第36話【挨拶】

 奇妙な取り合わせだった。俺と光陽園のハルヒとそれに佐々木。

 当初俺と光陽園のハルヒの〝二人きり〟の組み合わせにこっちのハルヒが難色を示していたが光陽園のハルヒが佐々木の同道を提案したためようやく我がSOS団団長の許可が出たという案配だった。


「佐々木、時間が無いんだからとっとと始めたら」光陽園のハルヒが坂を下りながら言った。適当にその辺を歩きながら最終目的地の九曜のマンションへたどり着く予定だ。

「実は大事な話しがあるんだ」佐々木が切り出した。

 俺は佐々木の真意をはかりかねる。

「それはこれからのことなんだ——」

 これから?

「——僕は偽SOS団を続けようと思う」



「キョン、キミはなにも驚いていないようだが」

「まあ、そうなんだろうな」

「ならこの話しはこれで終わりだ」

 もう終わりかよ!

「〝大事な話し〟の意味が俺にも解るように説明してくれ!」

 俺はいつもの佐々木調の解説が無いと理解が滞るんだ。


「簡単な話さ、僕らはついさっき信じがたい体験をした。実感は無いが死んでいた可能性はあったような気もする。あんな体験の後でも意志が変わっていないかどうか改めて決意表明すべきかと思ってね」

 そういうことか。

「要するに、『偽SOS団』が大事ってことか?」

「そうさ」


 率直に思ったことがある。そのあまりにストレートすぎる名前について、だ。

「じゃあなんでわざわざ『偽』なんて名前を名乗っているんだ?」

 大事だと思っているものに『偽』なんてつけない、これは偽装の『偽』じゃないか。

 佐々木は少しうつむき加減になりながらしかし口元に笑みを浮かべていた。前髪が夏風に揺れる。

「本物じゃないから偽物なのさ。キョン、キミが望むのならば、いつでも涼宮さんの代役を務めてみせよう——と、言いつつなんだが、僕はキミが針の穴ほども望んだりはしないと解っている。いや、逆かな。僕の望みをキミが解っていると言うべきだろう。いずれにしてもその可能性は最早数字では言い表せないね。ゼロというのもおこがましい。まったくの無だ。ただし、これはね『涼宮さんの代役はやらない』という意味で、僕は僕の役をやるのさ」

 僕の役?

「どういうことだ?」

「前にも話したことがある。僕たちが直面している問題は、単純なる存在意義の証明なのかもしれない。誰も彼もが、己のレゾンデートル、存在証明を確固たる事実にしようと努力しているのかもしれないのさ、宇宙人も未来人も超能力者も関係ない。ただおのおのが、自分たちが確かに存在しており、他の誰かもまた自分自身の存在を認識してくれている、という唯一にしてシンプルな行動理念によって動いているんじゃないかな。だって、キョン。キミはもう九曜さんや藤原くん、橘さんが今ここにいるということを認識しているだろう? 仮に彼らがこれっきりで姿を消してしまったとしても、決して忘れることがない程度にはね。この時、この場所に、彼らは疑いようもなくこの世界にいたんだ。彼・彼女たちの望みはただ一つ、我々を忘れないでくれ、という簡潔で悲痛なメッセージなのかもね———僕も、同じなんだ——」


 前には〝よく解らん〟で片付けてしまった。


「——何かを後の世に残したい。残すのは言葉でも概念でもいいんだけどね。誰の力も借りたくない。独力でやり遂げたい。未来人や宇宙人の力は借りない。九曜さんも藤原くんも橘さんも———と思ってもみたが、協力するから後の世に何かが残るということもあるのかと思ってね。ついさっきの出来事で身に染みて解ったような気がする」

「だから偽SOS団活動を続けるって言うのか?」

 佐々木はくっくっくっと笑い出し、

「話が早くて助かるよ。キョン。その通りだ。僕が前に、たち……、いや京子でいいかな。京子の熱心なオファーを断ってしまったのは、うん、僕は解りやすい敵役になんかなりたくなかったからなんだ。僕は自分にそれほどの高値を付けていないが、安請け合いをするほど貧していないつもりなのでね。チープなトリックスターはもっとケタ外れな内面を持つ人材が演じてこそ味が出るというものだよ。アクター・アンド・アクトレス、僕は舞台に上がれそうにないね。良くも悪くも演技ができない。それに結局、今回僕は前に比べればマシになったけどそれほどの大活躍をしたわけじゃないしね。やっぱり神様なんて向いてないのさ。ただね——」


 ただ?


「ここに涼宮ハルヒさんがいる。北高の涼宮さんじゃないけれど、本物であるのは間違いない。彼女に背中を蹴り飛ばされて今の僕がいる」

「佐々木、人聞きの悪いこと言わないでくれる? あたしを蹴った人間がいるとすればジョンとくーちゃんでしょ」

「俺もか?」

「そうね。そうよ。——でも一番は涼宮ハルヒ。もう一人のあたし。なんか誰かに選ばれてて秘められた力を持っているなんてとんでもないことよ。だけどその涼宮ハルヒは何も知らなかった。ならあたしがやることがあるってもんでしょ!」

「九曜さんがそっちへ行ってからの涼宮さんの行動は実に凄まじかった。他人を脱線させることなどお構いなしの強引さで僕は巻き込まれた」

「なに言ってんの? 他人の人生脱線させつつあるのはあんたも同じでしょ」光陽園のハルヒが反論した。

「よく言うなあ。なんて言ってたっけ? 『当然だけど、若いってことが武器になるのは今のうちだけなんだからね。期間限定のこのリーサルウェポンを最大限に活用できる最大のバトルフィールドハイスクールは、もう何年も残っていないわよ』、そんなことを言って僕の背中を思いっきり蹴り飛ばしたじゃないか」

「あんた……よくそんなの暗記してるわね」

「ここにいる涼宮さんも僕も校名こそ違え名うての進学校に在籍しているらしい。一人で脱線するのは怖いけど道連れというか同道者がいるならそうでもない」

「いいのかよ」

「しかしキョン、僕が必ず脱線するとは限っていない。ある意味脱線しそうになりながらいかに脱線しないで通過できるかという技を競う良きライバルがいるんだからね」


「藤原の脚についてはどう思う?」

 弾むように語っている佐々木に冷や水を浴びせ、俺はある種覚悟を問う質問をした。どうしても訊いておかなければならないことだと、そう思ったのだ。少なくとも『親友』が本物であるならば、だ。

「それはキョン、キミにも言えるんじゃないか? とっくに危ない橋を渡っているっていう自覚があるんだろ?」

 それが答えか。これ以上何を言うべきかも思いつかない。

「仲間としてああなってしまった藤原くんを見捨てることができないってのも本当の気持ちだよ」

「でもアイツは——」

「決意は変わらないよ。世界がどうなったところで、僕もキミも涼宮さんも何も変わらないと断言できる。これが重要なんだ。変わるのは未来さ。藤原くんや朝比奈さんにとっては僕らの進学先も『既定事項』にされかねないが、なあに、現代人である僕らが気に病むことはない。未来などなんとでもなると思おうよ、キョン」

「あんたの話聞いてると疲れるのよね」光陽園のハルヒがポツリと言った。

 あはははははははははははっ、と佐々木がどこまでも底抜けに笑い転げ始めた。いつぞやのように。



 ただ、藤原が口にしていたことは遂に聞けずじまいだった。俺のための保険が偽SOS団だっていうアレだ。

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