛みしめる。
彼女の八重歯が唇に刺さるのではと思うほど、セイリの唇は形を歪めた。
「つまり……そこの髪の短い方はあたしと同じ『お兄ちゃん』の毒牙にかかったことがある訳か」
髪の短い方、と言うのはおそらく史と比べてあさぎを指しているんだろう。
「短い方?」と、こぼして首を傾げたあさぎを横目に、俺はセイリに「そうだ」と答えた。
「あさぎは俺達が小学校に上がる頃、六歳の時に噛んだ初めての義妹だ。当時俺より背の高かったあさぎは俺の『妹』に相応しい見た目になるまで背が縮み、俺のことを『兄』と呼び始めた。どう見ても大人だったセイリの身体が縮んで、俺を『お兄ちゃん』と呼びだしたみたいにな。俺はその時に初めて自分が普通の人間じゃないこと、そして、普通のダンピールでもないことを知った訳だ」
「じゃあ、そっちの髪の長い方は? その子もあたしと同じ『お兄ちゃん』の被害者って訳?」
手足の自由が利かないセイリは、顎で指すように顔を動かし史をにらむ。
俺は、セイリの態度に静かに溜息を吐く史に目を遣り「この子は俺の実妹だ」と答えた。
すると「実妹?」と、セイリは訝し気に声を漏らす。
と、そんなやり取りを交わす俺達の間に、笑いかけるように史が割って入った。
「まあまあ! そんな話は置いておいてっ。これからは仲良くしましょうね、
明るい声色で話しかけながら、史は黒髪の毛先をふわりふわりと揺らしてセイリに近づく。
そして、彼女の背後に回り込むと、史はセイリを拘束する縄を解き始めた。
まず足を縛っていた縄を解かれ、セイリは二度三度足首を動かす。
その後、キッときつい視線を史に送り、不機嫌そうに口を開いた。
「良いのかよ。あたしを自由にして。忠告じゃないけど、手首が自由になった瞬間『お兄ちゃん』達を殺すぞ?」
それは、まだ幼い声で語られた鋭い針のようなセイリの殺意だった。
しかし、史は臆する様子もなく「それ、多分無理だと思いますよ」と静かに返す。
セイリは眉をしかめ、史に「なに?」と問い、俺とあさぎに目線を移した。
俺は無言で彼女を見つめ返したが、あさぎは隣でうんうんと頷いてからセイリに話し始める。
「あたしもね。何回か『兄ちゃん』と喧嘩して殴りそうになったことあるんだ。けど、一回も殴れたことなかった。『兄ちゃん』を殴ろうとすると、体が熱くなって、ふわふわして力が抜けるんだよ。立ってさえいられなくなるくらいにね」
「冗談だろ?」
信じられないとばかりに聞き直すセイリにあさぎは首を振った。
それと同時に、ポサッと小さな物音がして、セイリの手首を拘束していた縄が解かれる。
「終わったわよ」
静かにセイリの自由を告げた史に続き、俺は自分が知る限りのことをセイリに話した。
「これは俺達の推測だけど……吸血鬼と違って俺の吸血能力は不完全だ。本来なら主人に対して絶対服従。それが吸血鬼の眷属だが、セイリ、君自身が俺に絶対服従でないことからよくわかるだろ?」
「察した」
俺の言葉を聞くなり、セイリは椅子に座りながら天を仰いで、片手で目を覆った。
そして「ふぅ」と長く細い溜息を吐いて、静かに口を開く。
「つまり、本来なら『主人への絶対服従』が『主人への攻撃抑制』にランクダウンした訳か」
嘲るように口元を歪めながら言い放った彼女に、俺は「そうだ」と肯定する。
「ちなみに、吸血鬼の『不老不死』は『体の若返り』に劣化『眷属としての忠誠心』が『俺に対する親愛』になったらしい。その『親愛』の表れが――」
「『お兄ちゃん』って訳か」
「そういうことだ」
俺が肯定した途端、部屋はしんと静まり返った。
セイリを縛っていた縄を史が静かに手繰り寄せ、まとめていく。
縄が絨毯を擦っていく音が静かに部屋の中に響いた。
しかし、そんな静けさも長くは続かない。
だらりと脱力していた体を起こし、セイリはすっと立ち上がった。
次の瞬間――
「って、納得できる筈があるかっ!」
――セイリは俺めがけて飛びかかって来る。
殴ろうとしているのだろう。
小さな手で拳をつくり、細い腕で戦闘態勢をとっていた。
視界に映るセイリの脚が絨毯を踏みしめ、力のこもった
だが、史もあさぎも俺自身も、それを防ごうとは考えない。
史は変わらず縄を手繰り、あさぎに関しては俺の隣に居るにもかかわらず茫然とセイリを見つめているだけだった。
でも、それで良い。
二人が平然としている中、俺は、俺に向かって倒れ込んだセイリの身体を受け止めた。
「あーあ……だから言ったのに」
そんな間延びしたあさぎの声はおそらくセイリの耳には届いていないだろう。
俺に抱き留められるセイリは体が麻痺しているような状態で、ろれつも回っていなかった。
「そ、そんにゃ……ろ、ろうしへ? からら熱い……力、はんにゃい」
そんな状態だからか、彼女の体はまるで気を失った人間のように重く感じる。
小さく縮んだ少女の体であるにも関わらず、俺は長くセイリを支えきれなかった。
「おっと」
俺は思わずその場で膝を着き、その拍子にセイリの体が腕からするりと抜け落ちてしまう。
すると、セイリは力なく絨毯にぺたりとトカゲのように寝そべった。
「ちょっ、ちょっと……お、おこへ」
「ああ、悪い」
舌足らずに『起こせ』と言う彼女は、昨夜と比べてなんとも無害になったものだ。
俺は、セイリを抱き起そうと彼女の体に触れる。
そして、俺が彼女の肌に直接触れた時だった。
「いくぞ?」
肌が露出した肩に、俺の指が触れ、軽くくい込んだ途端――
「あっ――ひゃうっ」
――くすぐったがる……いや、まるで快感でも得たように、セイリは甘い声を弾けさせた。
「や、やめ――触る、な」
彼女は自身の体の異常をいち早く察したのだろう。
すぐさま俺を遠のけようと体をバタつかせた。
が、今しがた倒れ込んだばかりの体が言うことを利く筈もない。
「それじゃ起こせないだろ」
俺が構わずに彼女を再び抱き起そうとするが――
「い、いやぁっ……」
――ただ、四肢を掴まれ、触れられただけで、セイリは痙攣したように体を震わせた。
ついには、気を失いそうなほどに甘く声を爆ぜさせるありさまだ。
「も、やめ……」
終いには、もう口を閉じることもできなくなったらしい。
弛緩し切った口元からはよだれがたれ始め、彼女の口元を濡らしていった。
その様子を見て、俺は思わず感心してしまった。
ここまで攻撃抑制が効いたのは初めてのことだったのだ。
きっと、あさぎとは比べ物にならない攻撃意思が、セイリにはあったに違いない。
「まあ、これでよくわかっただろう? もうそんな姿を晒したくなきゃ、俺に手を出そうだなんて考えないことだ」
一応耳元で聞かせたものの、きっと彼女には伝わっていないだろう。
俺は、肌が触れ合う度にビクンッと体を痙攣させるセイリを抱きかかえた。
そして、ヘロヘロになった彼女を、新しい義妹の為に用意した部屋へと運んだ。
今、彼女には心身ともに休息が必要だろう。
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